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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第3章 眠れる刃の城塞都市
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第31話 前夜



「丁重にお断りします」


 俺はアリエイルにきっぱりと拒否の意を示した。


「な、何故です!?」


 机を叩くように身を乗り出して問うアリエイルに対し、俺はあくまで冷静に応える。


「俺にメリットがまるでない。まあ、ランク1位と殿堂入りの二人と戦うんだから、ファイトマネーは相当なものだろう。しかし、俺にもう金は必要ない。ドラグツリーの買取分で結構な金額になるだろうからな」


「で、でも、貴方もファイターです。もし、私と弟と破れば、莫大な金銭と闘技場の歴史にも残る名誉が――」


「待った」


 俺はアリエイルの言葉を途中で遮った。

 

「さっきも言ったが金はもういいし、俺には君達と違ってファイターとしての誇りとかないし、名誉にも興味がない」


「え……?」


 途端アリエイルの顔に少しだけ陰りが生まれる。


 強さと勝つことを至上としている彼女。きっと戦いにも、そこから生まれる名誉にも、誇りと自負を持っているのだろう。


 だが、俺にとって強さとは――ただの手段でしかない。


「俺は金を得るためにファイターになった。強い奴と戦うことにワクワクしたり、勝利の先に得られる名誉なぞよりも、一戦戦うごとに得られる金を数えるほうにワクワクしたよ」


「…………」


「ファーテール戦で俺の目標金額まで貯まったんだ。まあ、宿の修理代という思わぬ出費もあったが、ドラグツリーっていう新しい収入もあったしな。宿の修理の目処がついたら、すぐにでも出て行くさ」


「そ、そんな……」


 がっくりと項垂れるアリエイル。少々酷かもしれないが、ずるずると流されるのはゴメンだ。


 まあ、昔の偉人という響きに心惹かれる面がないわけじゃない。

 しかし、偉人といっても恐らくは脳筋。そんな奴から、異世界関連の情報が手に入るとも思えない。


「受ければいいじゃない、コウ」


 俺がアリエイルを断腸の思いで断ったのというのに、蒸し返してきたのはアルティリアだった。


「何言ってんだ。俺はもうフツノでの目的を果たしてんだ。今更戦うなんて面倒――」


「むっ」


「げっ」


 俺のが話している途中でアルティリアが迫ってきた。

 

 ちょっとまて、どうして俺の周りにはD世界・R世界問わず、顔を寄せてくる女が多いんだよ。だから近いんだよ、いろんな意味で心臓に悪いよ!


「金はあっても困りすぎることはないわ、そうでしょう?」


 死んだ魚みたいな目をするんじゃない。なまじ美形だから余計にたちが悪いわ!


「ソウデスネー……でも、人には分相応ってのがあってだな」


「それにこれはコウも好きな<伝説>の一つじゃない? ここは一つ協力してあげるべきじゃない? アンタの事情について、なにか分かるかもしれないし?」


 もはや近いってレベルじゃない。互いの額がくっついているレベルである。


「<伝説>好きはテメーだろうがよお……俺は好きでそういうのを探してるわけじゃないっての。大体脳筋の<刀神>に興味ねえよ!」


 俺はアルティリアの方を掴んで軽く押して体を離した。


「きゃ……もう、違うわよ。私が気になってるのは<刀神>もそうだけど、その魔道具の出自よ」


「何?」


「そんな太古の昔から存在していて、しかもアレだけの構造物になんて、かなりの技術力が必要よ。その出自を辿れば、あんたの世界についてのことで手がかりが得られるかもしれないと思っただけよ。そのためには闘技場建設に関わった<刀神>本人に聞くのが一番でしょう?」


 嘘だ! お前絶対<刀神>に会いたいだけだろう!


 だが、アルティリアの言い分にも一里ある。


 元々が手がかり無しだからな。次の行き先は図書館があるような場所にしようかと思ってただけだし。


「……わかった。お前の口車に乗ってやる。アリエイル、アンタの願い、聞き入れよう。戦おうじゃないか」


「ほ、本当ですか!!」


 アリエイルが落ち込んだ様子から一点、喜色を示した。


「ただし勝負の日時は明日の昼からだ。試合までの調整期間なんて俺には必要ないし、そっちに何か事情があっても待つつもりもない。こっちには足踏みをしている暇はないからな」


「諒解しました。常在戦場は武を修める者として当然のこと。よろしくお願いします、ナイン殿」


 笑顔のアリエイルが俺に右手を差し出した。


 しかし俺は、その手を無造作に払いのけた。


「えっ……」


「何を驚く。俺たちはもう敵同士だ。しかも互いに手の内は明かしてて油断ならない。明日は本気でいかせてもらう。文句を言うなよ」


 あからさまな挑発。安い挑発だ。

 

