断片集・2(フラグメンツ・セカンド)
地の文は殆どない、短編よりもさらに短いショートショートショート。
山もなくオチもない。人々はそのような物語に届かない戯言を断片集と呼んだ。
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・獏と鬼と
康太郎たちが、獏の体内から脱出した後、ウォルと獏は反省会を行っていた。
「九重康太郎の力は、予想以上だったな」」
「そうだね。世界の境界を突き破るほどとは思わなかった。おかげでお腹がズキズキ痛むよ」
「まあこれで彼も理力の放出を覚えたはずだ」
「ところで君、彼に危なげなことを言っていたよね」
「うん? そうだったか」
「そうそう。寝ぼけて言ってたじゃない。だから康太郎君もタダの戯言と思っているだろうけど」
「……ああ、言ったな。そういえば」
「他人に指摘されるのと、自分で自発的に気づくのでは力の発現の仕方が変わってくるんだから。不用意なことを言ってはだめだよ」
「獏に説教されるとは。それにしても君も大概お人よしだな」
「僕はみんなの夢を食べて生きているんだから、大事にするのは当然さ。それに彼の世界の知識は大変な珍味だった。それに見合うことを本当はしてあげたかったけど」
「理力の放出の実用性がわかってくるのはもう少し先だ。その頃には彼も獏に感謝しているだろう」
「そうだといいんだけど」
「ところで同じようなタイミングで飛び込んできたアルティリアというエルフは、何を望んでいたんだ」
「ああ。彼は康太郎君のことをもっとよく知りたいと思っていたみたいだから、彼の言うところの元の世界の風景を見せてあげたよ。jもっとも見る内容は情報からくみ上げて自動生成したものだから僕も知らないんだけど」
「そうか。彼女はどうやら私の昔の中の縁者らしくてね。直接会おうとも考えていたのだが」
「そうかい。それは申し訳ないことをした」
「いいさ。彼女もまだ壮健なようだしな。それがわかっただけで十分だよ」
そして彼らは、またあてもなく、大陸をさまよう。
まだ見知らぬ誰かの夢と野望を喰らうために。
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・セプテントリオン 参番星の報告会
帝国王室の地下、セプテントリオンの本部。
会議室となっている円卓に参番星ナビィをはじめとした幹部達が集まっていた。ただし、彼らを束ねるマスターは不在のままで。
「わざわざマスター抜きで話したい、なんて随分と大胆なことをするね、参番星」
「テメエのお気に入りのナインとかいう小僧の話だろ、どうせ」
「ええ、その通りよ。実はナインさ……ナインが固有秩序遣いであることの確証が得られたから、その報告にね」
円卓を囲む、ナビィ以外の顔が歪んだ。ある者は喜び、ある者は渋い顔をしていた。
「それは確かなのですか?」
「十中八九、間違いないわ。証拠を見せろといわれても、私の人形を通じて直接確かめただけだから。私の名前で皆をここに集めたということの意味を鑑みて欲しいわね」
「……お話はわかりました。それでナビィ、貴方はそのナインという男をどうするつもりなのです」
モノクルをかけた男――弐番星・リンクスの言葉に、少しだけ間を置いてナビィは口を開いた。
「私は彼をセプテントリオンに……私たちと同列、番外位の八番星として迎えられないかと考えているわ」
「おいおい、マジかよ。おい三つの、本気で言ってンのか?」
「過去にも八番星をおくことはあったはずよ」
「……それは特例中の特例だ。八番星はセプテントリオンでありながら、セプテントリオンではない。マスターの命令にも拒否権を持つ。事実上、マスターを二人頂くと同義だぞ」
「そうよ、私はその提案をしているの。私の独断では動けないしね。動いてもいいのだけど、それでは義理に欠くというものでしょう?」
「なるほど、それはもはや貴方個人の興味とはかけ離れている。しかし採決を求めるだけの冷静さはあるようで、ほっとしました」
「さて、それじゃあ、早速みんなの意見を聞こうかしら。弐番星・貴方は?」
「私の命はあくまでマスターただ一人のもの。八番星に迎えるのには承服できません。ただ……セプテントリオンに客分として迎えるには異論ありません」
