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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第3章 眠れる刃の城塞都市
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第34話 総力戦

「はぁ、はぁ、はぁ、ああっ、うぁぁ……っ」


――痛い、痛い、痛い、痛いよぉ……!!


 肘の先から無くなった右腕を内側に抱え、地面にうずくまる。


 浅く呼吸を繰り返し、少しでも痛みを和らげるよう努める。

 

 それは、存在超強化による冷静な思考の結論でもなんでもない、ただ、痛みから逃れようとする本能がそうさせているだけ。


「あれだけの力量を持ちながら、腕の一つ程度でこんなにも崩れるなんて……余程痛みに慣れていないのですね。もっともあれだけの力を持ち主ならば、怪我をすることも無かったのでしょうが」


 ゆっくりとこちらに歩みを進める五条。


「本当に楽しい時間でした。まさに王種と呼んで相違ないほどの強さ。感服しましたよ」


 ゆっくりと、惜しむように刀を振り上げる五条。


「さようなら、ナイン」


 俺に止めを刺そうとする五条。


 また死ぬのか、俺は……。

 都合3度目の死は今までとは異なり、死への恐怖をはっきりと感じながらのものだ。


 死にたくない……たとえD世界の出来事で、実際にはただの夢であるとしても、もう死にたくない……!


 そんな風に強く無念を思う俺の耳に入ってきたのは何か鋭いものが風を切る音だ。


 音の主は五条の一振りによって振り払われる。


「離れなさい、<刀神>!」


 ア、ティ……?


 遠く五条を一喝したのはアルティリアの声だ。


 上半身をなんとか起こして、アルティリアがいる観客席を見てみると、そこにはドラグツリーアローを構えるアルティリアが、次の矢を引き絞っていた。


「外野が……水を差さないでもらいたい!」


 や、やめ……!


 五条がアルティリアに向かって、布都を薙いだ。


 斬撃をなぞるように生まれる衝撃波、空破斬。

 空破斬はまっすぐに、アルティリアに向かっていく。


 布都の直接攻撃ではないから、防ぐことは可能だろうがそれを知覚して正確に防御するのは、かなりの技術とセンスを必要とする。


「ア、ティ……!」


 アルティリアは腰の細剣を抜き放ち、大上段一気に振り下ろす。


「くうっ! こんな程度で……!」


 アルティリアは正確に空破斬を捉えたようだが、若干押され気味だった。だが――

 

「コウについていくと言った私が、こんなものでやられるか!!」


 アルティリアは細剣を振り切り、空破斬を断ち切った。

 細剣に異常は無さそうだ。カーナさん、いい剣をくれたみたいだな。


 だが、このことに五条は態度を変えた。


「……おいおい、あれはアバズレの剣、リュミエールじゃないか。

お前も、アレの知り合いか。だったらどれくらいやるか見てやるよぉ!!」


 少し溜めを入れた後、五条は天高く跳躍し、放物線を描きながら落下、アルティリアに襲い掛かる。


 気絶していない観客たちはこの異常事態に逃げることもままならない。


「このっ!」


 アルティリアはドラグツリーアローに魔力を込め矢を放つ。矢は散弾のごとく分裂し、雨のごとく五条に襲い掛かる。


「しゃらくさい!」


 だがその程度、五条にとっては払うことは造作も無い。


 今の奴は人間大の王種にも等しい。アルティリアでは敵うはずもない……!


「そらっ!!」


 五条が唐竹に布都を振るう。


「ア、ティ――」


 まともに受けてはダメだ! だめだ、痛みが強くて言葉を出せない……!!


