第48話 宣戦布告(後)
必殺の魔弾がワイバーンに向けて進んでいく。
ワイバーンの巨体からすれば、康太郎の放つ密集弾幕は数こそあれど、一つ一つが小さすぎる。
いかに強力な魔法といえど、大きさの差が顕著であればそれは使用に適さないものとなる。
ワイバーンも攻撃性のある蒼い光球が迫ることを察知した。
理力の感受性に乏しくとも、そこに尋常ではない力が込められていることを本能で感じ取ったのだ。
一つ一つは小さいが、広範囲にばら撒かれたそれらをすべて回避することは難しい。
故に、多少の被弾は覚悟した。どれほどの力が込められていようとを、ワイバーンの体からすれば球は小さい。ダメージは小さいものだろうと。
だが、康太郎のソレは擬似魔法。見てくれを似せただけのまったくの別物だった。
蒼い光球が、ワイバーンたちに直撃する。
竜のうろこは、ドラゴンの中でも下位に位置するワイバーンのものでも非常に丈夫だ。
対物理、対魔法、いずれにおいても優れた強度を示す。
しかし、このたび放たれたそれは、魔力によるものではなく、純粋な理力で編まれたもの。しかも感情に任せて構築されたそれは、創りだした本人でさえも予想も出来ない効果を生み出した。
「■■■■■■ーーーー!??!??」
ワイバーン。いや、すでにワイバーンだったものが悲鳴とも咆哮ともつかない奇声を上げた。
蒼い光球に触れたワイバーンの体、そのあちこちにまるで食いちぎられたような、欠損が見られた。
もはや生物と呼ぶのもはばかれる醜態だ。
それは、他の光球を避け切れなかったワイバーンもそうだった。
光球はワイバーンに触れた瞬間に膨れ上がり、光はワイバーンの肉を食い散らかしたのだ。
これは康太郎の理力放出の技術がまだ未熟であったからだ。
いかに演算能力に優れ、精緻なイメージが描けるといっても入力する数値、情報が少なければ、誤った解答を導き出すのは必然だ。
この時の康太郎はアイン・ソフ・オウルと名付けた、しかも空間の境界すら超越する、文字通り全力の一撃を一度放った経験だけで密集弾幕を形成した。
もちろんそれでも調節はしている。密集弾幕に使った理力の総量は、アイン・ソフ・オウルと比べるべくも無い。
だが、それでも過剰な威力を持ってしまっているのは、ひとえに経験不足からだ。この一戦を切っ掛けに、康太郎は体術一辺倒だったスタイルを考え直すことになるのだが、それは少し後の話である。
そしてこの時の康太郎は自身が思うほど冷静ではなかった。
密集弾幕から逃れることが出来たワイバーンの個体は逃げるどころか、康太郎たちが乗っている船に向かって火炎弾をぶつけてきたのだ。
康太郎はこれを迎撃しようと考えたが、それよりも早く動くものがいた。
「それっ!」
アルティリアだった。彼女は今やフェイバリットウェポンであるドラグツリーアローから緑色の光をした魔力矢を放ち、ワイバーンの火炎弾を相殺して見せた。
「助かった、アティ」
「これくらいはね。それよりもコウは、ワイバーンを落とすほうに集中して。手段があるのは良くわかったから!」
康太郎はアルティリアに頷いて肯定を示すと、人差し指を立てた腕をおもむろに振るった。
火炎弾を相殺しながらアルティリアは、虚空に向かって何をしているのかと訝しんだが、答えはすぐに示された。
先ほど康太郎が放った密集弾幕が、今度はワイバーンたちの頭上から降り注いできたのだ。
康太郎は出力は間違えたが、その操作までは間違えない。
前回外した分を空中で待機させ、今度はソレを逆位置から向かわせるという芸当をみせたのだ。
右に左に虚空に腕をすばやく振るう様は、楽器隊の指揮者かあるいは大筆をもった書道家のようだ。
こうして船の防御をアルティリアが、ワイバーンの撃墜を康太郎が受け持つことで、かなり短い時間で船周辺のワイバーンは片付けることが出来た。
だが、戦果としてはそれだけで、依然として港町の方にはまだ多くのワイバーンがいる。なにより群れの主と思われる蒼い竜もいるのだ。
故に冷静なまま、しかしある種の別の冷静さを失っていた康太郎は、次の手段に打って出ることにした。
(イメージするのはバックパック、偏向スラスターユニット、大推力のブースター……)
理力の放出を実感する康太郎は、怒りのほかに、遂に魔法(厳密には違うが)を扱えることに対して有頂天になっていた。
今回ばかりは、固有秩序によるある種の万能感はここでは悪く出てしまっていた。
故にこの時の康太郎は悪ノリに過ぎていた。
康太郎は少し腰を落とし、ぐぐっと膝に力を溜めた。
「ちょっとコウ、どうする気!?」
アルティリアはまた何かしでかそうとしている康太郎に声を掛けた。
「アティは、船にいる人たちを見てくれないか、怪我してるようだった介抱してやって欲しい。おれはちょっと、あいつらを止めてくる」
「え、ちょっと――」
止めるってどうやって?
