第32話 サドン・インパクト(降って沸いて出る番狂わせ)
――D世界 試合当日。
「凄い人の数ねえ、本当に。一体何処にこれだけの数の人がいたのかしら」
アルティリアが小学生並みの感想を漏らした。
あーコイツ、ぶっちゃけ超田舎者だからな。
上京したての飛んでるお嬢さんエルフだから、きっと人ごみに慣れていないんだろう。
モンスターが結構な割合で出るせいか、はたまた数多い種族が跋扈する世界であるゆえか、人口は平均的に見てR世界のそれよりもかなり少ない。あるいは、R世界ほど文明が起こってからの時間が少ないのかもしれない。
その少ないはずの人が、闘技場周辺の繁華街では、ごった返していた。
これもすべて、ランキング一位アリエイルのネームバリューの賜物だろう。
ランキング4位の影の薄い挑戦者に集まったのでは決してない。
そりゃあ、中には俺のファンという好事家もいるが、そんなのは全体のほんの僅か。
でなければ、今日試合に臨む俺自身が、見物客の波に飲まれているという事態にはならないはずだ。
ちなみに今回の試合、会場に入れなかった多数のために、特別に魔導結晶を利用した投影魔法によるスクリーン観戦が可能となっている。
魔導結晶とは、魔力が結晶化した物で、外見は紫水晶に似ている。
これを動力として投影魔法を発動させることで、会場の試合の様子をスクリーン上映することが可能になっている。
魔導結晶は高価な代物であり、普通はこんな処置をしないのだとか。
それだけ今回の試合は特別なのであろう。
あるいは、多くの人間に<刀神>の姿を再び出現させたことを証明する生き証人になってほしいという、アリエイルたちの思惑が絡んでのことかもしれない。
……結局ヨシノとは、一度も話せぬまま会場入りをすることになったな。
アイツはこのフツノに入ってからの最初の知り合いだ。
彼女との出会いが無ければ俺は刀宴亭に滞在することも無く……もしかすると、こうして一月近くの間、ファイターをやっていなかったかもしれない。
刀宴亭がその価格設定の割りに、非常に快適な宿であったことは、少なからず俺のフツノの滞在日数に影響を及ぼしていたように思う。
ただ旅をするだけの路銀稼ぎなら、上位ランカーになるまでも無かったし、棍の扱いに習熟するのであれば、存在超強化を本気で習得のために使えば、ほんの僅かな時間で成しえたはずだ。
しかし、それも今日までだ。
今日が俺のファイターとしての最後の日になるのだから。
~~~~~~
~~~~~~
人の波を掻き分けて何とか控え室へ。
今更緊張も何も無いし、装備もいつもの篭手に胸当て、具足である。
しかし、これらの軽装備は、想樹の外殻を基に作った樹殻シリーズ。見た目の地味さとは裏腹に、その防御力は推して知るべし、だ。
もっとも、まともに当てられたことも無いので、実際の効果のほどはまだ実地では確認はとれていないのだが。
「事情が無ければ、アティをアリエイルと戦わせたのなあ、きっと絵になるよ」
「何言ってるのよ。バカコウ」
バカとはいっているがその言葉に険は無い。ちょっと顔が赤いか?
正直に思っただけなんだがなー。美人同士の戦いは映えるだろう?
