第5話 ファーストコンタクト
(……わかった、よかろう。ココノエの疑問に答えてやる。それで何から知りたいのだ)
俺は胡坐をかいて腕を組み、うーんと唸ってみせる。
実のところ、アンジェルに話すべき俺の素性は、もう決まっている。
それが真実かどうかはどうでもいい。アンジェルの納得も必要ない。
なぜならそれを話したところで、それを立証するための証拠がどこにもないからだ。
この場においては俺の発言だけが、俺の背景を形作るのである。
さて、聞いてみたい事は塵のごとく細かく、山のように膨大だ。
しかしながら、俺と会話しているのは世界蛇のアンジェル氏。常人であれば会話するのもままならぬ御仁だ。
そのような御仁相手に聞くべきこととは一体なんだろうか。
できれば彼にしか答えられないような質問が望ましい。
ま、そうは言うものの、この夢における常識がまったくわからない俺は、アンジェルしかわからないような質問といっても、それが正解かどうかもわからない。
ええい、ままよ。身近な疑問からいくか。
「アンジェル、あそこで二人、伸びているだろう」
俺は先刻、不幸にもぶっ飛ばしてしまったエルフっぽい二人を指差した。
「あの人たちって種族的にエルフって呼ばれてる存在か?」
「守り人か……うむ確かそのような名の種族で間違いないぞ」
ほほう。そのままずばりのエルフさんだったか。まあ俺の夢だからな。オーソドックスなネーミングを外すこともしていないのだろう。
こうなるとドワーフ師匠に各種もふもふパーツつきの獣人さんなんてのも平気でいそうだな。
「あの守り人たちは、ココノエが倒したのか」
「あれは不幸な事件だったのさ……」
「何を遠い目をしておる」
アンジェルさん、アンタ、突込みの才能あるかもね。
「まあよい。それにしても見事なものだな」
「ほよ?」
俺は、小首を傾げてみせる。
「我の見たところ、彼奴らは怪我の類は一切しておらぬ。見事な手心であるなと思ってな」
一目見て怪我のあるなしがわかるのか。アンジェルさん、マジ慧眼。
「守り人と言っていたけど、知り合いなのか?」
「個として知っているものはほとんどおらぬ。そもそも我はあのような守り人など必要としてはおらぬしな。彼奴らは我が始祖からの付き合いがある種族というから、害することはしていないというだけだ」
アンジェルは要らないという守り人か。さしずめ、この森の管理人、ってところか? その辺は聞き出すと長くなりそうだ。
「そういえば、俺はあのエルフとまったく会話が成立しなかったんだ。相手が何を言っているかもわからなかったし、向こうも同じようだった。だがアンジェル、お前は俺の言葉を理解していたし、なんか念話みたいなものでこうして俺に話しかけることもできるよな。そういうことって、エルフはできないものなのか?」
このポイントについては是非ともはっきりさせておきたいところ。
「我がお主の言葉を理解しているのは、それを可能とする魔法を使っているからだ。念話も魔法に近いが、こちらは相手にも魔力を感じ取る素養がなければ内容を理解することはできん」
……魔法。魔法! ま・ほ・う!! 魔法と言えば、あの魔法か! いや他にどんな魔法があるかは知らないが。
俺は本当にオーソドックスなのが好きなんだなあ。
「じゃあ、俺の中にも魔力があるってことかなのか?」
ならば俺にも魔法が使える可能性が出てくる。夢の中とはいえ、このリアリティで使えるとなれば、まんざらじゃないぞ。
「いや、お主の中には魔力はないぞ」
「な、なんですと!? 聞き捨てならないぞ! 魔力を感じ取る素養云々言ってたのと矛盾するじゃないか!」
俺の大げさな反応にアンジェルは嘆息しながらも答える。
(我が言ったのは魔力を<感じ取る>素養だ。魔力の有無は問題ではない。そもそも他者の魔力を感じるというのは、誰にでもできることではない。それに――)
「それに?」
(今のお主には魔力が作られていないだけだ。作ればお前の中にも魔力が生まれるぞ)
「……魔力って作るもんなの?」
(……そこから、か)
ぬう、すっげー呆れられている。まあいい。
「そういや、理力がどうのって言ってなかったっけ?」
理力という言葉はアンジェルと初めて出会ったときに聞いた言葉だったはずだ。その後にも何度かちらほらと。
(それを説明すれば魔力の説明ともなるな、まずはそこからか)
(理力というものは森羅万象、すべてのものに宿っている。理力はすべての源なのだ)
(理力は、それ単体で扱うには極めて困難だ。この理力を、扱えるものに変換したものが魔力。それを用いて構築し、起こす現象の総称を魔法という。ここまでは良いか?)
