第33話 眠れる刃
さて、話は一時、闘技場から離れることになる。
城塞都市フツノを囲み、そびえ立つ防壁。
独立自治区であるフツノは過去にモンスターや・軍隊の侵攻があり、防壁はその鉄壁で以って侵攻を防いだという。
しかし、この防壁にはその本来の役割とは別に、もう一つの機能が存在した。
防壁に埋め込まれたある術式が、特定の条件によって発動するのだ。
特定の条件とは、闘技場に極上の戦士が現れることという漠然としたもの。
しかし、この条件の判断は違えようもない。
なぜならば――。
防壁が薄く白い光を放ち始める。条件が満たされたため、防壁に宿る術式が発動したのだ。
術式とは、防壁で囲った内側にある命への魔力吸引。吸引先は、フツノの中心・闘技場だ。
吸引といっても軽いめまいを覚える程度のもので後遺症が残ったりはしない。しかしそれもフツノの住民の総数ともなれば話は違ってくる。
魔力量は王種にすら匹敵するほどだ。
その魔力が地を張り巡り、改変された霊脈を辿って闘技場へ集う。
闘技場の装置はこれらの魔力を統合、一点に集束するためもの。
霊的な存在へと形を与えるために使われるもの。
――眠れる刃を、目覚めさせるためのもの。
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~~~~~~
「なんだ、これ……」
オズマが持っていた剣から一本の刀が現れた。
長さは1メートル足らずくらいだろうか。刃紋もその反りも柄の拵えさえも、見た者を惹きつけて止まない。
素人の俺でもわかるほどの機能美を有した大業物だ。
時を同じくして、スタジアムの地面全体が淡く紫色に発光する。
そして光の帯と呼ぶべきものが地面のいたる所から生まれ、刀に集まっていく。
それは魔力の流れの表れ。魔力に鈍感な俺でもわかるほどの、膨大な魔力があの刀に集まっているんだ。
「マジかよ……これは、条件を満たせたって考えていいのか?」
眉唾物のアリエイルの話。あれに曲がりなりにも乗ったからこそ、彼女達を挑発して本気を出させ、俺も本気で応じた。
力を見せることが条件かもしれないとアリエイルは言った。
それが合致したからこそ、今の現象がある……そう考えてもいいだろう。
光の帯がどんどん凝縮されていく。やがてそれは刀を持つ掌から始まり、徐々に人の型を取り始める。
「うおっ、まぶし……」
段々こちらの可視範囲を超えてくるほどの輝きを見せる。
そして一際大きな輝きを放つとこちらは目も開けられない。
少しして光が治まり始めてくると、薄目でようやく刀の方を見ることが出来た。
だが、そこにあったのは……いたのは刀だけではなかった。
刀は男の手の内にあった。
着流しの藍色の着物を着た細身の男だ。髪は黒く、肩よりも下の位置まで伸びている。歳は20代後半といったところか。
男は柔和な笑みを浮かべていた。紫の光の中からいきなり現れたこの男は……。
男がとうとうその口を開いた。
「あ、あ、あ~~あ~~。うん。実に清々しい気分です。こうして若い肉体を得たのは一体いつ振りでしょうか」
や、優男顔にあう、なんて柔らかくて知性を感じさせる声だ……!
男は腕を曲げ伸ばししたり、首を回したりして、体をほぐしているようだった。
「あ、あの~」
俺は恐る恐る男に声をかけてみた。
「はい、何か?」
「あなたが……<刀神>?」
男は俺の問いにほんの少し首をかしげ、自問自答をし始める。
「とうしん……? とうしん? ああ、そういえばアイザックの奴が妙な二つ名をつけ始めて……ああ、思い出しました。ええ、そうです。<刀神>というのは、僕のことですよ」
やはり。この日本人然としたこの男が<刀神>なのか。
「ああ……うん、ようやく意識がはっきりしてきたぞ……。そう、僕はこの場所でずっと待っていたんだ。強者の存在を……。僕を引き戻したのは……君だね?」
俺に語りかける<刀神>。
「俺だけじゃないさ……貴方の子孫と一緒にな。俺はナインっていうんだ。貴方は?」
「僕は、十波五条といいます。そして、この刀は僕の愛刀、斬世刀<布都御霊>です。普段は布都と呼んでいるけどね。以後よろしく」
男の名乗りに、スタジアムは騒然となった。フツノの住人にとって、ファイターにとってはまさに神にも等しい存在だからな。
それにしてもフツノミタマか……なるほど、この街はその刀の名前を取っていたのか。
しかし聞いたことある名前だ。確か日本神話か何かに出てくるような、その筋では有名な剣の名前じゃないか。
まあ、基が俺の見る夢だからな……どういった要素があってもおかしくない。
しかしこの和風な衣装……そして名前、もしかして?