そんな戯言を言っているとドアがノックされた。
入室の許可を出すと、入ってきたのは陽に焼けた肌を持つ大男だった。
「よう、試合前にすまないな。一つ、姉者が認めた男の顔を見ておきたかったんだ」
「……あなたは?」
男は俺の反応に少しきょとんとすると、すぐに破顔して、大きな声で笑いを上げた。
「いやあ、すまんすまん。この街で、俺を知らないヒトなんて、そうそういるわけじゃなくてな。新鮮でつい笑ってしまった」
男は右手を差し出した。
「俺はオズマ・トナミ・ガードナーという。お前の対戦相手である姉者……アリエイルの弟だ。そして闘技場の頂点、殿堂入りをしている者でもある」
「ああ、よろしく。ナインだ」
ここは素直に挨拶しておくべきかなと思い、握手を交わした。
途端、結構な力で握り返すオズマ。しかしオズマに敵意は感じられない。
とすれば、これがオズマのデフォルトということかもしれない。
「今日の試合は、特等席で見物させてもらうぞ。殿堂入りした俺に挑戦権を持つのは、ランキング一位のみ……つまり、今日の勝者こそが、俺に挑む資格を得られるというわけだ。あの姉者が認めた実力、存分に発揮してくれよ? 楽しみにしているからな」
暑苦しい外見の割りに爽やかな笑みで、そんな捨て台詞を吐いてオズマは控え室を出て行った。
「強いわね、あの男。立ち居振る舞いにまるで隙が無かった。それでいて凄く自然体だったわ。まるでカーナ様みたい……」
アルティリアがポツリとそんな感想を漏らす。
流石によく見えている。アルティリアはカーディナリィと比較すれば一枚落ちるかもしれないが、その体さばきや高度な魔法を使い続けるだけの膨大な魔力など、総合的な実力は、すでにこの世界における一級の戦士と相違ない。
……と思っているのはアリエイルとの比較からだが。
「アレが、今代の<刀神>ってやつか。アリエイルと比べても一目瞭然だな。アイツは強いだろうなあ」
そんな奴と、俺は戦うのだ。無論、アリエイルを破ったらの話だが。
その後もファーテールや勝ち上がる過程で少し仲良くなったファイターなどが激励に俺の控え室を訪れていた。
随分とつながりが出来たものだ。ほんの一月程度のことなのに。
だが、それも全て、今日、ここに置いていくのだ。
「んじゃ、行ってくるわ」
「期待してるからね、コウ。是非初代<刀神>を呼び出してね」
「分の悪い賭けみたいなもんだけど……まあ、本気でやるからには、徹底的にやるさ」
そうして俺は、試合会場のスタジアムへ足を運んだ。
~~~~~~
~~~~~~
スタジアムでは実況が拡声機能の魔道具……マイクを手に、場を盛り上げようと前説をしている
そして実況がアリエイルの名を呼び、それに呼応してアリエイルが姿を表した。
沸き起こる歓声、前説で暖められた会場がいよいよもってヒートアップする。
上下共に赤色、騎士の礼服を思わせる意匠の服をアリエイルは見事に着こなしていた。
その服には幾重もの防御術式が込められており、また、その服を構成する素材も一級のレア素材で作られた、まさに彼女のためだけのオーダーメイド。
防刃、耐衝撃、各属性魔法への耐性はもちろんのこと、その場の気候に合わせた快適さを着用者に持たせる、まさにエクストラランク冒険者という名に恥じない防具であった。
実況が今度はナインの名を呼ぶ。
現われた黒髪の少年は、やはり地味な存在だ。
会場の殆どがアリエイルびいきの中、しかしそれでも彼を応援する声も上がった。
伊達に彼もランキング一位への挑戦権を獲得した者ではない。
