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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第2章 エルフの里編
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第22話 愚者は明後日の方向へ




(ほう、ココノエが死んだか。嘘を言うでないぞ、カーディナリィ)


「嘘であればどれだけよかったことか。彼は、日々に風化していた私を滾らせた男なのですから」


 康太郎を埋葬したカーディナリィはアンジェルに面会していた。


 今のアンジェルは元の世界蛇としての姿ではなく、康太郎たちに見せた人化の法で化けた少女の姿である。


 曰く、ココノエの崇拝するかのような熱い視線がなぜか気持ちよかったとかなんとか。

 

 ちなみに彼女達はかつて激闘を繰り広げた仲である。


 王種が特定の誰か名を呼ぶということは、自然を生きる生命としては名誉中の名誉であり、強さの証明であり、そしてあらゆる種族の脅威たりえる証明であった。


 ゆえに賢聖などと大層な二つ名をつけて崇める。他人を敬うのは純粋な尊敬だけではないのだ。


「彼は異世界人を自称していましたが、ある意味ではまさにその通りの人間でした。私達の世界の法に染まらず、蹂躙し、征していく。それほどの力を持ちながら、その精神は肥大化して歪むこともない。そのアンバランスさが酷く歪んでいて……その歪みに私は惹かれました。彼が私の元を離れ広い世界に飛び出したら一体どうなってしまうのだろうと、引退して久しく感じていなかった高揚を感じたのです」


 アンジェルはカーディナリィの独白を黙って聞いていた。


 二人の関係は友と呼べるものほど近いものではないが、康太郎という共通項がいる今は、その魅力に魅せられたものとしてある種のシンパシーを感じていた。


「それがこのような形で終わったのが残念です。彼がもっと高みにたどり着いていたのなら、あるいは違った結果があったのかもしれませんが……」


「はっ、お主の目も節穴というやつよなあ」


 だがアンジェルは、悲しみに沈むカーディナリィを笑い飛ばした。


「……っ!」


 ほんの一瞬、カーディナリィの感情に怒りの色が浮ぶ。


 しかし彼女はすぐに平静さを取り戻す。


 全盛期で、仲間のいた時代ではないのだ。王種に勝てるわけがない。

 

 そもそもこうして会話するだけでも本来は恐れ多い。王種とはあらゆる種族と一線を画する存在なのだから。


「節穴とは、一体どういうことでしょうか」


「今に分かる。アレをこの世の理に当てはめることは出来んよ」


 含みをもった笑みを浮かべるアンジェルはさらに付け加えた。


「死んで還るのならばただのヒトだ。だがアレはココノエぞ。死んでもその死を越えてくる怪物があの男なのだ」



 

 















 存在超強化(ハイパーブースター)を駆動、俺は高速で思考を展開する。


 まったく光が無いため、今自分が一体何処に居るのかがわからない。


 加えて空気が限りなく薄く、手足も掛かる圧力が強くて身動きが取れない。


 体を覆う感触から、自分が布のようなものに巻かれているのはなんとなくだが知覚できた。


 前回のD世界の最後、意識を失ったあのとき。


 尋常じゃない意識の断裂。それはなんらかの衝撃を受けたと推測する。


 その時の感覚は、D世界においてついた最も古く最も陰鬱な傷、アンジェルに捕食されたときと似ていた。


 つまり俺はD世界において2度目の死を迎えたということだ。


 では、今意識のある俺は何なのか?


 布に包まれて暗闇の中、まったく身動きが取れないとなれば、おのずと答えは絞られる。


 あの時、隻眼が仕掛けたなにがしで死んだ俺は、遺体を布に包まれ埋葬されたのだ。 


 そして理由は不明だが、その遺体となっていた俺は回復して土の中で目覚めたらしい。


 ならば話は簡単だ。俺は生きているのだと、力いっぱい動いて証明するのだ。


 存在超強化を最大レベルへ。思考も体も臨界点へ押し込んでいく。


 加えて腕にとある<魔法>をかける。


 正確には魔力ではなく理力を操作しているため、厳密に言えばこれは固有秩序に分類されるかもしれない。


 とはいえ固有秩序というほどオリジナリティに富んだものでもないし、魔力が使えない代用で理力をそのまま使っているだけなので、あえて言うなら簡易型固有秩序<理法>とでも名づけようか。

 

――理力(エンチャント)装填(オーダー)……!


