第47話 宣戦布告(前)
晴れやかに、燦々と、容赦なく照りつける太陽の恵み。
本日も30℃を軽く突破する猛暑日だ。
そんな夏季休暇も折り返し手前の7月下旬。
俺こと九重康太郎は先日図らずも友人となった女子、佐伯水鳥の伝手を利用し、某病院に足を運んでいた。
目的はもちろん、この蒼くなった目の原因を調べるため。
そもそもは別の病院に行く予定だったのだが、そろそろ病院行かないとなー、などと洩らした独り言を聞きつけた佐伯によって半ば強引に彼女の一族筋が経営する総合病院での検査と相成った。
「結果は異常なし。至って健康体です、か。まあ今後も経過観察で出来れば通院して……珍しいケースだから、臨床実験の名目で医療費の負担免除とか言われたが」
保険の利かない先進医療のスキャニングなども実施したが、これといった成果は無かった。
一方で、今後の取り組みとして精神科へ通うことになった。
これはどちらかといえば俺の希望だ。
あのD世界での出来事が影響している可能性は高いんだ。
あとでわかったことだが、精神科や心療内科といった医療は1ヶ月先まで予約で埋まっているなんてことが結構ざらにあるらしい。
そういう意味で権力の濫用によってすぐさま受診できたのは僥倖であり、申し訳も無く思うのだけど。
病院の待合の椅子に座り、思わずため息が漏れる。
「はぁ~、押し付けがましかったとはいえ、佐伯に借りを作ってしまったな……」
「心外ですよ、康太郎君。たかがこの程度のことで、借りになんかしません。私はそれほど狭量な女ではないのです」
「のわっ」
何故気配を消した、佐伯水鳥。まったく接近に気づかなかったぞ。
「親愛なる康太郎君が困っているのに、それをこの佐伯水鳥が見過ごせと? なんと水臭い。私と康太郎君の仲ではないですか」
あ、目が本気だ。これだからリアルお嬢様は。
そんな歯が浮くようなお決まりのセリフを、こんなところで聞くことになろうとは。
「仲って言っても、俺とお前は友達ってだけだ。別にお前の恋人ってワケじゃないぞ」
そうなのだ。この佐伯水鳥というお嬢様。何をトチ狂ったか、この九重康太郎に惚れていると抜かした飛んでるお嬢さんなのだ。
その得体の知れなさと過去の出来事から、俺は彼女に対して2度も拒絶の意を示したのだが、どういうわけだが逆に親密になってしまい、今の俺たちは友人という枠で納まっている。
もちろん、彼女の俺に対するアプローチいまだ終わってはいない。
今回の提案も、その一つと考えていいだろう。
「承知しております。ならば尚のこと、友に手を差し伸べるのに、見返りなど求めましょうか?」
これだ、たおやかな笑みで、この女はこういうセリフを素面で吐くのだ。
恐らく本気で彼女はそう思っているのだろう。
穂波さんに必要以上につっかかったりと時に暴走する彼女だが、彼女は自分が認めた相手に対しては非常に真摯になる。
皮肉にも、俺は自身でそれを実感している。
悪い娘ではないのだ。むしろ良い。俺にはもったいないのだ。
「あー、うん、わかったよ。ならありがたく、厚意に甘えさせてもらうさ」
「好意に甘える……はっ、康太郎君、ついに私の思いに応えふぎゃ!」
脳天に軽くチョップを当てて言葉を遮った。
「違う」
なんだかんだで、佐伯と話しているのは楽しかったりする。
すっかり感化されてしまっているのは俺の甘さゆえか。
「ところで、精神科というのは穏やかではありませんね。何か悩みでもあるのですか?」
佐伯が気遣いの言葉を掛けてきた。
「私は、本職のカウンセラーというわけでもないですが、私に力になれることでしたら、何でも仰ってください」
「おう。もしそんなときが来たら、頼りにさせてもらうさ」
ありがたい申し出だが、これ以上は野暮というものだ。
夢見がちボーイであることを会えて告白する必要もあるまい。
「ところで、その……」
なにやら佐伯がモジモジし始めた。
あ、なんかやばいな。
「じゃ、じゃあ俺はこれで――」
俺は話を打ち切り、その場を去るべく立ち上がろうと――
――かすかに風切り音がした。凄まじく早く、しかし激しさを感じさせない、人の呼吸を盗むかのように間隙をつくその手が伸びる。
これに反応できた自分を褒めてやりたい。掬い上げる形で佐伯が俺を掴もうとした腕を逸らす。
だが攻撃の手を佐伯は緩めない。間断なくもう片方の手が打ち出される。
今度は、それを迎撃しようとした俺の手が弾かれ、そのまま肩を掴まれてしまった。
つーか病院の待合だっつーの。なんでバトル展開に発展してんだよ。
「その今日は……これからお時間空いてますか?」
ぐぐっとがっちり肩をつかみながら、佐伯は頬を染めてそんなことを聞いてきた。
おい、動作と表情が一致してねえぞ。
「いや、家に帰って夕飯の準備をしないといけないから」
本当だ。
ちなみに今まで話した事も無かったが、母はとある編集部所属のライターで家を空けることも多い。
すると必然、夕飯の準備を俺が受け持つこともたまにあったりするのだ。
俺はそれを理由にした。
「あら、では、私もお手伝いしますわ」
お前、どう理由つけても俺の家来る気まんまんだろう!?