確かに、彼の戦う姿に魅せられた者は存在するのだ。
スタジアムに揃う二人の勇士。彼らを、玉座にも似た豪奢な椅子でふんぞり返り、観客席の大上段から見下ろしている男がいた。
男の傍には、彼の身の丈はあろうかという大剣がある。しかも剣というには分厚すぎる剣身だ。一体どんな製法で作ればそんなにも無骨で、巨大な凶器を作り出せるというのか。
ましてそれを得物にするとは、いかような化け物であるというのだろうか。
彼こそ現在殿堂入りしている闘技場最強の男、オズマであった。
彼は、これから起こるであろう激闘と、その勝者との至高の一戦に期待し、夢想し、興奮して顔を喜色で染めていた。
ああ、早くやれ。そして魅せろ。
オズマの体は熱を帯び、暴れたくてしょうがないと何もしないうちから、臨戦態勢に移行していた。
一方、実況と入れ替わるように審判役の男がスタジアムに躍り出た。
試合開始の合図をするために、右手を天高く掲げる。
このときばかりはスタジアムは静まり返った。
そして――
「はじめぇっっっっ!!」
腕が振り下ろされ、戦闘開始のゴングが鳴り響いた。
~~~~~~
~~~~~~
アリエイルは腰に提げた刀に手を添え抜刀の体勢。
対するナイン――康太郎はその手に握る棍を特に構えることも無く、地面に立てて直立不動の姿勢。
試合開始から既に数分が経過して、一向に二人とも動く気配はない。
スタジアムの観客席を埋め尽くす見物客達の中には、一向に動こうとしない二人に焦れて野次を飛ばす者もいたが、一方で目利きも多いのだ。
そうした者達はわかっていた。
勝負は短期決戦。互いの最速最高の一撃をもって決着するのだと。
アリエイルの闘志が、より深く、鋭くなっていく。
野次を飛ばしていた者もこれには黙った。見ているだけで威圧され、中には催した者さえいたほどだ。
しかしそんな威圧を真正面、もっとも近い距離で受けている対戦者の康太郎は。
「へっくしゅっ」
鼻がかゆくなって思わずくしゃみをしていた。
勝負が動く切っ掛けにしては、いささか間抜けに過ぎるというものだった。
しかし、勝負は勝負だ。その隙をアリエイルが見逃すはずも無く。
「っ!!」
瞬間、アリエイルの姿が掻き消えたかと思うと、アリエイルが四人、康太郎の四方を囲み抜刀にしていた。
ただの虚像ではない。全てが質量を持ち、それぞれが致命に至るだけの威力を有する斬撃だ。
短距離転移と分身の秘技、そして神速の抜刀が合わさったアリエイル独自の必殺剣。
――焔閃・死瞬鬼。
四振りの炎の刃が康太郎の体を捉える。
「らあっ!!」
だが、現実にはその刃は康太郎の体を切り裂きはしなかった。
刃が体に届くよりも速く、円を描くように、手に持った棍で周囲を薙ぎ払ったからだ。
世界最高峰の強度をもつ棍の一撃。ましてや康太郎の人外の膂力で振るわれるそれは、常人が触れたらひとたまりも無いだろう。
しかしそれも四方を囲んだアリエイルの中に本体がいればの話。
棍に触れた傍から消失するアリエイルの分身。
それぞれが本物と同じだけの存在感を有していながら、その全ては偽者だったのだ。
では本物は何処に?
「貰った!」
堅い地面が吹き飛び、そこから背に炎の翼を広げたアリエイルが刀を突き出しながら、飛び出してきた。
――地遁・焔翼閃。
先の必殺剣さえも、彼女にとっては陽動。
本命は炎の防護壁を纏った状態で短距離転移を地面へ行い、地中からの奇襲を行うことだったのだ。
康太郎のがら空きの背にその刀が突き立てられる。
ガキンッ……!!
