第37話 愚者の足並みは揃わない
――D世界、翌日。
「それじゃ、お世話になりました」
ヨシノとの一件から一夜明け、俺とアルティリアは朝食を済ませた後、フロントにてチェックアウトをしていた。
なぜかアルティリアの分も俺が払うことになったのはいささか納得いかない部分もあるが、まあ初回サービスということで我慢することにする。
パートナーとはいえ、今後は財布の管理はキッチリ別々にしないとな。
「長いようで短かったわね~。もうナインくんがいるのが当たり前に感じていたわ」
ハルノさんの気持ちも多少はわかる。一ヶ月もなんて軽いホームステイにも匹敵するからな。
「その様子じゃ、うちの娘じゃ、ナイン君を引き止めるには力不足だったようね?」
うぐっ、いきなりさらっと核心をついてきたな。ハルノさんのことだ、きっとヨシノの気持ちもわかっていたのだろう。
「あのー、なんのことですかね?」
「うふふ、いーのよ、ごまかさなくても。全部わかってるから。あの子にはいい経験になったと思うし、ナイン君は気にしないで」
怖いなあ。色々と見透かされてる気がする。将来、こういう自分の子供のことがわかる大人になれるのだろうか。
そんな風に思いながら荷物を入れた皮袋を手に、俺とアルティリアは刀宴亭を後にした。
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…………。
「よかったの、ヨシノ。見送りしなくて」
「うん。……お別れなら、昨晩のうちにしたから」
「そう……良くがんばったわね」
「えへへ……振られちゃ、意味無いんだけどね」
「そうでもないわよ。貴女はこれで一つ強くなって、綺麗になった。一つの恋が全てではないわよ。また素敵な恋をしなさい、ヨシノ」
「うん、ありがとう。お母さん」
(さようなら……ナイン。私の、ヒーロー……)
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「それで、これからどうするの。私、まだ次の行き先について何も聞いていないのだけど」
フツノの西門までの道すがら、横に並ぶアルティリアが問うてきた。
「あれ? 言ってなかったっけ? カーナさんのところだけど」
「は、はぁ?!」
「どうしてそんなに驚く?」
「い、いや、だって……戻ったら、任務の事とかアンタの扱いとか……どうなるかわからないし……」
「別に里に寄る気は無いよ。あくまでカーナさんのところだけだよ。あの人の家は里から離れてるし問題ないだろ。まあ向こうがちょっかいを出すっていうなら、それなりの対処はさせてもらうけどな」
そうしてのんびり歩いて西門に差し掛かったところで、俺達のことを待ち伏せしている二人組がいた。
アリエイルと、オズマ……?
二人とも旅支度をしたのか、そこそこの荷物だ。
嫌な予感しかしないが、一応声を掛けておくか。
「やあ、アリエイル、オズマ」
「ナイン殿、もう出て行かれるのですね。昨日の戦いの疲れも残っているでしょうに」
アリエイルの名残惜しそうな声。こいつら姉弟には色々と借りを作ったものだ。貸しも作ったからプラマイゼロとは思うが。
「まあ、ちょっと急ぐんだよ。必要以上にここに居すぎた感はあるし、今回のことは締めくくりにはいい機会だったよ」
「……えっと、それでですね」
……? アリエイルがなにやら、もじもじしている。
「姉者、とっとと言えよ」
「な、ならアンタから言いなさいよ!」