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「ただの麦茶だが」
「ありがとうございます。ですが、本当に手伝わなくてよろしいのですか?」
「いいよ、曲がりなりにも客人だし。っていうか、庶民の食い物だぞ。本当に食べていくのか」
「はい。康太郎君の手料理というだけ思わず濡れ、じゃなかったよだれが出そうです」
なんかとんでもないことを言おうとしたが無視した。
俺は冷蔵庫の中身をさっと見て、本日の献立を決める。
キャベツ、にんじん、たまねぎ、あとシメジに豚肉。
お分かりいただけただろうか。簡単な野菜炒めである。
火の通りにくい順番に材料を投入、塩コショウにしょうゆを少々。
はい、これだけで完成である。
人数分を皿に盛り分る。
続いてわかめスープを作ったり、豆腐を切り分けてしょうがを乗せて……。
ほい。出来上がり。まあこんなものだよね。
ご飯をよそって、テーブルに並べる。これで何処にでもある一般家庭の夕飯の完成である。
「味の保証はしないからな」
「康太郎君の出したものなら何でも食べて尽くします」
……うん、邪推はよくないな。
「「いただきます」」
もきゅもきゅ。
我ながら、貧乏舌だなあ。ご飯が進む味付けの野菜炒めがあれば、それだけ満足である。
一方、佐伯はといえば、黙々と箸を動かして文句の一つ……というか会話がまったく無い。
えーっと、これはどう受け止めればよいのだろうか。
彼女は俺よりも一足先に食べ終わってしまった。
そして彼女は目をギラリと輝かせて、立ち上がると、まだ食べている俺のところまで歩いてきて……
「婿に来てください」
「断る」
美味いなら美味いととそういってくれませんか、普通に。アプローチを混ぜるのは止めてください。
結局その日は、そのままお開きとなった。
佐伯自身はうちのお父さんに挨拶したかったらしいが、帰りが遅いのはわかっていたので帰ってもらった。
外堀を埋めようとしているのは気のせいか。いやそもそも気に入るかどうか知らんしな。
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D世界についてのスタンスが若干変化したこともあり、がっつくように謎を求めることはなくなった。
さて、南の大陸について少し補足説明をしておこう。
五条は万華鏡の書庫はノアという国にあるといっていた。
だが実際にあったのはシニストラとデクストラという二つの国である。
元々は一つの国だったそうなのだが、十かそこら前の王族の兄弟が仲違いしたとかで二つの国に分かれたそうな。
今はちなみに戦争にはもう長いこと発展していないらしい。この南の大陸は、中央を山脈で二分したような形になっていて、陸上での戦争は本当にやりづらいとのこと。
現在はすでに国交を取り戻しており、むしろ分権が果たせて効率が良くなったとか何とか。
閑話休題。
そんなわけで俺とアルティリアは一路デクストラを目指していた。
といってものんびりとしたもので、シニストラの港から出ている船でののんびりとした船旅である。
「ねえ、コウ、こんな風にのんびりしていていいの?」
俺とアルティリアは、今は一等客室にてそれなりに豪勢な食事を満喫中だったりする。
「もぐもぐ。まあ焦ってもしょうがないっていうのは、万華鏡の書庫でわかってしまったからな。王種を巡るって行っても一筋縄ではいかないだろうし……不満か?」
アルティリアは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに元に戻った。
「ううん、そんなこと無い。私、冒険がしたいとは言ったけど、毎日命の危機に会いたいってわけじゃないもの。むしろこんな風に色んな形で世界を巡ることが出来て嬉しいくらいだし」
アルティリアはエルフの里からあまり出ていない。そんなものだから、船旅も大陸を出るときと、今回とでまだ2回だけだ。
まあかくいう俺もR世界では船に乗ったことなど、一回も無いのだが。
そういう意味ではお互い様だった。
そうしてようやくデクストラの港が見えてくる頃だった。
船を強烈な振動が襲ったのだ。
「な、なに?」
