第36話 ロスタイム
伝説が新たな伝説に塗りつぶされ、喧伝されるには多少の時間は必要である。
つまり、ナイン……康太郎がフツノを去るまでには、少しばかりの時間が存在していた。
~~~~~~
~~~~~~
現時点における俺の最高の無拍子、八百万の零時間面制圧攻撃により刀神・十波五条は完全にその存在を消した……かに見えたのだが。
静まり返ったスタジアムで持ち主が消えた斬世刀・布都御霊に近づき、おもむろに手にとってみたのだが――
(ああ、君が持っていくといい。布都の次の主は君だ)
頭の中に直接声が響いた! しかし、この声は――
「お、おま……ご、五条……?」
(うん、そうですよ、ナイン)
酷くあっけらかんと応える五条。布都を持った途端に声がしたということは――俺は手にしている刀を凝視した。
「おま、まさか、お前の霊体って……」
今の俺は傍から見ると刀片手にぶつぶつと独り言をいうアブナイ奴である。
(そういうことですよ、ナイン。僕の霊体……魂は、この布都に宿らせていたのです。僕自身の目で真の強者を見定めねばならなかったのでね)
つい先ほどまでガチで殺されかけるほどの死闘を繰り広げた相手は、どうもこの刀に宿っていたらしい。
「しかしなあ……何百年の間に持ち主が変わって、フツノから離れる可能性もあったろうに。穴がありまくりじゃないか、お前の計画」
(くはは、布都とリンクしている僕は所有者を選定できましたからね。家宝にした上で、僕の子孫以外が持とうものなら、斬撃の概念を無制限に解放してそいつ八つ裂きにしていましたよ)
さらっととんでもないことを抜かしやがった。とんでもない凶器だな、この刀。
(それに出来損ないの僕の子孫とはいえ、僕と同レベル程度には強くなるものは何人もいましたから。このフツノから離れることはありませんでしたよ)
コイツもしかして、わかりづらい形でツンデレなんじゃないだろうか。
布都を守り通すことに、子孫の実力に全幅の信頼を置いているじゃないか。
「で、次の主が俺ってなんだよ」
(布都は持ち主を選ぶ難儀な刀でね。相応の実力を持つ人間以外が持つと、問答無用で斬り殺してしまうんだ。持ち主である僕が霊体となって宿り、ある程度制御していたから僕の子孫も<剣の鞘>つきでなら持つことが出来ていたけど、もうこれからはそうもいかない。布都は次の主に君を選んでしまったからね)
これはあれか。ボスを倒したら現れるドロップアイテム的な何かか。
ふざけんな。拒否権ないとか、思いっきり呪いのアイテムに限りなく近い何かだろ。
しょうがない……ことがことだし……一応、あの姉弟に話してみるか……。
~~~~~~
~~~~~~
闘技場のファイター控え室にオズマとアリエイル、俺とアルティリアの4人が詰めていた。
「……というわけで、お前らの家宝であるところの布都御霊の所有権が俺に移った……と、お前らのところのバカ先祖は言い張るんだが」
俺はオズマとアリエイルに事の次第を話した。所有権が移ったとか言われても、これはオズマたちの家宝のはず。勝手に持って行くわけにはいかないと思ったのだ。
(バカはひどいのじゃあないかな、ナイン)
「うっせ、バカ」
オズマは、俺の刀に向かって繰り広げるアホな一人漫談を少し神妙な顔で見た後、
「俺はナインが布都を持つことに何の文句も無いぞ。むしろ、当然ですらあると思っている」
なんですと?
「私も同じ考えです、ナイン殿。刀神を破った<闘神>が持つのであれば、誰も文句を言う者は居ませんよ。いえ、いたとしても私が言わせません」
アリエイルもオズマの考えに便乗した……って<闘神>?
