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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第5章 軍勢の愚帝
56/113

第50話 3度目のデジャヴ

 


「……あー、平常運転デスネー」


 目を醒まし、ベッドから抜け出てすぐさまパソコンの電源を入れた。

 

 あんな鮮烈な出来事があっても、眠って起きたらR世界、すなわち現実。

 どれほどのリアリティがあっても、やはりD世界は夢なのである。

正確に言えば明晰夢か。

 

 しかしもはやアレは悪夢の類だ。いよいよ以って放って置けなくなってきているのだろうなあ。


 とはいえ、焦りは禁物だ。そのせいで負担を加速させるようなことをしてはならない。


「さてさて、困った時のググルセンセーだっと……」


 ブラウザを立ち上げ、検索サイトにキーワードを入力する。

 <キャスリン・グッドスピード>。


 まあ出てくる出てくる。ニュースサイトからwikiまで。


 キャスリン=グッドスピード。


 スポーツ用品メーカー、good-speed社の経営者一族のご令嬢にしてファッションモデル。


 とびっきりのセレブリティ。


 だが、なぜそんな芸能人っぽいのが俺の夢に?  

 夢で名前が出てくるまで、俺はこの女の存在を忘れていたというのに。

 

 そして俺はある可能性に思い至る。すぐさま昔のアルバムを引っ張り出す。

 小学生のころ、ほんの僅かな間だけ同級生だった、一際目立つ金髪に目鼻立ちの整った”ガイコクジン”。


 前島キャスリン。


 そのむすっとして、しかし意思の強そうな瞳は残念ながら(・・・・・)、俺が夢で見たキャスリン=グッドスピードの面影を残すものだった。







~~~~~~

~~~~~~




 とはいえ、それはそれ。実は今はそれどころではない。昨日のうちから準備していた一式に着替え、装備を確認。実弾は十分。


 夏で日が上がるのも早いはずなのに、それでも今は夜明け前。

 それほど早い時間なのだ。


 さあ、いざゆかん、漢と乙女の決戦の舞台、有明へ!

 



~~~~~~

~~~~~~



「これが……これが同胞、いや好敵手ライバル達が集う夢の祭典か……!」 


 俺がやってきたのは、有明にある某国際展示場だ。

 国内最大規模の展示場、その一画だけでも相当な広さなのに、お盆前と年末にはその全フロアを利用するという脅威の同人誌即売会が開かれる。


 通称コミット。俺たちオタクが待ち望んだ“お祭り”である。


 あ、忘れがちなことだから改めて言っておくが、九重康太郎は広く浅く清く正しくをモットーとした隠れオタクである。


 そしてここに集いしは、イケメンだろうと不細工だろうと美人だろうとすべて同じ穴のムジナ! 

 それが一日に十数万人と集まるのだ! 三日開催なので合計では五十万超!

 

 ヤバイな……燃える。かなり燃えるぞ。これはあれだ、初めて〇ニメイトに初めて入店したときのドキドキと似ている。


 他人にひた隠している趣味。それに対し、実は世の中にはこれだけの多くの同胞がいるということの、なんと心強いことか!


「楽しそうですわね、康太郎君」


「当たり前だ、これに燃えずしていつ萌えるというのか!」


 あれ、俺は一体誰と会話しているのだろう。つい応えてしまったのだが。


「こんなに活き活きとした康太郎君は、はじめて見ました」


「ふ、そうだろうよ。普段の俺は仮の姿、ここにいる俺こそが真の俺!」


 テンション上げ上げである。要するにバカになっていたのである。


「康太郎君にもこんな子供っぽい一面があったんですね。また一つ好きになってしまいました」


 ……は?


