第29話 初めての
D世界を見始めて早2ヶ月。
黒歴史ファイル改めDファイルに挟む新しいページも随分と増えた。
例えば図書室等で得られた格闘技術を存在超強化前提の捏造技体系<九重流・無拍子>に組み込んで見たり、冒険に役に立ちそうな各種雑学を書き込み、それを寝る前に読んでD世界に行った直後に存在超強化で記憶に焼き付けてみたり……。
さて、2ヶ月もD世界で過ごしておきながら、実はお約束とも言うべきお約束を俺は未だ、一度も経験していない。
それは、いわゆるモンスターハント、魔物の討伐である。
え? フツノに移動するまでの間に討伐はしなかったのかって?
無いんだなーこれが。フツノまでの移動は、隔世遺伝した魔族の王族にならって、自前の足による疾走だ。森の中だろうが荒野だろうが存在超強化を使った俺に走れない道はない。
だから、たとえ道中モンスターが進路上にいたとしても、俺はそいつらよりも早く動くことが出来るから、いつもそいつらの鼻っ面を横切っていた。コマンド「にげる」が100%で成功していた。
ついでに言うと盗賊に襲われる商隊と遭遇なんて王道イベントにも縁がなかった。
ま、商人との縁とかいらないし、そもそも自分のことだけで手一杯だし、実際にはヒーローのごとく助けがやってくるのは極めて稀だ。
商隊の皆様にはご愁傷様とだけ言っておこう。
故に対モンスターにおける俺の戦闘力というのは未知数なのだ。
対人と対モンスターとではその戦い方や有効手段が大きく異なる。
対人戦の経験は闘技場で相当数積んだが、モンスターについてはからっきし。
世界蛇・アンジェルという規格外との経験はあるが、それで驕れるほど、俺は大した奴ではない。
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「おはようございます。アリエイルさん」
「おはようナイン君、準備は万全のようね……っと、そちらの彼女は?」
D世界早朝、俺とアルティリアの二人はエクストラランク冒険者、アリエイルと合流した。
アリエイルは流石に昨日のようなラフな格好ではないが、やはり軽装備だ。プレストアーマーに具足に剣。恐らく、そのやや沿った形状を見るに、剣の方はもしかすると刀かもしれない。
「ああ、一応、俺の相棒です」
「……一応って何よ」
「まだまだ相棒って胸を張って言えるレベルでもないだろ?」
「そんなこと――」
「ふうん。痴話喧嘩する程度には仲がいいのね。ま、邪魔にならなければ何でもいいわ。さ、二人とも、私に掴まって。転移でフツノに近い森へ移動するわよ」
差し出されたアリエイルの手を掴み、俺たちは転移する。
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目を開ければ、そこは既に森の中。
転移って凄いな。ほんのわずかな体感時間で多くの距離を稼げるのだから。
ただ、これ絶対運動不足になるな……。ま、使えない魔法に思いを馳せてもしょうがない。
「イビルツリーは通常は普通の木となんら変わりないの。その擬態レベルは魔力の質にまで及ぶ」
歩きながらアリエイルは解説する。俺とアルティリアはとりあえず、彼女に追随するだけである。
「故に彼らを刺激するアクションをとって揺さぶりをかけて、イビルツリーの反応を探るのよ。群生にもそれぞれ特徴があって、臆病だったり好戦的だったり様々だから、微妙な魔力波長の違いに注意しないといけない」
「刺激するアクションっていうのは、何をするんです?」
「無論、戦闘よ」
アリエイルが懐から黒い液体をとりだし、抜いた刀に振り掛けていく。
液は滴り落ちることなく、刀身を黒いコーティングを施されたようだ。
「これは、魔物寄せの呪が込められた魔道具よ。一定時間、この刀に吸い寄せられて、この森の魔物が相当数やってくるわ」
なんだって? 俺は存在超強化で感覚の感度を上げてみる。
――グルルルゥ……
いる。もう既に効果は現れているのか、すでに両の指で数えられないほどの気配を感じる。
「筋道はつけてあげるって約束だからね、当然、このモンスターどもは私が相手をするから、何もしなくていいわ」