その言葉は最後まで言い終わる前に、康太郎は床を壊す勢いで地を蹴って跳躍、さらに背中から吹き出る蒼い光に推されるようにしてそのまま港の方に飛んでいったのだ。
「……いつの間に飛べるようになったのよ」
相変わらずの非常識だ。理法について色々相談したいとか言っていたくせに、もうすっかり使いこなしているではないかと、アルティリアは呆れた。
無論、飛べるようになったのは、ついさっきのことである。
~~~~~~
~~~~~~
空を飛びながら有頂天になる一方で、康太郎の頭の中にはかすかながら不安を残していた。
(理力の総量がわからん……)
放出系は今このときが本格使用だ。
固有秩序と同じように扱えるならば問題ない。あれは半日だろうが一日ずっとだろうが発動していられる。
だが、今扱っているのははっきり言って未知の領域だ。
理力の特性が千変万化であるおかげで、放出のベクトルを制御する方法については見通しがついているが、肝心のどこまで保つか、ということについては不信がぬぐえない。
体力にも似たものなのだから感覚的にわかるものではないかと、他者が見れば思うかもしれないが、現状の康太郎はそれを測ることができない、いわばランナーズハイに似たような状態だった。
しかし、今は後先を考える局面ではない。残念ながら、康太郎は振るえる力があるのに目の前の窮地を黙って見過ごせるほど、利口でもなかった。
右手に理力を集中させる。イメージするのは長く長く伸びきった剣だ。
光が生まれ集束し、濃い蒼色の光の帯が、康太郎の右腕から伸びていた。
港の居住区と思われる地区に対し攻撃を仕掛けているワイバーンたちを捉えた康太郎は、背中の光を一層噴射させて突撃する。
「カラミティ・ライトーー!!」
裂帛の気合と共に右腕を振るう。
一筋の光がワイバーンの体をスッと通っていった。
光を受けて静止したワイバーンをすり抜けて、目の前をふさぐワイバーンに次々と光でラインを描いていく。
一集団を突破した後、右腕の理法を解除。
同時、ワイバーンたちの体が真っ二つに分かれたいった。
「こいつら、一体なんだってんだ」
空にはいまだ埋め尽くさんばかりのワイバーンたち。
「やっぱり頭を潰すしかない、か」
康太郎が見据えたのは集団の中で一際大きい、青いドラゴンだ。
再び背中の光を噴射させて、一気呵成に加速を掛ける康太郎。
今度は左手に理力を加重圧縮。
あの巨体を屠るにふさわしいだけの威力をたたき出す一撃。
それを接近してゼロ距離で叩き込むためだ。
前面にカーディナリィが使った魔導障壁を見様見真似で張り、ワイバーンの群れの中、その攻撃を弾きながら、突き進む康太郎。
そして遂に、青いドラゴンを捉える位置まで躍り出た。
「行くぞ、デカブツ!」
左手にまばゆい輝きが集う。
そして青いドラゴンの懐に飛び込み、今まさに一撃を放たんとしたところだった。
「やめろおおおおおおおおお!!」
横から康太郎の体を抱え込む形で突進してきた者が現れた。
「うぐっ……!」
「エールはやらせない!」
康太郎に突撃してきたのは、黒髪で浅黒い肌を持つ少年だ。外見だけで言えば、康太郎に比べても2,3歳はしただろうか。特筆すべきは、彼の背中に広がる筋張って悪魔じみた黒い翼。
康太郎の脳裏に浮んだのは一つの種族。ドラゴンから派生した亜人種、ドラゴニュート。
「この、放せよ!」
少年の腕を引き剥がし、投げ飛ばす康太郎。
少年は、見事な空中制動で投げられた勢いを殺してみせた。
「お前がこの襲撃の首謀者か!」
「違う! 僕はただ、エールを止めたいだけなんだ」
どうやらこの少年にとってもこの襲撃は不本意なものであるらしい。
「原因はなんだ、どうしてこんなことになってる!」
少年は康太郎の問いに、唇をかみ締め、悔しそうな顔で康太郎から視線をそらした。
