第2部 第3話 アグレッサー康太郎
「い、いや……いきなり結論話すのはやめなさいよ。あんたの悪いところよ」
王種張りのプレッシャーを放つ康太郎を諌めるアルティリア。この手のプレッシャーは何度浴びても慣れないものだと彼女は思う。
「悪いな、ちょっとでも時間は惜しいんだ。準備は万端にしておきたい。だから――」
康太郎はほんの少しだけ宙に浮くと、滑るように距離を詰め十分に加減されたハイキックをアルティリアに向かって浴びせる。
「ぐっ――」
アルティリアは咄嗟に魔導障壁を展開。無傷で防ぐことは出来たが、殺しきれない衝撃がアルティリアを空高く打ち上げた。
「えっ――」
「ほら、お前も」
呆然とするシンに、康太郎は右手に集め形作った光の球をその胸に押し当てる。
「ぐあっ」
光の球はそのままシンの体を運び、抗いきれないシンは瓦礫の中へ大きな音を立てて突っ込んでいった。
「はい、これでシンは一回死んだぞー。アティは流石だな。よく防いだ」
康太郎は二人の攻撃への手応えから、加減の具合を確認した。
(これでも相当抑えたつもりだが、理力攻撃の方はまだまだ改善の余地ありか)
「ふざけんな!!」
瓦礫を吹き飛ばし、雄々しい翼を広げてシンが吼えた。
翼から魔力がほとばしり、推力に変えてシンは康太郎に突貫する。
鋭くなった爪先を康太郎の急所、喉元につき立てようとするシン。 十分な速さに質量の乗った一撃はドラゴニュートの強靭な膂力も相まって殺傷力は十分だ。
「ふんむっ!」
康太郎は開いた右手を前に突き出し力任せに見様見真似の魔導障壁を展開する。
見様見真似なだけあってその構成は甘く、効果の割には理力の消費が激しいという欠陥技なのだが、豊富な理力がその欠点をカバーしていた。
甲高い音を響かせて障壁とシンの爪が拮抗する。
じりじりと障壁に食い込むシンの爪。翼からさらに魔力を放出、さらなる推力を得て手の半ばまで突破することに成功する。
だが、障壁は割れていなかった。
通常、障壁に穴が開けば、術式の構成に綻びが生じ障壁は砕け散るはずなのだ。
「固定完了だ」
康太郎が障壁の崩れたところに間断なく理力を送り込むことで障壁は崩壊せず、しかもシンの腕を固め取ってしまったのだ。
「そらよっと」
康太郎は宙にある障壁を突き刺さっているシンごと動かした。自らは回転して勢いをつけ、障壁に捕らえられたシンの体を天高く放り投げた。
その先には魔力を使って緩やかに落ちながらもドラグツリーアローに手をかけ魔力弾を発射しようとしていたアルティリアがいた。
「くっ、ちょっと!」
アルティリアは慌てて魔法を解除し、シンの体を受け止める。だが、飛行術式が使えないアルティリアはその勢いを殺しきることが出来ず、空中にいながらにしてさらに飛ばされる羽目になる。
そこへ、理力をバーニアの如く噴かした康太郎が追撃し、シンを抱えた状態のアルティリアの目と鼻の先のところに現れる。
「ほい、これでアルティリアも撃墜1だ」
「あいたっ?!」
康太郎は派手な攻撃をすることはなく、親指の腹に引っ掛け力を溜めた中指を弾いてアルティリアの額にぶつけた。
俗に言うデコピンである。
バランスを崩すアルティリアはシンを手放し受身も儘成らぬ状態で落下していく。
シンが気を取り直し、落ちて行くアルティリアを地上すれすれで受け止めた。
「ふう……ありがとう、シン」
「い、いえ……」
「う~ん、素の状態ならこんなものかな……」
地に足を着け体勢を立て直した二人にとことこと康太郎は近づいていく。
「ちょっとナイン! はやく説明しなさいよ!」
プンスカと肩をいからせるアルティリア。シンもうんうんと首を縦に振って彼女に同調した。
「これが王種と今のお前達の戦力差ってやつだよ。ま、俺を仮想王種とするのは納得いかないかも知れないけど、実績はあるから理解しろ。それでまあ、たっぷり加減してやったんだが、結果はこのとおりだ」
康太郎は淡々と二人に告げた。奇襲気味ではあるが、アルティリアでも反応できた辺りは加減したと言えなくも無い。
「これをわかった上で、俺の話を聞いてくれ。さっきタウローさんから聞いた話なんだがな」
そう前置きして康太郎は冒険者による“金髪の悪魔”キャスリングッドスピードの暗殺計画の概要を説明した。
「この計画で何が不味いか、シンわかるか?」
