第24話 衝動のままに
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逃走!
それは読んで字のごとく走って逃げるということ!
しかし!
それは弱肉強食の世界で弱者が取りうる立派な戦闘方法! 戦略的撤退は敗北を意味するものではない!
故に!
今この場で逃げるのはただ目の前にいるアルティリアからの逃避ではないのだ!
ただちょっと考える時間がほしいだけなのだ!
俺は存在超強化を臨界点へ叩き込む。
全身の動きを制御、最高速で動けるように最適に連動。
俺の認識する遅延する時間の中を、一瞬で駆け抜けるための技術。
ノーモーションの静止状態からでさえMAXのパワー・スピードを実現しうる、俺の技体系。
――それが、無拍子だ。
俺は後ろ(進路上)に誰も居ないことを確認し、無拍子を発動。
後ろ向きに背中から体当たりをする格好で食堂の壁をぶち抜き、俺は逃走に成功した。
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あ、あの御馬鹿……!
ようやく見つけたと思ったら力と技術を無駄使いしていきなり逃げ出すなんて!!
大体なによ、人の姿を見て逃げ出すなんて。
第一、アイツは私の目的を知っているの?
――トントン。
呆れと怒りで思考が深化しそうになる前に、肩をつつかれた。
振り返ってみると、笑顔の男性が一人、一枚の紙を突きつけてきた。
――請求書……?
「ちょ、ちょっと待ってよ。壊したのはコウじゃないのよ! 私は関係ない――」
私が反論しようとすると男は凄い迫力で睨みを利かせてきた。
「うっ……」
世間の世知辛さというものを知った今の私は、こうした理不尽があることも知っている。それに対処するには毅然とした対応が必要であるということも学んだ。
「コホン! コウを探してくるわ。元々アイツのせいなんだし、私も用があるのだし」
私はそれだけ言って食堂を後にして、コウを探さしに行こうとするのだが。
「待って。どうせナインはここに帰ってくるわよ。荷物はうちの部屋にあるのだし」
呼び止めたのは碧の髪を頭の後ろで一本に結った少女だ。
ナインというのはコウの偽名だ。どうもアイツはこのフツノではそんな偽名で通しているらしい。
「下手に探しまわるより、ここで待っていたほうが賢明よ。フツノってかなり広いし」
確かにそうだ。コウを見つけることが出来たのは、闘技場における今日の対戦が大々的に宣伝されていたからで、宿の位置もフツノで有名になりつつあったからこそ、聞き出すことができたからだ。
「……分かった、ここで待たせてもらっていいかしら」
「いいけど、ご飯食べていってよね。お客でもない相手に席を設けるわけにもいかないから」
少女が商売人として抜け目無いことを言う。もっともなことだと今の私は思えるので素直に従うことにする。
「分かっているわ。丁度ご飯時だものね。お勧めを適当に出してもらえるかしら。あとそれに合うお酒も一緒にね」
「かしこまりました。お父さん、オーダー入ったよ、今日のお勧めよろしくね」
少女がそう言ったのは、先ほど請求書を突きつけてきた男だ。彼が彼女の父親であり、この食堂を取り仕切る主らしい。
とりあえずこのまま立っていてもしょうがないので空いているテーブル席に座ることにした。
「ねえ、時間があるならちょっと私とお話しない?」
同じテーブルに相席し話しかけてきたのは先ほどの碧の髪の少女だ。
「ナイン……貴方がコウって読んでたあの人のことについて、ね」
少女の顔は笑顔だが、目には力が篭っていて真剣なまなざしだった。
どうも少女はコウとはそれなりに親しいらしい。それで昔のアイツのことが気になる……と。
こちらとしても丁度いい、私の目から逃れたアイツが一体何をやっていたのか聞かせてもらうとしよう。
「いいわよ。その代わり、こっちもあのバカについて色々聞かせてもらうわよ」
「うん。それくらいいいよ。私はヨシノ・クルス。ヨシノでいいわ。貴女はえっと……」
「アルティリアよ。姓名は特に無いわ」
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着の身のまま繁華街にまで足を伸ばした俺は、少々憂鬱な気持ちなっていた。
なんだってD世界でも追いかけられなければいけないんだ? アルティリアはなんで現れた? 明らかに俺を目的に動いていたようだったが。
「やあ、ナインじゃないか」
道行く俺に声をかけてきたのは、ついさっきまで戦っていた男。<光輝の獅子>の二つ名をもつ、イケメン、ファーテールだった。
