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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第5章 軍勢の愚帝
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第52話 ただ眠るだけの簡単な命がけ






~~~~~~

~~~~~~

 

 


 その目覚めは、最悪だった。

 気持ち悪い、こみ上げる嘔吐感が止まらない。

 寝ゲロなんぞ勘弁なので、急いでトイレに駆け込み、盛大にぶちまけた。

 

 中身がすっからかんになるまで出しつくし、トイレから出たところですっと力が抜けて、その場にへたり込む。

 

 ああ、これはなんだ(・・・・・・)今の俺は何だ(・・・・・・)


 自分の中の理力の流れを感じる。空気の中にある理力を感じる。

 つまりここはD世界。俺、九重康太郎の夢の中だ。


 だけど、D世界に来る前のR世界――現実での最後は、コンビニを出ようとした瞬間にトラックが迫ってきて……。

 

 D世界で都合2度、感じた死。それを体が覚えている。そして、トラックが迫ってきた時の意識の断裂は、まさにそれと同じ。


 なのに俺はD世界にいる。夢を、見ている。


 だったら、俺は死んでいない、ということになるのか……?


 だけど、今度はそれまでの2回とわけが違う。あれは紛れも無く現実だったのだ。

 夢で死んだって、現実で死ぬわけじゃない。でもその逆はありえない。


 ここで最初の問いに戻る。では、このD世界で生きている今の俺は何だ(・・・・・・)


 わからない、わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからない。

 混乱する思考がぐるりぐるりとループする。


 今の俺は普通じゃない。はっきり言って気が触れているといってもいい。


 そんな状態にもかかわらず藁にもすがる気持ちで、固有秩序オリジン存在超強化ハイパーブースターを発動した。

 もはや破れかぶれもいい所だった。

 しかし、俺はいつも(・・・・・)届かない男(・・・・・)、九重康太郎だ。

 これくらいの無茶をしたところで、大事はあるまいと高をくくった。


 五条との戦いで上限の上がった臨界点へ軽く到達、そこからさらに壁を一つ二つを越えて尚も理力の高まりは止まらない。感情のままに発動した固有秩序オリジンは、もはやコントロールを失い、余剰理力が体の外側に流れ出して、スパークを起こしている。

 

 そうして混乱しながらも強化された思考で、導き出される様々な可能性を片っ端から拾い上げるという力業を実現する。


「ちょっと、コウ! どうしたのよ!!」


 存在超強化ハイパーブースターの発動を感知したのだろう。アルティリアがあわてて駆け寄るが、俺の周囲に発生するスパークに阻まれて近づくことが出来ない。


「コウ! 落ち着きなさい、コウ!!」


 アルティリアの呼びかけが聞こえる。普段なら心地よい声が、今はただ耳障りだ。


 拾い上げた可能性を振り分けて並列思考で系統化、同時に高速思考を展開し、考察を実行。

 

 いくつかの結論が出来上がり、そこでようやく、混乱が収まる。


 だが、それでも心中穏やかではいられない。


 まずは今日の夜だ。仮説が正しければ、俺は現実に戻れる(・・・・・・)

 しかし、そうでなければ、俺はD世界でも(・・・・・)消滅することになる。

 

「コ、コウ……?」


 アルティリアが恐る恐る指先でちょんと俺をつついていた。


「ごめん、アティ。迷惑かけた」


 俺は素直に頭を下げて謝った。


「え? いや、いいんだけども……何があったの?」


 おそらく今の俺は酷くだらしない顔をしていると思う。そんな俺の身を案じてアルティリアが問うてきた。


「あー、なんていうのかな、若気の至りが爆発しそうになったからとか、そんな感じ」


 俺は答えに困って少々明後日の方向で言い訳した。


 アルティリアがその意味を理解しなかったことが、彼女が根っからの清純派であることが明確にした……ちょっと俺の中で株が上がった。


「よくわからないけど……その髪は?」


「髪?」


「蒼くなってるわよ」


 なんですと? 部屋に戻って鏡でみてみるとそこには。


「わお」


 髪の一部分が蒼く変色していた……蒼メッシュとか、似合わねー。






 


