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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第5章 軍勢の愚帝(後編)
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第2部 第1話 再始動

 康太郎は全てを話した。


 その夢は何の予兆も無く始まったことを。何の心当たりもないことを。

 

 その夢はまるで現実と同じように五感が働くことを。

 

 そのくせ、現実ではありえない力を扱えることを。

 

 知り合ったエルフと二人で旅をしていることを、その軌跡を。

 

 現実で眼の色が蒼に変わったのは、夢を見始めてしばらく経ってからのことを。

 

 夢ではすでに二回死んでいるが、再び現実で眠れば同じ夢の中で復活していることを。 

 

 現実でトラックに轢かれた後、自分は夢の世界にいてそこで眠ったら、都合二回あった夢での復活と同じように現実でも復活を果たしたことを。


 そして夢の世界をD世界、現実をR世界として定義していることを。


 自分が経験したすべてを話し終えた後、康太郎は話し疲れてため息を一つ。存外に長い話になったものだと康太郎は思った。


「最後に一つ。まだちゃんと使ってないから確証はないけど、俺がD世界で使ってた力、固有秩序オリジン。それが今、どうもR世界でも使えるかもしれない。D世界でしかわからなかった力の流れが、今ではわかるんだ」


 それはつまり、また一つ異常が増えてしまったということだ。


 康太郎の父である錠太郎じょうたろう、そして母である朱里あかりは康太郎の話に何一つ口を挟むことはしなかった。


 康太郎が話し終えた後も二人は未だ口を開こうとしない。


「あの……何か感想は……?」


 あまりにも無反応なので康太郎が痺れを切らして声をかけた。


「……俺も昔、厄介ごとに巻き込まれていたが……お前のソレはさらに輪をかけて厄介だなと思ってな」


 先に口を開いたのは錠太郎だ。昔を懐かしむような自嘲めいた笑みを浮かべていた。


「そうねえ……」


 朱里も遠い目をして自嘲めいた眼をしていた。


「一体誰に似たのかしら。天然のトラブル体質なところは」


「……すまん、間違いなく俺だ」 


 錠太郎が片手で顔を覆いながら謝った。康太郎はその自虐的な態度に目を剥いた。

 

「いや、俺、苦労してるってことは無いよ。実のところ結構楽しいんだよね。D世界にいるの。でもはまりすぎて駄目というか。現実の妄想を夢に持ち込むのはいいけど、逆は駄目でしょ、やっぱり」


 夢はあくまで夢。どれだけ楽しくても、夢とは寝ている間に見るもので、現実を侵食していいものではないと康太郎は思っていた。


「現実ですげえ力が使える、ドヤァ、ってなれるほど俺はお調子者でもないし」


 康太郎は項垂れている錠太郎に努めて明るく言った。


「そして苦労を苦労と思っていないところとか、妙なところでモラルが強いところか、ねえ?」


「すまん、やっぱり俺だな」


 朱里の言葉にさらに顔色を悪くする錠太郎。康太郎には二人が何を言っているのかは良くわからないが、少なくとも褒められては無いのだろう。


「だが、俺に似ているということは、そうした困難も捻じ伏せることが出来るということでもある。お前に対してそうだったようにな」


 錠太郎の物言いに今度は朱里はむむっと顔をしかめた。そして苦笑。

 そんなやりとりを眺める康太郎からしてみれば、二人はただ単にのろけあっているだけであった。

 そんなものを見せ付けられても康太郎にとっては面白くもなんとも無い。


「もう帰れよバカップル」


 康太郎は蔑んだ目で吐き捨てた。


「「はっ」」


 息子にいままでされたことの無い反応をされて、流石に二人とも元に戻った。


「コホン。では情報を整理し、その上で行動の指針を決めることにするか」


 錠太郎が指を一つ立てた。


「まず一つ、D世界とは一体何なのかということだが、康太郎は現時点でD世界のことをなんだと思っている。 夢か? それとも別の何かか?」


 

 これは実に難儀な質問だと康太郎は思った。夢は確かに夢なのだ。眠った後の出来事なのだから。

 しかし夢から醒めて現実に目覚めてから、目が蒼くなることがあるだろうか。

 髪が蒼くなるだろうか。

 理力という説明できない力を感じることが出来ようか。

 死んでから蘇ることができようか。

 