「アティ。外に出よう。もしかしたら、また魔物の類かもしれない」
「……勘弁して欲しいわね……まさかこの先船に乗ったらずーっと魔物に襲われるのかしら」
「さてね、2度あることは3度あるとも言うし」
「それ何処の言葉よ。もしかしてコウが呼び寄せてるんじゃないの?」
「それはこっちのセリフだアティ。お前のボウケンスピリッツがトラブルを引き寄せてるんじゃないか?」
「な、なによボウケンスピリッツって。それは異世界の凄いチカラなわけ?」
「ああ、凄いさ。それで世界を救った人たちもいるくらいだしな」
ま、御伽噺の中だけどな。
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船室から表に出た瞬間、康太郎の眼前には巨大な火の玉が迫っていた。
――え、ナニコレ。
もはやこうして危機に対しては彼の体は反射で動く。
固有秩序を発動、並列処理で理法・装填を右拳に付加、火球を分解するかのごとく、蒼く輝く拳で殴りつけた。
結果、火球は跡形も無く消滅した。
「コ、コウ! 大丈夫?」
「無論だ。ちょっとコイツはどうなっているのか……」
二人が外に出ると、船はところどころ炎上している光景が飛び込んできた。
デクストラの港まであと少しというところだというのに。
いや、あと少しのところまでというところだからこそだった。
空を舞うのは緑色のうろこをした翼持つ竜、ワイバーンの群れ。
さらにその群れを統率するのはさらに一際巨大な青い外皮の竜、ドラゴンだ。
ブルーディッシュドラゴン。
以前康太郎が戦ったドラグツリーよりもさらに上位の最上級の一角の魔物。
彼のものが吐きつけるブレスは、青い炎、青い稲妻。
天空を統べる大柄な体に似つかわしくない運動性能、生半可な攻撃は効かない体躯。どれをとっても一級の魔物だ。
それがデクストラの港町を襲撃していたのだ。
ブルーディッシュドラゴンは、魔物であるが、その気性はその獰猛そうな風体に似合わず穏やかで、こんな風にヒトの多く住むところまで出向くことなど、通常考えられないはずの存在だった。
しかし、そんなことは康太郎は知らない。
アルティリアは多少覚えがあったが、今はその考察をしているときではなかった。
ただ、光景は康太郎にとってはあまりに刺激が強すぎた。
アニメの、マンガの、あるいはネットの向こう側で起こっているだけの惨劇だ。それらはフィクションであり、または対岸の火事に等しかった。
だが今は――。
固有秩序で強化している聴力がかすかな悲鳴を捉えた。
男も、女も、子供、老人、そして種族も関係なく、蹂躙されていく。
康太郎にとって、D世界は、命の危険こそあるものの、基本的には穏やかで安定した世界だった。不思議に満ち溢れている点では大きく異なっていたが。
だが、これは違う。こんなのは戦争ですらなくて――。
康太郎は激情を封じた。外にではなく、内に込めて、闘争の気概を燃やすための燃料にしたのだ。
徐々に膨れ上がるプレッシャーに、少しだけアルティリアはたじろぐが、すぐに冷静さを取り戻す。
「アティ、まずは、この船の周りを綺麗にするぞ」
「わかった、でも、コウ。貴方、魔法も弓も使えないでしょ? どうやって……」
アルティリアが疑問を投げかける前に、既に答えは出されていた。
康太郎の周囲に浮ぶのは、数十に及ぶ蒼い光球だ。
それは賢聖・カーディナリィも好んで使っていた魔法の一つ。
近接戦闘と織り交ぜることで立体的な全方位攻撃を可能とする。
だが今はそれをただの砲撃術として用いようとしていた。
奈落の獏によって身に刻まれた、理力の放出。
本来であればアルティリアの意見も取り入れながら開発していこうと思っていた矢先ではあるが、康太郎は迷わず解禁した。
ぶっつけ本番、しかし、康太郎にはたやすい。
なぜなら、ことイメージを精密に再現することに掛けて、このD世界での康太郎は――
「疾れ、理法・擬似密集弾幕展開―!!」
康太郎の一声と同時、空と飛ぶワイバーンたちに向かって、必殺の魔弾が解き放たれた。
今回から新章です。
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