第45話 内から外へ(後編)
ただいま帰りました。エタっていません。
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「ちょっと。貴女がどうして康太郎君の隣に座っているの!?」
「……夏期講座は席は任意だし。何処に座ろうとお前には関係ない」
「なにを屁理屈を……!」
「ちょ、ちょっと佐伯さん……落ち着いて」
「うるさいのよ征士郎! これは私とあの女の戦いなのです。邪魔しないで」
「……呼び捨てにするなよ、関係が怪しまれるだろうが」
「あ。……こほん、失礼しました。とにかく――ふぎゃあああ、ちょ、やめ、止めてください康太郎君。乙女にアイアンクローはいたたたたた」
「佐伯、お前意外と俗な技知ってるのな――なんかゴメンね。嫌だったら、俺が席を移るよ」
「……別にいい。気にしてない」
アルティリアには相変わらず康太郎たちの言葉はわからないままだ。
康太郎の生活は何の波乱も無かった。
というか、康太郎がまるで別人であるかのようにアルティリアは感じた。
尋常ではない戦闘力も、拙速にすぎる行動力も。
今まで自分の世界で見てきた康太郎の影がこちらでは殆ど見られない。
あえて言うなら、里で子供達の相手をしている時が一番近い。
覇気も無く、油断しっぱなしの顔だ。
この世界では、波乱がないせいか。
いや、そうではない。注意する必要がないのだ。
自分達の世界では彼はどこまでも行っても異邦人で、そしてどこかに属しているというわけでもない風来坊だ。
だが、元の世界では違う。家族がいて、友人がいる。属する社会があるのだ。
それは帰りたいと思うだろう。それを思えば、自分たちの世界の住人など、あるいはどうでもいいと思えるのかもしれない。
エルフの里を黙って出て行ったことも。フツノで讃えられることも足蹴にしたことも。つまりはそういうことなのだろう。
ああ、康太郎が一生懸命になる理由を知ってしまった。
この日常を彼は取り戻したいのだろう。
しかし、一方でアルティリアには二つほど思うところもあった。
一瞬だけ、ともすれば見間違いかもしれないが。
この日常の中にいる康太郎は、酷く不満そう顔をしていたのだ。
それはアルティリアにとっての願望が見せたものだったかもしれない。
普段のこちら側にいる時の康太郎が生き生きとしているように見えたから。
ともすればそれは、元の世界に帰ろうなんて実際にはさほど思っていないんじゃないかと思えるほどで――。
そして、もう一つ。
康太郎の隣に座っている二人の女性。一方は涼やかな知性を感じさせる美少女で、もう一人はたおやかな花のような雰囲気を持った美少女だ。
どうも彼女達と康太郎は仲がいいらしい。
そのことに、アルティリアは僅かながらに腹が立った。
康太郎にそんな顔をさせておきながら、何をのうのうと、彼の隣にいるのか。
自分こそは、未熟なれど、彼のパートナー足らんとしているのに。
「――ッ、コウ! 何ふぬけているのよ!!」
思わず、声が出ていた。聞こえるはずもないのに。
だが、康太郎は不意に、声を出したアルティリアの方へ振り返った。
それはただの偶然か、それとも。
さらに声をかけようとしたアルティリアだが、直後に康太郎の体が淡く青い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には爆発のごとき光の奔流が生まれ、アルティリアもろとも、全てを光に溶かしたのだ。
アルティリアは光に目を開けていられなくなったが、それでも手を伸ばした。
この世界の康太郎の手を取りたくて。
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「ぐは、ちょ、まっ……!」
黒い霧の人型の攻撃に俺は成すすべも無く滅多打ちになっていた。
正直、顔とか結構腫れ上がっているのではないだろうか。
理由はわからなかった。固有秩序たる存在超強化は、五条との戦いを通じて、相対的には止まった時の中を動くまでに成長した。
だが、追いつかれる。まとわりつく黒い霧は俺の体を締め上げて動きを止める。
なんでもない拳の一撃が俺の腹部に突き刺さり、落ちた顔をアッパーが捉えた。