 けれども自身が知っているファンタジー要素がいくつも散見できることが康太郎の妄想の類であるということを否定出来ずにいた。

 例えばアルティリア。彼女はエルフ、こちらの世界では御伽噺の存在だ。例えばドワーフ。例えば魔法。例えば、と上げればキリが無い。

 そういったものが都合よく登場しているのだ。妄想ではないと言い切れるものだろうか。

  

 またその一方で自分の妄想と言うには、細部のつくりがあまりにも出来すぎているのも事実だ。

 それぞれの国や町に、歴史があり、社会があり、経済がある。恋も友情も嫉妬も怨嗟もあり、人としての営みがそこらじゅうにあるのだ。


 考えれば考えるほどドツボに嵌っていく。

 そんな中で康太郎の出した答えは。


「ええっと。夢っていう形で存在する異世界……みたいな?」


 言っている康太郎自身でさえ半信半疑であった。


 一口に異世界って片付けられるほどおめでたい頭でもなかったが、かと言ってなんか凄い変な夢という小学生並みの感想みたいなことを言うのも憚られたので折衷案みたいな言ってる本人にも良くわからない回答になった。


「ふむ……当たらずとも遠からずといったところだろうな、今の情報量ならば」


 意外にも康太郎の回答に錠太郎は納得を示した。

 錠太郎は康太郎の話を聞いたうえで、D世界とは自分達が住む宇宙とは異なる法則の下に或る宇宙、つまり異世界なのだろうと既に当たりをつけていた。

 

 錠太郎自身は異世界という存在の実在を身を以って知っているわけではない。だがあってもおかしくないという認識はあった。

 

 それは、彼のオタク趣味や中二病、邪気眼といったそ要素から生み出された楽観的な妄想ではない。

 おぞましい死の危険を匂わせたモノと実際に出逢ったことがあるからだ。

 妻である朱里もかつてはそうしたモノの一つだった。

 

 そんな錠太郎の経験が、世の中には自分が知らない、あるいは認識できないだけで、様々な世界が或ることを信じさせる。

 そして現に息子に起こった不可思議な現象は、明らかに現実の法則を捻じ曲げているものだ。明らかに通常では考えられない法則が働いている証拠だ。


「ま、これまでどおり夢という認識を捨てることは無いがな。<不思議な夢>と考えていたほうが気楽でいい」


 錠太郎は言外にある可能性を示唆した。康太郎もそれを考え無かったわけではなかった。

 それは、<現状康太郎の意識は異なる世界を行き来しているが、これに康太郎の認識が深く影響しているのではないか>、という可能性だ。


 つまり夢であると認識しているからこそ、康太郎は一日置きに元の世界に戻ることができるという特異な体質になっているのではないかと。

 同時に、夢であると認識しているからこそ、夢で死んでも次の現実での就寝時には復活できているということになるのでは、ということだ。

 

 そして今回の康太郎の蘇生、いや復元(・・)はその逆転。夢の中にいると認識したからこそ、目覚めれば元に戻るという因果が成立した、と。


 それらは仮定に過ぎず、確証は無い。だが、夢ではないと否定して、果たしてどうなるのか。そこから先は命がけだ。

 康太郎が事故にあった後に訪れたD世界で眠るのが怖いと思ったのはその辺りが関係している。

 つまり、自分が居るD世界が今際の際に見ているものではないか、そして夢から醒めれば、待っているのは死亡した己の肉体に意識が戻る……完全に死ぬのではという恐怖だ。


「うん。見なくなればそれはそれでかまわないし」


 内心もったいないと思う気持ちはあるけれど。


「二つ目の確認だ。康太郎、お前はこの夢を自分だけが見ているものだと思うか?」


「……今までは俺一人かと思っていた。でも、そうじゃないかもと思い始めている」


「キャスリン=グッドスピードのことだな」


 康太郎は頷いた。

 まだ彼女が、現実における彼女と同一人物であるかの確認は出来ていない。だが、妄想であるというには、キャスリンという人物は不適切だ。

 

 キャスリン=グッドスピード、旧名:前島キャスリンは、小学校時代に一時期康太郎と同級生だった時期がある。

 彼女はガイコクジンと揶揄され周りとの違いから、からかい……虐めの対象になることもあった。そんな彼女をときに康太郎は手助けしたこともある。

 しかし彼女はすぐに親の仕事の都合ですぐに転校した。そんなものだから、いかに特徴的な女の子であっても、D世界でその名が出てくるまで康太郎は忘れていたのだ。

 そんな存在を妄想、願望の類の存在と考えるには無理がある。

 

