第30話 樹殻棍<九重>
康太郎は、ドラグツリーと対峙する。
康太郎の体に影を落とし、人の体躯の何十倍はあろうかという巨大な姿に、康太郎は世界蛇・アンジェルと対峙した時のことを思い出す。
一度は自分を殺した相手、あの時は黒い怒りに身を焦がしながら戦ったものだが、今は思考と共に心も冷めている。
イビルツリーはアリエイルのスタイルを見て一撃必倒を真似てみたおかげで、こちらの消耗は無いに等しい。
樹殻棍「九重」もまったく折れることは無かった。
それも当然といえば当然の話。幾年月を経て成長進化した想樹の外殻は、康太郎の全力での存在超強化による攻撃にすら耐えうる、まさに世界の要を守護するに足るだけの頑強さを宿していたからだ。
棍という武器は、それ自身の殺傷力は金属製の刀剣類に及ばない。
しかし、樹殻棍「九重」については、使い手とセットでという条件はあるが、それも当てはまらない。
康太郎の全力に耐えうるというアドバンテージは、康太郎の持つ攻撃力を相手にダイレクトに与えられるということなのだ。
それは、この世界において屈指の打撃力を誇る<兵器>であることを意味している。
戦端を開いたのはドラグツリーだった。
長く伸びた首の先、擬似頭部にある口にも似た空洞から竜の息のごとく発射したのは、細く尖らせた、自らの枝である。
針千本とも言うべき密度で幾度も放たれるそれを、康太郎は受け止めることなく右に左に跳躍して避けた。
康太郎はドラグツリーの周りを走り、ドラグツリーの旋回速度を上回ったところで、背後をとった。
そのまま飛びかかって一撃を加えようとしたそのときである。
ドラグツリーの背中から、いくつもの枝が触手のように伸びて康太郎に襲い掛かった。
「ちっ」
康太郎は、その心憎い対処に舌を打ち、枝を迎撃しながら後退して距離をとる。
ドラグツリーは姿形は竜と似ているものの、その攻撃手段は、竜のそれよりも幾らか多彩であった。
竜種と異なるのは、自身の体を必要に応じて変化させて得られる汎用性だ。
元がイビルツリーの集合体であるドラグツリーは時に自らの体を変化させて、迎撃用の剣や盾をつくって対処してみせ、触手枝や枝ブレスによって相手を屠る。
元の材質は木ではあるが、その硬度はそんじょそこらの金属に劣るものではない。
(アンジェルには一枚二枚おちるが、それでもなかなかの芸達者だな)
康太郎はドラグツリーの、種が生き残らんとするために果たした進化とその意志の強さを賛美した。
しかし、これから自分はそんな懸命な命を散らすのだ。しかも生存競争でもなんでもなく、ただ、宿で破壊した調度品の弁償のために。
ドラグツリーにとってはさぞ業腹なことだろう。
だが、康太郎とて立ち止まれない理由はあったのだ。
(理力装填、存在超強化、最大稼動……!)
故に全力で臨むのだ。たとえ夢の中だろうが関係ない。康太郎はD世界に対し本気であろうと決めているのだから。
――九重流棍術。
全力で棍を振り回すのはこれが初めてだった。
今までの闘技場で得られた経験、その集大成を、まずはこの一撃にて体現しよう。
――無拍子・金剛!!
超速を越えて神速、音の壁を突破してさらにその上の領域へ加速。
無論、ドラグツリーは康太郎を知覚することすら儘ならない。
飛び上がり、<装填>によって淡く蒼の輝きを放つ<九重>をドラグツリーの擬似頭部正面から大上段で叩きつける!
「砕け散れぇ!!」
あまりの衝撃に頭部は砕け散り、金剛の一撃は、そのままドラグツリーの胴体にまで及ぶ。
結果、胴体の奥深くにある核まで破壊され、ドラグツリーは、その命を散らした。
残ったのは、首から縦に裂けて割れた死体だけだった。
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「ふう……」
俺は存在超強化を解いて、一息ついた。
対王種を想定して無拍子を使ってみたが、結果はこの通り。
格が違う相手に使えば、無拍子の本領を発揮するまでも無く、無残な死体が出来上がるようだ。
「おーい、終わったぞー」
遠巻きに俺の戦闘を見ていたアリエイルとアルティリアに俺は手を振って無事を知らせた。
「はは……」
アルティリアはどことなく乾いた笑みで小さく手を振り返した。
「…………」
しかしアリエイルは何故か、俺と視線が会うととっさに視線を外した。
あれ……? 俺何かしたか?