 ただ力の限り、生きていることの証明のため、俺は全力で腕を振り上げた。



 





 


 しばし康太郎の墓前で座り込んで呆けていたアルティリアだったが、生理現象は心が虚無だろうがやってくるわけで。


 立ち上がって里に戻ろうとしたそのときだ。


 墓の下、そこから感じられる強大な存在感。


 間違えるはずがあろうか。一月ほど共に過し、その特徴的なプレッシャーには覚えがある。


 同時、この種類のプレッシャーにはつい昨日にも感じた類。想樹の外殻を破壊したときと同じ、康太郎がその最大戦力を放つときと同様のもの。


 アルティリアは身構えることもせず、反射的に全魔力を総動員して速力強化の魔法を発動させてその場を離れた。


 もし仮に恐怖に身がすくみ、その場を離れるのが少しでも遅れていたのなら――。


 アルティリアが康太郎の墓から離れることが出来た瞬間、墓を基点に大地に亀裂が走る。その大地の下から生まれた衝撃は、地の表層を易々と貫き天高く土埃が舞い上がった。


 あんまりな衝撃に森の動物も魔物もいっせいに逃げ出す。     


 土ぼこりが治まる頃にアルティリアは衝撃の中心だった場所に戻ってみた。既にプレッシャーは消失している。


 康太郎のがあった場所には大穴が空けられていた。それはその破壊力を想像させるにも及ばず圧倒的だ。  

 

 アルティリアは恐る恐る穴の中を覗き込んだ。ある種の確信と、わずかな恐怖、自覚するにも至らないほんのわずかな喜びを胸に抱いて。


 穴の中にいたのは白い布を体に巻いた黒髪の少年だ。

 

 少年――康太郎を目にしたアルティリアは思わず叫んだ。


「こ、この御馬鹿! 私を殺す気なの!?」 


「へっ……?」


 怒りを含む声のした天へと顔を向けた康太郎は、酷い間抜け面だった。














 

「今の音は……、それにかすかに感じるこの感覚……」


「ほれ、我の言ったとおりであろう?」


 確信を含んだアンジェルの声が、カーディナリィの耳を打つ。

 

「彼の遺体は、私も直に確認しました。彼は確かに死んでいたのです。なのに……!」


 信じられないとばかりに頭を振って浮ぶ考えを否定するカーディナリィ。


 死者が蘇るなどありえない。どんな大魔法、禁呪を用いようとも、蘇るのはまがい物の出来損ないなのだ。


 それが常識だ。世界の理だ。それすら覆すというのなら――。 


「今ある現実が答えだ、カーディナリィ」


「確かめてきます!」


 言うや否や、カーディナリィは長距離転移の魔法を使ってアンジェルの元を去った。


 その慌てぶりにアンジェルは苦笑を一つ。


「一度ならず二度までも。肉体は滅んでも魂は世界に還らず新たな器を作り出す、か。まったく、食えん奴だよ。お前は」


――ああ、いつかきっと。


 驕りを捨て去った王種は、胸のうちを熱くする。叶うならば、その魂、余さず喰らってやりたいと。


 














 里に戻るまでの道すがらに俺がどういう状態だったか、何故地中に埋められていたのかをアルティリアから聞いた。


 やはり俺は死んだらしい。形が残っていたのは体がそれだけ頑丈であったのだろうということだった。


 あの【連中】は骨も残っていなかったそうだ。完璧なまでの証拠隠滅だった。


 隻眼は俺が死ぬ運命にあると知っていた。そして時間稼ぎのために俺に機密を話したのだろう。


 死人に口なし。知られたところで、次の瞬間に死ぬ人間に機密を知られても痛くもかゆくもないという判断だったのだろう。


 アルティリアと共に里へと帰還した俺はまずは里長の家に向かうことにした。


 その道中、里のエルフにも何人かと会ったのだが、やはり信じられないという顔をしていた。


 そしてその中には、あの学校でやんちゃしていた奴らも含まれていた。彼らの顔には多くの困惑と、未知のものに対する恐怖が浮んでいた。


 無理もないかもしれないが、すこし傷つくぞ。


 ま、元々、潮時であると思っていたので、それでもいいととりあえず考えないことにした。


 俺達を迎えた里長の反応はといえば。 


「え、ちょ、うわー、本物?」


 泰然自若としていたキャラである里長が俺を見て、キャラを崩してまであからさまに引いていた。


「何ですか、その反応」


 幾らなんでもあんまりだ。今回は裸ではない。裸じゃないんだぞ!!