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そこからは、まさにアリエイルの独壇場と言っていい。
魔力を込めたであろう居合い抜きの一刀で、狼型モンスター数匹を纏めて両断。続くオーガ、サイクロプスといった人型モンスターの大振りの一撃を紙一重ですり抜けて、これらもやはり居合い一閃で切り捨てる。
やってくる魔物たちは、当然、前方だけではない。四方八方、360度、時には上空からもやってくる。
しかし、アリエイルはそれらも苦にせず、筋道を立てるという約束を律儀に果たす。
カーディナリィも使用していた短距離転移を用いて、康太郎たちに近づいてきた魔物たちを瞬く間に一刀の下に切り捨てる。
康太郎は、まるで演舞を見ているような気分であった。
ファーテールの手数を重視した実戦剣術とはまた異なる、一刀に裂帛の気合を込めて放つ抜刀、そして納刀までの一連の流れは、古来より受け継がれた伝統芸能さながらの美しさを誇る。
「流れが変わったわね……移動するわよ」
走り出すアリエイルに追従する康太郎とアルティリア。
康太郎がアリエイルの技巧に感心する一方、そんな康太郎を見ているアルティリアは、その感心の仕方に疑問を禁じえない。
確かにアリエイルの技量はすばらしい。そしてまだ、本領を発揮していないというのもわかる。だが、康太郎ほどの心の揺れは無かった。
なぜなら彼女は知っているからだ。技量など些事であると思わせる超越者の姿を。
無論それは、そこで感心している康太郎のことであった。
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森の中を駆け回り、数時間後。
「近いわね。ここまでくれば、あなたたちも違いが分かるんじゃないかしら」
言われ、最初に反応を示したのはアルティリアだ。
口元に手を当てて吐き気を抑え込むものの、仕舞いには康太郎の方に少しだけ寄りかかった。
「空気がよどんでるわね……それに魔力の質がさっきまでとは違う」
「なんとか引き当てられたわね。運がいいわよ、あなたたち。今回の群生は、割と好戦的みたい……それが意味するところは、群生の中でも上位、攻撃の苛烈さは普通よりも強いと思っていいわね」
アリエイルが抜刀の構えを取る。
「飛炎、絶刀!」
気合を乗せた声と共に、刀が抜き放たれる。
同時、高密度の炎が刀の軌跡そのままに顕現し、そのまま凄まじい速さで木々に向かっていく。
炎に飲み込まれる木から、曇った声にも似た振動が生まれたかと思えば、根が地面を盛り上げ、固い枝が伸びてうごめく。
そんな木が次々と生まれていく。
「これがイビルツリーか……」
植物型モンスター、イビルツリー。
見た目にはただの木。動き始めても見た目はただの木でしかないが、大地の理力を吸い上げ、瘴気によって変質したその体は、通常の木の堅さとは一線を画する。
そして擬態に騙された旅人を襲い、その血を吸い上げて養分とすることから、吸血樹とも呼ばれている。
「それじゃあ、ここからは俺の役回りだな」
康太郎は背負った樹殻棍「九重」を手に取り、構えた。
「いいの? ドラグツリーを出現させるところまでは、私がやってあげる話だったけれど」
アリエイルは、交わされた約束はきっちりと守る性分である。
仮にそれが自分の負担が減るようなことでも、それは彼女の流儀に反することである。
「いいんだ。俺、魔物とまともに戦ったこと無いから,どうせだから経験を積んでおきたい」
平時であれば、アリエイルはその申し出を却下していた。
しかし、今回の依頼は、康太郎の実力を見定めることが思惑としてあったがため、
「わかった、ドラグツリー込みだと、Aランク冒険者でも効かないんだけど、自信があるならやって見るといいわ」
ドラグツリーは、この群生の相手をしてからの戦いとなる。
つまり、只でさえ手ごわい高ランクのレアモンスターを消耗した状態で戦わねばならない。
今回、アリエイルは康太郎とドラグツリーとの戦いを条件に依頼を受けているが、無論、最悪康太郎がドラグツリーに命を脅かされるようなことがあれば、助ける心積もりはあった。
依頼を達成できないことはエクストラランカーの名折れであるし、まして、依頼人を死なせるなど、もってのほかなのだ。
