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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第4章 潜行する知の万華鏡
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第39話 かつてない強敵

お待たせしました。

 


 


 

 俺とアルティリアは現在、南の大陸の西側の国・シニストラの首都「バレンシア」を拠点に活動していた。


 ここに至るまでの経緯を簡単に話そう。


 カーナさんのところで三日ほど滞在し、装備を整えた俺たちは走って一日のところにある西の大陸の港町から船に乗り、揺られて二日間拘束された。

 一等客室の快適な船旅、特にすることも無く悠々と……と思っていたのだが、お約束というべきか巨大イカ型モンスターの襲撃にあい、仕方なくこれを撃退。

 一時のにわか英雄扱いされてもみくちゃになり、なんか夜の相手まであてがわれそうになったりもしたが、丁重にお断りした。


 その後は、街を転々としながら、最終的には首都の図書館で情報収集の毎日というわけである。



「アティ、なんか収穫あったか? (もぐもぐ)」


「あったらすぐに報告してるわよ。(もきゅもきゅ)」


 報告会を兼ねて昼食をとる、俺とアルティリア。


 俺たちが目指しているのは<賢聖><刀神>とパーティを組んでいた最後の一人<学鬼>がその晩年、研究に使っていたという<万華鏡の書庫>だ。

 

 書庫という名称だが、実際には魔物が棲む迷宮の類であるそうだ。

 これについては、カーナさんや五条も詳細を知らなかったため、とりあえず現地で調査をしようという運びになったのだが。


「まさか存在すらあやふやなものだとは思わなかったわね」


 そうなのだ。迷宮<万華鏡の書庫>はその存在が半ば伝説化しているものだったのだ。


 このため、バレンシアにある図書館で、情報収集の毎日が続いていた。

 ちなみにこの世界においては図書館があることすら驚異的なのだ。印刷技術は生活に不自由しない程度に発達しているとはいえ、R世界のように何千何万部と刷られるわけでもない。

 

 そんな施設なので、図書館の利用は従量制の有料で結構な金食い虫だ。当然持ち出しも不可となっている。

 仮に持ち出してしまえばその瞬間に魔力式の警報が鳴り響いて衛兵がすっ飛んでくることだろう。

 

 ちなみに冒険者ギルドことヴァンガード・クラスタに情報提供を依頼してみたが、結果はあまり芳しくは無かった。


 というか、フツノで受付をしていた俺のファンという受付嬢がなぜかそこにいて、俺がフツノに現れた闘神とか騒いだせいで、ちょっとややこしい自体にもなったりして。


「どうするのよ、コウ。このままじゃずっとここで足止めされるんじゃない?」


 アルティリアが半ば根負けした風に投げやりに言った。


「伝説がそう簡単に見つかるわけも無し、だな。だが、あまり足踏みをしてるというのも精神衛生上よくはないか。……そうだな、あと三日は調査を継続しよう。もしそれでダメなら、アティのリクエストに答えて、王種めぐりの旅に路線変更だな」


「ホント!?」


 アルティリアが目を輝かせながら身を乗り出した。


「……お前言っとくけど、元々の順番が変わっただけだし、王種ルートの方が死ぬ危険性は高いんだからな。その王種に会うのだって生半ではないんだし、活字三昧に飽いているのはわかるが、あと三日は真面目に探せよ? 図書館だってタダじゃないんだから」


「わ、わかってるわよ! 怒らなくたっていいじゃない……(もきゅもきゅ)」

 

 このおてんばエルフは、どうにも同じ場所でじっと読書に勤しむということができない性質らしい。

 バカめが。某冒険家の教授も大冒険を繰り広げるフィールド・ワークよりも研究室に篭って検証する時間の方が遥かに長いというのに。

 