これが名も知られていない王種とそれに付き従う男の実力だというのか。
俺は地面に這いつくばり、頭を踏みつけられた。
「ううっ……」
じわりじわりと重さが増して、たまらずうめき声が漏れた。
「最初の威勢の良さは買うんだけどね。そこから先はダメだねえ」
頭を踏みつけるのとはまた別の個体が俺の顔をしゃがんで覗き込んできた。
「うっさい……」
「ふむ、すっかり気落ちしているな……しかしその様子だと、君が何故こうして負けているのか、わかっていないようだね」
またくいっとメガネを直すしぐさをして、講釈だ、と言った。
「さて、君の戦闘スタイルは強化した肉体による近接格闘だ。その力たるや、下手な鉱物よりも硬いドラグツリーを一撃で破壊できるほどで、その速さは我々とは異なる時間の中を動けるほどだ。また技術も東の大陸で見られるような武術が基礎にあり、強化した性能に振り回されることも無い。単純な意味での真っ向勝負で君に勝てる存在は、そうはいないだろうね。なにせ世界蛇や、あの状態の五条まで正面決戦で打ち倒すほどだ。……というか、そこまで強くなって何がしたいのだね?」
あ、上げて落とされた。
褒めるだけ褒めて最後の最後でけなしに掛かるとか、このヒト本気で鬼だろ……あ、鬼人だから、ガチで鬼だわ……。
「まあそれでも、獏と私には勝てなかったわけだが」
精神攻撃まで黒々してるよ……。なに、ここまで滅多打ちにして足蹴にして、おまけに精神までボロ雑巾のようにしてくるとか、どんだけ俺に恨みがあるの?
「さて、今回の敗因は戦力分析が誤っていた事と勝利条件が間違っていたことだ」
戦力分析? 勝利条件? なんのこっちゃ。
頭から足を放し、首根っこをつかまれて無理矢理起こされ座らされた。
「さて、まずは戦力分析だ。君は今どこにいる?」
「どこって……奈落の獏の中でしょう?」
何を当然なことを。だが、黒い霧の人型は首を横に振った。
「厳密な意味でわかっている発言ではないから、不正解だ。正確には奈落の獏が支配する世界だ」
支配する世界とな。と言われても、今の俺にはさっぱりです。
すっかり思考を放棄しているので、俺は考えさせようとするこのヒトに早く続きをと促した。
「支配とはずばりそのままの意味だ。あらゆる意味で全能なのだ。獏こそが世界そのものといってもいいだろう。今君がこうして生きているのも、獏がそうさせているからだ。気に入らなければ、君の存在は跡形も無く消えている。私が手を出すまでもなくな」
それは獏思う、故に康太郎有りってところ?
「カミサマって感じですか、見下ろす系の」
「君の中で神がどういうものかは知らないが、まあそういう解釈でもいいだろう。そんな場所で君のような強力な存在を十全に暴れさせるとでも? 当然制限をかけるに決まっている」
制限? 俺は固有秩序を正しく使えていたはず。
そう、この世界で固有秩序を使うとイメージに体が追いつく。そして時に追い越していく。その結果が無拍子であり、極致が八百万なのだ。
俺はそのとおりに動けたはずだ。にも関わらず敵わなかったということは……
「……凄いな。じゃあ何か? 俺のイメージに制限入れたってことか。本当にカミサマだな」
「神というのは行きすぎだろうがね。だが、獏は本当のところは王種にカテゴライズされるべき存在でもないのは確かだ。まあ、この世界基準に照らし合わせると、そう表現せざるを得ないのだがね」
確かに、大陸を飲み込めるほどの亜空間を持っていて、その中を好き勝手に出来るとか。それはもう生物からは逸脱しすぎている。
「故に、今の君が獏を打ち消し去るのは不可能なのだ」
あーうん、勝負にすらならないから。もうそれは痛いほど良くわかった。
「そしてもう一つ、勝利条件だ。君はそもそもこの勝負がどういう趣旨で行われているものか、理解していない」
果て? 確か……別の可能性がどうとか? イライラしていたからあまり気を配っていなかったけど。
「君の戦闘スタイルは半ば確立している。その方向性で伸ばしていっても、恐らくあらゆる障害を捻じ伏せることが可能だろうな」
ならいいじゃないか。固有秩序は便利だから使ってるわけで、手段でしかない。
「だが……それでは君は満たされない。自ら制約で縛ってしまっているから」
満たされない? 制約って何のことだ?