 であるならあのキャスリンは、康太郎と同様の存在と考えるほうが自然だ。


「自分だけが特別……そんな風には考えないほうがいい。これは教訓として覚えておけ。世の中、オンリーワンなどそうそうあるものじゃない」


 ふと、錠太郎がそんな言葉を挟んだ。


「世の中は大概そうだ。でなければ、世の中は回らない。例外とはほんの極僅か。自分だけが例外とは、その事実が確定したその一瞬だけだ。例外であることと、思うことには隔絶した違いがある。それは驕りにも通ずる。用心しておくことだ」


 それは社会人としての経験、そして過去の壮絶な記憶が言わせた。


「さて、三つ目だ康太郎。お前の蘇生のメカニズムについてだ。夢で2回、現実で1回。お前は蘇った。そこにはある法則が働いているはずだ。それは何かわかるか?」


 錠太郎はすでにその法則を見つけていた。康太郎が知る限りの情報だけで見つけ出したのだから、康太郎にもその可能性は浮かび上がっている。


「俺が蘇るのは……D世界(夢)とR世界(現実)のいずれか一方が生きている場合。そして、肉体の状態は……生きている方の体をコピーする形で復元する」


 康太郎の答えに錠太郎は頷いた。


「そういうことになるな。夢での2回の復活ではわからなかっただろうが、現実に起こった一回では大きな違いがある。なにせ現実でのお前の肉体は四肢欠損こそなかったが、容赦なく蹂躙されていた。だが蘇ったお前は傷一つなく、それどころかD世界で変化した髪に、理力というD世界でしか感じられない力を操れるようになっていた。これはD世界側の肉体情報に基づいて復元が行われたということを示している」


「えーっと、ごめん。微妙に話についていけていないのだけれど、もうちょっとわかりやすく言ってもらえるかしら」


 朱里あかりが、小さく手を上げて質問した。朱里も錠太郎と同じ過去を共有しているが、朱里は感性で動くタイプであった。

 その上、話の内容は彼女のテリトリーから外れているため、いまいち理解出来ずにいた。


 朱里の言葉を受けて、錠太郎は部屋の隅においていた自分のカバンからメモ帳を取り出し何かを書き始めた。

 それを朱里に見せる。 錠太郎が書いたのは二つ描いた人のシルエットにAとA’と名付けた絵だった。


「現実側の肉体をA、夢の方の肉体をA’とする。例えばA’が死んだとする。するとこの駄目になったA’をAで上書きするんだ」


 錠太郎はA’に×を描き、Aから×を描いたA’の下にAを書いてそのAに〇をした。


「簡単に言えば肉体のコピー&ペーストだ。コピーされたAはD世界の環境に影響され、A’に変質する。今回はその逆だ。現実でAが死に、それをD世界のA’をコピー&ペーストすることで駄目になったAをA’で上書きしたんだ」


 錠太郎は、今度はAに×を描き、A’から矢印を描き、Aの下にA’を持ってきた。


「この論理で行くならば、理力が使えるA'の体もやがてこの世界に適応してAとなり、使えなくなるはずだが……今はどうだ? 康太郎」


 錠太郎の言葉に従い、康太郎は自身の中の理力を操り固有秩序オリジンをほんの僅かに発動させてみる。……成功。


「いや、まだ使えるみたい」


「ふむ……D世界からのコピーは、こちら側とはまた別ということか、あるいは、D世界がこちら側よりも上位の世界であるならば……そういえば康太郎。お前の目は死なずとも色が変わるという変化をしたな。その前に、何かD世界の側で切っ掛けが無かったか」


 康太郎は思い返す。一月ほど前のD世界の記憶。それは、まだフツノにいた頃であり、目が変化したのは、何があった後だったか。


「五条と戦った後だ……」


「五条。確か刀神と呼ばれた男だったか」


「うん、俺は五条との戦いで、壁を一つ乗り越えた……と思う。固有秩序の上限が上がったんだ」


「なるほどな。壁を越え、その結果がフィードバックされた。概ねそんなところだろうな」


 壁を越えた結果がフィードバックする。ならばこの髪も?