 そんなことを思っていると里長の家の扉がガタンと乱暴に開け放たれた。


「あ、カーナさん」


 扉を開けたのはカーナさんだった。俺を視界入れた途端、凄く驚いた顔をしていた。


「コ、コウ……くん?」


 その美貌は少しばかり影があり、目が充血していた。自惚れでなければ、その原因は俺が――


「あ、あの、ご心配をかけたみたいですみませんでし――」


 た、と言い終わる前に止められた。カーナさんが一呼吸の間、意識の隙間を抜けるようにして俺に細剣を振り下ろしたからだ。 


 それを俺は両手を使った白刃取りで受け止めた。その手ごたえから、これは本気の振り下ろしだと悟る。


「この身のこなし、本当にコウくんなのね……?」


 偽者か確かめるために? 脳筋ですか、貴女は!!


「当たり前でしょう!! 俺は九重康太郎(ここのえこうたろう)ですよ」


 カーナさんは、剣を引くと捨てるようにして床に放り出し、そして俺を抱きしめた。


「え、ちょ」


「カーナ様!?」


「姉さん!?」


 俺、アルティリア、里長と三者三様に驚きを見せた。


 カーナさんはどちらかといえばあらあらうふふなお姉さんだ。こんな情熱的な抱擁する人とは思わなかった。


 俺はカーナさんの柔らかくて熱を持った肢体に感嘆しつつ、自分の中の男が危うく目覚めようとしていたため、肩を掴んで体を引き剥がした。


 引き剥がした俺が見たのは熱っぽい視線を俺に向けてくる美貌だった。


「本当によかったわ……おかえりなさい、コウくん」


 本気で案じられていたのだ、それが伝わる。 ゆえに応えねばなるまい。


「ただいま、カーナさん」 


 

 








 








 その日の内にアンジェルの元に預けておいた想樹の外殻を持ち帰った俺は、早速この外殻を使っての武具作りを開始した。


 ちなみに想樹のことはカーナさんには話した。聞き終えた彼女にはなんて無茶をと苦笑をもらし、その無茶に付き合ったアルティリアについては感心していた。


 さて、今回俺が作るのは棍と、拳の保護と腕を防御するための篭手、俺の踏み込みに耐えうる靴と足を保護する脛当てなどである。


 作るといってもそれなりに形を整えてやるだけのこと。


 その「だけ」が格別に難しいのが想樹の外殻だ。


 使うのは、小型のナイフと金属やすりと紙やすり。あとはなめした皮や針や糸にエトセトラ。


 ポイントになるのは俺が会得した理法「装填」(エンチャント)である。効果は理力といういわば万能属性の付与と強化をもたらすこと。


 あらゆる攻撃に耐性を持つ想樹に耐性がないものをと考えたとき、思いついたのが理力そのものだった。


 この世界は基本的に理力を変換した魔力で事象を動かす。ならば変換される前の理力であればどうなるかと。


 はじめ、この理法は魔法の応用として、そして存在超強化の限界をさらに超えるものとして生み出したのだが、今回の外殻のおかげで理力そのものも、一つの属性を持つということが分かったわけだ。


 

 俺の秘策とは、加工に使うナイフとやすり、その他の道具に装填(エンチャント)をかけることだった。


 まずは棍を作るために、適当な大きさの外殻を装填を使ったナイフで切りつける。


 ナイフは見事に外殻の切断に成功した。


 あとは形を整え、やすりで削って取っ手を滑らかにすれば棍の完成だ。


 この棍は後々の最後まで活躍するまさしく俺の相棒となる最強の武器になる。


 俺が造った俺のための武器。銘を樹殻棍(じゅかくこん)「九重」と名づけた。

















 それからしばらくの時間がたち、俺は篭手に靴、脛当てを完成させた。

 

 十分に微調整をしたから、俺に馴染むのなんのって。


 完成する頃には真夜中になっていた。丁度いいじゃないか。








――俺が出て行くには。



 


 