「え? まあ、いいけど。……コホン、ナイン……いやナイン殿」
オズマが俺に対する言葉を改め、片膝をついて頭を垂れた。
オズマの横でアリエイルもそれに習う。
「折り入って頼みがある。貴殿の道行きに我々の同行を許していただきたい」
「は、はい?」
なんか凄く面倒なことを言い出した。
「今度のことで、俺達は自分達の驕りと力不足、世の広さを知った思いだ。そこで、俺達も修行の旅に出ることにしたのだ」
「えーと、それで、なんで俺について来る事になる?」
オズマに代わってこの問いにはアリエイルが答えた。
「直に戦い、ナイン殿の強さに感服したのです。我々は貴方に付いて、貴方の下で強くなりたい。貴方の強さを少しでも自分達のものにしたい……ご許可いただけませんか、ナイン殿……いえ師匠!」
「俺からもお願いする、どうか俺達も連れて行ってくれ、お師さん!」
暑苦しい……朝っぱらからなんて性質の悪いことを。
闘技場の頂点が頭を下げるなよ。朝早い時間とはいえ、ここは往来の場だぞ。
俺はちらりと、アルティリアを見る。視線に行動の指針を求めた。
「……別に、コウの好きにすればいいわ。カーナ様だって、一人だったわけじゃないんだし。人数が増えれば、それだけ行動にも幅が生まれるから、連れて行くメリットは無くもないわ。それに今の私は、まだ胸を張って相棒って言えるだけの実力もないしね。パーティのリーダーはコウだから、コウの決めたことなら、私は否やはないわ」
……ほほう、随分と角がとれた建設的な意見だな。まあ、俺みたいなのと一緒に行くんだから、今更他種族と行動するのなんて、別に苦でもないか。ホント、たくましくなるもんだよな。
さて、好きにしろと言われたところで、俺の答えはもう出ている。
俺はしゃがみこみ、二人と同じ目線の高さに合わせる。
「顔を上げてくれ、二人とも」
パッと瞬時に顔を上げる二人。その顔には期待を込めたまなざしが。
同時そんな二人の顔の上部、額に向けて発射体勢に入っていた人差し指を解き放つ。
――なんちゃって無拍子・おでこ一発。
早い話がデコピンである。
しかし侮ることなかれ、デコピンというのは一点集中・肉の防御が薄い箇所への打撃攻撃、まして今の俺は人外のパワーを発揮できるとなれば――
――パァン……ッッ!
乾いた音がこだまする。
「うっ……おおおおおおおっ!」
「きゃっ……ううううううう~っ!」
二人とも赤くなった額を押さえて地面にうずくまっている。
そんな二人に対してさらに言葉の追い討ちを掛けた。
「何が師匠だ、このスカタンが! これから俺が挑むのは世界の謎! 刀神を越えるほどの脅威たち! そこにお前達みたいな雑魚が入り込む余地はない! これ以上のお荷物は断固として拒否する!」
おれは隣にいたアルティリアを抱きかかえた。
「え、ちょっとなに!?」
俗に言うお姫様抱っこ。これにはさしものアルティリアも顔を真っ赤して驚いている。
「飛ばすからな、しっかり掴まっていろよ」
「え、ちょっと、きゃあっ!!」
存在超強化を発動させ、アルティリアの体の重みを苦にすることも無く、俺は荒野を駆け出した。
「じゃあな、アリエイル、オズマ! もしまた出会ったら力試しくらいならつきあってやるよ!!」
そんな捨てセリフを吐いて、俺たちは城塞都市フツノを後にした。
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「おい、こら、起きろ、アティ」
走り出したら止まれない!