 どこかで聞いたことをある。

 たおやかな花のようでいて、しっかりとした芯もあり、でも綺麗なそれがしには棘があって、そして俺に対して甘えてくるようなこの声は……。


 もはや確定した。そんな人間は九重康太郎が知る限り一人しかいない。


 なぜ、どうして? やはりこのには常識が通じない。


 ぎりぎりと心が軋む、だがそれでもこの現実から目を背けるわけにもいかない。


「……なぜここにいる、佐伯」

 

 振り向いた先にはフリルをあしらった白のブラウスを着て、輝かんばかりの笑顔の佐伯がいた。


「康太郎君の往くところに、私あり、です」


「――ねえよ。俺とお前の間で、朝の6時半前後に東京の端っこの国際展示場前で出会うことに、必然も偶然もねえよ」



「……実は、監視衛星が今日、不自然に早い時間に家を出る康太郎君を見つけまして――」



「お前の頭の辞書にはプライバシーというものがないのか!?」


「さあ、どうでしょう? うふふ」


 殴りたい、この笑顔。

 俺が遠慮の無い友達づきあいをするようになってから、佐伯は黒い面を出し始めた。


 それは信頼の証か、はたまた口だけで実際には俺と付き合うことを諦めたが故か。

 

 いずれにせよ、コイツには俺のオタク趣味はバレてしまった。


 佐伯の口の堅さを疑うわけではないが、秘密というのは、相手の秘密も等価に握って初めて秘密だ。

 ただ共有しただけでは、それは流出となんら変わりない。


「頼むから黙っていてくれよ、俺がこーゆう趣味だっていうことを」


「康太郎君が言うならそうします。でもどうしてです?」


 佐伯は首をかしげている。どうやら世間でのオタクの扱いを知らないらしい。


「俺の趣味はファッションじゃないからだ」


「……はい?」


 わかりにくかったか。まあいいさ、理解してもらおうとは思わない。


「まあいいや、ついて来たかったら好きにしてくれ」


「はい、お供させていただきますね」


 輝かんばかりの笑顔で佐伯は言った。顔はかわいいんだ。器量よしなのだ。

 なのに男の趣味が残念と来ている。南無三。


「言っとくが、今日に限ってはお前のことを気遣う余裕は俺には一分たりとも無いからな」


 俺だってこの戦場にくるのは初めてなんだから。





 



「うまくビルが日陰になってくれてるな」


 すでに結構遠いところまで誘導された。正面から展示場を見ることができない。

 

 しかしうまくビルが怪我になって陽の光をさえぎってくれる。


 ただでさえ暑いのに、これ以上暑くなったらたまらん。最悪熱中症になって……あ、担架で運ばれる勇者が。

 ああならないように注意しなくちゃ。


 俺は時間つぶしに持参したライトノベルを開いた。3時間超もあるから、結構厚いものをセレクトした。


「暑いですわね」


「そうな」


「皆さん、どうしてここまでして並ぶのでしょう」


「え、何お前、馬鹿にしてんの?」


「いいえ、純粋に疑問なのです」


 これだからパンピーは……不退転の覚悟をもった好敵手ライバルでないのなら帰れ。


「別に無理に理解しなくていいよ。辛くなったのなら帰りな」


「いいえ。辛くなどありません、康太郎君が一緒ですから」


 こうして長い時間、二人っきり(正確に言えば違うけど)で過したことはそういえば無かったか。

 この際だから突っ込んで聞いてみるか。


「なあ、佐伯よ。非常に失礼な物言いになるのだが」


「はい、なんでしょう」


「お前は俺の趣味を知った。それでも尚、俺のこと好きと言えるのか」


「はい、もちろんです」


 一分のためらいも見せずに、佐伯は即答。

 なんて漢……いや。なんて漢女おとめらしいんだ。

 おれはかなり卑怯で失礼な物言いをしたのだが……。


「なんで? 気持ち悪いだろう?」


「……? はて、言っていることが良くわかりませんが」


「なんでって……2次元の存在、アニメやゲームやマンガが好きで、絶賛ブヒ萌えしているのが俺だぞ。世間でもオタクは市民権を得つつあるとはいえ、しかしそれもどこか間違った方向で、未だ侮蔑の対象だ」


 そういう扱いは、やはり苦しいものがある。


 だが、しょうがない。好きなものは好きなのだから! 俺が往くのは修羅の道! 振り向かず、顧みない!

 オタクとなって捨てたものは数あれど、今更オタクを捨てて取り戻せるものは何も無いし!