 そこで康太郎は思い返した。現実でトラックに轢かれた後のD世界で、力任せに固有秩序を発動させたことを。あの時、また一つ壁を越えたのではなかったか。


「ということは、俺がD世界で力を成長させるごとに、こっちの体も変化するってことかな?」


「さてな……今度向こうで壁を越えたときに確かめればいいさ」


「でもジョー君、だったら康太郎はどんどん普通の人間から離れって行っちゃうことにならない?」


 朱里が声を上げる。錠太郎も朱里も一度は常人から離れた身だった。

 それだけに康太郎が常人として生まれ育ったことを喜んだものだが、ここへ来てそれが崩れようとしている。


「かもしれん。だが、命には代えられないだろう?」


「それは、そうだけど……」


「話を聞く限り向こう側は、こちらよりも危険が多い。そんなところで出し惜しみして死ぬよりかは遥かにマシだ」


「でも、D世界で死んでも現実のこちら側が無事だったら……」


「朱里、危険だぞ。その考えは。それは命を軽く見ている。スペアがあるのだからどれだけ死んでもかまわんとな。だが、これまでがそうだったからといって、今後もそうであるという保証はないんだ」


 朱里ははっと成って気づいた。普段であれば、朱里がこうした考えに陥ることは無かったであろう。だが、彼女が思った以上に心労がたまっていたのだ。 


「ごめんね、康太郎。私変なこと言ったわ……」


「いいよ。謝らなくて。それに俺、もう死ぬつもりは無いしさ。死ぬって、本当に怖いんだよね。あの虚無はやっぱり別物って言うかさ。もう3回も味わってるんだから、4回目はもう無いよ」


 しょんぼりする朱里に対して、康太郎は明るく言った。

 康太郎は、しょげている家族というのは見たくなかった。康太郎にとっては親とは憧れであり、目標であり、そしてそういうものの前に大事な家族である。


「康太郎。取り急ぎ確認を取りたかったのは今の3点だ。その上で、俺が言いたい、今後お前がとるべき行動の指針は唯一つだ」


 錠太郎は、一度そこで言葉を切り、


「“いのちをたいせつに”ということだ」


 一体何処の竜を退治するRPGの作戦名だと康太郎は思った。 


「どこぞのAIみたいに消極的になれってことじゃないよね」


「無論だ。自分が生きるための最善を尽くすこと。当たり前のようでいて、当たり前ほど忠実に実行することは難しいものだ。だからこの先、何があろうとも、生きることを諦めずに、最優先で行動しろ。絶対だぞ?」


「りょーかい。お父さん」


「とはいえ、前途多難な道のりであることは間違いない。お前がD世界との関係をどうするにしても手がかりが少なすぎるしな。それにD世界で派手に行動を起こせば、もしかしたら、こちら側でその存在を知るものからのコンタクトもあるやもしれん。何かあれば、遠慮なく俺達を頼れ」


 錠太郎は薄く笑みを浮べ、康太郎の肩をぽんと叩いた。


「そうね……私も仕事にかまけてばかりな所もあったし、今後はちゃんと家に帰る様にするわ。だから困ったことがあればいつでも力になるからね」


 朱里も康太郎の手を握り、協力を約束した。


 謎は謎として残ったままな上、今回のことで、余計ややこしいことになった気もするが、それはそれだ。

 もはやD世界は康太郎一人で抱える問題ではなくなった。 

 康太郎は、より一層の強い意志で以ってD世界と向き合うことを決めたのだった。









「康太郎君!」 


 談笑する九重家のプライベートルームと化していた康太郎の病室に突如として、そんな強い声が響いた。

 ドアが勢いよくスライドし、姿を見せたのは息を切らせた和装の少女だ。

 その後ろには背の高い、優男風の少年がいる。


「コウ……!」

「康太郎君!」


 踏み込みは少女の方が早かった。

 少年よりも先んじた少女は、錠太郎たちをすり抜け、ベッドの上の康太郎の胸に飛び込んだ。


「佐伯……!? 神木君も……!?」


「康太郎君……ああ、よかった、本当に……!」


「大胆だな」


「あらあら、康太郎にいつの間に春が?」


 今は夏ですよ、お母さん。などと康太郎はずれた反応をした朱里に心の中で突っ込みを入れた。


「コウ……まったく本当に驚かせてくれるな、どんなマジックを使ったんだい?」


 佐伯水鳥に神木征士郎。 二人は同じ学校の友人である。


 神木は泣き笑いのような複雑な表情を浮かべていた。


「え……? 何、なんで?」


 言外に何故ここに居ると問う康太郎。

 水鳥にはいいようにされているが、流石に邪険に扱うのはためらわれた。死んでたし。


「ああ、家の者をここに置いておいたんだ。そうしたら、まだご両親は自宅に戻っていないし、何か慌しいってことで調べさせたら、君が生きているってことがわかったからさ」


 康太郎は神木の口からあまり聞きなれない種類の言葉が聞こえたので耳を疑った。

 家の者? 神木の家は富豪の家か何かか?