 だが、俺たちは互いに本気を出さなければならない相手。馴れ合っていては無意識に加減をしてしまうかもしれない。


 それではダメだ。本当の武威を見せねばならないというのならば、俺たちは敵意を燻らせておくくらいで丁度いい。


 きっかけはいい加減でも、やるからには全力を尽くそう。


 アリエイルは口の端を歪ませると、元の勝気な笑みを取り戻した。


「はっ、望むところよ。そっちこそ、私の期待を裏切らない程度には善戦して欲しいものね」


 そうして俺たちはギルドを後にした。


 決戦は明日。伝説が復活するかどうかはわからないが、一つだけはっきりしていることはある。


 その日、ファイター・ナインの最後の戦いであることだけは。









~~~~~~

~~~~~~





 アリエイルと分かれた俺たちは、ドラグツリーの体の一部をドニー工房へ運び、調度品の作成をお願いした。


 昨日の今日でドラグツリーを集めてきた俺たちに、オーナー夫婦はかなり驚いていたが、こちとら超優秀な冒険者を味方につけたのだから、ある意味当然の結果ともいえる。


 そして店主であるブレッド氏が、余ったドラグツリーでアルティリア用の弓を作成することを提案してくれた。


 元来カーディナリィのスタイルに憧れている彼女だが、エルフのイメージよろしく、弓による狙撃は得意なのだ。


「ドラグツリーの木は魔力の高いエルフの弓使いと相性がよくてね。魔力伝導率が高いから、矢の攻撃力をかなり高められるはずだよ。丈夫だから、接近戦に持ち込まれても、相手の刀剣を受け止めることが出来るしね」


 と、ブレッド氏は語る。


 アルティリアは最初は遠慮したが、俺はありがたくその提案を受け、作成を依頼した。無論作成料は発生するが、それでもサービス価格で請け負ってくれたのでありがたい。

 

 まあ手数料代わりに多めにドラグツリーは納めたしな。

 

 アルティリアには今後、俺の手が届かない範囲での仕事を期待している。


 戦いで言えば、それこそ集団戦や大型の敵との戦いでは、サポートがあるほうが断然戦いやすい。


 よって彼女が少しでも強くなるのなら、俺は投資を惜しまない。


 どうせだから彼女が憧れであるカーディナリィを越えるほどの人材になればいいのだとすら思う。


 誰だっていつかは成長し、憧れは現在で目標になり、未来で目標を越えていくものだ。


 もっとも、俺はそんな未来に届かない人間だけど。


 








~~~~~~

~~~~~~




 ナインと現在ランク1位のアリエイルの試合が急遽行われることになったという情報は、すぐに広報機関によって拡散され、今やフツノで知らぬものはいないほどであった。


 ナインが寝泊りする宿屋の娘、私、ヨシノはすぐさま試合の観戦チケットと公営賭博の賭札を購入した。


 ランク1位アリエイルの試合なんて滅多にお目にかかれないということもあり、すぐに完売。

 

 私が手にすることが出来たのは、知らせを聞いた瞬間に仕事を放り出してまで買いに走った思い切りの良さが功を奏したからだ。


 おかげでお母さんには怒られたけど、これも我が宿のヒーローを応援するためだ。


 ちなみに公営賭博の方は、今までのナインにかけて稼いだ分を全額ナインの勝利にかけている。


 私はナインの勝利を少しも疑っていなかった。


 きっとあの普段は微妙にヘタれている少年は、闘技場でちょっと見栄を張って、見てるこっちをはらはらさせながら、それでも最後には勝ってくれるのだ。


「ただいまー」


「あ、お帰りー」


 ナインが帰ってきた! ……あのエルフの女の人と一緒に。


 二人は今朝には仲直りしたらしく、今では気安く話し合っている。


 それにしても……わかっていたことだが、アルティリアさんは美人だ……美人過ぎる。


 しかもすらりと手足は長くて、無駄な肉は無いように見える。胸も一般にスレンダーと呼ばれるエルフにしては膨らんでいる。

 

 銀髪も凄く綺麗だ。


 私といえば……胸は大きいほうであると自負しているが、余計にお肉も多かったりする。

 