「――仰りたいことはなんとなくですがわかります。しかしそれはそれ、これはこれという話です。そもそも趣味とは義務と責任を果たす者が心のゆとりを保つために必要なカンフル剤です。感性の違いから理解できないものもあるでしょうが、ならば黙認するだけのこと。わざわざそれを咎めたり、それによってその人の人格まで卑下するようなことはしませんよ。無論、趣味に溺れるようでは口を挟むこともあるでしょうが」


 

 ……ああ、びくともしない。ぶれないな、佐伯水鳥。

 いや、ある意味では予想通りで、そして予想以上だ。


 俺の趣味が倒錯していようが、それでブレる奴ならば俺は手強いなどとは思わない。

 彼女は彼女のルールで生きている。世間のことに目を向けても迎合したりはしないのだろう。


「ああ、そう……なんかゴメン」


 俺はそう返すので手一杯だ。なんというか恥ずかしい。


「どうして謝るんです?」


 疑問に思った顔をしている。だが、本当は、コイツはわかっているんじゃないのか?


「わかんないなら、いい。それにしてもお前、やっぱすごい奴だよ」


 そう言った俺に対し、佐伯は若干不服そうだ。


「私としては、“すごい奴”より“いい女”と褒められる方がうれしいです」


 


 


 

 

 ばれてしまったのなら仕方が無い。俺はそう気を取り直して、佐伯に作品語りをして時間を潰した。

 染まるかどうかは別にして、知ってもらうことは大切だ。世の中のオタクがただ単にブヒ萌えしているのではないということをだ。

 あ、もちろん、ブヒ萌え主眼の作品もあるけど・ね!


 こうして話しているといつの間にか開場時間が近づいてきた。


 いい時間つぶしだったな……一人だと暇を持て余していただろうな。


 来年こそは神木くんと来よ、うん。

 そして遂に、開幕のアナウンスが流れ、皆で一斉に拍手。


 さあ、いざゆかん。俺達の戦場にな!






 



 既にお昼を回って13時頃、 俺は東区画の開いている場所で休憩していた。


 ちなみに佐伯とははぐれた。まあ、ここは流動的に戦局が変化する戦場だ、是非もない。彼女にはいい作品が出会えるといいなと思う。

 あ、ただし腐るのだけは勘弁な。


 それにしても、驚くことが多い。壁と呼ばれる大手サークルには商業で活躍している人も多い。

 そんな人たちが流行に乗ったり、オリジナルだったり、とにかく趣味全開で書かれたイラスト集などまさに垂涎ものである。


 だが真の醍醐味は島にあり!

 

 島中は今はまだ名も売れていない人たちがひしめき合う玉石混淆区。その中で未知の、輝く原石を見つけた時の感動ときたら!


 そしてスケブ描いてもらったりとかそういうのもあるのか、と悔しがってみたりとか!


 だが、嬉しいことばかりではない。あの空気の中では妙なテンションになり、アレもこれもと買ってしまう。

 あれだけ用意したというのに、俺の実弾(お金のことだよ)はすでにつきかけようとしているのだ。

 くそ、これが、コミットの恐ろしさ、孔明の罠か……!


「よいしょっと……」


 最後にもう一度ひと巡りしてから、企業ブースに行くかな。


 そうして東ホールを回っていると、俺はとんでもないものを見つけてしまう。


 さらりとして艶のある黒髪ストレート、すらりと伸びた手足、この暑さでも涼やかな雰囲気を纏い、明らかに場違いオーラを放つパンツルックの女の子……穂波さんである。


 あの穂波さんが、孤高の女王ほなみんが、魔法少女ラディカルこのはの同人誌を立ち読みして……あ、買った! 買ったよ!!


 まさか、彼女も同胞だとでも言うのか? ありえない、ありえないよママン。

 そりゃあ、俺はライトノベルを紹介してたさ! 実はドサクサ紛れに魔王少女ラディカルこのはのノベライズも推奨したよ!

