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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第3章 眠れる刃の城塞都市
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断片集・1(フラグメンツ・ワン)




地の文は殆どない、短編よりもさらに短いショートショートショート。

山もなくオチもない。人々はそのような物語に届かない戯言を断片集と呼んだ。






・子供達と康太郎 


「コ、ココノエ!」


「あれ? マアル達じゃないか。こんな所まで、お前達だけなんて危ないぞ」


「いいのよコウくん。最近のエルフの里では老若男女の別なく、戦闘訓練しているの。それに里からここまでは距離はあるけど、魔物はあまりいないし出てきても低級だから、この子達でも対処は出来るわよ。ちなみに監修は私」


「……なんか大変そうですね」


「それよりも、この子達の話を聞いてあげて」


「わかりました。それで、なんだよマアル」


「……コ、ココノエ。あの時は……その、助けてくれて、ありがとうございました!!」


「「「「ありがとうございました!!」」」」


 マアルに続き、他のちみっ子たちまで康太郎に頭を下げてきた。


「え? 何?」


「ほら、以前帝国の息の掛かった盗賊に襲われた時の」


「……ああ。そういえば」


「オレたち……ココノエに助けられたって聞いて……でも死んだとも聞かされてて……でも、なんか生き返ったとかどうとか、皆不気味とかなんとか……そしたらもうココノエはいなくなってて……」


 康太郎はマアルの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で付けた。


「んんー、気にすんない、ちみっ子たちよ。里の皆様方には世話になってたから、何か困ったことがあれば助けるのは当然のことだっただけだ。もし、お礼を、っていうなら、いつかお前達も誰かを助けられるくらいかっこよくなってくれたら、俺にとっては嬉しいかな」


「も、もちろんだ! オレは、いつかココノエよりも強くてかっこよくなって誰かを助けられる奴になる!」


 リーダー格のマアルに続いて、僕も私もと次々と名乗りを上げるちみっ子たち。


 彼らはやがて成長し、里の黄金世代と呼ばれる程立派になるそうなのだが、そんな未来はこのとき、誰も知る由はなかった。


<終>







・安藤さんの日記


○月×日

 今日、父の得意先である佐伯家から私の通う学校の生徒の調査依頼を受けたという話があった。

 一体何をどうしたら佐伯家が公立高校の一生徒を調べる事態になるのか。

 正確な依頼人を聞いて納得した。水鳥なら権力を濫用しかねない。

 そして調査対象の名前は九重康太郎。奇しくも私は彼のことを既に知っていた。なぜならば――


 △月□日

 彼のことは、私の個人的な事情から調べたことがあった。

 成績は去年の学年末テストで384人中の38位。進学校と呼ばれる我が校で38位という順位は、国立旧帝大クラスを十分狙えるほどのものだ。

 さらに運動能力は、各体育会系部活のエースと呼ばれる人間に匹敵している。我が校の体育会系の部活はそれほど盛んではないが、それでもエースと互角という事実は、彼の非凡さを証明している。

友人もそれなりにいるようで、人格面でもさほど問題はない。

 私の見立てではかつて神童と呼ばれた・神木征士郎と唯一対等に話している人間だと思う。


△月○日


 九重康太郎の調査結果を父に纏めて提出した。

 後は父が、学校外での彼や素性を調査して、一応依頼は終了となる。

 そして私はあることだけは父には言わずにいた。

 私はかつて、車に轢かれ掛けたところを彼に助けられたこと。そしてそのことがきっかけで彼に淡い恋心を抱き、告白までして、そして振られてしまったことをだ。

 依頼人が水鳥ならば、私も下手なことは言えない。もっとも終わった恋だ。今更、という気持ちもあった。


△月□□日

 最悪だ。今日、九重君に詰め寄られた。もちろん佐伯水鳥のことでだ。水鳥が私の名前を明かしたらしい。おのれ水鳥。

 そして彼は、あることないこと適当なことを他人に吹き込むなと肩を怒らせて立ち去った。

 ……おかしい。私は彼の調査については誇張無くまとめたはず。成績優秀でスポーツ万能、何をやらせても出来てしまう優秀な人間であると。

 周りの評価も似たようなものであったはずだし……なんなのだろう?


<終>







・水鳥さんと征士郎くん


 広大な庭園に設けられた小さな茶室。そこに二人の若い男女がいた。


「わざわざ家名を使って家に呼びつけるなんて何事だい、すいちょう」


「……その呼び方は変わらないのですね、征士郎。いい加減、子供でもあるまいし」


「公私は分けているよ。それに君はいつまで経っても<我が侭すいちょう>だしね、態度はおしとやかになっても、行動は、ね」


「……お茶、どうぞ」


「ああ、建前は茶会だったね。では遠慮なく」


「……飲みましたね」


「……結構なお手前でした。ああ、茶に見合うだけのものはこちらも対価として渡そう」


「……康太郎君について、知っていることを答えていただきます」


 征士郎は茶請けの菓子を一つ頬張った。


「もぐもぐ……やっぱり、それか。けど内容によるな。友達を裏切るような真似は出来ないからね」


「白々しいですね。貴方が本当に友達だと思った人間などいるのですか?」


「心外だな。もちろんいるとも。コウもその一人だし」


「唯一の、ではなくて?」


「……いちいち勘繰るような発言は感心しないな。それで、何が聞きたい?」


「そうですね、貴方の立場から知れることは沢山あると思いますが……では」


 水鳥は人差し指を一本立てて質問する。


「康太郎君の自己評価の低さについて。あれは一体何なのですか?」


「ああ、その部分に触れてしまったか。君の言い草からすると……彼、怒ったんじゃないかな?」


「……いいから、問いに答えてください」


「ふむ、まあその程度ならいいかな。九重康太郎という男は、器用万能な人間だ。あらゆる分野の技術や必要なセンスをすばやく吸収し、自分のものに出来る。故に彼はどんな分野でも一流と呼ばれるところまでは到達できる。ここまでは君も感じているとおりだろう。君の人の能力を測る目は、なかなかに優れているしね」


