第2部 第4話 最終試験
過ぎ去る日々は光陰矢のごとし。D世界では康太郎が定めた特訓期限の最終日になっていた。
「あああああああっ!!」
「まだまだ、もっと早く動け!」
空を翔け時に交差し、幾度も拳打と蹴撃を交し合う康太郎とシン。
十を越える応酬から、互いの腕がぶつかり合い、力比べの様相となる。
「ぐぐ、強くなったな、シン」
「まだまだ、です!」
シンが腕を強引に押し込み、康太郎の腕をかち上げる。一瞬無防備になった胴体にシンの蹴りが突き刺さる。
「がふっ……!」
墜落していく康太郎に狙いを定める一矢が一つ。
「アルティリアさん!」
シンの声と同時に同じく空にいたアルティリアの散弾魔法矢が康太郎に降り注ぐ。
一発当たるごとに小規模な爆発が起き、康太郎の墜落を加速させる。
アルティリアがこれまで使ってきた同種の攻撃に比べ何倍にも威力が高められており、康太郎とてダメージを受けることは必至だ。
轟音を響かせて大地に激突する康太郎。
「まだよ、もう一撃!」
アルティリアは先の一撃のように拡散させず集束させ威力を高めた一筋の光をまだ起き上がらない康太郎に照射した。
「GAAAAAAAAAAA!!」
アルティリアに合わせてシンが空気を震わせ、竜の咆哮による衝撃波を康太郎に直撃させた。
共に一週間前に放った場合と比較して何倍にも威力が高められていた。康太郎に対する攻撃に、二人とも一切の躊躇も加減も無い。
爆発が起こって土煙が舞い上がり、康太郎の姿が見えなくなる。
「これで少しは……!」
「シン! 気を緩めないで」
手ごたえを感じたシンだが、アルティリアがそれを戒めた。
自分達の力は確かに強くなっているが、それは――
「しゃらあっ!!」
裂帛の気合と共に、土煙が一瞬で吹き飛ぶ。
煙を吹き飛ばしたのは、樹殻棍<九重>を振るった康太郎だ。
<九重>を背中に仕舞い、次に康太郎が手をかけ抜き放ったのは斬撃の概念が形どった美しい刃紋の刀、斬守刀<五条>。
「さあ、五条。お前の新たな姿のお披露目だ」
康太郎は八双に構え、<五条>に理力を通した。そして現れるのは、<五条>の刀身を芯にして長く太く伸びた、数十メートルはあろうかという長大な光の剣。
康太郎が考案し、実用化した<五条>の新たな可能性――五条・蒼月乃太刀――だった。
「避けてもいい。だが、耐えたほうがココノエポイントは高い」
康太郎は飛び上がり、宙にいるシンに刀を横薙ぎに振るった。
長大すぎる刀の一撃は、ただの一振りといえど一つの技だ。
シンに凄まじい剣速で蒼い刃は迫ってくる。
それでも今のシンならば、そこからでも反応し、避けることは可能だ。
だが、その選択をせず、あえて受け止めるほうを選んだ。
「はぁっ!」
シンは迫る刃を、振りおろした肘と突き上げる膝で刃の挟み込むようにして止めてしまった。
だがそれでも刃はじりじりとシンを押し込んで行く。
このままでは、シンは刃を止めきれずに胴体を真っ二つにされてしまう。
「っあああああ!」
そうなる前に加勢したのが康太郎たちよりも天高い位置より突撃してきたアルティリアだ。
抜き放った愛剣リュミエールを重力の力も借りて蒼月乃太刀に打ち付けたのだ。
賢聖・カーディナリィが使っていた業物リュミエールは刃こぼれすることなく、蒼い刃が押し込む力を僅かだが上回り、これを弾くことが出来た。
「なんのぉ!」
蒼月乃太刀を弾かれた康太郎は、返す刃で袈裟掛けに二人纏めて斬りつけた。
だが今度は二人はそれを受け止めることはせず、アルティリアは短距離転移、シンは斬撃の軌跡を見切り、身を捻って避け、そのまま康太郎に向かって突撃。
長大な刃は扱いが難しく、また連撃には向かない。
康太郎の迎撃よりもシンの蹴りが康太郎を捉えるほうが早かった。
「せいやっ!」
シンにより蹴り落とされる康太郎。康太郎は地面への激突をさけるため、理力によって空中制動、空でぴたりと静止する。
だが、それは一対複数ならば、与えてはならない致命に隙だ。
すでに地上からアルティリアが康太郎に狙いを定め、圧縮魔力矢を放つべく、弓を引き絞っていた。
がら空きの背中に向けて、圧縮魔力による矢が解き放たれ、矢はビームと化してとっさに背中に障壁を張った康太郎の体を丸ごと天高く押し上げる。
そして大気を震わす轟音と共に爆発が起こる。
