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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第3章 眠れる刃の城塞都市
25/113

第23話 ルーキー・ナイン

活動報告も更新しております。


作品に関するお知らせなどもありますので、時々でいいので、ご覧ください。

 

 西の大陸、その東方に位置する<城塞都市フツノ>。


 数百年前に「刀神」と呼ばれた男が興した闘技場が基となって栄えた街。


 街の中心部にその闘技場が置かれ、広大な街の四方を高くそびえる壁が囲む。


 元々が闘技場を中心とした街だけあって、世界の各地から冒険者をはじめとした腕自慢が集まる。また魔物の巣窟となっている地域にも近い位置に存在しているため、いざというときにはこの都市は強固な守備力を持つ前線基地としても機能する。


 そして今日も今日とて闘技場に集うファイター達が熱く刺激的な戦いを繰り広げる中、一人の少年がフツノを訪れていた。


 人々はまだ知らない。この少年が、フツノに伝説を復活させることになることを。





~~~~~~~~~

~~~~~~~~~






 ばこん!


 私の名前はヨシノ・クルス。フツノの宿場街にある老舗宿「刀宴亭」の看板娘!!


 まあ老舗なんて言っても今じゃ他の宿にお客さんはとられて閑古鳥が鳴いているんだけどね。


 だけど、うちの宿屋が余所の宿に劣っているなんて思っていない。


 部屋数は多くないし広くもないけど、ホコリがないくらいにいつも綺麗にしているし、ベッドだってただ柔らかすぎるだけじゃなくて眠るのに最適な適度な硬さを計算して特注で作らせているものだ。


 料理だって、<刀神>の友人だった初代から受け継ぐ業を工夫して、当代は常に歴代最高の味を提供しているつもりだ。


 ただなんというか、うちの家系は代々商才はなかった。


 そもそもあの<刀神>の友人というアドバンテージを初代は有効活用しなかった。


 それ以後も、宿を特別大きくしようとも思わず、ただ自分達が出来る最高のもてなしで、客が満足してくれればそれでいいというスタンスだった。


 最初はそれでもよかったかもしれないが、気が付けば後から出来た華やかな新しい宿の影に埋もれるようになる。フツノは大きくなっていくのに刀宴亭は変わることなく、まるで時代に取り残されていくかのようだった。


 そんな刀宴亭に一つの転機が訪れた。一人の新米ファイターが私達の宿に滞在することになったのだ。

 見てくれはただの少年だ。多少髪の色は珍しいが、ファイターをするにはひ弱と言っても差し支えない体つきだった。


 けれども彼は破竹の勢いで勝ち星を上げていき、僅か一月の間に闘技場のトップランカー10人の仲間入りを果たしてしまったのだ。彼がある種の看板となったことで刀宴亭の利用者は少しずつ増えていき、食堂には賑わいが出来つつあった。


 そんな刀宴亭復活の立役者となった若きファイターの名前は<ナイン>。


 刀神と同じく東の大陸の出自を思わせる黒髪の少年だった。




~~~~~~~~

~~~~~~~~




 今日私はナインの試合を見に来ていた。彼の試合を見るのはこれが初めてじゃない。


 闘技場は円形の建物で、内部にある試合会場のスタジアムは、四方を高い壁で囲まれている。観客席はその上に設けられており、高い位置から全体を見渡せるのだ。


 また、高い位置に観客席があるのは、観客をファイターたちの攻撃の余波から守るためでもある。


 さて、今回のナインの対戦相手は、ファイターランク序列4位の<光輝の獅子>ファーテール。


 トップランカーともなると、それまでの戦跡やスタイルなどで二つ名をつけられることがあり、彼もそういう一人だ。


 太陽の光に当たって輝く長いウェーブが掛かった金髪が恐ろしいほどに似合っている妙齢の美丈夫だ。


 元々ファイターへの女性人気は、その過激さとは裏腹に、あるいはだからこそであるのか、決して少なくない。


 そんな女性人気において、1、2を争う人気を誇るのがファーテールだ。


 元はどこぞの国の貴族で王家直属の近衛騎士の家系であるという彼は、どういうわけだが恵まれた境遇を捨てて闘技場の門を叩いたのだ。


 彼は騎士由来の力強さと華麗さを併せ持つ剣技に高火力の魔法で次々と対戦者をなぎ払い、かつてのトップランカー入りの最短記録を打ち立てたのだ。


 華々しい戦跡に確かな実力、髪を振り乱して勇ましくも美しく戦う彼の姿に人々は魅了され、いつしか彼には光輝の獅子という二つ名が付くほどになった。


 だがその最短記録はナインによって塗り替えられている。


 つまり今回の戦いは新旧最短記録保持者の戦いでもあるのだ。


「キャー! ファーテール様ーーーー!!」


 いきなりファーテールのファンであろう女達からの黄色い声援が会場に飛び交った。


 スタジアムの東の門からファーテールが現れたのだ。

 

