第26話 友達
活動報告も更新しております。
作品に関するお知らせなどもありますので、時々でいいので、ご覧ください。
図書準備室にやってきた俺は、奥の、より人目につかないところまで移動する。
そこには窓があり、放課後のこの時間は南向きの窓からは丁度、陽の光が入り込んでいる。
カーテンはすでに閉じられているため、外からこちらの姿は確認することは出来ない。
折りたたみのパイプ椅子を展開し、家から持ってきたライトノベルの新刊を読みふけるというのが、最近考え付いた俺の放課後の過ごし方の一つになっている。
我が高校は公立ゆえの資金不足のためか、各教室への空調設備は、設置されていない。
そんな公立高校の中にも実は空調が効いているいくつかの例外が存在する。多目的教室、職員室、進路相談室、図書室、図書準備室等である。
今の俺は図書準備室を、私物化同然にしているわけだが、準備室は出入りが少ない上に、俺は図書委員でもあるので、たまに出入りすることは別段おかしくもない。
この夏の季節に空調の効いた邪魔の入らない静かな空間というのはなかなか貴重だ。俺ってば隠れオタクなので、あまり大っぴらにライトノベルを読んでいるのは不味いのだ。しかも電気代は学校持ちだし! 親にも怒られません!
ちなみに今のところ、佐伯にもこの場所はバレていない。
そんなわけで読書タイムとしゃれ込んでいたら、ドアの開く音がした。
残念ながら図書準備室の奥の位置では入口が見えない。
しかし、こんな奥まで入ってくる人はあまりいないだろうし、いたところで、図書委員でもある俺に咎める奴はいないだろう。
とかなんとか思っていたら、どうやら相手はまっすぐにこちらに向かってきているらしい。
まさか佐伯かと若干身を固くする俺だったが、その姿が目に入った時にそれが勘違いであるとすぐに分かった。
「九重」
「やあ、穂波さんじゃない」
偶然っぽく言うなよ、俺。ある種の期待はあったくせに。
入学以来の学年成績不動の1位、謎の綺麗系美人さん、穂波さんこと<ほなみん>、図書準備室に華麗に降臨――!
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「あ、よかったらそこ座って」
俺はあらかじめ展開していたパイプ椅子を指し示し、彼女は黙って俺の言葉に従って座った。
そしてカバンを開けて中から文庫本二冊を取り出した。
ただし、それは文庫本としては、やけに分厚いもので。
「これ、返す。<赤道線下の十二支>の1の上巻と下巻」
ぐへへへへ、洗脳成功! と高らかに勝利宣言してみる。
穂波さんには以前、山下捻先生の<村>シリーズというライトノベルを薦めていたのだが、ついこの前、丁度テスト1週間前くらいに図書室にある<村>シリーズを読破したのだ。
これは穂波さんが少なくとも山下捻先生作品については理解を示したことによるものだ。
そして更なる布教……もとい、読破記念に山下捻先生の新作シリーズ<赤道線下の十二支>を俺の蔵書から貸していたのだ。 しかし、テスト明けの今日に返してくるとは……。
「もう全部読んだの? これ、ページ数もかなり多いのに」
上・下巻込みで1300ページを越える大作だ。
普通のライトノベルが300ページ前後であることを考えればおよそ4倍以上。ライトノベルがいかに読みやすく、早く読めるとしても結構な分量のはずだ。
「テスト週間で早く帰れたし、図書委員の仕事も休みだったし」
その発言、どうやら一夜漬け等の無駄な足掻きとはまったく無縁な種類の人のようです。
まあかく言う俺も、早く帰れた時間を利用して、思いっきり趣味に走って遊んでいたわけだが。
親を納得させるだけの成績が取れればいいので、一夜漬けなどする必要もないのは、立場は違えど俺も同じだった。
「これ、続きはある?」
続きを催促された、ということは少なくともそれなりに以上の評価は得たということだな。
「ああ、あるよ。今度持ってくるよ」
「……ありがとう、九重」
はい、本日の<ありがとう>頂きましたぁ!!