シンは考える。腕利きの冒険者による作戦。どんな過程であれあの金髪の悪魔がそれで倒れるなら文句は無い。
康太郎は黙考するシンの態度を答えとし、口を開いた。
「この作戦での問題点は、キャスリン暗殺に際し、障害となる者はことごとく排除されることになることだ。例えばだ、キャスリンに近寄るためにシンの親友であるエールが立ちふさがれば、問答無用でエールは倒されることになる」
「あっ……」
ことは急を要しており、それだけに手段は選んでいられない。キャスリンの支配が本格化し、北の大陸の軍まで彼女に従うようになってしまっては手のつけようが無い。
仮に、軍の勢力をすべてキャスリンが焼き払うことになったとしても、それはそれで人類にとって大きな痛手なのだ。
そのためには或る程度の犠牲もやむをえない。大局的に考えれば、それは当然の帰結だ。
「シン、お前の目的は、あのキャスリンを倒すことだけじゃない。エールを元に戻すことだろう。だが、冒険者協会の作戦が進んだ場合、万が一かもしれないが、キャスリンの前にエールが殺される可能性も出てくる」
だが、やむをえない犠牲では取り戻せないものもある。
そして康太郎も、キャスリンが同郷の可能性がある以上、勝手に殺されてはかなわないという事情があった。
決してシンに対する親切心だけの事情ではないのは確かだが、奇しくも目的はともかくもその過程において康太郎もシンも一致している点があったのだ。
「そこで俺は考えた。シンのエールを取り戻すという目的を損なうことなく、キャスリンを打倒する方法はないかと。答えは単純明快だ。誰よりも先んじて、キャスリンを制圧するのさ。俺達でな」
アルティリアは仰天した。康太郎の提案そのものにではなく、その頭数にアルティリアとシンを含めていたことにだ。康太郎は邪魔になるようならば置いていくと公言している。こんな風に力量差を見せ付けた上で、尚鍛えるというのだからその発言はアルティリアにとっては異質に聞こえたのだ。
一方でシンも困惑していた。膨大な魔物を使役し、あまつさえ王種・征竜までをも従える金髪の悪魔に対し、自分達だけでと言い放ったその傲岸さにである。
「南の大陸から船が出るのは一週間後。他の大陸選抜も、まあ似たようなものらしい。最終的には足並みを揃えた大陸屈指の精鋭でキャスリン打倒を目指すそうだ。船で移動する時間も考えれば、さらに二、三日はあるか。あるとしても十日程度だ。逆に言えば、これだけの時間は猶予がある。この間に俺は加減の仕方その他諸々を、アティとシンは少しでも王種に近づけるように鍛える。これが今日から始める特訓の趣旨だ」
これに異を唱えたのはアルティリアだ。先んじての部分にではなく、鍛えるの方にである。
「解せないわね。普段のあなたなら、私たちは足手まといだから来るなくらい言いそうなものだけれど」
「一週間たっても成果がないんなら、そりゃあ置いていく気満々だよ。いても邪魔なだけだし、そんな雑魚は無駄死するだけだろう?」
こうした言葉の槍を時折降らせる康太郎。その言い回しと冷淡さがアルティリアとシンに1000ポイントぐらい心のダメージを刻んだ。
R世界では、目標も趣味も内向きに志向しているし、お人好しな性分もあるため表に表れにくいが、康太郎は自身の目的に対してはストイックで余分なものは切り捨てるタイプだった。
ありていにいうと、唯我独尊のSな一面も持っているのである。
「もちろん、たった一週間鍛えたところで付け焼刃なのは当然で、それについては対策も考えている。無論、これは強制じゃない。俺は二人を先導するようなことを言っているが、実際にはそんなもんじゃない。アティは俺のパートナーだという立場がある。そしてシンには情報提供を受けた借りがある。そうした義理もあるから、提案しているだけなんだ。なりふり構わずという条件なら、多分、俺一人でもいけるだろうし?」
二人は、またも目を剥いた。特にシンはその言葉の裏を痛いほどに理解した。
アルティリアが感じたのは悔しさだ。同時に康太郎の言葉が発破であるとも理解した。康太郎が特訓の趣旨を言う前に仕掛けてきたのは、これから康太郎の行く先は、現状のアルティリアでは間違いなく死が待っていることを体に教えるため。
しかしそれでも一緒に来ると、パートナーだからというのであれば俺が引き上げてやると、上から目線で言われたのだ。しかも無理だったら当然置いていくという注釈つきで。