 

 康太郎は佐伯水鳥がSPを侍らすようなやんごとない家系であることは知っていたが、神木についてはまったく聞き及んでいなかった。

 それにこの二人が同時に現れたというのも解せなかった。

 まさか二人は、学校で出会う前から知り合いではないのだろうか。しかも神木の家も佐伯の家と同等の家系だったりするのかと。


「ねえ、佐伯と神木君ってもしかして、結構付き合いあったりするの?」


 一瞬、刹那と呼ぶに値する時間だったが、神木は笑顔が凍りつき、康太郎の胸で震えていた水鳥はぴたりと動きを止めた。


「いや? そんなことは。佐伯さんとは学校で会うくらいだったし、ねえ?」

 

 神木が水鳥に同意を求めた。

 水鳥は康太郎の胸から離れ、涙をぬぐいながら、


「ええ。偶然です。私も家の者を置いてあっただけですので」


 嫌な偶然だな、と康太郎は思った。

 二人が示した妙な反応から、二人が元々付き合いがあったのも、他人として振る舞っていた康太郎には既に筒抜けになった。

 とはいえ、隠したがっているところをあえて暴き立てることもあるまいと康太郎は生暖かい優しさで以って嫌な偶然であるということにしておいた。


「ああ、ところで神木君、一年の時のクラスメイトの連絡網、携帯とかに入れてない?」


「え? 入れてないけど……家の方に確認すれば、すぐにわかるけど、何で?」


「二人が来て思い出した。ちょっと連絡を入れておきたい人がいるんだ」



 


 神木からある電話番号を聞き出し、康太郎が向かったのは病院一階ロビーにある公衆電話スペースである。


 部屋を出る前に佐伯が「はっ、あの女ですね、そうはさせません!」と妨害してきたので、康太郎は延髄蹴りで黙らせた。

 佐伯のSP二人が康太郎を取り押さえようとしたので、やはり延髄蹴りで黙らせた。固有秩序様様である。

 錠太郎と朱里は何も言わなかった。所詮子供のじゃれあいだと思っていた。無論、この認識はずれている。

 神木も何も言わなかった。内心では、ほの暗い笑みを浮かべて「ざまぁ」と思っていた。



 康太郎は朱里から貰った10円硬貨5枚を公衆電話に一気に投入し、電話番号を押し込む。

 康太郎はそういえば、一度も電話なんてしたことも無かったなと思いながら応答を待った。










『……はい』


「あ、穂波さんのお宅でしょうか? あの九重と申しまして、紫織子さんはいらっしゃいますでしょうか、同じ高校に通っているんですが……」


『……九重?』


「あ、もしかして穂波さん? うん、そう、九重康太郎です」


『……なんで? だって、事故で、病院にって……』


「ああ、やっぱり報道されてたんだ。うん、まあ事故はあったんだけど、なんか色々あって無事だったんだ」


『……どうして?』


「な、何が?」


『どうして私に、九重が無事ってことを知らせようと思ったの?』


「……今更ながらに、何でだろう。自分でも良くわかんないや」


『……?』


「あ! えっとさ、コミットでも会ったし、もしかしたら俺の事故を帰った後に見てて、せっかくのコミット帰りに後味悪くしてたら嫌だなあって……って自意識過剰か。あはは」


『……っ……』


「ん? 穂波さん?」


『……なんでもない。九重が無事で、よかった。本当に』


「用件はそれだけなんだ。ゴメンね、わざわざ電話までしちゃって」


『……ううん。そんなこと、ない。……からも』


「へっ?」


『これからも、電話、くれるなら、出るし。別に。遠慮することは、ない。九重と話すの、嫌いじゃ、ないし』


「……うん、わかった。また気が向いたときには電話するよ」


『それじゃあ、また。体調には、気をつけて』


「うん。養生するよ」



 康太郎は受話器を置いた。妙な達成感で胸が一杯に満たされていた。

 

「穂波さん、あれやっぱり泣いてた、よな? ……電話しといて、よかったな」


 何気にとてつもなく大胆なことをした気がするが後悔はなかった。





 

読んでいただきありがとうございました。


説明回ゆえ少々長くなりました。ここからしばらく書き溜めタイムに入ります。大体1週間から10日程度です。


感想評価お気に入りなどお待ちしております。

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