 さて、<万華鏡の書庫>の手がかりがあまり得られない一方で、俺は図書館にある本を興味深く見せてもらっている。


 どれもこれも俺にとっては新しい情報ばかり。歴史観に魔術理論など、どれも俺の好奇心をくすぐるものだった。


 しかし、なんとも変な話である。D世界は俺の夢。いかにリアリティがあろうとも、それは俺の認識を超えない……俺の知識をベースとしたもののはず。

 だが実際の世界観は、俺の認識に沿いながらもある面では確実に凌駕している。

 夢であるからこそ、荒唐無稽もありえるのだろうが……。


 そうだ、一つ大事なことを忘れていた。

 

 俺の目が蒼く変わった件についてだ。

 やはりD世界でも俺の目の色は変わったままになっていた。


 アルティリアも驚いたが、彼女の驚き方は少し異なっていて、


「コウ、ずっと固有秩序を使っているのね、どうして?」


 こんなことを言ってきた。

 

 どうもこの目の色は固有秩序を使っていることを示すサインになっていたらしい。


 アルティリアが言うには、エルフの里にいる頃にはこんな変化は無く、フツノで再会してから顕れたということだ。

 

 考えられるのは、あの2度目の死か。まさか死ぬたびにアレコレの変化があるのか? だけど、最初にアンジェルに食われた分の変化はないし……。


 まあ考えても今は答えが出ないので、取り合えず、頭の隅においておく。

 

 さて、先ほど言ったとおり、手がかりはあまりない。だが、皆無というわけではない。


 半ば伝説と化している<万華鏡の書庫>。この万華鏡の由来について、俺たちは何とか引き当てることが出来ていた。


 存在があやふやで、にもかかわらず伝わっている理由……それは、迷い込んだ者は実在し、それらがある程度記録に残しているからだ。

 

 しかしそれらの記述は一定していない。


 ある者はどこまでも続く闇の洞穴、ある者は灼熱の業火と永久凍土が折り合わさった魔窟……といった具合にだ。

 

 決まった入口は存在せず、しかも一度入った後は出口も人それぞれによって異なる。

 得られたものも様々で、知識だったり財宝だったり。


 万華鏡とはよく言ったものだ。万華鏡の如く、その様相が一定しない迷宮か。


 だが、五条は言った。<学鬼>はそんな場所で研究活動を行っていたと。

 もしそれが本当なら、なにかしらの法則性があってしかるべきと思うのだ。

 

 俺の目的に絶対必要かといえばそういうわけでもないのだが、あの闘技場建設に携わった人物が活動していた場所だ。何かしら得られるものはきっとあるはず。

 

 そう思って、俺たちは今日も図書館に入り浸る。


 それを見守る影を、半ば無視しながら。










~~~~~~

~~~~~~





 さて、D世界がそんなことになっている一方で、R世界たる現実ではいよいよ1学期の終業式である。

 

 帰宅部である俺は特にすることも無く……なんて思ったら大間違いだ。


 今年はあの全国最大の同人イベント、通称コミットに行くと決めているのだ!


 今まで行こう行こうと思ってなかなか決心が固まらなかったが、やはりオタクたるもの、一度はあのイベントを経験せねばと一念発起。

 ライトノベルや漫画を買うのも自粛し、貯金して軍資金は十分。

 美麗にして工夫が凝らされたコスプレを撮るためのデジカメも完備している!

 俺の家からでは徹夜組、始発組と呼ばれる猛者たちとは張り合えないが、情報サイトや某掲示板で相談し、前準備は十分だ。

 ちなみに神木君を誘ってみたのだが、彼は実家の集まりがあるとかで、そちらはどうしても外せない用事らしい。


 まあ、そんなウキウキイベントだけというわけではない。

 学校の強化夏期講座参加は義務付けられているし。しかし、今年は穂波さんも参加する。

 去年も居たといえばそんな気もするが、当時の俺はそんなに親しくも無かったから、あまり意識していなかった。

 

 ……あわよくば、誘ってみるか。コミットに。超上級イベントにいきなり彼女を連れて行くのはどうかと思うが、あの人ごみの中を孤独に立ち並ぶのは少々酷だと思うし……。

 <村>シリーズに理解を示した彼女ならばきっと……!