「あんたまさか……日本人か?」
「日本? どこだい、それは?」
違うか……。って、俺は何を考えているんだ。別にコイツが日本人だったとして、このD世界を俺以外に見ているやつなんているわけ無いじゃないか。
「ちょっと待ってくれ、今貴方の子孫を起こしてくるから」
俺が背を向け、まずはオズマを起しに行こうとした。
「ああ、待ってください。それには及びません。子孫といえども、弱者には興味はないので」
だが俺を柔らかいが、妙な冷たさを含んだ声が呼び止めた。
「いや、興味ないってあんた……」
仮にも貴方の言いつけを果たそうとして、今日まで闘技場でがんばって来たんだぞ、あいつらは。
「まあ所詮は僕の子種ですから。生前の僕を超える程度が関の山であることはわかっていましたよ」
淡々と事実だけを述べるといった風情の十波五条。
「僕の子孫も、この闘技場も、そして僕が中心となって興したこの街も。全ては餌でしかない」
「え、えさぁ……?」
十波五条はうなずいて肯定した。
「ええ、おかしいです? 全ては未だ見ぬ強者に出会うため。王種もいいですが、あれらはモンスターの延長ですからね。僕はヒト種の強者を求めていたのですよ」
「…………」
「でも僕の生には限りがある……ただのヒューマンである僕は、エルフほどの寿命はありませんしね。いつか現れるかもしれない、王種にすら匹敵するようなヒト種と出会えるのは一体いつになるのかわからなかった僕は、この闘技場を創り、街全体にある仕掛けを施しました。僕が望むに足る強者が現れたときに、フツノ一帯の魔力を集めて、僕を復活させるという仕掛けをね」
こいつは……十波五条はカーナさんの比ではないくらいのバトルジャンキーだ……!
「正確に言えば、今の僕は蘇ったわけではなく、この地に封じていた僕の霊体に魔力の束で無理矢理器を合わせただけですが……まあともかく、餌に食いついて今日という日に君が現れた。生前の僕よりは強いであろう子孫の二人をいとも簡単に征するだけの、圧倒的な存在の君が」
嬉々として話す十波五条。
だが対照的に俺の心は冷えていった。
同じバトルジャンキーでも、カーナさんとはまるで違う。こいつには、本当に強さという尺度しかないみたいじゃないか。
「貴方……いやあんた、本当にカーナさんと組んでいたのかよ。良く一緒にいられたな」
「カーナ? ……あのアバズレのこと? え、ナイン、君、アレの知り合いかい? うわー、あのクソ女まだ生きてやがったのか!」
ちょ、カーナさんの話をしたら急に言葉遣いが若干汚く……。
「コホン。あいつとはまあ、ケンカ相手って感じかな……そのまま流れでずるずるパーティを組んでたけど……そういえばあいつとは結局決着つかないまま別れたきりだったな」
「こらー! カーナ様をアバズレとはどういう了見だ、お前ーー!!」
なんか外野から変な野次が飛んできたが気にしないで置こう。
「さあ、それじゃあ、そろそろ始めようか。君と戦うためだけにこの闘技場は作られたようなものだからね。存分に遣り合おうじゃないか」
十波五条は片手に持ち刃先を下げた。
一見すると無造作で隙もありそうなものだが……
「その前に教えてくれ。街そのものに仕掛けを施すなんて脳筋のあんたには無理な話だろう。一体、誰がやったんだ?」
「うん? あー、誰だったかなあ……」
十波五条はとぼけた調子で、頭を掻いた。
「こ、このヤロウ……ぶっちゃけ、俺はアンタと戦うことには興味ないの。闘技場の仕掛けの出自を知りたかっただけで」
「えー、なんだいそれは」
「アリエイル……あそこで伸びているあんたの子孫だが、そいつから提案を受けて俺はそれに乗っただけだ。本来ならあんたの子孫が戦う予定だったんだよ」
途端、十波五条は不機嫌そうになる。気分屋かよ、こいつは。
「言ったでしょう? 生前の僕をちょっと超えている程度では、話にならないと」
「……というかさっきから引っかかってるんだが、生前の自分より強いって言うなら、今のあんたの実力だってたかが知れてるじゃないか」
そんな俺の言葉に十波五条は口の端をゆがめた。
「いえいえ、死後の僕は生前よりも強いですよ。少なく見積もっても3倍は強いです」
「……意味がわからん」
「ああ、言い忘れていましたね。闘技場にはもう一つ仕掛けがあったのですよ。この闘技場内で発生した余剰の力は、蓄えられて僕の復活のために使われているのですよ」
十波五条の瞳に剣呑な光が宿った。ゆらりと体が動き始める。
「しかも今の僕は純粋な意味での肉体ではないから……色々無理が利きます。肉体の負担なんて考えなくていい。これが何を意味するか……わかりますか!」
十波五条がその刀、布都を袈裟懸けに振るった。
嫌な予感がした俺は、その軌跡に抗するように<九重>を振るった。
ガキンッッッ……!!