 陽に当たって輝く銀色のプレートアーマーを着込み、剣身に魔力増幅の紋が刻まれた彼の代名詞ともいえる大剣<ライカンズロアー>を背に背負う姿はいかにも歴戦の勇者を思わせる風格がある。


 ファーテールの登場に遅れること少し、挑戦者であるナインが西の門から現れた。


 ファーテールに比べてナインの姿は2枚3枚落ちるほどに地味だ。なんというか華がない。


 見につけているのは何の変哲もない茶色の篭手と足具と胸当て。目を引くのはナインの身長を越える長柄の武器<棍>だが、私にはぶっちゃけただの棒にしか見えない。


 会場はファーテールの応援ムード一色だ。誰も彼もがファーテールの応援をしている。


 ナインはトップランカーの仲間入りを果たしたとはいえ、入りたての序列10位。ほやほやのルーキーだ。出すぎた杭は叩かれ、他と均等にしようとするのは世の常だ。


 ナインは派手な魔法を使うこともないし、特に劇的な勝負を演じたというわけでもなく、試合内容はいつも地味で玄人好み。ナインのファイターとしての人気は、そこそこだが、今回は相手が悪い。


 だけど――。


「ナインーーー! がんばれーーー!!」


 私は力の限りの声でナインを応援する。そこはかとなく周りの空気に困惑が混じったようだが気にしない。今や彼は我が宿の看板ファイターで、私にとってはヒーローなのだ。


 私くらい応援して何が悪い。いや、私だからこそナインを応援してやらねばならないのだ。


 不意にナインが観客席の方へ振り向き、親指を立てて見せた。


 目が合った気がするけど……まさかね。ナインがそんなかっこよく見栄を切るなんて。


 司会の実況が会場を煽り始め、いよいよ試合の開始が迫ってきていた。




~~~~~~~~~

~~~~~~~~~




「まずは、私の指名を受けてくれたことに対し、礼を述べさせてもらおう」


 試合も間もなく始まるというとき、ファーテールは目の前の対戦者に語りかけた。


「…………」

 

 だが、目の前の対戦者、ナインを名乗る少年は黙ったまま反応を示さない。


「ふむ、機嫌を損ねただろうか。 だが、少しは返してくれてもいいのではないか?」

 

 ナインは嘆息を一つ。 そして口を開いて――


「ここはおしゃべりをするところじゃなくて、戦う場所だろ? 話なら後でも幾らでもしてやるさ。アンタを倒してな」


 まごうことなき挑発だった。同時、ナインは後ろに一つ跳躍して、棍を構えた。


「安っぽい挑発だ。だが面白い。この私を前にして少しも怯まないとは。それが虚勢か本物か、私の剣で見極めるとしようか!!」


 ファーテールが背中に背負ったライカンズロアーを抜き放った。それだけで、ファーテールの存在感が何倍にも膨れ上がる。


 しかしナインは動じる素振りを見せない。 ファーテールは口の端を曲げ、その意気やよしと、突撃を敢行する。


 トップランカー同士の戦いの火蓋が切って落とされた。



~~~~~~~~~

~~~~~~~~~



 機能美という概念がある。それがいま、ファーテールの剣技に宿っていた。


 戦いのために研鑽し、実戦の中で洗練されたその剣技は、ただただ相手を薙ぎ払い打ち倒すためだけのものであるにも関わらず見るものを魅了した。


 人喰らいとも評されるほどに消耗を強いる魔剣をファーテールは自由自在に使いこなしていた。


 ナインは、その剣戟をギリギリで防御しながら、その剣技の美しさに感嘆していた。


 試合展開はファーテールの一方的な優勢となっている。絶え間なく連続して剣戟を打ち込むファーテールに対し、ナインは防戦一方である。


 しかし、見るものが見れば、実際の内容はある種の膠着状態だとわかる。

 

 実際にはファーテールは攻めあぐねており、ナインの防御を突破するのに剣技だけでは不可能だとすでにあたりをつけていた。


 それほどまでにナインの操る棍には隙が無く、隙と思って突けば、そこは実は誘いであると実戦で進化した第6感が告げていた。

 

 ファーテールは戦いの中で思考する。一体この若さでどうすれば堅牢なごとき防御を成せるのか。これほどの隙の無さは、若さとは裏腹に異常である。


 若さとはそれそのものが未熟の要素だ。それを補ってあまりあるパワーと成長を兼ね備えているが、それゆえに隙を孕んでいる。なのに目の前の相手は冷静にこちらの攻撃を捌き続けているのだ。


 そしてこの棍である。一見してただの木の棒にしか見えないのに、鋼鉄などバターのように切り裂くことのできるライカンズロアーの剣戟を正面から受けて傷一つついていないのだ。


