第4話 果たされる和解
目の前に広がる惨状に、俺は途方に暮れていた。
すっかり更地になった周辺の森。
横たわる巨大な蛇。
気を失っているエルフっぽい美男美女。
そして未だ全裸のままの俺の姿。
どうしてこうなった……。
いやすみません、全裸以外は大概俺が原因です。
さて、なぜエルフっぽい美男美女が気を失っているかといえば、話はほんの数分前に遡る。
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「キャアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「うわああああああああああああああ!!」
羞恥の叫びを上げたのは、ほぼ同時。
銀髪エルフの女性が構えた右腕から青い光弾を放った。
「へっ?」
蛇との戦闘が終わった俺は、完全に気が抜けていた。
「ぐはっ!!」
その青い光弾は、両手を上げて無防備だった俺の胸に直撃したのだ。
強烈な衝撃に肺の中の空気が抜け、俺は盛大に後ろに吹っ飛び、二転三転とごろごろ転がって最後には仰向けになった。
「……!」
首だけ起こして美女を確認すると、攻撃が当たって俺が吹っ飛んだ事に関してひどく驚いているようだった。
だが攻撃を受けたせいか、俺の頭は先ほどの蛇と戦ったときと同様の冴え渡る戦闘モードに切り替わる。
理不尽な暴力に晒された俺の胸の内に、暗い怒りが灯ったせいだ。
この状態の俺の思考は極めて冷静ですさまじいキレを見せているが、どうもその動力源は俺の負の感情であるらしい。
らしいというのは、それは今の俺の心情も客観的に分析し、他人事のように認識しているせいだ。
この美男美女が明確な敵であるかを判断する材料は今のところ見当たらない。
彼女の驚きぶりを見れば、先の攻撃は羞恥に駆られての突発的なものであるという可能性は、消して低くもない。
だが少なくとも彼らは俺のことを警戒して武力を向けていたのだ。
言葉も通じない今、先ほどのように何がきっかけで攻撃されるかもわからない以上、このまま彼らに従うのは得策ではない。
俺は彼らの無力化を選択すると体のばねを利用して瞬時に起き上がり、最大の速力でエルフの二人の方に接近する。
これにすぐさま反応したのは弓を構えていた男の方。
俺が平然と立ち上がった事に驚きつつも、引き絞った弦を離し、矢を射放った。
その狙いは正確に俺の眉間を捉えていたように思う。
普通なら瞬きするような時間で俺の眉間に矢が命中し、俺の頭蓋を貫通して絶命させていたに違いない。
しかし俺は、少し前までアンジェルとの俺史上最大の戦闘をしていたばかりなのだ。
それを経た俺は、その体や感覚もすでに現実の俺を凌駕している。
奴の超自然的攻撃の数々と比較すれば、今やこの矢は俺の脅威ではない。
隙間なく閉じた指先を伸ばし手刀を作った俺は、遅延した時をゆっくりと飛ぶ矢を叩き落した。
男がその結果に驚愕したときには、すでに俺の手が届く射程圏内。
俺は直突きの要領で開いた手のひらを相手の胸当てに押し付けた。
伊達にアンジェルを相手に通用していた一撃ではない。
手加減はしたつもりだが、男の体は受けた衝撃に立つ事叶わず、倒れてそのまま動かなくなる。
「■■■■■■……!」
女のほうが何かを言ったようだが、俺の知るところではない。
俺は標的を女のほうへ変更する。
気丈に振舞っているが、俺への恐怖は隠せていない。
だが残念ながら、たとえ美形でも女でも憧れのエルフちゃんでも敵であるなら容赦はしない。
彼女は咄嗟に俺に向けて先ほどの攻撃を発射しようとしていたが、俺は瞬時に距離を詰めると彼女の腕をつかんで攻撃を封じる。
ほとんど零距離となった俺と彼女だが、これくらいのほうが加減も効いてちょうどいい。
俺は先ほどの男と同じ部位、胸当てを狙ったワンインチ掌底を打ち込んだ。
「かはっ……!」
肺の中にある空気をすべて吐き出し、意識を失う彼女を俺はそっと地面に横たえた。