「じゃあね、コウ。また2学期で」


 1学期最後のHRも終わり、一階の広場まで一緒だった神木くんが別れの挨拶をしてきた。

 彼は学校の夏期講座は受けない。部活の方に力を入れるそうだ。


「ああ、神木君。全国大会、今年は優勝してくれよ。当日は応援に行くからな!」


「うん、必ずとはいえないけど……勝ちに行くよ」


 俺と神木君は拳を軽く合わせる。互いにアニメや漫画のネタであることを知りつつ、また、ちょっとくさい友情ネタとしてそれを行った。


「おう、勝って来い、神木征士郎」


「……君もね、九重康太郎。今日、決着をつけるって言ってたじゃない」


 俺は少々気まずくなり、ほおを掻いた。


「ま、2学期は綺麗な身で迎えたいしな。……後味によくないものは残りそうだけど」


「ミイラとりがミイラ……なんてこともある。僕が言うのもなんだけど……彼女は強敵だよ。気をしっかりね」


 神木君が少しだけ真剣味を帯びた顔で忠告してきた。


「それはないない……って神木君、やけにアイツのことを買ってるんだな。もしかして意外と親しい?」


 俺の問いに、神木君は手を振って否定した。


「まさか。彼女のコウに対するアプローチを見てたら、誰だってそう思うって。あんなの僕らで言うところの2次元キャラみたいなものだし」


「確かにな……現実にあんな強引なお嬢様が、俺を狙うとかありえないって話だものな」 


 1学期修了のこの日。俺は佐伯との関係に終止符を打つと決めていたのだ。  

 








~~~~~~

~~~~~~





 一月半ほど前のあの日、佐伯に呼び出され、告白を受けた場所に俺は佐伯を呼び出した。


 当然というか、やはり黒服の男達が警護し、公園は無人となっていた。


 相変わらず権力を濫用する奴だ……。


 そんな状況の炎天下、屋根つきの公園のベンチで一人、佐伯を待つ。


 汗が噴出し、たまらずタオルでぬぐって、スポーツドリンクを飲む。


 そうしてしばらくして約束の時間の5分前。


 満を持して黒塗りのリムジンが公園の前に止まり、青いベースに白いラインの入ったサマードレスを着た佐伯がやってきた。


 学生服そのままの俺とはちがい、その涼やかな衣装はこの夏の暑さをものともしていないようだ。


 っていうか、何故にめかしこんでいるんだお前は……!


「お待たせしました、康太郎君」


 何故にお前はそこまで満面な笑みを浮かべている、佐伯水鳥。

 こっちは今日、お前に決定的な別れを告げるために呼び出したというのに。


「まさか康太郎君の方から呼び出してくるなんて驚きました。大事な話があるだなんて。ようやく、私の想いが届いたのかと胸が踊りました」


 なんていい笑顔なんだ。これを俺以外の奴が見たなら、惚れてしまう奴が何人いてもおかしくないな。


「そりゃ悪かったな。期待させてしまって。だが、俺のしたい話はその真逆だ」


 さて、何も知らない初対面の時は辛辣に怒って見せたが、今は少々気が重い。

 俺への好意を隠さないお嬢様な美少女で、しかも俺に関わることを除けば案外いい奴であることはこの一月半でわかったのだ。

 つまるところ客観的に見て、佐伯水鳥という少女は十分魅力的な異性であるということなのだ。


 ただの友人であれば、恐らく俺と佐伯はうまく付き合えていたと思う。

 だが、そんな始まりは俺たちの間には無かったし、それ以外の可能性を今更悔やんでもしょうがない。

 

