第38話 蒼い瞳の少年 (改訂版)
第4章に突入します。
いつの頃からか、自分の限界が見えていた。
努力もせずに何を言ってるんだって思うだろ?
違うんだ、そういうのとは根本的に異なるんだ。
どんなことでもコツはすぐにつかめる。飲み込みは早いほうだと自分でも思う。
でもダメだ、伸び代という奴がまるでないのだ。
いつでも理想の自分を描けるのに、それに届かない自分にイライラしてしょうがなかった。
だから……自分の限界が見えないあの世界に、俺は嵌っているのかもしれない。
どれだけ本気になっても報われない、いつか終わらせなければいけない虚構であると知りながら。
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南の大陸に制覇した者はあらゆる英知が得られるという幻の迷宮、<万華鏡の書庫>があった。
いくつかの伝記にその存在が少し触れられるだけでその全容は後の世になっても明らかになることは無かった。
そんな迷宮に、かつてあの城塞都市フツノで一夜の伝説となった<闘神>も挑んだという逸話がある。
当時を知るとある人物の手記には、こう書かれていた。『彼は万華鏡を制覇した。そのことについて彼は多くを語らないが恐らく間違いないだろう。だが、その万華鏡も彼に満足のいく英知をもたらすことは無かったらしい。もし、彼がその答えを得ていたのであれば、彼の旅はそこで終焉を迎えていただろうから』と。
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第4章 潜行する知の万華鏡
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アラーム音と共に目を醒ます、いつもの朝。
D世界と交互に過す生活も早2ヶ月が経過し、あと少しで学校の方も夏休みに突入するという今日この頃。
トラブルというのは大概、なれた頃にやってくるものらしい。
「な、なんじゃこりゃあああああああああああああ!!」
近所迷惑も顧みず、衝動のままに叫んでしまう俺。
「ぶぺらっ!!」
脳天に唐竹割りのチョップを見舞われた。
「朝からうるさいぞ、康太郎。近所迷惑だろう」
「す、すみません……」
やられたよ、父さんに! 普通に! 極普通に注意を喚起されましたよ!?
「いやね、父さん。ちょっとマジでやばいんだって。ちょっと真剣に考えてみてくれよ」
「ん? 何をそんなに慌てて……お前、なんの悪ふざけだ?」
ちょ、そんなさげすむような目で見ないでパパン!?
「ち、違う! カラコンとかそんなのじゃ無くて、本当に瞳の色がおかしいんだよ!!」
そう、俺の目は一般的な日本人の黒にも見える茶色ではなく、青空の色のような濃い<蒼>になっていたのだ。
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俺が悪いことをすれば殴り蹴るという痛い愛情の持ち主の父さんも俺の瞳の色が変わっていることには目を剥き、会社を午前中休んで俺を眼科に連れて行ってくれた。
こうして俺に何かあればいつも必死になってくれるから、日頃の痛い愛も笑って受け入れてやれるのだ。
診察では、視力や色覚には異常は見られず、原因不明の虹彩異色症と診断された。
先立っての不便はないが、学校での無用な誤解を避けるための診断書と今後のために大きな病院への紹介状を書いてもらい、その日はとりあえず午後から学校に通うことにした。
「とりあえず生活には支障はないようだが……何かあったらすぐに連絡しろ、いいな」
別れ際、そんなセリフを言って父さんは会社に向かっていった。まったく、甘いなあ、父さんは。
職員室にて一応の事情を説明してから教室に向かう。
教室に入っていの一番に心配そうに声を掛けてきてくれたのは、やはりというか神木君であった。
「コウ、今日はどうしたんだい……って」
「……何も言うな神木君」
「……何かのコスプレかい?」
「開口一番にそれか! いきなりなに爆弾を投下してくれるかな!?」
神木君がさりげなく落とした爆弾に思わず大きな声で突っ込んでしまう。
そのことによってクラス中の注目を集めてしまう。
「何だよ九重、来た早々……おおう、何だよその目!?」
「わあ、九重君、目が真っ青!」
「九重……色気づくのはいいが、努力が方向音痴じゃね?」
「んん~でもでも案外、可愛いかも?」
わいのわいの。みんな好き勝手言いやがる。
「康太郎君!? ちょっと皆さん、これは一体何の騒ぎですか!」
ほら、騒ぐから佐伯がやってきちゃうじゃないか。
佐伯は違うクラスである。いや、これで同じクラスに転校してきたのだとしたら、幾らなんでも権力の濫用が過ぎるというものだろう。
「康太郎くん、その目……」
佐伯が大きな瞳を見開いた。
「ふふ、笑うなら笑うがいいさ」
それで呆れて嫌われるなら清々する。
「なんてカッコイイの……もう、結婚しましょう」
「お前もう帰れーーーー!!」
もはやどう突っ込んでいいかわからない!!