(さて、せいぜい見極めさせてもらうわ、ナイン。私達姉弟と戦うに値する存在であるかどうかをね)
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「アティ」
康太郎は、いざこれからというときにアルティリアに声をかけた。
「なに? 私も手伝ったほうがいいかしら?」
アルティリアは腰に挿した細剣に手をかけた。それは、カーディナリィに餞別として与えられた一振りである。
切れ味はもとより魔力増幅器としても使用可能な、イビルツリーであっても十二分に通用する業物だ。
「必要ない。それより、よく見ておいてくれ。俺の相棒をやるってのは、これくらいのことは出来て欲しいってことを」
康太郎は、アルティリアを相棒と認めた。だがそれは同時にアルティリアに、自信と同等か、それ以上の成長を求めることでもある。
自分の戦いを見て、彼女が萎縮するようなことがあれば、やはり連れて行くにふさわしくない。
康太郎の道先は、今後、ドラグツリーなど比較にならないほどの激戦や困難が待ち受けているのは想像に難くないからだ。
逆にそれでもなお、という気骨を見せてくれるのならば嬉しい限り。
旅は一人よりも二人、思いを共有できる仲間がいるのなら、そのほうが楽しいに決まっているのだから。
孤高であることは辛いであろうなと、一人の少女を思いながら、そんな風に康太郎は考えた。
(さて、行くぞイビルツリーども。俺はお前たちを踏み越えて、この道の先を行く)
康太郎の固有秩序が発動し、彼の存在感が一気に増大する。
康太郎は湧き上がる全能感にほんの少しの快感を覚えながら、イビルツリーの群れに突撃した。
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アリエイルは、己を恥じた。
彼――ナインを見定めるなどと。彼は自分達のいる領域とはまったく別の次元に立っている。
ああ、恥ずかしい、おこがましい、愚かしい。
これほどの実力、何故見抜けなかった。
イビルツリーが触手の様に伸ばしてきた硬質の枝をナインは棍の一振りで払いのけ、がら空きの胴体に棍を一振り叩きつける。
アリエイルには最初は分からなかった。そんな何の変哲も無い、
ただの棒にも等しい棍で、イビルツリーの強靭な胴体に傷などつけられるはずも無く、逆に折れてしまうだろうと。
だが、実際にはその逆!!
「はぁっ!」
棍は、イビルツリーの太い胴体を叩き折ってしまったのだ。
力任せにも限度があろう。エクストラランカーのなかにも人知を超えた膂力の持ち主はいるだろう。
だが、それでもイビルツリーのような相手であれば、最低でも斧のような道具は必要である。
しかしナインは、それを棍で果たしてしまった。
続けて近場にいるイビルツリーを今度は拳の一撃で粉砕する。
その後も棍の一撃で、拳で、蹴りで、イビルツリーを次々と薙ぎ倒して行く。
一撃必倒は、自信のスタイルとも通じるところがあるが、ナインと自分では、その質はまったく異なっていた。
そのあまりの規格外ぶりにイビルツリーにも困惑と恐怖の色が見えた。
いや、それは正確ではない。イビルツリーは、見た目には頑丈な木でしかない。
だがこの時のアリエイルには、まさしくそのように見えたのだ。
故にイビルツリーたちの取るべき方法は一つ。この男は数に物をいわせてどうにかなる存在ではない。
力を結集し、種の総力を持って立ち向かうべきだと。
イビルツリーたちの動きが変化し、木同士が枝を触手のように伸ばして絡まり、集まり、巨大な塊となっていく。
そして塊は黒い光を放つと、その姿を竜の姿へと変化させた。
高圧縮された体は、竜の体のごとく強靭。炎への耐性も手に入れた上、その巨体の奥深くに眠る核を滅ぼされない限り、無限に体を増殖し、修復してしまう。
それが高ランクレアモンスター、ドラグツリーだ。
エクストラランクの自分でも、これを屠るにはなかなか骨を折る。
では、一体、この少年の場合はどうなのか?
その答えはすぐに示されることになる――。
<続く>
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