「……君には苦悩が足りない。そして足掻きが足りない」
こめかみに人差し指をトントンと当てながら黒い霧の人型は言った。
「えっ……?」
「もっと悩めよ少年。悟るな若人よ。世界は儘ならないものと諦めて悟り、その場の環境に合わせた最適解を導いて生きるのは賢者のすることだ。だが君は愚者であれよ、康太郎君。世界を動かしてきたのは、無茶と無謀と笑われ、それでも突き進んで、新たな可能性をこじ開けてきた愚者達に他ならない。想像を凌駕し現実に塗り替えてきたのはいつだって愚者なのだ」
俺に語りかける黒い霧の人型の声には今までのそれとは異なり、熱が篭っていた。
賢者と愚者。言葉に込められた表と裏の意味。
「俺が、賢者だとでも? いやいや、自分を異世界人とか言ってあるかどうかもわからない帰還の方法を求めてるのは思いっきり愚者でしょう」
「いいや、君は真の意味では賢者だろうよ。あらゆる事象を頭の中で計測し、分析し、分解し、組み立て、理論上の最適解を導く。稀有な能力だ。後付の固有秩序ではない、君が先天的に持ちえた才能だ」
ドキリとした。このヒトは……
「アンタ、一体俺のことをどこまで見通したっていうんだ?」
「私ではなく、獏だよ。獏は他者の精神世界を見ることの引き換えに願いをかなえる。その時にね」
届かない理想。至らない能力。漠然としたものではなく、確定したビジョンを描ける俺。
それは一種の未来予知。いやもう自分でも中二病に過ぎるからいいたくないけど、実際そうなのだからしょうがない。
「さて、ここからが本題だ。君は世界蛇との戦いから、君は固有秩序という概念を学び、呼び名をつけ、そういう形を持たせた。それはいい。だが、それだけにとらわれすぎていないか。固有秩序使いは、固有秩序しか使えないと」
「そんなことは……<装填>だって開発したし……」
「それは固有秩序の延長だろう。つまりは体内での理力操作、限られた環境の中での最適解だ。君が<装填>を開発するに至った原点を思い出せ」
原点って……そりゃあこんな世界なんだし、俺もせっかくだから炎や光弾を飛ばしたり、空を飛んだりとかっていう魔法を使いたいって……。
えっ……?
まさか、別の望みって……勝利条件って……そういうことなのか?
「いやでも、魔法が普通には使えないから、考え抜いた果てにあの装填を思いついたのに……」
「それは君の勝手な思い込みだろう。固有秩序使い(オリジンユーザー)は、固有秩序しか使えない……などというのは」
「いやだって……現に……」
「周りの戯言なんて雑音以下だ、流すが良いよ。そもそもが理力を直接操作できる存在が前代未聞の幻の存在。確たる実例は、かの初代グラント帝くらいのものだしな」
……このヒトは、本当にどこまで俺のことを見たというのだ。まさかR世界、現実の俺のことまで見たというのか。
つーか、別の願いってそっちかよ……なんか理由を知ったら拍子抜けだ。
「でも、俺は実際にそういうことをできなかった。だから路線変更で装填とかっていう内側に方向性を変えたんだ。それを外側に向けるのは――」
「だから、悩んで、悟るなといっている。なまじ明確なビジョンを描けるだけに、すぐに怠けてしまうのは、君の悪い癖だ」
「いやいや、どうしても越えられない壁ってあるでしょう? 俺はそういうのもわかるんですよ、明確に」
そうさ、R世界ではいつも届かないとわかるから、D世界ではそれが届いたから――。
「そんなものはない。越えられない壁など」
うわ、言い切りやがった。それは才能のある奴に言えることで――。
「いいか、九重康太郎。君に越えられないと壁など無い。越えられないのは、君が勝手に天井を作っているだけだ。自分で作ったものは、必ず、自らの手で壊すことが出来る」
メガネを直すしぐさをして、このヒトは確信を持って言い切った。
何故だ。どうして他人のことをそこまで見透かすことが出来るんだ?