「あの女が……金髪の悪魔が全てを無茶苦茶にしたんだ……」
「金髪の悪魔? その女がこのおかしなことの首謀者なのか?」
少年はこくりと頷いた。
「頼むよ、エールを殺さないでくれ! 彼は僕のトモダチなんだ。金髪の悪魔に操られているだけなんだ!」
「そんなこといったって――」
康太郎は驚きに目を見開いた。
少年の後ろ、彼がエールと呼んだ青いドラゴンがこちらに向けて青い火炎弾を放ってきたのだ。
初速、威力共にワイバーンのソレとは比較にならない。
「おい、後ろだバカヤロウ!」
「えっ?」
少年はあっけに取られたようだった。振り向いたまま硬直していた。
「くそ、間に合え!」
現状、この無秩序な空間の中で、目の前の少年が唯一の情報源だ。殺されるわけにはいかなかった。
背中の光を噴射、少年の横を通り過ぎ、先ほどまで理力を溜め込んでいた左手を構え、青い火炎弾向かって突撃を掛ける康太郎。
「レフト・バニッシュ!!」
青い火炎弾を左手で殴りつける康太郎。
この一撃は、左手に加重圧縮した理力を直接相手の体に触れることで内部に通し、爆発させるというものだった。
康太郎の一撃を受けて青い火炎弾のその強大な熱量は一瞬にして破裂してしまった。
「す、すごい……」
「感心してるなよ。 お友達を止める方法は無いのか、無いならあの竜は俺が倒すぞ!」
「ダメだよ! 今は僕の声は届かないかもしれないけど、でも――」
埒が明かない。しかし少年は操られていると言っていた。ならば、その金髪の悪魔とかいう女はいれば。
思案する康太郎。そのとき、急に空が暗くなった。
「えっ?」
さっきまで晴れていたのに。だが違う。暗くなったのは雲が太陽を隠したからではなかった。
巨大な影が彼らの上から落ちていたのだ。
「何だよ、これ……」
「そんな、征竜様まで……」
征竜? この青いドラゴンよりもはるかに巨大な金色の竜が、北の大陸にいるという王種・征竜だというのか?
「トカゲどもの繋がりが急に消えたから何があったかと思えば――見慣れない虫がいるわ」
康太郎の耳に入ってきたのは、この場に似つかわしくない、少女の鈴のような声だった。
~~~~~~
~~~~~~
船の中を見てまわり、負傷者達の治療を終えたアルティリア。
幸い軽傷で済んだ者ばかりで、大事は無かった。既に消火作業も終わっており、浸水も無い。
甲板に再び上がったアルティリアは、外を見て思わず目を剥いた。
黄色の鱗を持つ、巨大過ぎる竜が空に君臨していた。
カーディナリィの伝説に憧れたアルティリアには、すぐにぴんと来た。
北の大陸にいるという王種。竜種における頂点。竜を征する竜。
「あれは、征竜……!?」
一体どうなっているのかアルティリアにはまったく以ってわからない。
北の大陸にいるはずの征竜が、こんな南の大陸にまで来ることなどまずありえないからだ。
さらにアルティリアはその優れた視力でとんでもないものを発見した。
征竜の頭部、そこに一人の少女が立っていたのだから。
二つに結った豊かな金髪に、豪奢なドレス。どこぞの王族とはああいうものかと思わせる出で立ちだ。
まさかとは思う。だが、征竜ともあろうものが、よりにもよって、その頭部に乗ることを許すとは思えない。
だが、アルティリアの中に、既に信じるべき常識など無い。
彼女と共に旅する少年こそ、彼女の常識を外にいるのだから。
だがそれと不安になることはまた別だ。
よりにもよって、征竜と遭遇戦みたいなことになっているのが、その少年、康太郎なのである。
いくら康太郎といえど、こんな乱戦状態、しかも慣れない空中戦だ。
王種相手には分が悪すぎる。今の状態ははっきり言って異常に過ぎる。
(コウ……康太郎、逃げて、今は退くのよ!!)