俺は右手を上げながら質問した。
「しつもーん、何で理力単体で扱うことが難しいんだ。魔力に変換するのは可能なのに」
俺の質問に、アンジェルはすこし苦い顔をして答える。
(正確なところはわからん。そういうものだからとしか我には言えんな。疑問に思ったこともない)
これは質問が悪かったか。 これは生き字引にする類の質問ではないな。
りんごがなぜ落ちるのかとか、そういう常識を疑問に思える天才に聞く必要があるな。
(先も言ったように理力はそれ単体で扱うことは困難だ。不可能と言ってもいい。だが、その不可能でなければ成立しない例外が存在する。理力そのものを操作し、この世に新たな法則を生み出す力。それこそが固有秩序――オリジンだ」
出てきた、中二病的ネーミングのキーワード。
(我はお主の強さを固有秩序によるものと考えた。魔力を感じず、しかし理力は呆れるほどに力強い。もっとも、我自身、固有秩序の実物など見たことがないので、あくまで推測に過ぎないがな)
アンジェルがこんな言い方をする固有秩序とは、それだけありえない力ということか。
「そんな存在が不確かなものに、なんでそんな大層な名前がつけられて伝わっているんだ?」
(遥か太古の神代の時代では、当たり前のように存在していたものだったらしい。一部の魔法にはかつての固有秩序を擬似的に再現したものもある。我がおぬしの言葉を理解できる魔法も、元は固有秩序だ。しかし、那由他の時に廃れ、今に至るというわけだ)
ふーむ、意外と奥深い。が、似たような話はいくつか知っている。それらがベースとなっているのだろう。
それに俺の力が固有秩序が由来であると言う説にも納得できる。というか、そういう設定なのだろう。
あの思考力、超人的な身体能力は確かにそうでなきゃ説明がつかない。
「理力とか、魔力とかについては、まあ大体わかったよ。俺がお前に勝てたのも、多分固有秩序のおかげだろう。んで、そういう話を聞いていて俺について分かったことがある」
(ほほう?)
興味深げに顔を寄せてくるアンジェル。いや、ちょ、近い、近いよアンジェルさん! この蛇、急にフレンドリーだなあ、もう!
「んんっ、おほん。俺はおそらく、異世界人って奴だ」
(異世界……?)
俺は首を縦に振って肯定する。
「アンジェル、俺が元いた場所、世界には魔力や魔法が存在しないんだ。理力なんて概念すら存在していない」
(ふうむ……)
険しい顔をして考えるアンジェル。少しして、アンジェルは首を振って話の続きを促した。
「……俺がアンジェルの森にやってきたのは不可抗力だ。なぜこの世界にやってきたかは原因は、俺にもわからない。だが、この世界には、魔法やそれこそ固有秩序なんていう超常の力があるってことがわかった。そういう何らかの力が働いて、俺はこの世界にやってきた……んじゃないかな」
(…………)
あ、黙ってしまった。これじゃあ、納得しないかぁ。
(……異世界からやってきたのはいいとして、そんなお前が存在も知らない固有秩序をどうして使えたのだ)
「異世界人だから……とか? それこそ、理力が扱いにくいことに理由がないのと同じじゃないか? 異世界人は固有秩序を簡単に使うことができる。そういうものと考えてくれ」
(ううむ、しかしなあ……)
体をうねうねさせながら、悶えるアンジェル。いや、怖いよ。
こいつ、理力の説明のときは適当に流したのに、他人の説明には論理を求めるのかよ!