 俺にとってはあの切っ掛けは最悪の部類だったのだから。


「えっ……?」


「もう、俺に付きまとうのは止めてくれ。俺はお前の好意を受け取ることはできないからだ、この先も、ずっとな」


 佐伯から表情が無くなり、凍りついた。


 今日も30度を越す炎天下の中、けれども佐伯からは汗が引き、彼女は青い顔をしていた。


「ど、どうして……」


 佐伯がかろうじて口に出せたのはそれだけのこと。


「この一月、君はいい奴であるとわかった。友人としてなら、今後とも仲良くできる思ったほどだ。だけど、その先を君が求めているなら、俺は君を拒絶する」


 きっぱりと佐伯に言い放った。


 両手を胸の前に抱いて、掌を強く握る佐伯は何かをこらえるでもあった。


「何故です! 納得いきません! どうしてそこまで頑なのです!? 友であるならよくて、どうして恋仲はいけないのです!」


 佐伯は強い語調で俺に詰め寄った。

 

 しかし、俺は動じることなく、彼女の今にも泣き叫びそうな顔を真正面から受け止めた。


「俺は君に恋をしない。それだけでは不足か?」


 可能な限り、俺は冷たく言い放った。

 それでも佐伯は食い下がる。なんて強情、なんて粘り強さだ。


「私の何が足りませんか。貴方の望む、貴方にふさわしい女になるためなら、私どんな努力もいといません。言ってください、幸太郎君。容姿でも、性格でも……康太郎君の好みの女になってみせますから!」


 佐伯は一切曇りのない目で、正面から俺の心に切り込んできた。

 



 ……やられた。ここまでのものなのか。

 

 

 高校生の、同年代の女の子が、こんな自分を捨てるようなことを言わせるくらいの想いなのか。

 

 佐伯水鳥は、それほどまでに強烈な思慕を俺に抱いているというのか。


 一目惚れというにはいささか強すぎるだろう。

 一体おれの何処にそれほど惚れこむ価値を見出した?


 成績はそこそこ、殊更何か優れた特技があるわけでも無し。 

 容姿にしたって、神木君の如く整っているわけでも無し。

 なら人柄か? それこそ冗談な話で、俺は世間一般の波にまぎれる俗物だよ。

 

 ならば残るは……ああ、理屈ではない、という奴か。


 だとしたらなるほど神木君、君の言うとおり、この女は確かに強敵だ。 


 嫌う要素がなく、美人で、恐らく権力も財力も持つ家柄で、オマケに裏表無く俺を好いている。

 ここまでの条件が揃っていては、誰だって考えを改めたっておかしくはない。

 一度軽い気持ちでOKして、徐々に好きになっていってもいいと思うだろう。

 世の中のカップル全てが、しっかりとした両思いからスタートしているわけでもないんだから。



 しかし、それでも――

   

「そういう問題じゃない。好みとかそういう問題ではないんだ」


 佐伯が下を向いた。地面が雨でもないのに、少しだけ濡れた。


「……やっぱり、あの女ですか? 穂波紫織子。あの女のことがあるから、康太郎君は――」


 穂波さん? 何故そこで穂波さんが出てくる。

 確かに穂波さんは俺の大事な友人で、もっと良く知りたいと思う人でもあるが……


「そうじゃない。俺はお前に恋をしない。穂波さんにも、他の誰にもだ」


 俺は意を決して核心を話す。自分の恥を、傷を晒す。

 

 そうでもしなければ、佐伯は、俺のことなんかを好いてくれる強敵は、引くことを止めないだろうから。

 

「どういう……ことですか?」


 少しだけ深呼吸をして、心を落ち着かせる。


 これから言うのは、あまりにもキザったらしく、自分の足元が良く見えていないような……あまりにも分不相応なセリフだったからだ。




「俺は<恋愛恐怖症>なんだ。人に恋をするのが怖い。特に人に恋をされて想われるのはな。……突き詰めて言えば、相手の気持ちが信じられない人間不信なんだよ、俺は」



 そうして、俺は佐伯に過去の自分のことを話し始めた。

 本気には本気で返す。故に自らの恥と、傷を晒す。


 それは他人から見れば滑稽でばかばかしく、大したことのない内容だと思う。


 けれども俺にとっては確かな傷になっていて、いまだ消すことが叶わないトラウマになっているものだったんだ。





<続>

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