「ふう……」
制圧が完了し、俺の思考が先ほどの戦闘モードから切り替わって元に戻った。
「あれ……?」
制圧を完了し、冷静になった俺は辺りを見回す。
すっかり更地になった周辺の森。
横たわる巨大な蛇。
気を失っているエルフっぽい美男美女。
そして未だ全裸のままの俺の姿。
……なんという惨状だ。夢の中とはいえ、これはひどい。
しかもよくよく考えてみれば、両手を上げて全裸を晒しながら彼女たちに近づいていった俺は実情はどうあれ、間違いなく立派な変態である。
そんな俺を彼女は攻撃した。だがそれは極めて正常な、正当な防衛行動だ。
つまりこの場合、確実に犯罪者なのは俺のほうであり、状況だけ見れば叫びをあげて騒ぎ立てる彼女を、ほかの目撃者もろとも暴力に訴えて黙らせたということである。
わいせつ罪に傷害罪。なんかいろいろと理由つけて無力化したものの、実際はこの有様だ。
これが、どうしてこうなった、その顛末である。
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「早く目が覚めないかなー、現実の俺」
途方に暮れていてもこの夢はなかなか終わりそうにない。
いろいろ諦めた俺は、まずは未だに伸びているこの駄蛇を起こすことにした。
「おーい、駄蛇、おきろー」
極めてやる気なく呼びかけつつ、その巨体をゲシゲシと俺は足蹴にした。
(んあ……? うおおっ、痛い、痛い、なんだなんだ、やめんかコラーーー!!)
「おおう、タフネスー」
キシャアアアアアアと咆哮を上げながら、駄蛇もとい世界蛇(笑)のアンジェルさんは、お目覚めになった。
(お主……!)
怒気を孕みつつ、睨みを効かせるアンジェル。
相変わらずの迫力だったが、こいつには既に勝っているので、どれだけ凄まれても今の俺には通用しない。
「や、おはよう、駄蛇ちゃん」
(誰が駄蛇か!!)
口から炎弾を放つアンジェルだが、俺はこれをしっかり避ける。
「おいおい、落ち着けって。もう勝負はついただろ?」
(おのれ……)
ぐぬぬと悔しさをあらわにするアンジェル。というか蛇の感情を読み取れることに少々驚く。まあ、夢の中だしな。
だが夢の中の登場人物とはいえ、相手はちゃんとした人格を持った相手だ。蛇だけど。
ならば侮辱すれば怒るのも当然といえる。だから俺は――
「……いや、今のは俺が悪かったな。駄蛇と侮辱したのは俺が悪い。ごめん」
俺はアンジェルに向かって謝罪の意を込めて深々と頭を下げた。
(む……)
俺の潔い態度に、アンジェルも少々困惑しているようだ。まあ、落として上げればこうなる。
「本当にすまなかったと思ってるよ、アンジェル」
ほんの少しの時間、辺りを静寂が支配する。
もし、俺の謝意がアンジェルに通じなければ、また先ほどのような戦闘をしなければならない。
(……もうよい、頭を上げよ)
だが、アンジェルは俺の謝罪を受け入れてくれた。これでもうあのような戦闘が繰り返されることはなくなった。
(本来、人の子ごときが気安く我が名を呼ぶなど、許さないのだがな……)
嘆息しながらも、アンジェルの声には怒気は含まれていなかった。
(お主は我を圧倒した。あまつさえ命をとらぬという情けまでかけられた。それほどの相手ならば対等以上であると認めざるを得ないからな。名前を呼ぶことを許すぞ)
尊大ながらも、その言葉の中には幾分かの敬意と気安さが感じられた。
力を認めた相手には、案外潔い。心根は気持ちのいい奴かもな、アンジェルって。
(確か、ココノエと言ったか。ココノエはなぜ、我を殺さなかった? お主は一度我に食われているのだぞ)
純粋な疑問を俺に投げかけるアンジェル。まあ、もっともな話だ。
ぶっちゃけ、俺は一度こいつに殺されているわけだからな。
けど俺は思ったまま、こいつの疑問に答えることにした。
「お前とは少しでも意思が通じるだろ? これが単純な化け物相手なら、俺も躊躇なく殺していたんだろうけど」
殺すという言葉に、ほんの少しの恐怖を感じる俺。