「なるほど、条件付きで賛成1と。で、参番星の私は当然賛成として……じゃあ次、四番星、貴方は?」
「……反対」
「理由は……って言う必要があるなら、貴方から先に言っているわね。じゃあ次伍番星、貴方は?」
「オレァ反対だ。固有秩序遣いなんて化け物は、ウチのマスターだけで十分だぜ」
「それは……彼を始末したいってことかしら」
「いかようにでも取ってくれていいぜ。ただ、オレが傅くのは、後にも先にもあの嬢ちゃんだけだ」
「りょーかい。これで反対2か……。次に陸番星」
「アタシは賛成ー。ナインって、あのカワイイ男の子でしょう? 結構タイプなのよねー、初心そうで。私色に染め上げたいくらい」
「賛成3と……言っとくけど、あんたの毒牙には私が全力で阻止するから」
「うふふふ、冗談よぉ。もうナビィちゃんってば、カワイイんだからー」
「はぁ……じゃあ最後、漆番星の意見を聞こうじゃない」
「わしは反対じゃのう……良くも悪くも我らセプテントリオンが保てているのは、マスターたる彼女が強大な力でわしらを御することが出来るからじゃ。そこにマスターと同等の可能性がある者が入るのは賛成できんわい」
「……見事に票が……いえ、弐番星のが条件付だから、賛成の方が旗色が悪いわね。わかったわ、マスターに提言するのはやめておく。ただ、マスターに彼の報告はしておくわよ」
「それについては当然ですね。ですが、展開次第ではもしかするとナビィ、貴方の望む展開になるかもしれませんね」
「ま、提言しなくてもいいなら望むところだけど、この結果を踏まえて、あくまでマスターにはお勧めしないって話しておくわ。私自身、もう少し彼を眺めていたいから」
やがて来る、異端の星と七つ星の邂逅。そのとき世界は……。
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・父と息子
とある日の夕飯。
「……康太郎」
もきゅもきゅ。
「何、お父さん」
もきゅもきゅ。
「お前、最近ストレスとか溜め込んでいないか」
「いや、別に」
「嘘をつけ」
「嘘じゃない」
「じゃあ何か変わったことは」
「……変な夢を見るようになった」
「ほう……詳しく話せ」
「なんやかんやで蛇とか盗賊をぶっ飛ばしたりしながら、いまは銀髪のエルフと二人旅の途中」
「……ほほう。そのエルフは美人か」
「ご他聞にもれず。ちょっとツンデレ気味っていうか、ちょっと意地を張るところもあるけど」
「やはり胸は薄かったか」
「いや、意外と盛ってる。Cは堅い」
「そうか……残念だったな……」
「そんな|幻 想(エルフは貧乳)にロマンを抱くお父さんの方が残念だよ……」
「幻想なのではない、受け継がれてきた様式美だ」
「はいはい」
「つまり、それが原因か、お前の目の色が変わった原因は」
「……お父さんもそう思う?」
「お前が変わったことがあると断言できるものだ。それはよほどのことだろう。何故黙っていた」
「別に……話したって、何だ夢の話で一笑されるだけだし」
「俺がそんな奴に見えるのか」
「……見えないから、逆に話さなかった」
「そうか、楽しいんだな」
「……だから、そうやってすぐ見透かすから」
「まあいい。息子にそんな夢を見るなとは流石に言えないしな。
お前の判断で、出来る限りのところまでやればいい」
「お父さん……」
「ただし、今は目だけだからいいが、今後他にも異常が出るようなら話は別だ。事態の究明にはあらゆる手段を使うからな」
「うい……」
「ところで話は変わるが、私はお盆明けから海外出張することになった」
「えっ? また急だね」
「まったくだ、現地でトラブルがあったらしくてな。私はヘルプだ」
「大変だね」
「まあ楽な仕事というものはそうそう無いものだ。覚えておけ」
「期間どれくらい? 一週間とか?」
「少なく見積もって1ヶ月。現地の状況のよっては、それ以上になるかもしれん」
「うは……マジで大変だ」
「だから朝のハイパーヒーロータイムの録画は忘れずにしておいてくれ、頼むぞ」
「りょーかい」
「それと、はめを外すのはかまわないが、程々にな」
「わかってるよ。そんなヘタな真似はしないって。出来るはずもないし」
「ああ、そうだ。ハイパーヒーロータイム意外にもローカルヒーローもあるから、そちらも忘れずにな」
蛇の道は蛇。康太郎の父親、九重錠太郎は、無類の特撮ヒーローのファンである。