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「はっ、やれやれだぜ……」
目なんて早々目立つパーツでもないと思っていたが甘かった。
ふと焦点が合うと、やはり目というのは力があるらしい。全体の構成に異物が混じると違和感が浮き彫りになるのだ。
いかに自分という存在が親からの遺伝子を受け継ぎ、適切な形で世に生まれてきたのかということが良くわかる。
それにしても皆がもの珍しい顔で見てくるのがなんというかこう……むずかゆい。
さて、今日は夏休み前、図書委員司書係としての最後の日である。
下手をすると、彼女に会うのは1学期では今日が最後かも知れないなあ。
「九重、遅い」
「そっちが早いんだよ、穂波さん」
「はいどうぞ。ここに書いてある日付までに返却お願いします」
貸し出し受付を完了した本を順次渡していく。受け取る手が一瞬とまり、俺の顔を一瞬だけ凝視して、去っていく。
また怪訝な顔されたな……。このシーズンは夏休み中の長期貸し出しが可能になるため、普段よりも利用者が多かった。
おかげでゆっくりとライトノベルも読めやしない。
穂波さんも今日に限っては淡々と司書係の仕事をこなしていた。
……ちなみに佐伯はここにはいない。
あの図書準備室での一件以来、佐伯は何度も穂波さんにつっかかっていたので、そのことに流石に切れた俺が、図書室ならびに準備室に一切近づかないように<命令>した。
これに対し、意外と素直に佐伯は従った。……あの時、体をガタガタ震わせていたくせに、妙に上気して嬉しそうにしていたのは妙に引っかかるが、引っ込んでくれたのはいいことだ。
ようやくひと段落ついたところで、穂波さんが話しかけてきた。
「ねえ、九重。その目、何?」
やはり穂波さんでもこの目は気になるらしい。
「いや、俺にもよくわからないんだ。朝起きたらいきなり……」
嘘だ。こんな異常が出てくる原因など、アレ以外にあるだろうか。
「ふーん……でも綺麗ね、その瞳は」
「えっ……」
「とても澄んだ蒼穹みたいで素敵よ」
おお、何の恥じらいも無く、妙なセリフで褒めてくれたぜ!
「そ、そうかな……なんか照れるな」
あ、やべえ、顔がにやける。なんてキモいんだ今の俺は。
「でも……九重には全然似合ってないね」
「……ですよねー」
上げて落とされた! けっこうグサッとくるなあ……
「早く直るといいね。九重はいつもの方がいいもの」
「穂波さん……」
彼女がほんの少しだけ、口の端を曲げる。
あの<友達確認>以降、穂波さんは、笑うことがほんの少しだけ増えたような気がする。
それが俺の前でだけ……と思うのは、流石に自惚れが過ぎるというものか。
「……穂波さんはさ、夏休みはどうやって過すの?」
結構、踏み込んだ質問をしたと思う。どうも最近は特に穂波さんへの興味が尽きない。
原因は良くも悪くもあの佐伯との一件だ。
いつも淡々としていて、ある面では冷淡ですらある穂波さんが一瞬だけ見せたあの激情。
彼女がふとした瞬間に見せる普段と違う断片が、強く俺を惹きつけるのだ。
などとかっこつけてみたが、要はギャップ萌えという奴に陥っているだけのこと。
「私? 別にいつもどおりだけど」
「いや、そのいつもってのがよくわからないんだけど……」
「学校に行って、本を読んで……ってだけだけど」
「学校……? もしかして、穂波さん、夏期講習に出るの?」
進学校である我が高校は、他の高校でもそうであるように、補修とはまた別に、学力強化のための夏期講習を行ってくれる。
俺は親の命令で参加を義務付けられていた。
まあ、普段アニメ等の趣味に制限が掛かっていないのは、こうした約束事と引き換えであったりする。
夏期講習の間は普段の暑い教室ではなく、冷房の聞いた特別教師だから、家で節電とか言って冷房の使用が制限される環境よりはよっぽどいい。
しかし、彼女が夏期講習に出るとは意外だ。実は隠れた努力家だったりするのだろうか。
「一応。図書室も開放されてる日もあるし」
「……穂波さんに高校の勉強が必要とは思えないな。正直、いつも退屈してるんじゃない?」
そのあまりの簡単さにだ。日頃から洋書や謎の論文を見ていたりする彼女だ。その彼女が学校に来るというのは、一体どんな意図があってのことなのか。
「私は……学校が好き。同じ年代の子達が、同じ場所に集って同じ時間、同じ感情を共有できる素敵な場所だと思ってる。だからできる限り、私は学校に寄り添っていたいんだ」
そんな風に話す穂波さんは、どこか寂しげで……今という時間をかみ締めて、放したくないと思いつめてもいるようで……ますます、彼女の考えがわからず、俺は混乱する。
だってそうだろ。彼女は同じ時間を共有できる学校が好きといいながら、積極的に歩み寄ることもせず、いつも孤高でいるのだから。
そんな複雑怪奇な心の深淵に、もっと近づきたいと思ってしまうのは……ある種の禁忌に触れてしまいそうな予感がした。
だけどその時の俺は、それを無視してでも、彼女をもっと知りたいという思いを強くしていったんだ。
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さて、今日も寝れば、D世界に旅立つのだろう。
正直、現在の進捗はあまりよろしくないので、前ほど、ノリノリでD世界を楽しむというわけには行かなくなっていた。
なぜならば……五条の言っていた<万華鏡の書庫>とやらが、何処にあるかも俺たちはわかっていない状態が続いていたからだ。
<続く>
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