「言葉を交わして、心を通わせることができるかもしれない相手を無下に殺すことはできないよ。勿論、俺にそれを選ぶだけの力があればの話だけど」
つまりはそういうことだ。殺さずにすむだけの余裕があったからの結果に過ぎない。
自分の命がかかっていたのなら。それしかどうしようもないのなら、俺はきっとためらわなかったはずだ。
それはさっき倒した二人にも同じことが言えた。
(ふむ、なるほどな。何とも甘えた考えだの……)
是非もない。
(しかし、我はその甘え故にこうして生き永らえている。ならば、その甘えには感謝せねばなるまい)
「ふふ、感謝しろよ? 俺の基本的にヘタレている根性に」
(ふん、阿呆め)
俺の軽口に、アンジェルは怒らなかった。
そればかりか、俺にはアンジェルが苦笑したように感じた。やっぱりこいつ、認めた相手には違うんだな。
こうして、俺とアンジェルは和解を果たしたのだった。
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奇妙な友情が芽生えたかもしれない。そんなことを思っていると、アンジェルが話しかけてきた。
(しかし、お主は何者なのだ? 魂により肉の器を形作ったことといい、先ほどの戦いもそうであるが。……一見するとやはりお主は人の子だ。しかしだな、お主に倒された後では負け惜しみにも聞こえるであろうが、我は人の子に遅れをとるほど落ちぶれてはおらぬ)
アンジェルは言い訳、というよりも純粋な事実を述べているだけのようだった。そして実に不思議そうにしている。
「何者と言われてもなあ……そういえば、理力とか、オリジンとか色々言ってたけど、それってなんだ?」
(…………)
俺の疑問に、すぐには答えようとしないアンジェル。その沈黙にはどこか言葉を選んでいるような雰囲気が感じられた。
(……ココノエよ、お主は自分がどのような存在であるのか、わかっておらぬのか?)
「そりゃ哲学だね、アンジェル。自分が何者か、なんて聞かれて即答できる奴なんてそうはいないと思うけどな。いたとしたそれは相当な自信家か、悟った奴くらいさ」
(そういう意味で問うているのではないのだがな……ふむ、どう聞くのがよいか)
アンジェルはうーんと考え込んでいる。その姿がどこか奇妙で今の俺には愛嬌すら感じる。さっきまでは互いに殺意全開だったのだが。
アンジェルの聞きたい事はなんとなくわかる。要は俺の立ち位置というか素性を知りたいのだ。
だがそうは言っても、俺はこいつに答えてやれる言葉が見つからない。
お前は俺の妄想の存在で、俺はお前の作り主なんだ、などとは言えないし。
だから俺は、逆にアンジェルにいくつかの質問をすることにした。
「アンジェル、俺はお前の言う、理力やオリジン、その他のお前が常識と思ってることを多分ひとつもわかっていない。だからそれをまず教えてくれないか? それがわかれば今のお前が疑問に思っていることにも少しは答えてやれるかもしれない」
俺がやろうとしているのは、俺の妄想した設定を俺の作った妄想キャラに説明させるというような、間抜けなことだ。
だけど、俺はアンジェルのことを単なる夢に出てくる登場人物であると切り捨てることはできない。
たとえ夢の存在であろうとも、彼はちゃんとした意思がある存在だからだ。
そんな存在を俺は夢だからと下に見ることはできない。いや、出来なくなっていたのだ。
(……わかった、よかろう。ココノエの疑問に答えてやる。それで何から知りたいのだ)
こうして、俺とアンジェルの奇妙な問答がスタートした。
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第5話に続く。
アンジェルたんが仲間になったよ! いや……多分、この作品一番の萌えキャラじゃないかな、なんて。
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