ちなみにその流れでヒーロータイムの次の番組まで見ている。
当然息子も一緒にである。
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・続・水鳥さんと征士郎くん
佐伯家のとある茶室にて。
「このたび、私と康太郎くんは正式に友達になりましたわ!」
くわっと目を見開き、大仰に指差しポーズをとってドヤ顔をする水鳥さん
そんな水鳥さんを征士郎くんはあきれ顔で見ていました。
(あーやっぱりコウのやつ、すいちょうに呑まれたか……)
「む、なんですか、征士郎、その顔は!」
「いや別に……よかったじゃん、コウも友達とは認めてるってことは、まんざらでもないってことだぜ」
「ですよね、そうですよね!! ふふふ、康太郎くん、貴方のトラウマなんて、この佐伯水鳥が吹き飛ばして差し上げますわ!」
「……なんだい、コウのトラウマって」
「えーー? 親友を気取るくせに、征士郎は知らないのですか、そうですかー。ふーん、へーえ?」
「いちいち気に障るな……何が条件だ?」
「くふふ、いいですわ、貴方には前回康太郎くんのことで借りがありますから、と・く・べ・つに土下座一回で教えて差し上げてもよくってよ?」
「……くっ、何故だコウ、どうしてこんな奴に君の大事な過去を教えたりしたんだ……!」
「さあさあ、やってごらんなさい、征士郎~?」
「……教えてください、水鳥さん」
「げっ、本当にやってしまいましたわ……うう、佐伯水鳥に二言はありません。仕方ありません、教えて差し上げましょう」
水鳥さんは、征士郎くんに、丁寧に教えてあげました。
「……コウも若かったんだな。有象無象の安い女に引っかかるなんて。よし、すいちょう、その企画に関わった奴らの名前を全員教えろ、僕が鉄槌を下してやる」
「待ちなさい征士郎。それは私も望むところですが、康太郎君はそれを望みませんでした。であれば、彼がそれを知れば、きっと余計な心労を負うことになります。それは、私にも貴方にも不本意な結果になるでしょう?」
「くっ……コウ、君って奴は……! しかしまあ、君がコウの伴侶になるのはあまり感心はしないな。パトロンになる程度ならかまわないが」
「それは康太郎君が決めることです。貴方は所詮親友なのですから、口出しは無粋ですわよ」
「……僕の見立てでは、彼は穂波さんにご執心のようだけどね。そこへいくと君はあくまで友達どまりだ」
「あら、未来はわかりませんわ。それに……あの女に負けるのは、康太郎君のことを抜きにしても我慢ならないですし」
「ああ……絶対合わないタイプだろうねえ。穂波さんは超然としているから」
「超然どころか化け物ですわよ、彼女は。どうしてあの高校に通っているのかよくわかりません」
「それほどなのか」
「それほどです。文字通り、次元違いの傑物ですわよ。末は一体何者になるのか、見当もつきません」
「となると、そんな彼女に心を開かせかけているコウも相当だね」
「康太郎君は、相対評価をそれほど求めない分、純粋に他者を評価できるから嫉妬という感情が薄いのです。だから、穂波紫織子にも平然と近づけるのです」
「なるほど……大概は、みんな彼女を恐れている感じだからね……俗人は本能的に忌避してしまうのだろうさ、本物を見てしまうとね」
「そういう意味では、私も貴方も俗人ですわね」
「俗でなければ、わからないこともあるさ。なにもマイナスばかりでもないよ」
「貴方にしては殊勝な言い分ですわね」
「さて、それじゃあ、僕は行くよ」
「全国大会、せいぜい気張るといいですわ」
「ああ、今年はコウも応援に来るといっていたからね。彼の前で無様な姿は見せられない」
「なるほど……それはいいことを聞きましたわ」
「来るなら、応援はしてくれよ。でないと、コウもそんな打算的な女は好かないだろうから」
「行くからには応援しますわ。幼馴染のよしみで」
「ああ、期待しないでおくさ」
反目しあいながらも、それでも定期的に会っている二人。
康太郎という共通の話題ができてからの二人は、それまでの冷え切った仲とは少しだけ違っていたのでした。
断片集・2……<終>
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次章は、今までと異なり、連作短編みたいな形になると思います。