 宿の食堂で簡素な朝食をとる。羊乳に固めのパン、キャベツやたまねぎなどの多くの野菜を煮詰めた鳥スープの取り合わせだ。

 鳥のうまみを柔らかくなった野菜が吸収し、食が進む。このスープにパンを浸して食べてもそのうまみを堪能できる。 

 本来は肉の腸詰めや、オムレツなど、もうすこしバリエーションがあるメニューを提供しているらしいのだが、先の襲撃もあった影響で食材を被災者に対し提供しているため、メニューには出せなかったそうだ。

 食堂のおじさんが申し訳無さそうに謝っていたが、もちろんかまわないと了承している。困ったときはお互い様なのだから。



 食事が終わった後、俺とアルティリアはドラゴニュートの少年、シンから情報を聞き出すべく、宿の一室に防音結界を張って聴取することにした。

 防音結界はアルティリアが展開したものだ。

 本当にアルティリアは芸が多い。


「アティ、防音結界とかよく覚えてるな」


「カーナ様が覚えておいて損は無いって。他にも使う機会があるのかしらって魔法をいくつか習ってるわ」


 さすが賢聖の弟子。遊撃手としての指導が行き届いているなあ。


「あの、なんで防音結界なんか……?」


 シンがその意図が読めず、恐る恐る聞いてきた。どうも彼は人見知りらしい。

 そうでなくとも、俺の戦闘を目の当たりにしているから、余計人見知りが増長しているのかも知れないけど。


「そりゃあこれからキリキリ吐いてもらわないといけないからさ。でもそれが俺達の胸に留めて置かなきゃいけない情報かもしれないからさ」


「は、はい……」


 やはり俺が相手だと萎縮するらしい。

 あの空中戦では体を張って俺を止めたのに。あーこの子はあれか、のび太くんタイプか。


「ちょっとコウそんなに凄まないでよ。彼、怖がっているじゃない」


 アルティリアに諌められた。


「いやいや、俺のような人畜無害が凄んだって、迫力なんて出るかよ」


「はいはい、コウが思ってるならそうかもね、コウの中では」


 やめろ、その言い回しはやめろ! なんだかドキっとするだろうが。


「えっとね、シン。コウ……じゃない、ナインってば見てのとおりだけど、こう見えて実力は確かだし、いい意味でお人よしよ。貴方の事情を話せば、形はどうあれ力になってくれると思う」


 ベッドに座り俯くシンの顔をしたから覗き込むようにして語りかけるアルティリア。


 シンの反応はわかりやすかった。間近に迫ったアルティリアを避けるように反射的に顔を上げて後ろに上体をそらした。

 彼の顔が僅かに赤い。


 まあアルティリアって贔屓目でなく綺麗だからな。エルフという種族的な傾向から言っても頭一つ抜けている印象はある。珍しく銀髪だし。


 これは別にシンに対してフラグが立っているという話ではなく、どちらかといえば、近所の綺麗なお姉さんとお話するときの緊張に似ている、と思う。


「わ、わかった……どこから話せばいい……ですか?」


 






「そうだな……まずシン自身のことを聞かせてもらおうか。あのエールって竜のことも含めてな」


「わかった……僕の一族は、征竜様に従っていた竜から派生した竜人族ドラゴニュートなんだ。だから、ほかの竜人族ドラゴニュートたちとは違って野に下らず、征竜様のテリトリーである北の大陸で一生を過すんだ」


「なるほど……似たような一派は何処にでもあるもんなんだな」


 俺はちらりとアルティリアを見た。


「……何よ」


「わかるだろ? ――まあ、シンの一族がそういうものだってのはわかった。俺は竜人への知識が無いから初歩的なことかもしれないが、竜人と竜は仲が良いと考えていいのか?」


