第53話 二重生活の軌跡
「よっこいしょっと……」
とりあえずベッドから起き上がる。
なんか服が病院着っちゅーか、ソレらしいものに着替えられてる。
とりあえず椅子に座ったまま眠るお父さんとお母さんをゆすり起こす。
「もしもーし、起きてくださいよー……」
「ん……」
先に起きたのはお父さんのほうだった。
徐々に意識が覚醒し、薄く目が開いた。
「あ、起きた。おはよ……うっ!!」
スッと伸ばされたお父さんの手が俺の首を掴んで締め付けてきた。
「な……なに……!?」
「お前……一体何者だ」
はぁ? 何を言っているんだ!?
ぎらぎらと殺意を放つお父さんを、俺は知らない。知りたくも無かった。
暴力を振るうことは数あれど、そこには愛があったのだ。
だがこれは違う。忌々しいものを見る、唾棄すべきと断じている目だ。
「ちょ、っと、まず……離せ、よ……!」
俺の首をつかんだお父さんの腕を力一杯に握る。
「ぬおッ……!」
「あれ……?」
俺に腕をつかまれたお父さんは痛みに顔を歪ませた。同時に俺の首をつかむ力も緩みなんとか殺されずに済んだ。
俺よりも体格のいいお父さんは当然ながら、俺よりも力が強かった。
高校生になってもそれは変わらないと思っていたが……。
俺は振り払うようにお父さんの腕を放した。
「俺だよ。康太郎だよ、お父さん」
まだお父さんからの殺気は消えていない。油断ならぬ、少しでも怪しいところがあれば今度こそ確実に……と息巻いているかのようだ。
「……本当に康太郎か」
「いや、だからそう言ってるじゃん」
俺は努めて、普段の調子で答えた。
互いの間に弛緩した空気が流れ始める。それでも殺気はまだ消えていない。
お父さんが口元に手をやり、ほんの一呼吸分考える仕草をして、
「ハイパー戦隊シリーズ、第17作のタイトルは?」
「……はい?」
「答えられんのか? あ?」
質問の意図がまるで見えないが、とりあえず答えておこう。
めっさ怖いし。なまら怖いし。
「……五光戦隊・ライレンジャー」
「魔王少女ラディカルこのは第2期シリーズの第10話で初登場となった、このはが放った近接突破攻撃の名前は?」
しぶしぶ答えたら間髪要れずに次の問題を出してきた。
ていうかおい、なんでお父さんが魔王少女ラディカルこのはのことを知っている。アンタ、俺のコレクションを漁ったのか。
ふん、だが、この程度問題にもならぬ……ッ!
「ドミネイトバスター・C.Q.S」
「ではその攻撃の際に使った魔力カートリッジの数をシークエンス別に答えろ」
あらマニアック……だがこの程度で音を上げるなら、オタクなどとは呼べん!!
「術式展開に1発、突貫用魔力ブレード生成に5発、最後のゼロ距離射撃で6発……ッ!」
正解のはずだ。
お父さんと俺の間でしばし沈黙が支配する。
「う……うん……、あれ、ジョーくん、どうしたのー……?」
お母さんが目を覚ましたらしい。間もなくしてお父さんからも殺気が霧散した。
「――康太郎が生き返ったらしい。理由は不明だが」
お父さんが俺を康太郎であると認めてくれた。
それはいいんだが、あんなクイズで本人確認とか、ないわ……。
ジ〇ジョ第三部で終盤で敵に奪われた血液を再度輸血したジョ〇フの本人確認と同じ趣向じゃねえか。
さすが俺の親、一々センスがぶっ飛んでるわ。
「へ……なに言って……?」
寝ぼけているお母さんの目は赤く腫れていた。少々やつれ気味な面も相まって本当は綺麗なのにひどいことになっている。
どうやら俺が死んでいる間にかなり泣いたらしい。
「おはよう、お母さん。というか、久しぶりだね2週間ぶりくらい?」
俺とお母さんの目線が合ったので声をかけた。じーっと俺を見つめるお母さん。
するとメガネ越しのその目に、剣呑な光が宿った。
……ええっ?
お母さんまで? お父さんの先ほどの殺気全開の視線以上にありえないものを見た。
仕事中毒気味だけど、仕事は一切家庭に持ち込まない優しいお母さんが、俺にそんな瞳を向けるのが信じられない。
「ジョーくん、コレ、本物?」
その声音も今までに聴いたことの無い鋭さと冷たさを秘めていた。まるで研ぎ澄まされた抜き身の刀のような。
「本物だ、さっき確認した」
嘆息しながら、お父さんが答えた。そういえば、二人がケンカしているところを見たことが無いが、その力関係はいかようなものなのだろうか。
「リビングデッドや寄生されている可能性は?」
バイ〇ハザードかよ。もしくは、パラサイト・〇ヴかよ。
けれどお母さんはオタクであるどころか、そうしたゲームにも興味を示したことは無いはずだ。
そしてお母さんの声音は真剣そのものだ。一体何を言っているんだ?