 でも、俺の紹介ラインナップは、ブヒ萌えが少ない物語主導のものばかりだったし、ライトノベルだけでこの有明まで足を運ぶとは考えにくい……。


 だとすると、彼女はライトノベルから入ってメディアミックスにも手を出したというのか? それならばあり得なくもないのだが。


 悶々とする俺がじーっと凝視していると、ふとこちらに振り返った穂波さんと目があった。 

 

 この暑さなどまるで意に介さない、冷たさを感じる双眸が俺を射抜いた。俺は彼女に捉われたのだ。


 彼女がこちらに歩み寄ってくる。


「九重」


「ほ、穂波さん。お久しぶり」


「うん、10日ぶり」


 彼女とは学校の夏期講座の席でいつも隣だった。

 まあそれは、佐伯も同じなのだが。


 おかげで彼女をこみっとには誘えなかったが……いや誘う勇気もなかったけど!


「いやー、なんか凄い偶然だよね! あははははは」


 困ったらとりあえず笑っとけ!


「うん、本当。凄い偶然」


 いつものように淡々とした口調だ。安心のほなみんクオリティじゃないか。


「でも穂波さんがこんなところに来るなんて意外だよ。さっき買ったのラディカルこのは本でしょ? アニメの方も見てたの?」


「うん。九重に紹介してもらった小説が映像化されてるって知ってから“このは”以外にも色々見た。でも今日は目から鱗。斬新で参考になるものが沢山ある。大漁」


 そういって戦利品の入った袋を掲げてVサインをするほなみん。クール系美人がこの手の所作をするとシュールさが際立っているなあ。


「それじゃ、私はこれで。またね、九重」


「ああ、うん……」


 穂波さんは颯爽と島の中へ消えていった。


 俺は呆然とそんな彼女を見送ることしか出来なかった。

  

 やがて俺の中で歯車がカチリと噛み合う。

 

 これはつまり、神木君に続いて、二人目の同胞を得られたと解釈していいんだよな?


 俺は込みあがる嬉しさを抑えることが出来なかった。


「よっしゃーー!!」


 天に拳を突き上げる。そんなことして大声出せば、当然耳目を引くわけで……。運営の人に注意されるわけで……。







 企業ブースもひと通り回った俺は、国際展示場をあとにしようとしていた。

 そこでふと佐伯のことを思い出した。


「佐伯とは結局会えなかったな……別に合流を決めてたわけじゃないけど……」


 携帯を手に取り、佐伯の番号を探そうとしたところで、そういえば佐伯の携帯番号を知らないことに気づく。


 彼女はなんだかんだで、今では俺の友人の一人だ。なのに携帯の番号も知らないとは。

 

 今度あったら聞いてみるか……いや、メールが山のように着ても怖いな。ま、気が向いたらでいいか。



 このとき、もし俺がやっぱり佐伯と合流しようとして、展示場内を探しまわって時間を浪費したとしたら、その先の未来も変わったかもしれない。

 だが過去とはどんなに悔やんでも変えられないもの。

 そして間の悪さという奴は、たとえそれがどんな天文学的な数値であっても、起こるときには、起こるものなのだ。

  


 


 

 電車を乗り継いで1時間と30分、ようやく家の最寄の駅についた。

 

「さて、戦利品を楽しむとしますかねー」


 俺は疲れた体を引きずりつつも、戦利品の開帳を楽しみにしながら帰り道を歩いていた。

 

 その途中でコンビニにより、たまらず乾いていたのどを潤すためにジュースを買った。 


 支払いを終えて、出入り口のドアが開いて、俺の目の前に迫ってきたのは大型のトラックだ。


「……はっ?」


 避けるなんてそんな思考もない。ただ、頭が真っ白になって、体が硬直して、そして俺は吹っ飛ばされる。

 そして、その一瞬だけ高速化した思考で俺は思った。

 

 ああ、この感覚は、D世界でもあったな……まるで、自分が死ぬ時のような――。


 




 都合3度目に訪れた死の虚無。ただし今度のそれは、Dreamではなく、Realだった。




読んでいただき、ありがとうございます。


感想・評価等お待ちしております。テンション上がります。


また最近、別の作品も投稿しました。お暇なときにそちらもどうぞ。

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