 ……いけない、どうにも比較対象が悪すぎる気がする。


 落ち込むだけ無駄だと考えた私は気分を入れ替えてナインに話しかけた。


「聞いたよナイン! とうとうランキング一位のアリエイルと戦うんだって?」


「ああ、耳が早いな」


「もう街中に広まってるよー。明日は闘技場もすごい人でにぎわうと思うよ!」


「ふーん、そっか」


 私にとっては凄く嬉しいことなのに、ナインはいつもどおりの平常運転だ。


 フロントのお母さんから預けていた部屋の鍵を受け取るナイン。


 そしてドラグツリーや壁の修理の件について報告していた。


 さすがナイン……凄く大変そうって話だったのに、もう目途をつけちゃうなんて。


 そんな風に感心していた私は、その後に続く言葉に、耳を疑った。


「……ハルノさん。俺たちは明後日にはここを発とうと思っています」


 ……えっ? 今彼は、なんて――


「ちょっとナイン!? ここを発つってどういうこと!!??」


 私はそれが信じられなくて、思わずナインに詰め寄った。


「いや、どうもこうも、明後日にフツノを出て行くから、その日の分のまでの精算とかしなきゃだろ?」


 えっ、何言ってるの? だって、ナインはファイターで……


「もう必要な分の金は稼いだし、まあ明日の戦いは最後の記念みたいなものかな」


 ナインはあっけらかんと言った。


 ナインにとって、ファイターであることは……いままで積み上げてきた戦跡や地位は、簡単に捨てられるものなの?


「う、うそ……私いやよ、ナインがファイターをやめるなんて……」


 私は狼狽して、もう何も考えられなくなる。


「おい、ヨシノどうした? 顔色悪いぞ?」


 ナインが私を案じて声をかける。でも今の私にはそれが妙に気に障った。

 

 私の気持ちなんて知りもせずに……!


「何よ、ナインのバカ!!」


「ヨ、ヨシノ!?」


 私はいてもたってもいられず、その場から逃げ出すように自分の部屋に駆け込んだ。


 それからナインが一度だけ部屋を訪ねに来たけど、私は彼に会うことをしなかった。


 私が勝手な想像を抱いていたことはわかっている。


 彼は、この宿を一時の宿り木にしているだけ。


 彼はいつかは出て行く人なんだ。


 でもそれはもっと先のことかと思っていた。


 だからそれまでに、私は、ナインに……って思っていたのに。

 

 明日はナインの最後の試合。

  

 だけど、今の私は、ナインのことを素直に応援する気持ちにはなれなかった。










~~~~~~

~~~~~~





「ナインはそれほどの剛の者だっていうのか、姉者?」


 現在殿堂入りしているオズマ・トナミ・ガードナーが姉のアリエイルからナインの話を聞いていた。


「ええ……間違いなく、私達が相手にしてきた誰よりも強い……ファーテールなんて、彼と比べたらまるで赤子よ」


「そんなにかよ……」


 オズマは心底驚いていた。あの勝気な姉がここまで実力を認める相手がいるとは。


 それは向こう見ずでいつも格上相手に勝負を挑み、そして勝利し続けてきた姉が、初めて見せる弱気な態度でもあった。


「恐らく私は明日負けるわ。もちろん、何もせずに終わるつもりはないけど……」


「おいおい、らしくないぜ、姉者」


「わかってる。でもね、ちょっと私自身驕っていたところがあったから、今度のは、いい経験になると思う。だけどね――」


 アリエイルは弟に微笑みかけた。


「オズマ。初代<刀神>すら越えたと評されるアンタの真の実力をぶつけるに足る相手よ。全力でやりなさい。そして、あわよくば、あのふざけた初代をぶっ飛ばすの」


 姉の言葉にオズマは、極めて危険な匂いを立たせる獰猛な笑みを浮かべて応えた。


「望むところじゃねえか……明日は、新しい伝説をこの俺が造ってやるぜ、姉者」










~~~~~~

~~~~~~


 


「ねえ、殿堂入りしている当代の<刀神>ってどんな人かしらね?」


 <九重>や防具の手入れをしている俺にアルティリアが聞いてきた。


「さーなー」


 ぶっちゃけあまり興味ないです。

 

「明日の対戦相手だし、カーナ様と同じパーティにいた人物の子孫なんでしょう? もうちょっと気になる素振りを見せてもいいんじゃない?」


 ぶーぶー不満を言うアルティリア。そりゃお前みたいな冒険・伝説のロマン好きはそうかもしれないけど――


「べっつにー、誰が相手でも、俺は俺のできることをするだけさ。さて、メンテおわりっと。ほらアティ。もう寝るぞ。ワクワクして夜更かしなんかして、その気になる子孫を見れないなんてことになったらいやだろ?」


「ふん、そんなことしませんよーだ。……おやすみ、コウ。明日はがんばりなさいよね」


 ほう、アルティリアが素直に俺に応援の言葉をかけるとは。


 最初に会ったころに比べたら、随分と態度が軟化したもんだ。


「ま、気楽にやるさ。おやすみ、アティ」



 こうして、俺たちの夜は更けていった。……そして。




 それぞれが、それぞれの思いを胸に。



 

 ファイター・ナインとしての、最後の戦いが始まる。







<続く>

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