それは康太郎の傲慢でもあるし、優しさでもあった。そんな気遣いとも突き放しともいえる取れる言葉を康太郎に言わせたことが悔しかったのだ。
一方でシンは、康太郎を単独で行かせた場合、エールの命が無いものになると悟った。
元々、自分達の関係は薄い。康太郎からしてみればエールというのはどうでもいい余分な存在で、目標はあくまでキャスリンだ。
余分なのだから、余裕が無ければ切り捨てるしかない。
単独で金髪の悪魔に挑むという所業がいかに困難で無謀な行いかは考えずともわかることだ。そしてそんな無茶をする人物に大事な親友を任せることなど出来るだろうか。
ならば自分に出来ることは、この男の下で力をつけ、エールを殺させずに金髪の悪魔を降すという案に乗り協力することだ。康太郎は得体の知れない男だが、彼が賢明に救助作業をしているのを間近で見ているし、結果だけ見れば、シンが生きているのは康太郎のおかげとも取れるのだ。
裏で何を考えているかわからないし、その規格外の強さはなんなのかという疑問は残るが、一定の信用は置けるだろうとシンは考えた。
そんな風に二人が解釈した康太郎の真意は別のところにあった。
無論、二人が受け取った心情が無かったとは言えないが、それ以上に康太郎が描いた最悪の筋書きからすれば、少しでも戦力は必要だと感じ、打算から二人を鍛えると康太郎は言ったのだ。しかも強くなってもらわねば困ると思う程度には本気で鍛えるつもりだった。
冒険者協会の上位ランクだか知らないが、そんな有象無象では最悪の筋書きには対応できないと判断したからだ。
「よし、じゃあこれから特訓について説明するぞ」
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グラント正統帝国首都の地下深く、特殊諜報部隊セプテントリオンの会議室。
「命令書だけ寄越してくるなんて、頼み方が成っていないわ」
会議室の円卓に、皇室勅令の命令書がマスターによって投げられた。
内容は、北の大陸にいるというキャスリン=グッドスピードを暗殺せよというもの。
それに添付して公式なものとして展開される冒険者協会の暗殺作戦の詳細資料がつけられていたが、マスターはこれを一瞥しただけで同じように円卓に投げた。
「立場は上なのだから、せめて呼び出して命じるくらいはして欲しいものね」
それは無理だろうと、その場にいるセプテントリオンの全幹部が総ツッコミした。
マスターと呼ばれるセプテントリオンの隊長はあらゆる意味で規格外だ。
彼女がその気になれば、たった一人で皇室どころか帝国そのものを壊滅させることが可能だ。
もっと言えば、キャスリン=グッドスピードがした程度のことは、マスターにだって出来るのだ。
そんな危険人物が唯々諾々と命令に従っているのが皇室も政府高官も軍上層部も不気味でしょうがなく、しかも実際に対面した者は背筋が凍るほどのプレッシャーに晒され、肝を冷やす。用事があろうとも出来れば会わずに済ませたいというのが正直なところだ。
だが一方でその有能さ、帝国に対する益は計り知れないものがあった。
彼女がもたらした魔道具の技術は帝国の文明に何世代も軽く飛び越えるようなブレイクスルーを起こしている。
それは例えば自動車だったり、電車だったりという乗物がそうだし、超低燃費の映像出力機だったり、超長距離間の通信を可能とする携帯電話と呼ばれる代物だったり。
彼女が発表した当初は、民間にその多くは秘匿されていたが、帝国政府は徐々にそうした技術を放出する計画を建てて、順次民間にリークしている。
そんなマスターの手足たる円卓メンバー弐番星から七番星の6人の幹部は彼女に中てられても耐えられるメンバーばかりだが、 癖もあり反骨心も持っている彼らも彼女に逆らう気は毛頭ない。
マスターは存在そのものが王という種類なのだ。
だが今回、そんなモンスターを帝国は解き放つ決断をした。
魔物を従えるという世界の生態系やパワーバランスをも崩しかねないキャスリンという怪物に、こちらも怪物ことで対処しようというのだ。
それゆえの皇室の勅令であり、マスターそのものを動かすという大決定だった。
北斗七星の中でも一際大きな輝きを放つ巨星がついに動こうとしていた。