「ありえんな。リビングデッドであれば問答無用で襲いかかってくるだろうし、寄生であればさっき俺が出した問題に答えられるはずも無いからな」
お父さんも何言ってんだ。
「大体、その手の連中は俺達がすべて斃している。残りカスが出てくるのなら、とうの昔に出てきているはずだ。間違いないよ、朱里。この康太郎は本当に本物だ」
「あ……」
お父さんの言葉を受けて、ようやくお母さんの瞳から剣呑な光が消え失せ、変わりに涙がたまっていく。
「康太郎……? 康太郎なのね?」
「……うん。ご心配おかけしました」
俺は安堵から笑みもお母さん達に向けた。
お母さんは立ち上がり、俺に抱きついてきた。
「ああ……康太郎……康太郎……!」
お母さんが泣いている。ああこうして抱きしめてもらうのは本当にいつ以来だろうか。
昔は大きく感じたのに、今ではこんなにも小さいなんて。
「詳しいことはまたあとで聞くが……よく戻った。康太郎」
抱きしめ合う俺とお母さんごと、お父さんは抱いた。お父さんの方は相変わらず、大きく感じた。
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それからはもう、大変である。って小学生の感想並みのことしか言えないな。でもしょうがないだろう? 本当に凄いことが起きたら、語る言葉はそれだけ陳腐に成ってしまう。
なにせ曲がりなりにも死人が、しかも医師が死亡したと断定した時間から数時間後に目覚めたんだ。
しかも手術跡や止血跡もまったくない、綺麗な体になっている。こうなればもう目も当てられない。
これが既に遺体を運びだした後であったらなら、もっとややこしいことになっていただろう。
法的な手続きは俺の死亡記録を白紙にするところから始めて、最終的に俺はとりあえず検査入院することと相成った。
入院に際しては俺が未成年ということ、またその特殊性から個室が与えられた。
そして予想通り、D世界で変化したあの蒼メッシュもそのままである。
おかげで本人であることを病院側からも疑われた。まああの二人のようにぶっ飛んだ方向ではなかったけれども。
「あ、そういえばコミットの戦利品……楽しみにしてたのになあ」
俺は病院のベッドの上で上半身だけ起こしていた。
「言うに事欠いてそれか」
「いやいや、大事だから。すっげー大事だから! あ、そういえば携帯電話も――」
「はぁ……まったく今回は人騒がせなことをしてくれたものだが……お前に対して手間がかかったのは最初の数年だけで、あとは手が掛からなかったからな。そのツケが回ってきたというべきか」
お父さんがやれやれといった風情で言った。けれど俺のことを非難する感情は一つもなくて、そして安堵していることが伝わってきた。
「でも、どんな理由があるにせよ、康太郎が生きててくれて、私は嬉しいわ」
お母さんも今では笑顔を取り戻していた。
「そういえば、こうして3人揃うのって久しぶりじゃない?」
お母さんは泊り込みだったり、短期出張だったりと家にいないことも多い。お父さんは毎日家に帰るけど、遅くなることはしょっちゅうだし。そして今度はそのお父さんの方が海外出張だ。
それでも九重家の家族仲は良好です。康太郎はきわめて愛されて育っています。
「そうね~。でもジョーくんは旅立ってしまうのよね」
「うむ。だが、流石に一日二日は、ずらすようにするさ」
ほう。ならば、久しぶりに家族の団欒……というわけにも行かないか。俺がこんなだし。まあただの検査入院だから、それこそ明後日くらいには退院できるのではないだろうか。
「さて康太郎、今からお前の身の上について、話せるか? 疲れているのなら、また明日でもかまわんが」
お父さんが俺の体を気遣った。別に何かを代償にして、復活しましたという意識は俺には無い。
いや既にもしかすると、とんでもないことになっているかもしれないが話す元気はある。
「いや、話すよ。信じてもらえるかどうかは別だけど」
そんな俺の言葉に、お母さんは苦笑してあのね康太郎と前置きした。
「私もジョー君も、この世にはどんな荒唐無稽なことでも起こりうることを身をもって知っているの。だからそれが嘘でないと貴方が言うのなら、どんなことでも受け入れるわ」
お母さんが俺の言葉を退けた。どんな荒唐無稽でも、というお母さん。あのとき見せた剣呑さがソレだというのなら、嘘ではないだろう。あんなお母さんは、見ていて悲しくなってくるから。
「うん、ありがとう。長くなるけど一から話すよ。何が必要な情報か、わからないからさ」
そうして俺はすべて、包み隠さず話した。
何の予兆も無く俺の身に訪れた、Dと名付けた世界と現実を行き来する二重生活の軌跡を。
第1部 ~Reiterating Dream~ 完
次回より 第2部 ~D&D~ 開始
短くてすみませんがキリが良くなかったので、ここまでの投稿です。
第5章の途中なのに第1部完とはこれいかに。
すでに次回分も書いているので、これで終わることは無いですのでご安心ください。
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