「え、なにそれ。<闘神>って俺のこと……?」
アリエイルは首肯した。
「ナイン殿が戦う姿に、私は神を見ました。見ず知らずの、信仰上の神ではなく。心から敬服して……いえ。見るものを強引に納得させてしまう、あの姿にです」
アリエイルの声の中には、何かを確信を得たかのような、そんな響きがあって。そして、妙に熱が篭っていて。
視線が痛いので、なんとなく明後日の方を向くと、そこにはアルティリアの顔が。
「……アンタ、どんどん埒外の道に踏み込んでいっているわね」
アルティリアがあきれた様子でそう言った。
……ちょっとその言い方はどうかと思う。
「何を他人事みたいに。言っとくが、お前はその埒外の相棒なんだぞ。アティには今後俺くらいのレベルになってもらわなきゃ困るんだが」
そんな俺の言葉にげんなりするアルティリア。
ま、あくまで気持ちの問題でそうあって欲しいというだけで。
現状でも、今回のようにアルティリアに助けられることもあるわけだし。
(さて、ナイン。次の持ち主になったことで、どのみち僕はじきに消えるサダメにある)
五条が語りかけてきた。今まで五条が布都に宿ることが出来ていたのは、持ち主であることを利用してのもの。
所有権が俺に移った段階で、五条が布都に居座る席も消失しつつあるということらしい。
(だが、その前に、君に一つだけ頼まれて欲しいことがあるんだ。無理にとは言わない。しかし、引き受けてもらえれば、ありがたい)
五条が最後の最後、俺にあることを依頼した。
俺はそれを受けることにした。
断る気にはなれなかった。それが、いびつな形ながら曲がりなりにも心を通わせた相手に対する手向けになると思ったからだった。
~~~~~~
~~~~~~
その日、ナインの最後の試合の日。私、ヨシノ・クルスは重い足取りで、何とかスタジアムの観客席までたどり着いた。
……私は結局、ナインの最後の試合をちゃんと応援することは出来なかった。
最後だからこそ、ランク1位のアリエイルの応援一色の中、私は声を張り上げて応援するべきだったはず。
けれど、私の……なナインが最後なんて、私には信じられなくて、突然で、悲しくてしょうがなかった。
だから、私は応援どころか、内心では負けてしまえとどこかで思ってしまっていて……。
そして始まる最後の戦い。
ナインは今まで見せたことの無かった圧倒的な強さで瞬く間にアリエイルを、そして殿堂入りのオズマさえも倒して、しかも挙句の果てに、伝説の刀神とも戦い、勝利してしまった。
正直、試合の内容はどれも私の理解を超えているものばかり。
これまで私が見てきたナインは一体なんだったのかと思う。
泥臭くて、地味で、けれども懸命に戦うのが私の知るナインだった。
でも最後の試合で見たナインは別人といっても差し支えないほど鮮烈で、圧倒的だった。
そんな姿に私は……酷く、胸を締め付けられた思いだった。
ナインが闘技場に対して、フツノに対して、決別をしているような気がして。
その決別の中に、私も含まれているとも。
後で知ったことだが、ナインは、今回の戦いで得られた莫大な賞金・ならびに殿堂入りを断り、その賞金と殿堂入りによって得られる様々な恩恵に使われる費用を、刀神との戦いで一部崩れた闘技場の修繕に使うことを申し出たそうだ。
その上でファイター登録の抹消を申請していたとは。ナインのクセに、なんて万事徹底していることだろう、その決別の仕方は。
もっとも、後に彼の名は、闘技場の歴史に番外位の殿堂入り・闘神として、ずっと語り継がれていくことになるのだが、それはまた別の話である。
その日の夜は、刀宴亭で小さな祝勝会を行われた。
ナインは断ったのだが、お母さんが半ば無理矢理、他のお客さんを巻き込んで始めてしまったのだ。
参加した客やお母さんが酒に弱いナインに無理矢理酒を薦めたりするから……おかげで彼は盛大に酔って服を脱ぎだしたり私やアルティリアさんの胸をもんだり、驚いた私達にそのまま張り倒されたり……。
結局最後はナインは酔いつぶれ、そのまま食堂で寝てしまい、主役が欠けたことで、祝勝会はそのままお開きとなった。
そして灯りを消した食堂で眠るナインを私はずっと眺めていた。
無防備な顔で眠るナイン。こうしていれば、そこらのチンピラにも劣るような人のよさそうな少年なのに。
ふと、私はその頭を撫でてしまいたい衝動に駆られて、手を近づけたのだけど。
「ひっ」
瞬間、ナインにものすごい速さで手を掴まれてしまう。
ナインの手に触れていることに少しドキドキしながら、彼の顔を見ると、どうも目を覚ましたようだった。
「なんだ、ヨシノか」
なんだとはなんだ。私のドキドキを返せ。
まだぼんやりと頬が赤く酔いが覚めきっていないらしいナイン。
そんなナインを見て私はある決心の元、ナインを私の部屋に誘うことにしたのだ。
私の想いの全てに決着をつけよう。万に一つの可能性に賭け、うまくいったら、もしかしたら――。
~~~~~~
~~~~~~
まだぼんやりとする気分の中、俺はヨシノに誘われ、彼女の自室にいた。
思えば、女の子の部屋に入るのは、小学校、それも1年生くらいの幼い頃以来となる。
装飾は少ないが、清潔感があり、何処となく女の子らしさを感じさせる部屋だった。
二人きりか……珍しくヨシノに対して少しだけ緊張するな。
部屋の奥にまで移動し、俺に対して背を向けているヨシノが、ポニーテールにまとめているリボンに手を掛けて解いた。
解かれた髪はすとんと落ちて、背中の中ほどまでの長さのストレートになる。
ほう……普段には無い色気が出て非常に魅力的ではある。ヨシノは派手さこそないが、こうして髪型を変えれば落ち着きある美人に見えなくも無い。
普段の活発なポニーテール娘もいいが、このヨシノも捨てがたい。
これも一種のギャップ萌えという奴だろう。あまり2次元以外にこのような表現はよろしくないのだが、ここはD世界だし、大目見て欲しいところだ。
「ナインはさ、明日にはフツノを発つんだよね」
振り返ったヨシノが真剣なまなざしで問いかけてきた。
「ああ、世話になった。ヨシノにも刀宴亭にも」
「こっちもナインのおかげでお店に活気が出てきたし、お礼が言いたいのはこっちの方だよ。……そういえば」
「うん? なんだ?」
「私達が一番初めに出会った時のこと、覚えている?」
「……ああ、俺がヨシノをつれてゴロツキどもから逃げ出した時の」
ヨシノがクスクスと笑う。
「そうそう、いきなり乱入して逃げ出すんだから、度胸があるんだかないんだか」
「俺は無駄な戦闘を避ける、賢明な性格ってだけさ」
「面倒嫌いの間違いじゃないの? ……でもあのことがあったから、私はナインと出会えた。そして私は――」
ヨシノがスッと俺の懐に飛び込んできて、
「私はいつのまにか……ナインを好きになった」
ヨシノが俺に抱きついてきやがった。しかもなんかスキとか言う言葉と一緒に。
女の子の柔らかい感触がシャツ越しでもわかるほどだ。
というかね、もう胸! 胸がね!