 ファーテールは心の中で舌打ちしながら、しかし歓喜に打ち震えていた。突如としてランカーに登ったルーキーに感じた直感が想像を超えていたからだ。


 未知の脅威が何の前触れも無しに現れる。これこそまさにフツノの闘技場に起こる現象、降って沸いて(サドン)出る番狂わせ(インパクト)だ。


 しかし、だからといってファーテールは負けてやるつもりなど一切ない。



「吼えろ、ライカンズロアー!!」


 ファーテールが一喝すると、大剣がまばゆい輝きを放ち、空気を振るわせる。それはさながら獅子の咆哮のよう。


 その次の剣戟、途端にナインが棍に受ける衝撃が倍加した。思わず後ずさり動きを止めた。


 そんな隙を見逃してやるほどファーテールは甘くない。


「奔れ炎よ!」


 詠唱を殆ど破棄して炎弾を連射して追撃する。普通であれば致命に至るほどの魔力を込めた攻撃だが、相手はルーキーとはいえトップランカーだ。これくらいでやりすぎとはいえない。仮に死ぬならこれまでにもあった不幸な事故が一つ起こるだけのこと。


 それに闘技場の医療班は優秀だ。大概の怪我は、死なない限り治癒できるだろう。後遺症くらいは覚悟して欲しいところだが。


「らあっ!」


 ここではじめてナインが吼えた。


 たたらを踏んで崩れた体勢を優れた身体能力で強引に修正し、続けて目にも留まらぬ速さ振るった棍で、炎弾をすべて打ち消した。 

 

――そうだ。そうこなくては。さあ、続きだ。こんなに楽しいこと、やはり他にはない。


 ファーテールは更なる激闘の予感に心を躍らせる。しかし――


「もう十分だよ、ありがとう、ファーテール」


 突然、礼の言葉をもらしたナインに、ファーテールも怪訝な表情を浮かべた。


「俺はアンタを踏み越えて――」


 一瞬、感じる時間は瞬きに等しい時間。


「この道の先を行く」


 ナインの存在感が増大し、そして、蹂躙が始まった。





~~~~~~~~

~~~~~~~~



 



 決着はあっけなくついた。


 攻勢に転じたナインがわずか4合でファーテールのライカンズロアーを弾き飛ばし、続けて間接部を狙った攻撃でファーテールの動きを鈍らせ、最後に胸部を強く穿つ突きで壁際まで吹き飛ばしたところでファーテールが気絶し、戦闘不能と判断されたことで試合はナインの勝利に終わった。




「やったーーーーー、ナイン、最高ーーーーー!!」



 ナインの勝利を喜ぶヨシノの手には、ナインの勝利に賭けた、公営賭博のチケットが握られていた。 

 


~~~~~~~~

~~~~~~~~  




「はい、これ、今日の勝利を祝ってサービスね!」


 試合の後、刀宴亭に戻ってきたナインに私は手料理を振舞った。


 厨房を預かる父直伝の餡かけ焼き飯の大盛だ。


「景気よさそうな顔しちゃってまあ。ま、大方見当はついているけどさ」


 ナインが目を細めて、私をじーっと見つめてくる。


 決してそういう類のものではなく、ある種の非難を込めたものだと分かっているのだが、それでもなんとなく気恥ずかしくなってくるので、


「な、なんのことかなー、さあ、今日は私のおごりだから、どんどん食べてね!!」


 半ば勢いで誤魔化して、ナインに食事を促した。


「だしにするのは、勝手だけどさ……分け前は欲しいよな。モグモグ」


 文句を言いながらも、スプーンを口に運ぶナイン。


「やっぱうまいなあ、ここの飯は」


 こ、コイツ……! そんなことを言われると嬉しくなるじゃない。



「あ、それねえ、今回は私が――」


 作ったんだよと、続けようとして最後まで言えなかった。


 食堂の扉が乱暴に開けられ、一人の女性が入ってきた。


 ややくたびれた灰色の外套を纏い、その下には、若草色のシャツに青いスカート。


 肩口で切りそろえられた銀の髪に、あつらえたような美貌。そして尖った耳はエルフであることを示す特徴だ。


 そんな整いすぎているほど整っている麗人が、こちらにつかつかと歩いて近づいてくる。


 そしてナインの席までまで近づいて、手をテーブルに叩きつけると、ナインに対して怒りの声を上げた。


「やっと見つけたわよ、コウ!!」


「アルティリア? なんで?」


 ナインとこの美エルフはどうやら旧知の間柄らしい。


 って、こんな美人と知りあいだなんて、一体どういうことなのよ、ナイン!!



 


<続く>



用語解説


<ファイター>

闘技場の出場選手のこと。

登録制で現在の登録選手数は500人ほど。

ランキングは入れ替わり勢で、下位のものが上位のものに勝利すれば上位の者の順位をそのまま頂くことが出来る。

こうした制度のため、基準を満たした下位から上位からの挑戦は断ることができないという制約がある。下位の者がそのまま負けた場合は、ペナルティでそのままランクが下がる仕組みである。


10位までのトップランカーは11位以下とは一線を画する次元の戦闘力らしい。


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