っていうか、お前の納得なんざ、こっちにはどうでもいいんだよ。
「それにほら、あのエルフたちに俺の言葉が通じなかったのも、俺が異世界から来たってことで説明がつくだろ? 世界が違えば、言語体系が違ってたってなんらおかしくないし!」
(……うむ、わかった、とりあえず、その説明でよしとしよう)
俺の力強い主張にとりあえず疑問の矛先を収めるアンジェル。
(しかし、異世界人が皆、お主のように固有秩序の使い手であるかと思うと、まったく凄まじい話だ)
「まあ、向こうじゃ、俺は何も出来ない市井の学生さんだからなあ。自分が凄いとか言われてもピンと来ない」
そんな俺の言葉を聞いたアンジェルは、険しい表情で俺を見据えた。
(そのような態度では困るぞ、ココノエ。お主は王種・世界蛇である我を下したのだぞ? お前がそうでは、我の格まで落ちるというものだ)
「ちょ、凄むなよ。ただでさえ怖いんだから。……ところでアンジェル、お前は確か自分のことを世界蛇だって言ってたけど、今の王種っていうのは?」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸(?)をぐんと張ってみせるアンジェル。その顔はどこか誇らしげですらある。
「王種とは、この世の頂点に立ち、世界の理を体現する偉大な種のことだ。世界蛇たる我も、王種であるぞ」
自分を語るアンジェルはなんだか輝いて見える。というか実際に光ってる。
つうか、俺はそんな化け物中の化け物とバトルしてたのか。夢じゃなけりゃ死んでるぞ。
さて、アンジェルとの親睦も深まったことだし、ちょっとお願いをしてみるか。
「アンジェル、折り入って頼みがあるんだけど……」
俺は、倒れているエルフ二人組を指差して、
「ちょっと、後ろ盾になってくれない?」
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「ん……」
あれ、私は何をしていたのだろう。
覚醒しきっていない私は、自分の今の状況がつかめていなかった。
働かない頭で必死に記憶を辿ってみる。
確か今日は、兄さんと一緒に森を回っていて……そうしたら、世界蛇様が暴れていて……近くまで様子を見に行ったら、世界蛇様は人間と戦っていて……それから、それから……確か、はだか、の……!?
「ああ!!」
思い出したくないものを思い出して、私は完全に目を覚ました。
そうだ、あの男、世界蛇様を倒した、あの、人間……しかも、よりによってあんな……あん、な……
(気がついたようだな)
「ひゃああああああっ!!」
驚きに私は思わず後ずさる。
目を覚ました私の目の前に、世界蛇様の大きな顔が視界いっぱいに写ったのだ。
「せ、世界蛇、様……?」
喉が渇いて、かろうじて出て声は上ずっていた。
王種であるこのお方と直接お話したことは、今までになかったので凄く緊張していたのだ。
(うむ、守り人の娘よ。ココノエがお主に話したいことがあるそうなのでな。ココノエ、やってみるがいい)
ココノエ? 誰のことだろうか?
(あー、あー、テステス。ただいまマイクのテスト中、本日は晴天なり、本日は晴天なり)
えっ!? 頭の中に知らない男の声が響いてきた。兄さんでもない、世界蛇様でもない。
では一体誰が……?
そう思っていると、世界蛇様の体に隠れて、顔だけ出してこちらを見ている男がいた。
こいつは、世界蛇様を倒した、あの……!?
(えーと、聞こえているみたいだね、お嬢さん。俺の名前は、<九重 康太郎>。貴女はなんていうお名前ですか?)
私はこのときの出会いを、どれだけの年月を経ようとも、鮮明に思い出すことが出来る。
これが私、アルティリアとコータローの、本当の意味での初邂逅だった。
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第6話に続く。
避けては通れぬ設定話でした。
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