しかし、こんなでかいのどうやって持って帰ろう……ってそうか、アリエイルの転移があるじゃないか。
本当に便利すぎるだろう。なんか制約がないとチートにもほどがある。
そうと決まればアリエイルにお願いせねばと思い、俺は彼女に近づいていったのだが……
「お見事でした、ナイン殿」
「……はい?」
いきなりどうした。
アリエイルはいきなり地面に片膝をついたかと思うと、俺に向かって頭を下げたのだ。
「え、ちょ、なんだよ。アティ、ど、どういうこと?」
アルティリアに何事かとたずねてみたが、彼女も心当たりは無いのか首を横に振るだけだった。
「急にどうしちゃったの? いや、そんなことより、あのドラグツリーを持ち帰るのを協力して欲しいんだけど……」
「はっ、そうでしたね、私としたことが……」
急に敬語を使い出したアリエイルに俺たちは困惑するばかりだ。
しかし今優先すべきはドラグツリーの運送である。俺たちはドラグツリーの死体の下まで移動した。
「この裂け方……なんという」
アリエイルがドラグツリーの死体に触れて検分する。
「ではお手を、ナイン殿」
俺は片方の手をアルティリアにつないだまま、もう一方をアリエイルの差し出した手を握る。
「……っ、では転移します。ひとまずギルドへ。あそこの訓練場ならば、この巨体をいきなり転移させても混乱は少ないでしょう」
「諒解です」
こうして俺の<はじめてのもんすたーたいじ>は無事に達成されたのだった。
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訓練所に転移した俺たちは、丁度訓練施設を使用していた冒険者の驚きを買いながら、ひとまず、あの時の受付嬢へドラグツリーを置かせてもらえるように依頼した。
アリエイルの口添えもあって、数日間は置かせてもらえることになる。
椅子やテーブルを作るための分と、アリエイルへの分け前の分を除いて、あとはギルドに買い取ってもらうことになるだろうが。
一連の手続きを終えた後、俺はアリエイルに報酬の一部になっていた、俺の持ち金、4分の1を渡そうとしたのだが、
「いいえ、それを受け取るには及びません。ドラグツリーも結構です」
なんと、これをアリエイルは辞した。
もう流石に何がなんだか分からなくなった俺は、率直に聞いてみた。 態度も崩してみる。
「なあ、一体どうしたんだよ、アリエイル。急に態度変えすぎだろう、何があった?」
「いえ……私が愚かだったのです。ナイン殿がこれほどの武に通じていることにすら気づかず、上から目線で数々の無礼……誠に申し訳ございません」
そう言って、アリエイルは頭を下げた。
アリエイルはエクストラランクという冒険者のスターみたいな存在であるだけに人々の注目を集める。
その人物が、しかもギルドで頭を下げているなど、一体何事だと騒ぎになってもおかしくない。
そんな周りの視線が痛くって、たまらずアリエイルの肩をつかんで顔を上げさせた。
「あっ……」
近くで見るアリエイルの顔になぜか朱が差した。
ええええ? なにそれ? なんでそんなにしおらしくなってんの?
「受付の人ー! ちょっと話できる部屋貸して!」
「は、はい、わかりました! 奥の部屋にどうぞー!」
俺は俺のファンだという受付嬢に声をかけ、とりあえずこの場をどうにか切り抜けることにした。
「ふう……」
与えられた応接室の椅子に、とりあえず腰掛ける俺たち。
「で、いきなり態度を変えるとか何事? それだけならまだしも、報酬まで断るなんて」
「武芸に生きるものとして、格上のお方に対して敬いを持つのは当然のこと。ナイン殿の武威には感服致しました。報酬につきましても、今回私はただの案内役。あれだけの報酬は過分に過ぎるというものです」
うーむ、言いたいことは分かるんだが、この道案内が難易度高いわけで、実際冒険者のスターみたいな奴を雇う金としては安すぎるくらいではないかと思っていたし。
「まあ、理由は分かったけどさ。報酬は受け取ってくれよ。元々そういう約束だったんだから」
「ありがたいお言葉……感謝いたします」
座りながら、またアリエイルは頭を下げた。
本当にあの勝気な人物かと疑いたくなるような光景に俺とアルティリアは思わずため息をついた。
「じゃあ、分け前についてはギルドに預けておくから、また後日に取りに来てくれ。それじゃあ、今回はありがとうございました。行こう、アティ」
「待ってください、ナイン殿!」
俺とアルティリアは応接室を後にしようしたのだが、アリエイルが俺たちを呼び止めた。
「お話があるのです。これはナイン殿にしか頼めません。是非、私の願いを聞いていただきたいのです!」
ア、アリエイルが、DOGEZAした……!?