 俺はいくつかの着替えを皮袋に入れて物音を立てないようにしてカーナさんの家を出た。


「待ちなさい、コウくん」


 俺を呼び止めたのは月明かりの下でたたずむカーナさんだった。


「こんな時間に何処へ行こうというのかしら?」


「分かってるくせに。――今まで本当にありがとうございました」


 俺はカーナさんに頭を下げた。


 この人が居て、後ろで見守ってくれていたからこそ、俺は言葉を覚えて一ヶ月もの間エルフの里で過すことが出来のだから。


「いいのよ、お礼なんて。むしろこちらが礼を言わなくてはね。久しく感じていなかった高揚を得られることが出来たのは、貴方のおかげなのだから」


 カーナさんは笑っていた、穏やかなものではない。熱がこもって生き生きとした躍動的な笑顔だ。


「残念ね。貴方とはもっと早くに出会いたかったわ。それにもっと長く一緒にいたかった」


 けれどもそういう彼女に顔にはそんな気持ちは微塵も浮んではいなかった。


「ドキっとすることいわないでくださいよ。勘違いします」


「あら、勘違いを本当にしてもいいのよ?」


 カーナさんがスッと音も立てずに近寄り、俺の顔にその細い手を添えた。


「それで貴方がここに残ってくれるのなら」


「……いえ、勘違いのままでいいです。俺は旅立つ身なんですから」


 俺は彼女の手を掴んでそっと引き離した。


 そんな俺に彼女はくすっと苦笑を一つこぼした。


「あーあ、これからが大変だから、君には手伝って欲しかったのだけど」


「俺に手伝われることをよしとする人たちじゃないでしょう。俺はよそ者ですしね」


「ならせめて朝まで待ってもらえない? アティを連れて行ってほしいのよ」


 アルティリアを連れていけ? どういうことだ。


「あの子はずっと外の世界を旅したいって思っていたの。私に懐いていたのは代替行為よ。旅の経験のある私をうらやましがっていただけ」


 俺はすこし寂しげな笑顔で話すカーナさんを黙って見つめていた。


「今回の一件で里は外部の調査を乗り出すことになるわ。それを口実にね、あの子を先遣の任務ということで里の外へ送り出してやりたいの」


 なるほどなあ、カーナさんも色々考えているんだな。合法的に出ることが出来れば、あの使命感の強いアルティリアも堂々と旅が出来るわけだ。


 けれど。


「なるほど。でも何で俺と一緒に? 俺は帝国にまっすぐ行くつもりはありませんよ。そっちは、俺の元々目的とは関係ないですし」


「外には未知の危険が待ち構えているわ。だから、あなたにね、アティのことを守ってほしいのよ。王種すらも退ける、その力で。私にはもう出来ないから」


 彼女の顔からはいつの間にか笑顔が消えていた。彼女は本気アルティリアの身を案じているのだろう。


 しかし、そうであるのなら。


「ごめんなさい、カーナさん。それも出来ない」


 俺は彼女にもう一度頭を下げた。


「命って奴は、軽くて、薄くて、儚いんだ。それだけに俺は自分のものさえ、満足に守ることが出来ない。他人なんてもってのほかだ。だから、それは俺にとっては(・・・・・・・・・)重すぎるんですよ(・・・・・・・・)。とてもじゃないが抱えていられない」


「そう……臆病なのね」


 カーナさんは落胆するでもなく、糾弾するでもなく、ただ事実としてそういった。 そのとおりだ。 元々俺は大した人間ではないんだから。


 俺は皮袋を肩に提げ、カーナさんに背を向けた。


「それじゃあ、俺は行きます。いままでありがとうございました。アルティリアにもよろしく言っておいてください」


 俺は振り向くことなく、走り出した。


 存在超強化を以ってすれば、走り続けて、近くの村まで行くのも造作もないことだ。


 こうして俺はエルフの里を後にするのだった。














 


 康太郎をその背中が見えなくなると、カーディナリィは一人ほくそ笑んだ。


「よかったわね、アティ。これで貴女は自由よ(・・・・・・)

 彼女の言葉は風に溶けて消えていき、誰に聞かれることも無く。


 言葉を向けられたアルティリアは、何も知ることも無く、今はまだ、まどろみの中にいた。








 第2章 完。















 そして物語はこれより一ヵ月後、賢聖のかつての仲間「刀神」がつくった城塞都市より動き出すこととなる。




 次回、第3章~眠れる刃の城塞都市~


 



次回より新章突入

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