第35話 伝説と伝説
右手を握って、広げてを繰り返す。
力を込めて握っても、違和感は無い。
「やってくれましたね、ナイン。これが君の本領ですか」
今までの余裕ぶった様子は無い。狂気をそのままに、怒りを乗せて威圧する五条はいよいよ化け物じみた存在感を出していた。
「まあ、そうなるのかな」
一方で俺の方はさっきまでの腕をなくした痛みは嘘のように引いて、呼吸は整い、心は驚くほどに穏やかだ。
怒りはある、恐れもある。しかし、それだけではない何かが、今の俺を満たしていた。
――理力装填、四肢強化。
淡く蒼い光が両手と両足に宿る。
本当にこのフツノでは収穫が多い。最後の最後まで、試させてもらえるなんて。
俺はスタジアムで戦う皆、五条も含めた全員に声を掛ける。
「ここから先は、俺も未体験領域だ。ついてこれるなら皆、一緒に戦おう。遅れた奴に手は差し伸べないから、せいぜい、今後の参考に見ておいてくれ」
「お、おい、ナイン。そのままやる気かよ」
オズマが徒手空拳で戦おうとする俺を案じて声を掛けた。
ああ、棍術が俺のメインであると思われているんだな。
「うん、このままでいく。俺の棍はとりあえず、そっちで持っててくれ」
トン、トン、トン。
軽くはねて、リズムを取り始める俺。
思えば無拍子はカーナさんが見せた短距離転移による奇襲攻撃、その再現が、出発点の技だ。
今こそ原点に立ち帰ろう。あの時、俺が受けた衝撃を他の奴にも味合わせてやろう。
五条が油断なく布都を構えた。怒っていても、戦闘に対して真摯で慢心は無いらしい。
「さあ、はじめようか。五条」
俺は両の拳を構え、最後の決戦に臨んだ。
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――無拍子・轟雷。
小細工なし、押し切るつもりでただ速さを重視して殴りにいった。
これを五条は袈裟懸けの斬撃で対応する。
拳と刀がぶつかる。だが、俺の拳は切れない。そもそも拳を覆う樹殻の篭手に<装填>による強化まで施しているんだ。
強度で言えば<九重>に匹敵しているはず。
「はあああああっ!」
拳を押し込み、力任せに振り切る。後ずさる五条に追撃を仕掛ける。
――無拍子・轟雷。
再度ぶつかる拳と迎撃する刀。もう一度、さらに力を込めて殴りぬく。
五条は俺の殴る力を利用して、後ろへ大きく跳んだ。
溜めと呼ぶには短すぎる時間。それだけで、今の五条には大技を放つには十分だ。
動作は空破斬と変わりない。だが、恐らくその数は一つではなく無数――。
見えない衝撃破、鋭敏になった感覚を頼りに全て叩き落す!
――無拍子・雪崩。
拳をがむしゃらに連打する。前へ進みながら、遍く衝撃波を叩き落す。余波が俺の体にかすり傷をいくつも作る。
だけど足を止めるな、少しでも早く。一歩でも前へ。
衝撃波の山を抜け出ようとした矢先、四方八方からの斬撃が俺に襲い掛かってくる。
――無拍子・翔天。
大地を踏み込み、斬撃の檻を抜けて空中に踊り出る。
――無拍子・流星。
空を蹴って加速。飛び込み、拳を突き出して一気呵成に突っ込む。
「同じ手が何度も!」
今度は五条も大地を蹴り、飛び上がって布都で切り上げた。
――無拍子・墜牙。
俺は空中で姿勢を変え、攻撃を踵蹴りへと変更する。
踵と布都が激突する。だが、この場では重力も味方につけ、さらにはより重い攻撃の蹴りに変えた俺に軍配が上がる。
「ぐあっ!」
流星の如く落とされ、叩きつけられる五条。
地面に亀裂が走り、衝撃の余波が闘技場を揺らした。
人間であれば間違いなく死。それ以外の種族でも全身の骨は
イカレているだろうほどの衝撃。
だが、その身は霊体ベースの魔力の塊。肉体が本来持ちえる限界など無く、魔力が尽きぬ限り、幾らでも再生できる。
五条は苦も無く立ち上がり、布都を構えた。その顔は、満面の笑み。狂気に突き動かされていながら、歓喜に打ち震えていた。
「最高だ……最高だよ、ナイン! ああ、これだから短い自分の生は我慢ならなかった! 短い人生では、君という埒外に出会えなかっただろう。そしてそれに至らない僕の強さも! あれだけの面倒を経て、こうして現世に舞い戻ろうと決心した僕の考えは正しかった!」
それまでにない踏み込みで、五条が切りかかる。その速度は、俺の無拍子にすら匹敵する。
俺だけの遅延した時間の中を、この男は進入してきたのだ!