今は豪奢な鎧を脱いで、ゆったり目の白いシャツを着ていた。ただし、それもどことなく高級品を思わせるものだが。
それにしてもなんというイケメンオーラだ。さっきまで死闘を繰り広げていた相手に接する態度とは思えない爽やかさだ。
「あー、どうもっす。ファーテール……さん」
「ははは、何を畏まっているのだ。私を倒したんだ、もっと堂々としてほしいな」
そう言われてもな。こちとら試合だからああして不遜に挑発もしたが、本来は年上で人当たりもいい彼は俺の知る、尊敬に値するタイプと良く似ているのだ。下手にもなる。
「そうだ、これから時間はあるか?」
「え? まあ、暇といえば暇だけど……」
「ではこれから食事でも一緒にどうだろうか? 対戦のときに約束しただろう、試合が終われば話してくれると」
売り言葉に買い言葉でそんな会話をした気もするが、それを本気にするなんて。ネオロマンスの強引年上系イケメンはこれだから。
「あーすみません、いま、実は手持ちが無くて――」
事実だ。さっきアルティリアから無拍子を使って逃げてきたが、ポケットの中には軽いものを食べ歩きする程度の小銭しか入っていなかった。
「それならば気にする必要はない。元々私が誘ったのだ、食事代は私が払うよ」
やんわり断っていることに気づいてほしいかなあ、もう! しかし、アルティリアのせいで食いっぱぐれになっていたし、おごりというのならここは素直に従っておくべきか。
変な報復してきたら、今度は全力でぶちのめすだけだし。
「えっと、じゃあ、すいません。ご馳走になります」
俺はぺこりと頭を下げた。ファーテールは一つ頷いて、
「うむ、私の行き着けの店があるからそこに行こう。しかしナイン、君は本当に試合のときとは別人だなあ、はっはっは」
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そうして、ファーテールにつれてこられたレストランは、繁華街でも1.2を争う高級店だった。
しかも通されたのは、V.I.P用と思しき豪奢なつくりの個室だった。
いや、ちょっとまて、こんな一般人丸出しの格好でこんな高級店に入るとか許されるのか?
「なに、ここはファイターの街だ。必要最低限の礼節と料理に見合う代金があれば問題ない。付け加えるなら君はファイターの中でもトップランカーだ。その君を拒む門は存在しないさ。むしろ箔がつくくらいで、店としては嬉しい限りだろうさ」
とのことなので、それ以上は言わなかった。
こんなの現実でも経験はないというのに。D世界は贅沢だぜ。
俺は次々と出てくる料理の数々に舌鼓をうちつつ、ファーテールとの会話を楽しむことにした。
「ファーテールは貴族で騎士の家系だったか? 恵まれた環境だったろうに、なんでファイターなんかやっているんだ」
ファーテールは俺の言葉に自嘲めいた笑みを浮かべながら、グラスに注がれたワインを一口。
「恵まれたか……確かにそうかもしれん。広く、それでいて肥沃な大地のある領土、財政も潤っていて、領民の評判もよかった……。 だが、私は餓えていたのだ。自らと同格の、あるいは格上の相手との戦いをね」
ファーテールは語る。私は昔から満たされなかったことがなかったと。
「貴族は盾無き者の盾となれ、騎士は矛無き者の矛となれ。そう躾けられて育ってきた」
「立派な教えだな。貴族とかっていうのはもっと高慢な連中ばかりってのが俺の想像だったんだが」
そんな俺の感想にファーテールは苦笑を漏らした。
「そうした俗物がいることは、残念ながら否定は出来んのがつらいところだ」
そう言ったファーテールは少しだけ顔を真剣なものに戻して、
「私の家系は代々王家に仕え、人々の盾となり、矛となることに誇りを抱いていた一族だった」
「私もその誇りを胸に幼い頃から盾となり矛となるために己を苛め抜き、強さを追い求めてきた。その甲斐あって私は近衛のトップにまで、自分でも言うのもなんだが若くして上り詰めたよ」
それは凄い。立派な血筋にとそれに見合う実力をつけて、ちゃんと評価してくれる組織がある。本当に恵まれているじゃないか。
「うむ、そして近衛騎士団長となった私は、王家の第2王女殿下と婚約するまでになった」
え、なにそのサクセスストーリー。俺、今なら嫉妬でファーテールを殺せそう。
「だが、いざ結婚して身を固めるというところにまで来て、私がそれまで燻ぶらせていた思いが爆発してしまったのだよ。国で最強とはいえそれは狭い世界での話、私より格上は外の世界には沢山居るはず、もっとそういう人たちと競い、より高みを目指してみたいという想いがね」
………それなんてマリッジブルーみたいな?