いつもながら、この綺麗系美人の微笑+ありがとうは破壊力抜群だぜ。
だからだろうか、つい油断をしてしまっていて、
「いやあ、それにしてもよかったよ」
「……何?」
ああ、やべ、ついに声に出してしまったようだ。
でもまあ、誤魔化すことでもないかな?
俺は前々から思っていたことを口にした。
「穂波さんが、俺の薦めたものに興味を持って読んでくれることがさ」
俺の発言に、穂波さんは小首をかしげる。
「そうなの?」
「そりゃあね、好みかどうかも分からない物を薦めてみるのって、結構勇気がいるんだよ。最終的にその人の趣味に合わなかったりすると、あんまり面白くないって評価になっちゃうし、それだと紹介のし甲斐がないだろ? 紹介するからには、やっぱり面白いって思われたい。楽しいものは共有したいじゃないか」
「ふうん……そう」
彼女は俺の言葉に、なんとも判別のつかない返しをする。
「…………」
「…………」
なぜだか、会話が続かなくなってしまった。
あれ? 俺はそんなに変なことを言ったのだろうか。
まずいなと、俺は思った。
最近、彼女とはそれなりに会話が弾むようになった。少なくとも俺はそう思っている。
オタク趣味の延長でのつながりだが、彼女と話題を共有し、会話を重ねることは俺にとっては楽しみの一つになってきているのだ。
だというのに、この沈黙。
会話を途切れさせるのはもったいないと感じてしまうのだ。
だから、苦し紛れでもいいから――
「穂波さんは! ……さ」
「っ! な、なに……?」
おおう、衝動に駆られて呼びかけたから、上ずった大きな声を出してびっくりさせてしまったな。
「が、学校は好き?」
「え……?」
やっちまったああああああああああ!
お前は何処の学園ドラマ系アニメの登場人物だ。現実と妄想の区別をつけれない奴はオタクをやっちゃいけないという持論(というか常識)の俺が、よもやこの手のセリフを素面で吐いてしまうとは。
だが、事実その思いは、疑問はどこかでは思っていたことだった。
不動の成績1位。普段読んでいる本は明らかに高校生が読むにしては教養レベルが高すぎる彼女。
そう、彼女は明らかにこの学校と学力レベルがつりあっていないのだ。
彼女ほどの人物ならば特別教育プログラムみたいな、いわゆる<ギフテッド>と呼ばれる幼いながらにIQの高い子供の留学制度なんかを利用して飛び級を果たして学位をいくつも取得ーー! 何てことも可能なはずなのだ。
超然とするはずだ、友達が居ないはずだ。
だって彼女は、俺達とは立っている次元が違うといっても過言ではないのだから。
ほんの少しでも彼女と接した他人の俺でもこう思うのだ。
ならば、本人は一体どんな気持ちでいるというのか。
だから、知りたいと思ったのだ。その理由を。
そして彼女の口から明かされた答えは――
「学校は、す――」
「康太郎君!」
闖入者によって阻まれた。
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~~~~~~
準備室の扉が開かれると同時、俺を呼ぶ声。
この学校で、俺のことを康太郎と呼ぶのは、唯一人のみ。
そいつは準備室の奥までやってきて、俺を視界に捉えて、にっこりと微笑んだ。
「探しましたわ、康太郎君」
くそ、よりにもよってお前か、佐伯 水鳥……!
「え~っとゴメン、穂波さん、もう一度言い直してくれないかな?」
「無視しないでください!」
ちっ、俺と穂波さんの語らいを邪魔するとは、なんて不逞な奴。
俺は椅子から立ち上がった。
「何しに来た、佐伯」
「康太郎君と一緒に帰ろうと思いまして」
「俺がとっくに帰ったものだと思わなかったのか?」
「下駄箱にはまだ康太郎君の靴が残っていましたので」
コノヤロウ、中を開けて見やがったのか。
「ふうん、貴女が穂波 紫織子さんですか」
俺から視界を外し、一転して冷め切った視線と声で佐伯は穂波さんを捉えた。
コイツ、こんな雰囲気も出せるのか?