叫ぶのを禁じえなかった。
念話の魔法でアルティリアは康太郎に呼びかけた。
(……アティ、ちょっと一芝居打つ。あとで合流しよう)
意外にも康太郎からの返事か帰ってきた。念話すら会得したのか。しかし今は、驚いているときではなかった。
(一芝居って……えっ?)
~~~~~~
~~~~~~
「アンタなの? うちのトカゲどもを散らしたのは」
金髪の少女の問いに康太郎は、
「だとしたら?」
淡々と応えた。
少女は顔色一つ変えずに、まるでいらなくなったものを捨てるような風に、
「殺すわよ。害虫を殺すのに理由が要る?」
康太郎はたじろいだ。この女は本当にそう思っているのだ。
邪魔する全てを果たして往く、覇王の気質だ。
「金髪の悪魔! 今すぐエールを元に戻せ!!」
一方で黒翼の少年が征竜の上に立つ少女に向かって吼えた。
「なに、私に向かってその口の聞き方は。羽虫の分際で」
その矛先が康太郎から少年に切り替わった。
少女が手を前方にかざして、
「キャスリン=グッドスピードが命じるわ。この目障りな虫ども殲滅しなさい、ティアケイオス!」
ティアケイオスと呼ばれた征竜が、その両腕を広げた。
同時に暗雲が立ち込めてくる。どうみても雷雲のそれだ。
康太郎が少年の前に移動した。まるで征竜の攻撃の面に立つかのように。
「君は……」
「おい、今は退くぞ」
「!? 退くって、相手は征竜様だぞ。無理に決まっている。……まさか金髪の悪魔が王種である征竜様まで従えるなんて、この世の終わりだ」
「……友達を助けたいんだろ?」
「当たり前だ! けど――」
「なら今は耐えるんだ」
征竜が両腕を振り下ろす、同時に雲から落ちるのは、幾重にも束ねられた極大の雷だ。
「おおおおおおっ!」
康太郎は両腕で魔導障壁を展開、極大の雷を受け止めた。
(こりゃ、芝居をうつどころじゃないか……!?)
拮抗したのもほんの数秒、徐々に力負けして押されていく。
少年が康太郎の背中を支えるが、それでも尚押されていく。
そして爆発。大規模な煙幕が上がる。魔導障壁が遂に限界に達したのだ。
煙幕を抜け、康太郎と少年が海に向かって堕ちていった。
キャスリン=グッドスピードを名乗る少女は、その様子を一瞥しただけで満足し、征竜に命じた。
「帰るわよ、ティアケイオス。ここまでやれば宣伝には十分でしょう」
そうして、征竜、ブルーディッシュドラゴン、ワイバーンの群れは北の大陸に進路を向け、飛び去っていった。
デクストラがワイバーンの襲撃を受けたその日、同時に世界中の各大陸でも魔物たちの大集団の襲撃が確認された。
そして襲撃を受けた各国に書状が届けられ、同時に街にはこのような一文の紙がばら撒かれていた。
<我が名は、この世を統べる者、キャスリン=グッドスピード。命あるもの、我に従え>
世界はその日、キャスリン=グッドスピードを知った。
~~~~~~
~~~~~~
デクストラよりキャスリン達が撤退してから、30分後。
「ぶはっ……!」
海面に上がってきたのは康太郎と気を失った黒翼の少年だった。
「うわぁ、しょっぺえ……くそ、覚えたからな、キャスリン=グッドスピード……ってどっかで聞いたことある名前だったよなあ……なんだっけ?」
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