「僕達の一族のことしかわからないけど……竜との意思疎通は出来るし、何より、僕達は数ある竜の中から一生を共にするパートナーを見つけるんだ。パートナーが出来て一人前って認められる」


「パートナー……もしかして、シンがエールと呼んでいたあのエールって竜は――」


「うん、僕のパートナー、ブルーディッシュドラゴンのエールだ」


 シンは頷いて歯噛みするように答えた。


「ブルーディッシュドラゴンをパートナーにするなんて、シンってもしかして一族の中でも特別なんじゃない?」


 アルティリアが努めて明るくシンに問いかけた。

 確かに、あのドラゴンは他とは別格だ。となればパートナーにするシンも只者ではないということだ。


 俺も空中戦では彼のタックルに止められたしな。


「あ、いや、エールは、雛の頃から僕が世話してて仲が良かっただけで、力で認めさせたわけじゃ……」


「まあシンがそう言うなら、それでいいけどさ。なら次は君が金髪の悪魔と呼んでいた、あの女について知っていることを話してくれないか?」


 俺にとってはこちらが本命だ。キャスリン=グッドスピード。あの女の存在が、俺の今後を決定付ける重要な鍵になる。


「……あの金髪の悪魔は、突然、大勢の魔物を連れていきなり僕達を襲ったんだ。一族総出で、もちろんパートナーである竜も一緒に応戦したよ。最初は優勢だったけど、突然僕らのパートナーである竜が僕達の言うことを聞かなくなって、そればかりか僕達に攻撃までしてきたんだ」


 話すのも辛いのか、時々言葉に詰まるシン。だが、彼には話してもらわねばならない。

 俺は沈黙で話の続きを促した。


「それもすべて金髪の悪魔の仕業だった。アイツは、パートナーである竜たちに、次々と命令していったんだ。僕達を殺すように。……僕のパートナーのエールも、僕の言葉は届かなくなって、金髪の悪魔の声にしか反応しなくなってしまった」


 キャスリンがR世界にいるキャスリン=グッドスピードと同一人物であるならば、キャスリンの魔物を従える力は、俺と同じで固有秩序オリジンと考えてもいいだろう。

 というか俺の仮説が当たっていた場合、D世界についての諸々の所感が根底から覆りそうなのだが……まあそれは今晩にでもわかる。


「僕は他の皆に隠れるように言われて……皆も退避したとは思うんだけど……」


「金髪の悪魔についてわかっているのはそれくらいか?」


「うん」


 俺は前髪をかき上げ、考え込む。


「南の大陸まで出てきた理由は?」


「僕はエールと霊的な繋がり(パス)を持っているから、エールかがどれだけ離れても位置はわかるんだ。だから、エールを取り戻したくて……」


「それで単身で、か。下手をすれば死んでいたな」


「隠行はそれなりに出来たから、ついて行くぐらいは出来たんだ。でも貴方にエールがやられそうだったから、つい……」


「なるほどねえ……」


 俺は座っているベッドに倒れこんだ。

 聞ける情報としては、こんなものだろう。


「あのナインさん……」


「ん?」


 真剣な声音で呼びかけてくるシンに、俺は身を起こして相対した。 

 

「ナインさんの強さを見込んでお願いがあります。金髪の悪魔からエールや皆を……征竜様を取り戻すために協力してもらえないでしょうか!」


「いいよ」


「そうですよね、相手は王種だし僕は何の見返りもってええええ!? い、いいんですか!?」


「駄目元だったのかよ。てっきり俺を観察した上で頼んでるものとばかり思ったのに」


「ナイン、いいの? 貴方の目的は……」


 アルティリアが胡乱げに聞いてきた。傍目には俺のキャラでないことは確かだものな。面倒くさがりだし。だけど今回は――、


「いいんだよ。えっと金髪の悪魔? 俺はそいつに用がある」


 俺はベッドから立ち上がり、椅子に座るシンを見下ろした。


「ま、普通ならシンの言うとおり、俺にはな~んの得にもならない君の頼みを聞く義理も責任も無い。でも俺には今回、金髪の悪魔という共通するとびきりの餌があった。今後誰かにモノを頼むときは、ちゃんとメリットを提示してやるといい。わかった?」