「そして気がつけば私は、家も婚約者も、それまで私が得てきた全てを捨てて出奔していた。土壇場になって、国を思う気持ちよりも自分の欲が勝ってしまったんだな。他の貴族を俗物などと弾劾できる立場でもない今の私だ」
俺とは立場がまったく逆だな。俺はいつも負け続けで、どんなに手を伸ばしてもいつも手が届くことなんか無くてさ。 だから気がつけば器用貧乏だよ。
「初めは冒険者ギルドに所属することも考えたのだが、私が求めたのは人の強さだったからな、そうして考えた挙句、たどり着いたのがこのフツノというわけだ」
なんか、ここまで深い話を聞くつもりはないんだが、聞いてしまってよかったのだろうか。
俺が若干の申し訳なさを感じていると、それを察したのか、
「今日は不思議な気分でね、何故か話したい気分だったのだ。きっと君が、私を負かしてくれた相手だったからかな? ともかく聞いてくれてありがとう、ナイン」
だからさあ……そういうネオロマンスのヒロイン(男)みたいな言い回しをされてもさあ、ねえもう!!
「ところでナインはどうしてフツノへ? よければ聞かせてくれないか」
ファーテールみたいな大層な背景は無いと、前置きして俺は話し始める。
「フツノに来たのは単純に資金集めだよ。俺は旅を始めようと思っていたんだが、あいにく先立つものが無くてね。だからファーテールと同じで冒険者になることも考えた。どんな街にも通行税無しで入れるとか身分証とかも手に入って色々便利だなとも思ったが、ギルドの規約とか面倒なしがらみも嫌でさ。そんなときにフツノの闘技場の話を聞いて、じゃあそこでって感じかなー」
俺はそこまで一息で言って、グレープジュース(?)を呑んでのどを潤した。
「豪胆だな、ナインは。フツノを金稼ぎの場としか見ていないとは。下手な魔物より、厄介な相手ばかりだというのに」
「それなりにルールがある時点で魔物よりは生存率は高いだろ? それに実は棍の扱いには慣れてなかったから、その修行も兼ねてるんだ」
「棍というのは、あの棒のことだろう? 扱い慣れていなかったということは……君は一月であれだけの技術を会得したというのか!?」
ファーテールは今の俺の言葉に驚きを禁じえなかったようだ。
「ふう……天才というのはいるのだな……私も才能はあるとおだてられて育ったが、やはり上には上がいるな、ハハハ」
天才、か。本当にそうならよかったのだろうけど、俺にとって、ここは夢で固有秩序は良く分からんが俺の中にあった力だからな。実体は薄っぺらいから、なんとも申し訳なくなるね。
それを知らないファーテールは何故か笑った。 元々がもっと強い奴と戦いたいっていう放浪の格闘家みたいな奴だから、俺みたいな規格外な人間が居るというのが嬉しいのかもしれない。
「君に感じた予感はやはり正しかったようだ。君ならば、ランキング制覇の、その先の高みまで見ることが出来るかもしれないな」
そんなことを期待していたらしい。だが残念ながらファーテール、俺は――
「えっ? 俺もうこの街を出るよ」
「何!?」
ファーテールが立ち上がって身を乗り出してきた。
俺は気圧されながらも、はっきりとした態度で応えた。
「うん。今日のファーテールとのファイトマネーで目標額を超えたから、そろそろいいかなと……」
「それはダメだ! ダメだぞナイン!!」
ちょ、顔が近い顔が近い、唾が飛んでるよ!
「ダメっていってもなあ……」
「君ならば<刀神>の伝説を復活させられるかもしれないと思っていたのだぞ…………」
そんなあからさまに落ち込まれてもなあ……。なんか悪いことをしている気分になる。
「はぁ……<刀神>の伝説ってなに?」
<刀神>というのは闘技場の創始者というのは知っているが……そういえば昔はカーナさんとパーティを組んでいたとか何とかって話もあったっけな……?
「うむ、知らないのならば教えてあげよう。君もきっとすぐに出て行くなんて愚かな考えはするまいよ。では話そうか、幻の殿堂入りとなった男の話を――」
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ちょっと遅くなったな……。
それにしても幻の殿堂入りか。ま、俺の目的にはあんまり関係なさそうだし、やっぱり予定通り、明日の朝には発つかな。
刀宴亭に戻った俺は預けておいた鍵を受け取ろうとしたのだが…………
「え、部屋を移したって?」
「そうよ、あの美人なエルフの人、ナイン君の知り合いみたいだったし、どうせだからと思って相部屋にしたわ。荷物は移してるから、今日からそっちの部屋にお願いね」
受付でそんなことを抜かしたのは、刀宴亭オーナーのハルノ・クルスさん。
っていうかいいのか、外部の人間の話をホイホイ信じて…………
「ああ、それと、あの人には大事なものを預けてるから、始末はお願いね」
始末って何だろう?
そうして俺は自分にあてがわれた新しい部屋のドアを明けて――
「はあっ!!」
いきなり拳が飛んできたので、俺はそれを捌き、腕をつかんでバランスを崩して、投げた。
相手は空中で一回転して、背中を打ちつけた。
「いたたたた……何するのよ!」
「不意打ちを仕掛ける奴が言えたセリフかよ、アルティリア」
こうして俺は逃避していた厄介ごとに向き合うこととなった……。
<続く>
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