自分自身にわからないことをどうして――。
「君は若いなあ……当たり前だが。その歳で悟った気分でいる、そういう者は愚者ではなく、ただ単に愚かだというのだよ」
黒い霧の人型は呆れ顔で……実際には顔なんてわからないんだが、多分そんな顔をしてそう言った。
「青二才が。君は――む、そうか。獏が君に一言言いたいそうだ。ちょっと代わるぞ」
そう言うと人型が姿を変形させ、アリクイにも似た4つ足の動物の形へと変化した。
「ブモッ、ブモッ(九重康太郎……)」
鳴き声と重なって頭に俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ブモッ、ブモッ、ブモッ(君の世界を見せてもらった。非常に興味深かった。あのような世界もあるのだな。……幾星霜の果て、実在を確かめられたのは非常に有意義だった。礼を言わせてもらう)」
うわーうわー、小さな子犬くらいの大きさのなんかだかマスコットみたいな外見の癖して、聞こえてくる声が氷の河みたいなイケメンボイスとかやばい……声だけで孕みそうだ、男だけど。
「ブモッ、ブモッ、ブモッ(残念ながら、君の望む答えを私は持ち合わせてはいない。僕も長いこと世界に寄り添って生きてきたが、あれには手の出しようが無い、申し訳なく思う)」
アリクイっぽい獏がほんの少しだけ頭を下げたように見えた。可愛いくせに凄まじいイケメンボイスとか……なにこのギャップ、新しい世界に目覚めそうだよ。
「いやいや、謝らないでくださいよ獏さん!」
思わず<さん>付けしちゃったよ!
いやあ、王種ってだけあるわ……世界蛇と違って普通に敬服したくなるよ……。
「ブモッ、ブモッ、ブモッ(そこで、君の中にある別の願いをかなえることにした。だが、君も冷静ではなかったゆえ、あのような手段を取らせてもらった。君の能力が十全に生かせない場合もあるのだという忠告も含めてね)」
ああ……精神制御系の手段というのは意外に盲点だった。
振り返って、俺と戦ってきたのはみんな正面決戦タイプで、絡め手を使うものはいなかったものな。
今後そういう手合いと出くわす可能性は当然あるわけで。
別に全部が全部バトルに発展して解決というわけでもないだろうが、そういう備えを模索してもいいかもしれないな。
「ブモッ、ブモッ、ブモッ(時間が惜しい。当初の予定とは異なるが、僕が最初の一押しに協力しよう)」
そう言うとと獏の体から大量の霧が噴出し、それが一本にまとまり巨大な一本の管となった。
「え、これをどうすると……?」
管は俺に向かって突進し、俺の体をすっぽりと包み込んだ。
黒い霧が俺の体の中へと侵入していく。だが不思議と嫌悪感は無い。これも獏の出せる技か。
「ブモッ、ブモッ、ブモッ(体に刻み付けて。この基本さえ出来るなら、君は他の皆と同じように魔法……いや理力による擬似魔法、君が言うところの理法を使えるようになる)」
また獏の声が、頭の中に直接響いた。
体の主導権が俺から獏へと移る。
自然と、俺の中の理力の流れが変わった。
循環するように流れていたものが、両の手に集まっていく。
そして若干の質量を持った青い光の球が手に現れる。
これが……内から外に出て行く流れ!
両の手を腰元で重ね合わせて、放出をさらに強くする。
――理力・加重圧縮―!
ああ、これは。
往年の光線系の必殺技、その代表の偉大なる技。
だが、これは夢の中で、D世界で、俺の世界だ。
故にこれは俺だけの業だ。
だがらあえて名付ける。
名前をつけて、自分のものだと高らかに宣言する。
このよどんだマーブル模様の世界を吹き飛ばし、俺の道を切り開く光。
「ブモッ、ブモッ、ブモッ(さあ、遠慮は要らない。今はただ解き放つだけでいい。君の全力をこの一瞬に込めろ!)」
「うおおおおおおおおおお!!」
叫べ。
中二病と笑わば笑え。
だがな、マンガの、アニメの中の彼らは、そういう世界観で至極真面目に困難と向き合っていたんだよ!!
俺だってな!!
「我が王道拓け・天照らす無限光よー!!」
言葉と共に、天に向けて光を解放した。
自分の中にどれほどのエネルギーがあったというのか。
一筋の巨大なエネルギーの奔流がまっすぐ伸びて、世界そのものに風穴を開け、世界そのものを光で埋め尽くした。
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