 半ば呆然としているシンに俺はそう言って笑いかけた。


「あ、はい……」


「とはいえ、すぐにドンパチしにいくことは出来ない。乗りかかった船だし、すこしはこの町のお掃除に付き合わないとな」


 俺はドアを開け、そのまま1階のフロントまで降りていく。


 二人もそれに慌ててついてきた。

 

 フロントに3日ほどの滞在のための宿泊代金を正規料金の5割り増しで多めに払っておく。

 正直こんな状況で営業もクソも無いだろうが、それでも諸々の準備に三日は動けないので大目に渡して、無理矢理納得してもらった。



 

 結局その日は冒険者の顔役でもあるタウローさんの指示を仰ぎつつ、負傷者の世話や瓦礫の撤去などに従事した。


 ちなみにタウローさんには、ギルドマスターから話があるとのOSASOIがあったが、冒険者ヴァンガードでないことを理由に断った。

 

 危ない危ない。内容は大方見当がつく。どうせ、あの魔物の主たる金髪の悪魔、キャスリン=グッドスピードに対しての攻勢だのという話に決まっている。


 タウローさんは俺の力の一端を見ているから、白羽の矢が立ったのだろう。

 

 だが断るよ。俺の力で集団行動なぞできるわけもなく、そもそも冒険者でもないから強制クエストだのに参加する義務も無いのだからさ。



 さて、今日という日は、ここからが本番なのだ。



 


 日も落ちて夕食済ませ、明日も早いので早々に寝ることにした俺達3人。


 シンの分も料金は払っているので、彼も同じ宿屋で寝泊りしている。


 ちなみに全部個室に変えてもらった。せっかくお金は沢山稼いでいるのだから、無理に節約する必要は無い。


 そして俺は眠る前にアルティリアにあるお願いをした。



「睡眠魔法を掛けろ? どういうことよ」


 アルティリアは突然の提案に戸惑っていた。

 

「実は、今日、眠れなくてさ……眠るのが怖いんだ。でも、眠らなきゃ、はじまらないしさ……」


 俺は自分の右手をアルティリアに差し出した。

 アルティリアは疑問に思いながらも、その手を取った。


「コウ……震えてる……本当にどうしたの?」


「悪い、俺も正直混乱してるんだ……今は説明できない。でも俺がちゃんと眠ることが出来たら、明日にはきちんと説明するつもりだ、だから、頼むよ……」


 俺の声音には、湿っぽいものも含まれていた。


 アルティリアにしてみれば、眠る前に急に態度を豹変させた俺を心配するのは当然のこと。


 だが、俺にとっては、この眠る瞬間こそが今日のすべてだったのだ。


「わかった……ちゃんと事情を説明してよ?」


 渋々だが、アルティリアは了承してくれた。


「サンキュー、アティ。お前にはなんだかんだで迷惑かけてるな……」


「ふふ、私がいてよかったでしょ?」


「ああ、足手まといとか、昔そんなことを言ったのは訂正するよ……」


 そして俺はベッドに横になり、彼女の魔法の暖かさに包まれながら眠りに落ちた。
















「知らない天井だ……」



 理力の流れを感じる。ということはD世界、かと思ったのだが……


 近くには、寄り添うようにして眠る父と母の姿が。



 そして俺の寝ているこの場所は…なんか花とか飾ってあって………霊安室?


 ハハッ、ワロス。



読んでいただき、ありがとうございます。


感想評価など、お待ちしております。

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