 水鳥は首を縦に振って肯定する。


「ここからは、僕の憶測も多分に混じっているが……本質的に彼の価値観は歪んでいる。正確に言えば、価値基準が彼の周りには恐らくないのだろう」


「……どういうことです?」


「重ねて言うが、僕の憶測が多分に含まれているからね。……コウには恐らく未来が見えているのだろうね」


「未来……?」


「将来への展望ってことさ。夢でもいいかな。サッカー選手になりたいとか、芸術で名を馳せたいとか……そういうもの。彼はどんな分野でも一流にはなれる。しかしその分野で身を立てる……いわば超一流にはなれない……と、どうも彼は考えているようだ」


「……まさか、自己評価の低さというのは」


「価値基準を周りにおいていないといっただろう。単純に高校生としての相対評価で言えば優秀なのに、それを認めないのは、基準をそこに求めていないからだ」


「……馬鹿げています。それでは彼が卑屈になるのも当たり前です。才能はほんの一握りにしか与えられず、それが芽吹くかどうかも稀というもの。ましてそれを基準にするなんて。それでは、彼が自分を凡人と思っても当然ではないですか。なんて、愚かな人……」


「そうだよ。彼は、紛れも無く愚者の類だ。世の中には、一芸に秀でていなくとも活躍できる舞台の方が数多くあるというのにね。若さゆえに彼はまだ視野が狭いし、そこまで将来のことを考えているわけではないというのもあるのだろうけど。でも、そうした歪みがあるからこそ九重康太郎であり、自身の能力に驕りがないのは美徳とも取れる。いつか彼が自分の道を定めたとき、彼は化けるだろう」


「……なるほど、よくわかりました」


「あくまで、僕の憶測だ。実際にはもっと単純なのかもしれないし、あるいは僕らが思っている以上にコウは得体の知れない大望を抱いている……とも考えられるしね」


「ともかく……まずは、彼に自分に自信を持ってもらうところから始めましょうか」


「君は彼を、佐伯の家に取り込むつもりかい? なびかないと思うけどね、彼は」


「いいえ、必ず振り向かせて見せます。佐伯の家を継ぐにふさわしい器量の持ち主は、そうはいませんもの。そして私が全てを捧げたいと思える人も」


「……そうかい。まあせいぜい頑張るといいよ。ただ、彼は僕の友人だ。あまり度が過ぎたことをするようなら、僕も介入を辞さないからね」


「ご自由に。……あと一つ、よろしいですか」


「茶の分は答えてあげたつもりだけど?」


「……彼はその……女嫌い、なんですか?」


「さてね? 性的な興味は人並みにあるようだけど。 何か心当たりでも?」


「……いえ、つまらないことを聞きました」


「こんな風に僕に回りくどく聞くよりも、彼に直接聞けばいいさ。もっとも、君がそこまで彼と仲良くなれるとは、思えないけど」


「……昔から、いちいち余計なのですよ、征士郎」




 佐伯水鳥と神木征士郎。二人は家同士のつながりから幼い頃から交流のあった、いわゆる幼馴染であった。

 ただし互いの仲は冷えており、余計な勘繰りを避けるため高校でも他人の振りで通すほどだ。

 そんな二人が、まさか同じ人間に好意を持つなどとは夢にも思わなかっただろう。



<終>








・セプテントリオン


 グラント正統帝国の皇城の地下深くに、帝国特殊諜報部隊・セプテントリオンの本部がある。

 その日、大幹部6人が一つ円卓に集い、定例会議を行っていた。


「フツノからの報告に上がったナインという男。個人としては突出しすぎているな」


「魔力を一切検知できなかったというのが引っかかる。もしかすると、この男……」


「マスターと同じ、オリジンユーザーとでも言うの?」


「その可能性は十分ありえるだろう。あの街のファイターの上位ランクは各国の精鋭にも匹敵する。ましてその序列1位と殿堂入りは文字通り別格だ。それを倒したとなればな」


「……このナインとか言う男。まさかな」


「何か心当たりが?」


「以前ベアードに当たらせた任務を妨害した奴がいた。モニタリングでは顔も判別できなかったが、そいつは零魔力領域で自由に動き回ったそうだからな」


「今はまだ、何処の国もこのナインという男をマークしていません。普通この手の輩はヴァンガード・クラスタに属することも多いのに、この男はそれもしていないから、余計に素性が見えにくいところも不気味です。特に目立って我々の害になるとは思えませんが、一応、気にしておくべきかもしれませんね」


「そうだな、各地にいる人員に指令は出しておこう。もしもオリジンユーザーならば、取り込むことも視野に入れねばなるまい。それに……」


「マスターの友となれるかもしれないって?」


「さてな。そいつはわからねえぜ。マスターみたいな唯我独尊だったら、出会って即衝突ともかぎらねえ」


「ひとまず、ナインという男については以上で打ち切る。次の議題に移るぞ」


 帝国特殊諜報部隊・セプテントリオン。彼らが果たして康太郎にとってどんな存在となりうるのか……その答えはそう遠くないうちに出されるかもしれない。






断片集・1……<終>



 

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