「はああああ!!」


 アルティリアが受けのために振るった細剣とあわせて、横から抜刀してきた影が一つ。


交差する二つの刃に挟まれる形で布都が止められた。


「アリエイル!?」


「加勢するわ、アルティリア。せいっ!」


 アリエイルが刀を薙ぐ。大きく後ろに跳んで、スタジアムの方へと着地する五条。


「ああ、僕の子孫の……出来損ないですか。まあでも、今の踏み込みは及第点を上げてもいいでしょう」


 狂人が口の端をゆがめる。


 観客席側にいるアリエイルがその切っ先を五条に向けた。

 

「出来損ないで結構。お前のような狂人の血脈が私の中に入っているかと思うだけで反吐が出る!」


「アリエイル……」


「時間稼ぎくらいはしてみせるわ。貴女はナイン殿の下へ」


「そんな無茶よ! アイツは、コ……ナインでも敵わなかったのよ!?」


 刀に手を掛け、腰溜めに構えるアリエイル。


「勝つためでもなく、殺すためでもなく、ただ自分が生き残るために動くのなら、まだやりようもあるわ。ナイン殿のおかげで、私にダメージは殆どないし、暴れ足りないのよ。……お願いね」


 アリエイルが、速力強化の術式を使い、スタジアムへ躍り出た。


「……任せたわ」


 アルティリアが、ほんの少しだけアリエイルの背中を見送ると、すぐに俺の方へ向かってきた。


「コウ!」


「ア、ティ……」


「しゃべらなくていいわ、まずは、回復の術式を――」


「おい、これ、借りるぞ」


 俺達に声を掛ける男の声。


「オ、ズマ……?」


 その手には俺の武器、樹殻棍<九重>が握られていた。


「非常事態だ。すこしくらいいいだろう? あの刀相手に、得物無しでは厳しいからな」


「いい、けど、大丈夫か……?」


 オズマは精悍だが、人好きのする愛嬌のある顔で笑いかけた。


「ああ、問題ない。手加減がうまいな、ナインは。元々あの化け物を倒すのは、俺達の悲願だったからな。これは俺達が望んだとおりのことだ。礼を言うぜ!」


 そう言うと、オズマは幻影と共に戦うアリエイルに加勢しに行った。

 

 だめだ、お前らじゃ、多分アイツには勝てない……!


「ごめん、コウ……」


 アルティリアが回復の術式を俺に掛けながら、謝ってきた。


「なんだよ……何のことだ」


「私が……<刀神>を呼び出してみたらって提案したから……コウの腕が、こんな……」


 何をらしくないことを。そんな悲しそうな顔なんて似合わないんだよ。綺麗には違いないけどな。

 

 だから俺は今のアルティリアは見ていられない。俺がパートナーにしたのは、そんな女じゃない。


「謝るな」


「でも……」


「2度も言わせるな、謝るなよ、アティ。謝ったら、俺の旅も、お前が俺についてくる理由も、全部否定することになる」


「え……」


 少しだけ痛みが引き、俺は五条に斬り飛ばされた腕を捜す。


――あった。


――とても綺麗な切り口じゃないか。これならば。


「ちょ、ちょっとコウ、まだ動いたら……」


「俺が……俺達が行く先はきっとこんなことの連続だ。命の危機に晒されることもあるだろう。取り返しのつかない事だって起きるだろう。でも、それでも、俺達は、この道の先を行くんだ」


 俺はアルティリアに手を差し出した。自らの血で汚れた手を。


「何?」


「お前に、俺の力を託す。その力で俺の腕を元の状態に戻してくれ」


「? ど、どういうこと?」


「お前に<装填>の理法を掛ける。人に掛けたことはないが、恐らく、同じように効果があるはずだ」


「……??」

 

 そういえば、アルティリアには俺の<装填>はちゃんと話したことが無いな。今度、互いにできることをちゃんと話し合う必要があるな。


「要するに、お前の魔法を俺の固有秩序で強化するみたいな感じだ。頼む、力を貸してくれ」


 アルティリアは少しだけ、俺の血塗れた手を見て……


「うん、わかった。私は、コウの共犯者……パートナーだもん。任せて」


 迷わずその手を握った。


「ああ、いくぞ。エンチャント、オーダー」


 蒼い光が俺の手から、アルティリアの体に伝わる。


「な、なにこれ……体が熱い……」


 彼女の白い肌が紅潮し、少し身震いをする。


「よし、多分効いているな。アティ、やってくれ」


 俺は、自分の腕を拾い上げ、腕の切断面に添える。

 