しかしその刃は康太郎の装備した篭手によって弾かれた。
刃が突き立てられる前に反応した康太郎が、想樹の外殻の防御力にまかせて乱暴に振り払ったのだ。
これにはさしものアリエイルも驚きを隠せない。
「この……ッ!」
動揺を一瞬で抑えたアルティリアだが、それでは康太郎には遅すぎた。
刃を持つ軸の腕を強くつかまれて刀を落とし、続いて体を寄せてきた康太郎に
「ふう~~~」
「ふわあっっっ!?」
アリエイルは、耳に息を吹きかけられるという彼女の人生の中で今までになく気の抜ける方法で脱力させられた。
同等以上を相手取るには致命的過ぎる隙だ。
「はい、ご苦労さん」
康太郎は、アリエイルの首筋に手刀を一つ。
「あぐっ……」
それだけでアリエイルは意識を失った。
あっけなく、勝負は康太郎の勝利で幕を――
「バトンタッチだ、弟君」
康太郎は崩れるアリエイルの胸倉を掴むと一つ回って遠心力をつけ、力任せに観客席の方へと投げこんだ。
半ば人間砲弾と化したアリエイルの行き先は観客席の大上段、殿堂入り・オズマのいる方で――
「ふっ!」
オズマは立ち上がり、アリエイルを受け止めた。
「姉者……」
受け止めた気絶している姉を見るオズマ。
その体には傷一つない。
一切の加減無く、全力で殺しに行っていたこの姉に、傷一つつけずに勝利を収めるということは……それだけ相手の格が上だということの証左だった。
「来いよ殿堂入り。俺には、そいつじゃ役不足だ」
手首を返して小さく動かして手招きをする康太郎。
あからさまな挑発に産毛が逆立つ。
オズマは姉をそっと横たえると、傍に立てかけた剣を手にし、跳躍一つでスタジアム中央へ躍り出た。
剣を突き出して康太郎に向けるオズマ。
普段の愛嬌は微塵も無い。
今のオズマは闘争心の塊だ。
「よもや、ここまでの剛の者だったとはな……見事だナイン。あの姉者が認めるわけだ」
オズマが掛け値無い賞賛の言葉を送る。
「御託はいいからとっとと来いよ、デカブツ。所詮前座で金づるのお前は邪魔だ。後がつかえているんだよ」
オズマにこんな暴言を吐く者など、久しく現われていなかった。
そんな輩は、相手の実力も推し量れぬ三下ぐらいしかいないと思っていたが、目の前の男は違った。
紛れも無く、オズマの人生において最強の挑戦者だった。
「ならばゆくぞ、ナイン。俺の武威を存分に見せ付けてやる!」
オズマが大剣を構えて加速する。
一気呵成に距離をつめて上段から振り下ろす。
小細工なし。だがその剣速はアリエイルの居合いよりも速く―
「遅い」
ぽつりとつぶやく康太郎。
振り下ろされた刃は康太郎に届くことはなく、それどころか、
「えっ?」
大剣は天高く弾き飛ばされていた。
――無拍子・天砲。
康太郎はゼロの静止状態から刹那の内に最大まで加速、オズマの懐に飛び込む。
天に向けて放った打ち上げの掌底が、剣の手許を打ち抜いた。
――無拍子・絶影。
生まれた一瞬の空白は康太郎にとっては十分すぎるほどの時間。
超神速で背後に回って飛び上がり、隙だらけの後頭部を蹴り飛ばした!
轟っっっっ…………!!
鋼鉄以上に丈夫なその体が、地面に亀裂が走る勢いで、叩きつけられた。
オズマはぴくりともしない。完全に沈黙していた。
傍目には死んだとも思われるほどだ。
オズマが戦闘不能になったのは誰の目にも明らかだった。
観客席には気絶したアリエイル。スタジアムには沈黙したオズマ。
歴代の闘技場の王者の中でも最強と謳われた姉弟が為す術も無く、ほんの僅かな時間で敗北したのだ。
この結果に、実況や観客は愚か、康太郎の勝利を宣言し、試合の終了を告げるはずの審判さえも言葉をなくしていた。
特に驚いていたのは康太郎と戦ったことのある者や、康太郎のファンを自認する者たちだろう。
ある種の泥臭さを感じさせる地味だが堅実な戦闘スタイルが彼らの知る康太郎……ファイター・ナインであった。
だとするなら、今の目の前にいるのは同じ姿形をしているまったくの別人だ……中にはそんな荒唐無稽な想像をした者がいたほどだった。
勝利の喝采も沸かない、静寂の闘技場。
そんな中、康太郎が一人つぶやく声が、別段大きくも無いのに、スタジアムに響いた。
「……これだけわかりやすい形にしてやったんだ。来いよ<刀神>。あんたが求めた極上が、ここにいるぞ」
……その言葉に応えたのだろうか。
弾き飛ばされ、地面に刺さっていたオズマの大剣の剣身が割れ、中から一本の刀が現われた。
<続く>
感想・評価などお願いします