これだけの攻撃は、上級の魔物やドラゴンとて無事ではすまないものだ。
アルティリアとシンは全力で攻撃していた。簡単にヒトが死ぬレベルの攻撃を立て続けに行使していた。
特訓の最終日は、全力での実戦形式だからだ。
爆発で生じた煙幕が治まり、現れたのは無傷の康太郎だ。
「凄いな。自分でも驚きだ。他人を鍛えるなんて出来るか自分でも半信半疑だったけど、やるじゃん、二人とも」
アルティリアもシンも警戒は解いていなかった。
二人ともあの程度でやられるほど、康太郎は甘く無いと肌で感じて知っている。
「だから俺も新しい俺で、本気になれる」
康太郎は背の理力噴射をやめた。しかし、康太郎の体は宙に浮いたままだ。
浮いた、というのは正確ではない。康太郎は空中に直立していたのだ。微動だにせず。
空の理力を足場にするという康太郎の新しい理法、天土だ。
この術により、康太郎は天のすべてを足場に出来る。それは天を使っての鋭角的な三次元運動を行えるということであり、そしてこの術の最大の特徴は――
「行くぞ、二人とも」
瞬間、その姿を掻き消す康太郎。
そしてアルティリアが地に倒れ、宙にあったシンが堕ちて行く。
シンを地上で受け止めた康太郎は、やんわりとその身を横たえた。
最終訓練は康太郎の勝利で一呼吸の間に決着した。
だが、勝敗だけが試験のすべてではない。
「合格だよ二人とも。偉そうなことを言ってて悪かったな。俺に勝たなきゃ不合格とかいったけど、あれは嘘だ」
気絶した二人に、康太郎は届かないとわかって合格を言い渡した。
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「結局来なかったな、あいつ……」
タウローは北の大陸へ向かう船の甲板の上で一人独り言ちた。
船は既に出入り口を閉め、いよいよ出向する間際で汽笛を鳴らしていた。
(少しでも保険は用意しておきたがったな。……セプテントリオンが動くという話もあるが、諜報部隊だからな、戦闘力じゃ当てにできん)
タウローは冒険者協会におけるセプテントリオンの内通者の一人だった。
セプテントリオンの一員というわけではなく、あくまで外部協力者という位置づけだ。
冒険者とはハイリスクハイリターンの職業の最たる例だ。冒険者協会は彼らを管理し、同時にサポートする立場にあるが、そもそも冒険者というのは自己責任が原則の半ばフリーランスの職業だ。
サポートする協会側も可能な限りのサービスを提供するが、画一的な組織であり、いわばお役所仕事に近いので、それも限界がある。
だから上位の冒険者の中には独自の支援ルートを持っている者も少なくない。
上位冒険者が帝国特殊諜報部隊・セプテントリオンの幹部、参番星たるナビィとのつながりを持っているのは、その独自の支援ルートに当たる。
タウローとナビィはギブアンドテイクの関係だ。互いの立場でしか得られない情報をそれぞれに分け与える。無論、どこまでの情報を与えればいいかという線引きは存在するが。
タウローは、海上で戦うナインを見ておりその戦闘力を知っていたため、是が非でも彼を今回のクエストに加えたかった。
だが何の背景も知らないのでは誘うにも誘えないと判断した彼は、知己であるナビィにコンタクトを取り、彼の情報を手に入れた。
<闘神ナイン>。
一ヶ月近く前に西の大陸にあるかの有名なフツノにある闘技場、そこで新たな伝説を打ち立てた人物だとタウローは知ったのだ。
フツノの伝説については眉唾物と考えていたタウローだが、フツノの闘技場のファイターたちの戦闘力の高さは知っていた。
だからそこで新たな伝説を打ち立てた闘神などと大仰に渾名されるとは相当だとタウローは戦慄した。
同時に是が非でもクエストに加えるべきだと彼は考えた。
少しでも成功率を上げるため、それ以上に生還率を上げるため。 タウローにそれ以上の思惑は無かった。
……無かったが一方で情報の提供主たるナビィはこの機を逃すわけにはいかないと躍起になった。
奇しくもデクストラのナビィの人形は、先の襲撃で使い物にならなくなっていた。
そこでこのタウローの情報である。セプテントリオンのマスターが動くという事態も重なって、これにナインが加わればまさに僥倖というものだ。これでナビィは図らずもナインとマスターをあわせることが出来る。