というわけでもないのだが、半日以上の時間を走り続けてカーナさんの家にたどり着いた。
ちなみにアルティリアは俺に抱きかかえられた状態で寝ていたのだ。
これについては彼女がおかしいわけではない。上限の上がった存在超強化についての試行錯誤のために俺が彼女をそのまま抱えていくことを提案したからである。
カーナさんの家からフツノにいくまでには、24時間以上は掛かったものだが、今回はその半分。
継続力の向上もそうだが道を知っていることも大きいだろう。
もちろん魔物や盗賊の類は出来る限りスルーした。
流石に進行方向上にいるのは避けるのも手間なのでそのまま蹴り倒したが、それは大したタイムロスにはなっていない。
「んっ……私、寝てた……?」
「おう、すやすや寝てたぞ」
目をこすりまだ寝ぼけているアルティリアを俺は立ち上がらせた。
「……ほんとに戻ってきたのね」
「俺の能力なら、高速で走り続けて移動時間を短縮できるからな。アティも風の魔法で似たようなことが出来るだろ? これが出来ない奴とは一緒に旅できないもんなあ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。えーっと、日の位置があそこだから……いや流石にこんな長時間走り続けたら、私の方は魔力切れでバテちゃうわよ……」
「えっ、そうなのか? 前に森の警邏とかでも結構移動しっぱなしだったし、てっきりできるものかと……」
アルティリアがため息と共に頭痛をこらえるかのように頭を押さえた。
「コウ……ちょっと私を買いかぶりすぎ……評価してくれるのは嬉しいけど」
そうか……けど知らない場所への移動がメインとなる今後は走り続けたりはせず、中継地となる場所で休憩したり、方向を確認しながら進むだろうから、何とかなるか。
最悪、今日みたいに抱えて移動すればいいわけだし。
「あら、騒がしいと思ったらコウくんじゃない! こっちに戻ってくるなんて!」
俺達の会話で外に部外者の気配を察知したカーナさんが家から出てきた。
「たはは……どうも、ちょっと戻ってきちゃいました」
「ぶ、無事にコウを発見して任務を続行中です、カーナ様」
そうして俺達は意外にも早い再会を果たすのだった。
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家に招かれ、カーナさんが手ずから入れてくれたハーブティーで一服する、俺とアルティリア。
「コウくんが出て行ってから一月とちょっとかしら? 短い間に、また随分とたくましくなったみたいね、二人とも」
「ええ、まあ話せば長くなるんですけどね」
「いいわ、是非聞かせて頂戴。こっちも色々と里での活動に進捗もあったから、それも交えて、ね」
…………。
「――というわけで、刀神と戦うことになり、結果としてこれを戦利品としてもらうことになりました」
俺は布に包んでいた斬世刀・布都御霊をテーブルの上に置いた。
「……本当、コウくんはいつも驚かせてくれるわね。まさかこの刀を再び見ることになるなんてね」
「さて、ここからが本題なんですが……俺がここに戻ってきたのは、想樹の外殻の余っている分で、この刀の鞘を作ることが一つ。そしてもう一つは、カーナさんに会わせたい人物がいるんです」
俺は布都を手に取り、<装填>の理法を布都に掛けた。
蒼い光が布都に宿り、次いで光が人の形を取ってやがて肌の色を帯びていく。
(やあ、お久しぶりだね、カーディナリィ。さすがエルフは寿命が長くてうらやましい限りだよ)
刀から現れたのは、刀神と呼ばれ、かつてのカーナさんの仲間であった十波五条だ。
「五条……っ! 貴方なの!?」
これには流石にカーナさんも驚いたようで、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
(もし僕以外の誰かに見えたのなら、随分と耄碌したねえ。やはり寄る年波にはエルフも勝てないのかな?)
「相変わらずの減らず口ね!」
空気を振るわせる勢いでカーナさんが五条を殴りつけた。
もっとも、今の五条は霊体ゆで、単純な物理攻撃は通じないのだが。
(残念。今の僕たちは互いに手を出せないのさ。昔のように仲良くとは行かないのが残念だね)
余裕を感じさせ、人を小馬鹿にしたような態度をとる五条に、カーナさんは舌打ちを一つ。
ため息をつきながら、椅子にどさりと座った。
「コウくん、会わせたい人って、もしかして、コイツのこと?」
「ええ……まあ」
怖いなあ……こんなに露骨に不機嫌なカーナさんは初めてだよ。
「……一体どうやったの? そんな姿になって、今もこうして私と話せているなんて」
(簡単な話です。ウォル・ロックに頼んだのですよ。布都への魂の定着をね)
ウォル・ロック? 誰のことだ?