迎え撃つのは、やはり無拍子以外には無いだろう。
再び激突する拳と刀。
全てが超神速で振るわれる神業に匹敵する斬撃を、俺は無拍子を使った拳で迎撃する。
相克する魔力と理力が、衝撃波となってスタジアムを徐々に破壊していく。
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「ちょ、ちょっと、これ、闘技場が崩れるんじゃないの!?」
アルティリアが、流石にこの状況には慌ててしまう。
「姉者……これ、俺達の介入する余地、あるか?」
オズマが少々あきれ混じりに姉に問いかけた。
「あるわけ無いでしょう。もう完全に二人の世界よ。うらやましいわね……一体彼らには、どんな景色が見えているのかしら」
心底悔しそうに、されど羨む気持ちをにじませて、アリエイルは、二人の埒外の戦いを眺めていた。
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「おおおおおおっ!!」
「らああああああっ!!」
もはや千にも及ぶ拳と刀の激突。
互いの力は拮抗。
だったら――。
「成長すればいいんだろ、今、ここで!」
相手の剣戟に合わせているようじゃ、足りない。
もっと速く、もっと鋭く、もっと熱く!
相手が一つ切りかかってきたら、こっちは二つ三つ拳を返せ!
五条の袈裟懸け斬りにこっちは拳を二振り合わせる。
「ちっ!」
五条も負けじとさらに切り返しの速度を上げてくる。
もっとだ、こんなもの、俺の理想に全然届かない!!
一つ打つたびに拳を打ち出す回転が上がっていく。
勝手に限界を決めて、馬鹿みたいだ。
先が見えないからこそ、本気になろうと決めたのではなかったか。
先が見えてしまうから、いつも届かないと諦めていたのではなかったか。
夢で棚ぼたに得られた力だからって、遠慮は要らないんだ。
理想を描け。その理想に追いつけ。
届け、届け、届け。
そして遂に、理想に追いついた。
「がはっ!」
拳が剣速を越え、五条の肩を貫いた。
すぐさま再生される肩。かまわず振るわれる刀。
しかし、一度崩れてしまったのなら、どれだけ築きなおしても崩れていくだけだ。
斬撃を抑え込み、拳が頭を、腕を、胸を、貫通し、蹂躙し、風穴を開け、再生する速度よりも速く、五条を壊していく。
それでも加速を止めない。止められない。
俺の拳は、<装填>による強化だけでなく、理力の属性の付加の効果もある。
それは万象あまねく全ての事象を殴りぬける可能性を示唆する。
今の五条は、霊的な存在。本来、物理的なダメージは通らない。
それがこうしてダメージを与えられているのは、紛れも無く<装填>による副次的な効果だった。
もはや再生する魔力も足らなくなってきたのか、打ち抜いた肩が再生せず、五条は布都を片手で振るっていた。
膝が崩れ、それでも尚、五条は戦う姿勢を止めることはない。
「もっと……もっとです。終わりません、終わらせたくないですよ、ナイン……」
刀神と呼ばれた男は、確かに狂人だ。強さに魅入られ、追い求め、子孫さえも利用して、死を超越して現世に舞い戻った。
だが、その根底には――。
「いいや、終わりだよ。五条……俺達は勝負をしているんだ。ただ、競い合って、高め合っているわけではないんだ」
五条の本質。全力を受けた俺にはなんとなくだが、感じたものがある。
この男はただ、どこまでも高みに登っていきたかった。そしてその高みにどこまでも付き合ってくれる友人を欲していたのだ。
しかしそれには足りないものが多すぎた。だから少しばかりその思いは歪んだ形で現れてしまったのだろう。
だけど――。
「終わりにしよう、五条。俺はお前を踏み越えて、この道の先を行く」
理想に届いたその先へ、さらに加速して越えて行く。
――無拍子・八百万。
時が止まったにも等しい感覚の中、五条に俺の拳と蹴りを叩き込む。
一つ一つは点の攻撃も、時が止まった中でそれを繰り返せば。
時が動き出した瞬間には面となって全てを破壊する。
「……あっけない……本当に楽しい時は、なんてあっけないんだろう……」
最後に見た五条の顔は、とても儚くて。
だけど、憑き物が取れたような、自然な笑みだった。
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決着はついた。
歓声はない。ただただ、皆、呆然としていて。
まるで束の間の夢のような心地で。
だがそれでも、確かに伝説は復活した。
そして伝説は打ち砕かれ、新たな伝説が作られた。
……一体誰が最初に言い出したのか。
だが、それは人々の胸に、すとんと、納得のいく着地を見せて、その呼び名は定着した。
後の世になっても語り継がれる、一度きりの、幻の戦いを。
その戦いに勝利し、それきり姿を見せなくなった少年のことを。
人々は<闘神>と呼び、語り継いだ。
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