冒険者ではないから強制できないというタウローに彼女は彼女が知る限りのナインの性格から、タウローに誘い方をアドバイスしたのだ。
最もそのアドバイスはナインを誘う文句としては今一つだったのだが、奇しくも別の思惑があったナイン、康太郎にはそれだけでも十分だった。
偶然に偶然が重なって、ナビィが望むほうへと話が進んでいた。
タウローが諦めて、船内に戻ろうとしたとき、彼にふと影が落ちた。
「うん?」
疑問に思って空を見ると、ヒトが三人、宙に浮いていた。そのうち一人は雄雄しい筋張った翼を広げていた。
徐々にその姿は大きく見えた。彼らが、こちらに向かってゆっくりと下りてきていたのだ。
一人がタウローの知っている顔だったから、彼は思わず声を上げた。
「ナイン!?」
甲板の上に降り立った三人にタウローは駆け寄った。
他にも甲板にいるクエスト参加者がにわかにざわついた。
「すいません、タウローさん。遅くなりましたが、例のクエスト参加させてもらいます」
申し訳ないという風に、康太郎頭の後ろに手をやった。
「なに、来てくれたんだから、いいってことよ。闘神が来てくれたんなら、こっちも心強い」
タウローが言ったある言葉に、康太郎は首を傾げた。
「闘神? なんのことです?」
「は? いやいや、お前はフツノの闘神ナインだろう? まさか自分がなんて呼ばれてるのか、知らないのか?」
康太郎は過去の記憶を辿ってみる。そういえばと、五条との戦いの後で、アリエイルが何かを言っていたなと、康太郎は思い出した。
康太郎は微弱ながら存在超強化を無意識に使用しているため、ほんの些細な会話もおぼろげながら覚えていたのだ。
――あの女、まさかあんな変な二つ名を広めたのか。あれか、旅に連れて行かなかったことの恨みか。
違います。むしろ良かれと思ってフツノで称えました。と、もし再会したら名付け親であるアリエイルはそう答えただろう。
自分でつける分にはいいが、他人に名付けられるのは恥ずかしいし、うざい。困った厨二病であった。
「知らなかったです……。あの闘神とかちょっと派手すぎるんで、それは言わないでもらえます? そんな大した話じゃないので」
康太郎はそっとタウローに耳打ちした。
大した話である。現役最強を秒殺し、伝説を呼び出した挙句、その伝説をも打ち倒した。それが大した話でなくて、なんだというのか。
と、タウローと康太郎の隣にいたアルティリアはここの中で全力で突っ込んだ。
「ま、嫌だっていうなら怖いからそうするが、そっちの嬢ちゃん坊ちゃんも参加させるのか? 大丈夫なのか? 正直かなり危険なクエストなんだが」
女は見目麗しいエルフに、もう一人は今は畳んで見えないが、雄雄しい翼をもった若いドラゴニュートだ。
タウローから見ても将来有望とは思うが、すこし早いとも見立てたのだ。
「大丈夫ですよ。彼らは強いですから」
康太郎は自信を持ってタウローに力強く頷いた。
闘神が太鼓判を押すのならと、タウローはアルティリアとシンの参加を快く了承した。
仮に雑魚ならば、囮くらいにはなるだろうとも思っていたが。
戦力は少しでも多いほうがいいという思いが勝っていた。
「じゃあ、部屋のこともあるし、ちょっと俺と一緒に船長のとこまで来てくれないか」
「わかりました。あ、ところでクエストに参加するとは言いましたが、そちらの指揮下に入るわけではないので、そこはわかってくれると嬉しいです」
突然、事実上の条件を出した康太郎の言葉に、一瞬だけ眉をひそめたタウローだが、すぐに顔を笑みに戻した。
「……まあ派手に動いてくれるだけでもかまわんさ。どっちみち、俺達にお前さんほどの戦力を扱いきれる奴もいないだろうからな」
タウローは自由人であるという立場と生き方を尊重した。
ナビィから聞いていた人物像や誘い文句もそういう方向性だったということもあったためだ。
(これで機嫌損ねられて、やっぱ辞めるとか言われたら、かなわんもんなあ……)
冒険者の取りまとめ役の一人としては、難しいところであった。
実は康太郎自身は、闘神と呼ばれることはこれが初めてなのです。この渾名のきっかけとなる話は、36話ロスタイムにあります。
活動報告もちょくちょく更新中ですので、ご覧ください。