「貴女には、一度きっちりと言い渡さなければならないと思っていました」
「……何、貴女」
なにやら因縁めいたものをつけようとしている佐伯に、不信を隠さない穂波さん。
それもそうだ、彼女にとってはまったくの他人であるはずの佐伯から、会った早々に敵意を向けられているのだから。
「おい佐伯、いきなりなんだ。彼女が何をしたってんだ」
佐伯がやってきただけで、さっきまでの穏やかな空気は霧散し剣呑な流れになっている。
畜生、なんなんだよ、お前……!
「康太郎君、少しだけ口を挟まないでもらえますか?」
「そんなわけいくか。穂波さんは俺の友達だ。その友達に向かって敵意丸出しの奴を、放って置けるか」
どさくさ紛れに俺は彼女の友達であると明言してしまう。
穂波さんにとっては俺は有象無象の一人かもしれないが、俺にとっては彼女はいまや、大切に思っている友人の一人で、そして――
「いい、九重。話があるなら、聞く」
穂波さんは立ち上がり、俺を制した。
「聞き分けがよくて、よろしいことです。ではいわせてもらいますけど――」
「今後、康太郎君に近づかないでください」
~~~~~~
~~~~~~
エ……? マジ、コイツ、アタマ、オカシインジャネエノ?
「なんで」
穂波さんは表情を変えず、ただ端的に疑問を言葉にした。
「何で、ですって?」
対する佐伯が、徐々に怒りの色がにじみ出るかのようだった。
普段のお嬢様然とした佐伯からはとても考えられない変化だ。
「決まっているでしょう、貴女がいると、康太郎君が歪むのです」
そうして、佐伯は自らの勝手な考えを吐き出し始める。
「康太郎君が貴女みたいな得体の知れないひとに執着を抱くなんてあってはいけないことよ。九重君の真価を知る私には、ソレが我慢ならないのよ。康太郎君の傍に居るのはこの私、康太郎君を輝かせるのは私、康太郎君を支えるのは私、康太郎君の心の向き先は私。いつか社会に台頭し、世を導く側に立つであろう康太郎君は、貴女みたいな奇異な存在なんかに心奪われる、凡庸な人間に捻じ曲げられてしまってはいけないのよ、わかる?」
俺の考えは当たっていた。いや、佐伯は予想を超えて遥かに斜め上の存在だった。
佐伯、お前の中で、俺は一体どんな化け物に見えているんだ?
俺はただの、いつも伸ばした手が届くことがない、器用貧乏が関の山の一般人だ。
他人から見れば、しょうもない出来事がトラウマになっているただのヘタレだ。
たまたま見るようになった明晰夢にD世界になんて名付けて、中二病を再発させていい気分に浸っている痛い奴なんだ。
こいつ、本当にどうにかしないといけない。
そう思い、何かを言わなければと口を開こうとしたそのとき。
「分からないわ、貴女の言っていることは、何一つ」
穂波さんの涼やかな声が、俺と佐伯を貫いた。
「九重に近づくな? 私といると九重が歪む? 九重の真価を知っているですって? 冗談。貴女は――オマエは、何もわかっちゃいない」
初めて聞いた。穂波さんの、攻撃性を持った、熱を持った声を。
「なん、ですって」
佐伯から、表情が消えた。顔色が無くなった。
俺のことを調べたくらいだ。穂波さんのことも事前に調査はしていたのだろう。
であるならば、この反撃は、まったくの予想外であるはずだ。
故に意表を突かれる。思わぬしっぺ返しを喰らうのだ。
「九重が私なんかで歪むはずがない。九重は私やオマエの存在なんて関係なく、いつかどこかで必ずちゃんと芽吹くことの出来る人間。 だいたい、九重と会うことについて他人にとやかく言われる筋合いはないし、九重の隣に誰が居て、誰が支えるかなど、私やオマエが決める領分でもない。それは九重が、彼の自由意志で求めて、応えた人間のみに与えられる場所なんだから」
