第2部 閑話 九重康太郎のいともたやすく行われるえげつない行為 応用編
D世界ではアルティリアたちと特訓に明け暮れる一方、R世界での康太郎は変質した自らの体と向き合っていた。
事故から蘇ったその後の検査でも特に異常なし(目や髪の色素変化は別にして)と診断された康太郎は無事に退院を果たした。
それを見届けてから、康太郎の父、錠太郎は当初の予定より数日遅れての海外赴任へ旅立っていった。
その後は壊れた携帯を買い換えたり(買い替えを機にスマートフォンになった)、久しぶりに母である朱里との外食など、一度死んだからか、妙にそれらが新鮮で嬉しく思う自分に康太郎は驚いた。
これがいわゆる、かけがえのない日常というものなのかと。
ちなみに康太郎の扱いは元々死んでいなかったことになっている。
康太郎の危惧していた情報の拡散は表面上は食い止められているようで、大きな騒ぎ、というか面倒事が舞い込むような事態にはならなかった。
もしあるとしても、オカルト方面の三流雑誌のゴシップネタにしかならないだろう。
危惧した事態が自意識過剰な妄想で済んだ康太郎は、来たるべきキャスリンとの遭遇に備えて、英語をみっちりと勉強することにした。
キャスリンは日本語には不自由していなかった記憶があるが、それも幼い頃の話。wikiに乗っている来歴を見る限りは殆ど欧米暮らしだ。まさかとは思うが言葉が通じない恐れがあると思ったのだ。
病み上がり(と書いてはなんとなく語弊があるが)の息子のためと、臨時の小遣いを渡された康太郎は、あろうことか英語の参考書を購入した。
そして部屋に篭り、固有秩序・存在超強化を発動させた。
数時間後。
康太郎は頭を抱えていた。
(やっべ、これシャレになってねえわ……)
出来てしまったのだ。参考書の内容の理解が、するっとさらっと、もはや読み返す必要の無いほどに。
ちなみにどういう類の参考書かといえば高校英語のものではなく、990点満点のコミュニケーション能力測定用試験のためのものである。
元々英語という分野は座学に関してだけ言えば本人基準でそこそこ出来た康太郎だ。だが、それまで重ねてきた時間なんだったのかという知識の吸収率だった。
当然座学だけではと思ってリスニングにも手を出す。これも今までとは異なり、非常にクリアに理解が出来てしまう。
ではトークの方はどうかというと……これまた余裕でスラスラと口から出てくるのだ。
その後康太郎は更なる検証のため、カッコイイからという理由でドイツ語にも手を出した。男性名詞・女性名詞のハードルをあっさり乗り越え、これも習得してしまう。
大事なのは、固有秩序を解除した後に覚えているかどうかということなのだが、D世界と同様に見事に定着していた。
勉強を初めて、僅か二日で康太郎の教養レベルは平気で英字新聞を読み明かし、ネイティブ並みの会話能力を身につけるに至った。
今の康太郎は日本語、英語、ドイツ語、グラント語、古代エルフ語を使いこなす脅威のマルチリンガルだ。
だが康太郎は素直に喜べなかった。いともたやすく行われるえげつない行為=チートは現実で使ってみると、妙な後ろめたさがあった。
それは文字通りの不正行為を行使できる力を得たが故の恐怖だった。夢だからと許容できた力が現実でも通用するなどあってはならない――誰にも咎められることではないからこそ――康太郎の築き上げて来たモラルが警鐘をガンガンと鳴らしていた。
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頭脳面での確認を終えた康太郎は、やぶへびになるだろうと思いつつも、肉体面での影響を確認した。
夜が深まり、皆が寝静まる時間に康太郎を家を出て、電灯だけが見守る公園へと足を延ばす。
康太郎は固有秩序・存在超強化を発動。本で得たにわかの型をこなして行く。それは空手だったり、中国拳法だったりと一定しない。
だが、D世界での戦闘経験がそれらを康太郎用の戦闘体系へと形を変化させていた。
踏み込みからの肘打ち、前後へのフェイント、突き出す崩拳、打ち上げの掌底、振り下ろす拳の槌、背中からの体当たり、双掌底の打ち込み。
見えない相手を想定し、それを打ちのめすシャドー。
震脚は本気ではないが、それでも地面に亀裂を作る程度には出来ている。
一通りの型をこなし、残心を取って終わりとした。
結論。
もはやこの身は、すでに人のあり方からは外れているらしい。
頭に描くイメージを精緻に再現しうるこの体は、もはや夢の妄想のそれと等しい。
うれしいやら悲しいやら。才能とそれを開花させる努力で得られる人類の限界をこの体は、易々と踏破する。
行き過ぎた力は、R世界ではただの害悪だ。余分に過ぎるというものだ。振るいたくても、このR世界ではこの力は狭すぎる。
重ねて結論。こんな固有秩序、現実では黒歴史決定だ。