「ウォルに?……なるほど、彼なら、そんな術式を開発してもおかしくはない……か」
アルティリアが小さく手を上げて質問をした。
「あの、カーナ様。ウォルロックというのはもしかしてあの<学鬼>のことでしょうか」
「ガクキ……? なんだそれ」
「カーナ様の仲間だった一人よ。卓越した魔法技術と格闘技術を併せ持つ人物と聞いているけど……そういえば私も詳しくは知らないわ」
俺とアルティリアは、説明を求めるようにカーナさんに視線を移した。
「ウォル・ロック……彼はオーガ(鬼人種)という魔物の突然変異体だった人よ。あらゆる真理を解き明かす鋭い知性に、オーガの強靭な肉体……戦闘面でも頼りになったけど、彼は私達の参謀役としていくつもの危機を救ってくれたわ」
へえ……そんな人が。なるほど、だから学ぶ鬼というわけか。
そういえば、どっかの国のヒーローにもそんな2面性をもったキャラがいたっけな。
「彼ならば、五条の魂を物に定着させたり、大掛かりな魔道具を用意したりなんて荒唐無稽をやってのけても不思議ではないわね……」
「五条、いいか? そのウォルさんは、フツノに仕掛けをしたヒトで間違いないな」
(ええ、そのとおりです。)
「だったら、そのウォルさんが、その後、何処に行ったかとか心当たりはないか?」
俺の目的である異世界関連……あるいは、この世界の根幹に根ざす情報。
もしかすると、その<学鬼>の軌跡を辿れば、あるいは手がかりだけでもつかめるかもしれない。
(彼の晩年のホームは、確か南の大陸の国<ノア>だったはずです。あそこには無限の知識が得られるという<万華鏡の書庫>という迷宮がありましたから。彼は私達と別れてから、ずっとそこで研究活動をしていたようです)
<万華鏡の書庫>……なんだか眩暈をおこしそうな名前だな。
(さて……僕の方は、そろそろ時間のようです)
五条がそう言うと、五条の体がさらに薄くなり始めた。
「お前……消えるのか」
(ええ。ナインのおかげで、こうしてカーディナリィに一目会えましたしね。もう思い残すことはないですよ)
「え……? どういうこと、五条。貴方にしては、随分としおらしいセリフじゃない」
カーナさんが本当に驚いた様子で五条に問うた。
(……僕はね、人の縁というもの割と信じているんですよ。ナインと出会えたのは、カーディナリィ、君との縁が回り巡ったからだと思っているんです。彼が君の縁者であると知り、僕にはそう思えたのです。そういう意味で一言、君には礼が言いたかった。ありがとう、カーディナリィ。君のおかげで、僕は大望を果たして逝くことが出来る)
五条が、裏表無くいった礼の言葉。それを聞いたカーナさんは――
「……私は関係ないわよ。貴方の執念が結果として実を結んだというだけのことでしょう」
(かもね。けどまあ……2度と会えないと思っていた旧い友人に会うことが出来た。これについては、君とナインに縁が無ければ、叶わなかったことだから。やっぱり僕は人の縁を信じるよ)
「そう……」
(さて、これで本当にさようならだ、カーディナリィ。君がこっちに来たらそのときはかつての戦いの決着をつけよう、きっと楽しいよ)
「そう思ってるのはアンタだけよ……さようなら、五条。また会えて、それなりに嬉しかったわ」
そうして互いに別れの言葉を交わして。
城塞都市の眠れる刃は、完全に消滅した。
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さて、後日談というか、布都について少し話そうと思う。
以前削りだしていた想樹の外殻で布都の鞘を作った後、俺は想樹の元へ足を運んでいた。
そしてアンジェルの立会いの下、俺は想樹の外殻を布都で斬りつけた。
結果は……刃が外殻に食い込むところまでだった。
これでいい。これで、外殻はこの攻撃も覚えて、より強固な存在へと進化を果たすことだろう。
そして俺は、この布都の名前を改めることにした。
世界を斬る刀なんて物騒なもの、俺の持ち物には要らない。
それに想樹を斬ることは、もはや布都には出来ない。世界を斬るとまで言われた力は、想樹の守りのために捧げられたのだ。
故に、今後は、世界を斬る刀ではなく、斬ることで守るための刀として、俺は<九重>に続く頼れる道具として傍に置こうと思う。
在りし日に俺と歪な形とはいえで心を通わせた、この刀のかつての主の名をとって――斬守刀・五条として。
第3章・眠れる刃の城塞都市…………完。
そして物語は、新たな段階へと進み……康太郎の世界は、思わぬ形で混迷していくことになる。
――次章、第4章・潜行する知の万華鏡。
<続く>
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