「え、どうしちゃったのこのひと!!」
「俺が知るか! と、とにかく頭を上げてくれーーー!」
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ギルドの人に注いでもらったお茶を一服し、俺たちは落ち着きを取り戻していた。
「ありがとうございます、ナイン殿」
なんていう力技だ。そりゃ、DOGEZAまでされたら、こっちも話を聞かないといけないじゃないか。
「それで、あんな拝み倒してまで頼みたいことって?」
「はい。ナイン殿もファイターですから、恐らく聞いたことがあるでしょう。<幻の殿堂入り>のことを」
俺は首を縦に振って肯定した。その話は以前、ファーテールから聞いたことがある。
「闘技場にて、その強さを認められたものの前に姿を現すという<幻の殿堂入り>……初代<刀神>」
「けど、それってただの伝承とか、噂話とか、そういう類のものだろう?」
「いいえ、この話は事実です。少なくとも私たち<刀神>の家系にはいずれ達成されるべき悲願として代々伝えられてきました」
「<刀神>の家系? ということは、貴女は<刀神>の子孫であるというの?」
アルティリアが俺よりも先に問いを投げかける。
アルティリアにとっては、憧れのカーディナリィとパーティを組んでいた人物だ。気にもなるのだろう。
「その通り。我がガードナー家は、<刀神>を祖に持つ、様々な種族の血を受け継ぐハイブリッド……私の場合は、獣人とエルフの血がそこそこに強く現れています」
ふーん、魔力をつかった居合いが得意だったのはそういうことなのかな。
「我々は一族は<刀神>より言い渡されました……いつか、この闘技場に極上の戦士をつれて来い。それは、お前たちでも誰でもよい。極上の戦士が闘技場に現れたとき、自分はまた姿を見せると」
なんだか尊大な物言いだなあ。生きる伝説を知る俺たちにとって、驕ることの無いカーナさんと比較すると、どうも刀神というのは鼻持ちならない男であるらしい。
「そう言い残して、彼は死んでいったそうです。それ以後子孫である私達は研鑽を重ね、闘技場でも頂点に君臨し続けました」
「でも結局<刀神>は現れていない……。結局、ただの死に際の戯言なんじゃないのか」
「ええ、我々も、そのように思っていました。しかし、それが事実である可能性が浮上したのです」
「可能性?」
「近年の調査で発覚したことですが……闘技場は、あれ自体が巨大な魔道具であることが判明したのです」
「あの闘技場が、魔道具?」
あんな巨大な構造物が? ある意味お約束だが……
「はい。構造の一つ一つを解析した結果、何らかの術式が込められていて、それは未だ発動の形跡がありませんでした」
巨大な魔法装置、術式……発動の形式がない。
「つまり、その魔道具の発動が<刀神>に関係することであると踏んだ、と」
アリエイルはうなずいて肯定した。
「元々、あの闘技場は建設に<刀神>が関わっています。となれば――」
「事実かもしれないってことか……」
伝説の武人が残した遺言、謎の魔法装置……繋がりは疑ってもいいな。だけど――
「話は分かったけどさ、それと俺となんの関係がある? いっとくが俺は<魔力無し>だぜ?」
この世界において魔力無しとはある種差別を受けかねない存在だ。まあ魔法一般が通じてる世界だからなあ。
「ナイン殿には私と……いえ、私たち姉弟と闘技場で戦っていただきたいのです」
「えっ?」
「<闘技場に極上の戦士を連れて来い>とは……闘技場にてそれにふさわしいものが武威を振るえということだと思っています。ランク1位の私と現在殿堂入りをしている我が弟は互いにあの場所で戦ったこともありますが、それでも何も起こらなかった。無意識に互いに手心を加えていた可能性は否定できませんが……。ですがナイン殿ほどの武威を持つ人間が全力で闘技場で戦えば、あるいは……」
魔道具が起動し、何かが起こるかもしれないと。
「確証はありません、しかし私はわずかな可能性でもあるならば、それに賭けたいのです」
真剣なまなざしで俺を射抜くアリエイル。
「一体どうして、そこまで?」
「強きこと、勝利することを至上にして私達は生きています。自らの強さに自信もあります。なのに、我らが祖先は一向に、その姿を見せない。それが悔しいのです。私達の武は、祖先にとって、相手をする価値がないと言われている気がして。ですから、どんな形でもいい。引きずり出して、私の全力の太刀を、老人にぶつけてやりたいのです」
話をしながら、拳を手が白く見えるほどに握りこんでいるアリエイル。
その想いの強さは相当なものだろう。
「でも、なんでわざわざ俺にこんな形で頼むんだ? ファイターなんだから、逆指名とかできるんじゃ?」
「ナイン殿の試合の伝聞を聞く限り、貴方は闘技場では本気を見せていない。それでは意味がありませんし、逆指名とはそうそう行うものではありません。序列が上の者が、下の者を指名するなど、格下をいじめるに等しいですからね。私はそんな真似はしたくありません。そういう意味でファーテールは随分と大胆なことをしたものです」
なるほど。弱いもの虐めはかっこ悪いよなあ。
「話はわかった。アリエイルの想いの強さも理解できる」
「では、我々と本気で戦っていただけるんですね!?」
喜色を示したアリエイルに俺は―――
「丁重にお断りします」
きっぱりと拒否の意を示した。
<続く>
用語解説
樹殻棍<九重>
棍としては間違いなく世界最強、絶対不壊の棒切れ。
棍なので、それそのものの攻撃力は大したことはないが、康太郎の全力に耐えられるため、康太郎が装備する限り世界屈指の打撃力を持つ兵器と化す。さらに<装填>で威力を底上げできるというオマケつき。
また棍という性質上、非常に柔軟な戦術を取ることが可能。まさに康太郎の相<棒>にふさわしいだけのスペックを持つ。
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