端的に言葉を発することが多い穂波さんが饒舌に語る。
それは佐伯にとって、そして俺にとっても衝撃的な話だ。
にしても、俺は彼女からも佐伯みたいなぶっ飛んだ方向ではないとはいえ、過分な評価を貰っているのだなと思う。
「だから、私と彼の自由意志が求め、応える限り、私は九重と会うことをやめない」
佐伯にきっぱりと自らの意思を表明する穂波さん。
それは佐伯にとっては、痛烈すぎる対立する意思の表明だ。
「言わせておけば……! 康太郎君は私の――」
「そこまでだ」
俺は穂波さんを背にして二人の間に割って入った。これ以上は恐らく不毛でしかない。
「康太郎君」
「九重」
二人の呼ぶ声が重なった。
「佐伯、今日のところはこれで退いてくれ。とりあえず、穂波さんに言うべきことはもう言っただろう?」
「……わかりました、康太郎君が言うのでしたら」
あくまでしぶしぶ、といった風だが、とりあえず佐伯は退いた。
俺は後ろに振り返って穂波さんに言う。
「ごめんね、穂波さん。なんか妙なことになっちゃって」
「別に。気にしてない」
いつもの淡々とした口調。既に冷静になった穂波さんを見て俺は胸をなでおろした。
「さて、佐伯、とりあえず今日はお前一人で帰れ」
「今日はって、そんなことを言っていつも一緒に帰ってくださらないじゃないですか~」
佐伯もクールダウンしたのか、いつもの俺に見せるゴーイングマイウェイを思わせる甘えを見せる。
「約束しよう、いつか必ず、俺は佐伯と一緒に下校する。だから、とりあえず、今日は帰れ」
俺の言葉に佐伯は喜色満面な反応を見せた。
「本当ですか!?」
「本当本当」
ただし、そのときが、最初で最後だけどな。
佐伯はちらりと穂波さんを一瞥して、すぐに俺に視線を戻し、
「分かりました、それではごきげんよう、康太郎君。また明日」
あくまで俺に対してのみの別れの挨拶をして、佐伯は準備室を後にした。
俺は修羅場っぽいものをなんとかクリアできたらしい。
「本当にゴメンね」
「別に。九重に変な人間が惹かれるのなんて、不思議でもないし」
「それ、酷くない?」
「そうでもない。九重は自分のことをもっとちゃんと知るべき」
ぐへえ。彼女に言われたのでは、どうも言い返せる気がしないから不思議だ。
「はぁ、なんかここで読む気も失せたな。今日はもう帰るか」
俺は荷物を片付け、パイプ椅子を元の位置に戻す。
「穂波さん、途中まで一緒に帰えらない?」
それは、恐らく断られるだろうなあ、と思っていってみた一言だった。けれど、
「うん」
意外なことに、肯定で返ってきた。
~~~~~~
~~~~~~
穂波さんと二人、並んで歩く帰り道。
特に会話も無く、けれど、俺はそれでも心地よかった。
それぞれの帰路の分岐点にまで来て分かれることになったのだが。
「じゃあね、穂波さん」
「ねえ、九重」
「何?」
「私って、九重の友達?」
そういえば、俺、そんなことを言ってたよね。
「えっと、うん、俺は、そう思ってるんだけど」
ちょっとどぎまぎしながら、それでも彼女の言葉に俺はうなずいた。
彼女は口元に指を添えて、少しだけ考える素振りを見せて、
「うん……うん、友達、だね。私と、九重は。……それじゃあ、また」
それだけ言って、彼女は去っていった。
俺はうまく事態が飲み込めていなかったけど……ただ、これだけは確定したのだ。
俺と、穂波さんは友達なんだ。
<続く>
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