金属を打ち付けられたような感触が<九重>を通して伝わった。
な、なんだこれ。見た目よりリーチが長い? いやそうじゃなくて……
「流石だな、布都の空破斬を捌くなんて。それもただの棍じゃないね」
空破斬? ……まさか斬撃を飛ばすような真似をしたのか!?
「まあな。そっちが世界を斬る刀なら……こっちは」
コイツはやばい。オズマたちの3倍強いは、ハッタリじゃない!?
こっちも最初から全力だ。こいつはまず黙らせることから始める……!!
「世界を守るための外殻なんだよ!!」
――無拍子・金剛。
静止状態・ノーモーションからの振り下ろしの奇襲。
<装填>は使っていないが、それでも人をただの肉塊にするくらいの威力はある。
だが、俺の渾身の一撃が、十波五条の布都によって受け止められたのだ。
「手ごたえ……が、ない……!?」
「……驚きました。まったく見えなかったですよ」
なら、なんで受け止めることが出来てるんだよ!
「まあ、勘ですかね。経験則で体が反射で動いただけですよ」
俺は戦慄した。見えてないのに反応はできるとか、なんてうさんくさいんだ。
しかも俺は剣ごと叩き潰すつもりでやったのに、それをこんなあっさりと……!
「ちっ!」
俺は<九重>を押し込み、競り合いになる前に弾いて距離をとる。
「凄いですね……ナイン。この斬世刀・布都御霊は斬るという概念が形になったようなもの。斬れぬもの無しといわれ事実そうでした。鞘も無く、これを加工して巨大な剣の形にして偽装して保管する以外になかったほどに」
十波五条の言葉に、俺は精一杯虚勢を張って笑ってみせる。かろうじて<九重>は壊れなかったが……もし、俺が奴の剣戟を捌けなければ一撃で終わる。
「ちょっと特別製なんだよ。……おい、十波五条」
「五条でいいですよ、ナイン」
「わかった、では五条。俺が勝ったら、闘技場の仕掛けの出自を教えてもらうぞ」
「いいでしょう……、それで僕が勝ったら、あなたどんな対価を?」
俺は声を大にして怒りを乗せて言い放つ。
「ふざけんな! お前が戦いたいから付き合ってやってるんだろうが、それだけで十分だろう!!」
「ふ~む……まあそれもそうですね。いいですよ、それで君が戦ってくれるのなら」
……くそ、結局は流されるままに戦うのか。自分の意思を持っていても大きな流れには逆らえない。夢だからってうまくいくことばかりじゃないな。
まあ、だから俺はD世界に本気になると決めたんだ。
この夢の世界では、俺の限界はまだ見定められていないからな。
「ただ、ちょっと待てよ。気絶してるオズマをちょっと動かしてくる」
俺は気絶しているオズマに近づき――
「いえ、それには及びませんよ」
そんな言葉が横から投げ込まれた。
それだけで、俺の中での危機意識が最大で警報を鳴らした。
――無拍子・旋空。
最大限に加速させ、円を描くように<九重>を振るう。
何か鋭い衝撃とかち合った。
五条が振るった布都より放たれた衝撃波、空破斬だ。
「お前……何やってんだ」
怒りと非難を込めて五条を睨みつける。
五条はそれに意にも介さず当たり前のように応えた。
「僕の子孫とかいう出来損ないの敗者は、もう役目は果たしたし、生きていても仕方ないから処分しようとしただけですよ」
「本気で言っているのか……?」
「ええ。それが何か?」
……この男はバトルジャンキーとかってレベルじゃないな。まるで戦いっていう麻薬に犯された廃人みたいだ。
「ふざけんなよ。ここは闘技場だ、死ぬことはあるかもしれない。だが、ここは競い合う場所であって、殺し合いの場じゃない。お前がどんな意図を以ってこの場所を作ったとしても、もうこの闘技場はお前だけのものじゃないんだ」
オズマだって、アリエイルだって、ファーテールだって、他のファイター達だって、皆誇りをもって競い合い高みを目指していたはずだ。
俺はその隙をつくことで勝ったけど、その流儀まで貶めるつもりは無い。
存在超強化を最大へ叩き込む。同時に<装填>を<九重>に。
<九重>を構えて、俺は五条へ告げた。