 存在超強化を使い、体を精密に動かすことで元と同じ位置にあわせる。

 

 形容詞しがたい痛みに俺は顔をしかめる。


「くっ、アティ、はじめてくれ」


「わ、わかった……肉体を繋ぎ直すなんて初めてだけど……」


「俺の力を上乗せしてるんだ。しっかりイメージすれば、お前ならいける……!」


「うん……!」




 


 

~~~~~~

~~~~~~



 

――幻影陣。


 アリエイルが生み出した幾つもの分身が、五条を襲う。


「無駄無駄」


 ため息混じりに振るう布都が、それらの幻影を全て切り裂く。


「おおおおおおっ!!」


 <九重>を持ったオズマが入れ替わりに五条に仕掛ける。


 現状唯一まともに打ち合えるのは<九重>のみだ。


「借り物の得物で僕とやり合おうって? 舐めすぎじゃないですか?」


「はん、俺の武器は今アンタが使ってるからな。それに俺を倒した男の武器だぜ? 俺が使うには上等だってもんだろう!!」


 あらゆる武器を扱うのことのできるオズマは、あるいは康太郎以上に巧みに棍を扱ってみせた。


 リーチでは棍の方が上であり、そのアドバンテージを生かして戦うオズマは、思いのほか善戦していた。


 オズマにしろ、アリエイルにしろ、康太郎戦のダメージは殆ど無いといっていい。


 それも康太郎が意図し、気絶させるだけに留めたからだ。

 康太郎の予定では復活した刀神の相手はこの姉弟に任せるつもりだったからだ。

 

 しかし、誤算だったのは復活した刀神の圧倒的な強さだった。


「まあそれなりに研鑽していることは認めてあげましょう。出来損ないには違いありませんが」


 悠々とした五条とは対照的にアリエイルとオズマは肩で息をするほど疲弊していた。


「大丈夫か、姉者?」


「そっちこそ。ナイン殿の武器を借りているんだから半端な真似をするんじゃないわよ」


「もちろんだ、だが、少々きついのは、認めざるを得ない、な!!」


 再度の突撃を敢行するオズマとアリエイル。

 二人のコンビネーションは本来であれば最強の組み合わせである。

  

 しかし、今度ばかりは相手が悪かった。


「冥土の土産に一つ教えてあげましょう……まあ運がよければ生きていられるでしょうが」


 五条が纏う空気が変わった。それまでの中段構えから、布都を右手側に引き寄せ、切っ先を前に突き出した八双の変形の構えを取る。

 

――十波流・迅獄。


 無数の斬撃を檻のごとく張り巡らせるという、摩訶不思議の奥義。

 正面から放つにもかかわらず、四方八方から迫るそれは、回避不可能の必殺剣。


 もし放たれれば、アリエイルたちは無残な惨殺死体となって朽ちることだろう。


 だがこの場にいた化け物は、刀神だけではなかった。



――無拍子・流星。



 蒼い光が流星の如く、五条に向かって堕ちていく。



 五条は急遽の迅獄の放つ先を上空の蒼い光に変更した。

 だが、斬撃の檻の展開よりも蒼い光が堕ちていくほうが速さは上だった。


 蒼い光は五条の頭部を吹き飛ばして、そのまま貫いて地面に大穴を穿つ。


 土煙が舞い上がるも、流星が落ちた地点から突風が舞い上がり、土煙が吹き飛んび、姿を現したのは。


「右腕の治療は完璧……見事だよ、アティ」


 異世界人、九重康太郎である。


 頭部を吹き飛ばされた五条だったが、すぐに紫色の光が、五条の頭部を再生させた。


 初めて喰らったまともなダメージに、五条はそれまでの余裕を振り払って康太郎をにらみつけた。


 康太郎はそれに意に介することなく、右腕をぐるぐると回した後、右の人差し指を突き出して言った。




「決着をつけよう、十波五条。俺はお前を踏み越えて、この道の先を行く!」


 

 暗雲立ち込める闘技場。


 伝説と異世界人の対決に、遂に決着のときが訪れようとしていた。





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