前からヨシノのは大きい大きいと思ってたけど、予想以上の破壊力だよ!
別におっぱい星人でもない俺だが、ちょっと宗旨替えしそうになるくらいクラッとしちゃいそうだよ!
抱きついてきたヨシノに対し、ワナワナと震えることしか出来ず、背中に腕を回してこちらからも抱擁をとはいかないわけで。
俺はたまらず、ヨシノの肩を掴んで彼女を引き離した。
彼女の顔を覗き見ると、瞳は潤んでいて顔には赤みが差している。
なんとも<少女>と<女>がない交ぜになった、一種独特の色気をかもし出していた。
「ま、待てヨシノ、落ち着け、ステイだ。どうしたんだよ、もしかしてまだ酒に酔っているとか? 俺がスキとか、抱きしめるとか、どうかしてると思うぞ?」
そうなのだ。スキとか、そんな感情を誰かが俺に抱くことなどありえないし、考えられないし。
いや、そりゃあ佐伯みたいなキチガ……ゲフンゲフン奇特な奴もいるが、アレも所詮はただの勘違いに過ぎないわけで。
「……私、今日はお酒飲んでないよ。それに私、ドキドキしてるけど、落ち着いていないかもだけど……本気だよ。私はナインが好き、大好きなの」
情熱的な言葉を2度3度と繰り返すヨシノ。そんなヨシノが肩を掴んでいる俺の手を掴むと、自分の胸に押し当てて来た。
……なぜか抵抗できなかった。
「ほら、わかるでしょう。私、こんなにナインのことを想ってドキドキしてる」
柔らかい。そしてなんという重量感。これが、これが女の子の……だというのか。
現実でも触ったことが無いというのに、なぜそれが夢であるD世界でこんなにもリアルな感触を味味わうことが出来ているのだ、俺は。
そして魔が差してしまった。ちょっともっと味わいたいという本能的な、反射にも似た欲求が出てきてしまい、少しだけ……押し込んでしまった。
「んっ……」
艶っぽい声を出すヨシノ。
うわーうわーなんかやってる。今俺、とんでもないことをしてるーーー!!??
「ナインにだったら……いいよ?」
何がだよ! どこでそんな言葉習ったよ! 恥じらいながらの上目遣いが俺には直視できないよ!!
「私、お父さんとお母さんみたいになるのが夢なの。知ってた? お父さんも昔ファイターで、結構いいところまで行ってた人だったんだって。でも、お母さんに出会って、ファイターをやめて、婿入りしたんだって」
そりゃあなんかやり手のお父さんかなとは思っていたけど、そんなエピソード知らないよ!
「私も……ナインとそうなれたらなって、最近は、ずっと思ってた」
ヨシノは……どうやら本気らしい。
ヨシノは瞳を伏せ、俺に顔を近づけてきた。
だが、一方で俺はといえば、どんどん気持ちが冷静になっていく。
俺の本質が、徐々に浮き上がってくる。
だから俺は……
「えっ……」
ヨシノの唇に人差し指を添えて、彼女を制した。
「ごめん、ヨシノの気持ちは嬉しいけど、俺には無理だ。応えられない」
「…………」
「理由は……言わなければダメか?」
「……やっぱり、こうなるとは思っていたけど、ね」
ヨシノは泣き笑い、といっていいような複雑な表情をしていた。
「理由、聞いてもいい? やっぱりアルティリアさんがいるから?」
え、なに、傍から見たらそう見えるの? それ、アティが聞いたら怒るんじゃないか?
「……アティのことは関係ないさ、俺自身の問題だよ。俺は――」
ヨシノは本気だった。それがわかる程度には本気だった。
一ヶ月程度だったけど、それだけの時間の中で生まれた想いだというのなら、俺も無下に否定するつもりは無い。
だから、ヨシノの本気に対して、俺も正直な自分の本質をさらけ出そう。
それが、俺のことなんかを好きになってしまったヨシノに対するせめてもの行動だ。
「俺は――」
<続く>
次回、第3章・最終話
感想・評価等お待ちしております。