「勝負だ、五条。アンタという過去の幻影は、この闘技場に集う全てのファイター達に成り代わって、俺が振り払ってやる」
「クハハ、それはそれは……」
五条もまた俺の変化を察したのか、片手に持っていた布都を両手に持ち替え、正眼の構えを取った。
「怒る理由は少々解せませんが、本気になってもらうのはありがたい。せっかく現世に戻ってきたのに、張り合いがないのではね」
「……その余裕、今から崩してやる!!」
俺達は同時に飛び出した。
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~~~~~~
俺は果敢に<九重>を振るう。
<装填>を込めた<九重>は並の刀剣なら軽く叩き折るだけのスペックを持つ。
しかし相手の刀は世界を斬る刀、まして布都御霊なんていう大層な名前を持つだけあって、<九重>と打ち合っても一切のゆがみも無い。
こんな感想はおそらく向こうも同じだろう。斬れぬものなし、斬撃の概念が形となっているとまで言うその刀は生半な武装では打ち合うことすらままならないだろう。
奴の刀は本来、防御不可の反則的な兵器なんだ。
そういう意味で、奴が俺を待ち望んでいたというのはまさにその通りだろう。
互いに反則的な武器を持つ者同士なのだから。
――無拍子・三子百穿。
三点への突きを繰り返す。刹那に行われるそれは、擬似的な三点同時攻撃にも等しい。
「ふっ!」
その全てを五条は全て布都で叩き落とす。
「楽しいなあ、ナイン!」
「お前と同じにするな!!」
嬉々として剣を振るう五条に対して、俺の方は焦りが見えていた。
何しろ、無拍子が通じないのだ。
無拍子のコンセプトは<一撃必殺の奇襲>だ。
武道で一つの極意として伝えられるそれを名として頂いた俺の技体系がこの男には通じない。
緩急をつけることで、その体感速度はさらに上がっているはずなのに!
「おおおおおおおっ!」
「でやああああああ!」
幾度無く布都と九重がぶつかり、時に火花を散らす。
あふれる魔力と理力の相克がスタジアムの観客席にも余波として届く。
それに中てられて、一部の観客達は気絶し始めている。
最後まで見続けられるのは、一流に属する極僅かな者たちだけ。
俺が距離を離すわけにはいかなかった。俺には奴とは違い遠距離からの攻撃手段がどうしても限られてしまう。
無拍子でその隙をなくせるといっても、少しでもアドバンテージのある距離に身をおいておきたい。
くそ、存在超強化で強化されているはずの思考がうまく働かない!
こんなときに一番頼りになるのは、あの万能感にも近い冷静さであるというのに。
「さあ、もっと調子を上げていこうか!」
五条の無慈悲な宣誓。
奴は未だ決め手を出していなかったな……!
今まで素直だった剣筋に微妙な揺らぎが生じる。
実体の中に時折虚像が混じる。だが、その存在感だけは、本物に近い。
これはアリエイルが繰り出した分身の応用……いや、あちらが、体そのものを分けていたのに対し、こちらは斬撃のみ。
こちらの方があるいは程度が低い技術だろう。だが、生前よりも力を上げているという五条がそれを使えば、アリエイルのそれと同等以上の効果を発揮する!
そして遂に、なんとか保っていた均衡が崩れようとしていた。
「さあ、もっとだ、もっと、もっと!」
五条の攻撃の回転速度が上がっていく。それに加えて虚像の斬撃。
その全てを振り払うつもりで<九重>を振るっていた俺だったが。
――不意に右腕の感覚が無くなった。
「えっ?」
――見れば、五条が刀を振りぬいた姿勢で固まっていた。
――何故?
――鋭すぎるその太刀筋。結果は後からやってくる。
右腕の感覚がなくなった理由は明白。
俺の腕が、切断されたからだ。
事実を認識すると、痛みはあとから遅れてやってきて。
「僕の勝ちだ、ナイン」
俺の思考が、痛みによって支配された。
「ぎぃ・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
感想・評価等お待ちしております。