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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第2章 エルフの里編
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第20話 二度目の死

色々言い訳は活動報告で……

 






 さて、ここに取り出したるは、細く硬い繊維の束を楕円の球状に金属の輪でまとめた小型の清掃道具。


 そう「たわし」である。


 D世界はファンタジーだが、ファンタジーが幻想まみれかといえば、さにあらず。


 理力があって、魔力があってのD世界だが、違うのは俺たちの現実にくっついているいくつかの要素だけだ。


 その「だけ」が決定的に違う部分なのだが、それらを除くとファンタジーも途端に普通に成り下がる。


 素材の違いこそあれ「ホウキ」があるのも「デッキブラシ」があるのも「雑巾」があるのもまったく不思議はないわけで。


 そしてそんな掃除道具たちのなかで俺があえて「たわし」を手にとっているかといえば。


「ぐへはあ!!」


 エルフの里を襲った【連中】のうちの一人が、殴られて悲鳴を上げた。


 無論、俺が手に持った「たわし」で、である。


「なあ? もうちょっと素直になってくれないかな」


 ちなみに存在超強化で強化しているのは思考のほうだけで、身体能力の方はほとんどカットしている。


 こうした使い分けは割と最近覚えたものだ。


 身体能力にもいくつかの段階にわけて任意で発動できればと思うが、あちらは俺のテンションが多大に影響するのでまだうまくはいっていない。


 コツ、みたいなものは掴み始めているんだが。


 たわしで殴られるとそれはそれは痛いものだ。殴られた時の衝撃が拳の面ではなく、硬い繊維の点の集合となる。


 痛みの質は鈍いものから鋭いものとなり、破壊の対象は骨よりも肉よりも外側……薄い皮膚へと移る。


 相手の機能を奪うという意味では通常の打撃に遠く及ばないが、皮膚というのはデリケートかつ鍛えようが無いものということもあり、実際のダメージ以上に「痛み」を相手に与える。


 俺は今、臨時の監禁場所とした里の学校に【連中】を集め、たわしを用いた尋問を行っていた。


 【連中】の数は全部で15。全員、足は折っているため易々と動けない。なので拘束はあえて外してある。


 そのうちの13人……いや、さっき殴ったの含めて14人はすでに意識をなくしていた。


 その痛みに耐えかねて。その屈辱的な、あまりにもあんまりな方法の拷問ゆえに。


 すげえよ、たわし。なんと恐るべき掃除道具だろうか。


 そんな14人から得られた情報はというと。


 【連中】は、とある大組織の下部組織であるということ。【上】からの情報で、エルフの里についての情報を得たこと。

 

 【上】から、魔力を探知させない道具と、魔力を無効化にする道具を支給されたこと。

 

 エルフ達は魔力の扱いに長けているし、魔力量も他の種族と比べて多い。

 

 だが、それだけに魔力を使う技術、魔法への依存度も高いため、これらを日常的に活用している彼らにとって、

 

 魔力を封じられたことは、他の種族に比べてもかなりの喪失感を与えたようだった。

 おかげで、本来ならば手が出せないはずのエルフ達を【傷つけることなく】制圧できたというわけだ。

 

 そして…………


 俺が連中を制圧しなかった場合では、エルフ達は奴隷として人身競売にかけられるということだった。


 まだまだD世界について理解の及んでいない俺だが、それでも、このことだけについてははっきりと否定した。


 犯罪人や捕虜とか、そういう事情もなく、彼、彼女達に今回は一切の非はないからだ。


「さて、このまま怒りに任せて人生初めての殺しに手を染めてもいいけど……」

 

 言いながら、俺はたわしを強く握り締めた。とがった繊維が俺の手を痛めつける。

  

 こんな痛みでもなければ、自制が効きそうに無かったからだ。


「特にお前には聞きたいことがある」


 俺がそう問うたのは、隻眼で黒の長髪の男だ。解りやすく、こいつのことは隻眼と呼ぼう。


 隻眼は連中の中でも別格だ。曲がりなりにも俺と対峙して、戦闘と呼べるものになりそうだったのはこいつだけ。


 魔法の扱いや足運びといった要素は確かな基礎と経験に裏打ちされた凄みがあった。


 にわかなパワーとスピードがあるだけの素人の俺とは一戦を画す、プロっぽさを感じた。


 といっても俺はそのプロっぽい相手に10秒とやりあっていないわけで。世界蛇や賢聖とタイマンをはった過去は、俺に自信と勇気を与えてくれる。


「エルフ達の身柄だけが、お前達の……いや、<お前>の目的じゃないだろう?」


 俺の言葉に、隻眼は反応を示さない。ポーカーフェイスのうまいことで。いや、だからこそのプロなのか。


「言えよ。お前の核心を。言わなきゃ――」


 俺は血で赤黒くなっている「たわし」を隻眼の頬にぐりぐりと押し付けた。


「ううっ、ぐうっ……」


 流石のプロもうめき声ぐらいは上げるらしい。


「そおいっ!」


 「たわし」で隻眼の頬をはたく。このまま気絶されても困るので、それなりに加減はしている。

  

 横向きに倒れた男の顔を覗き込むようにして、俺は言う。


「まだ吐く気になれないか? まさかお前、死んでも口を割らない気か?」

 

 これ以上は無駄だろうかと俺が諦めかけようとしたときだった。

 隻眼の目にこれまでとは違う意思の光が宿った。


「……どうせ、俺は助からんのだろう? だというのに貴様の益になることを何故せねばならんのだ」


 とうとう隻眼が口を開いた。なんとも不遜な物言いだが意外にも人間味があるではないか。

 

「そうでもないぞ? お前が協力してくれるのならちょっとは便宜を図ってやれるかもしれない」


「便宜……だと? ありえないな。貴様が何者であろうと、あの種族がそのような妥協をするはずがない」


「どうかな? 俺がいなかったらエルフ達は全員やられていた。そういう意味で彼らは俺に借りがある。そこを付けば、あるいは――」


 俺のほの暗い提案に隻眼は眉をひそめた。


「わからんな。貴様は少なくともエルフではないだろう。何故奴らにまぎれて生活できているかは知らんが、そんなことをすれば、貴様はもうここにいられないぞ」


「いいんだよ、どうせ近日中にいなくなる身だ。逆にせいせいするかもな」


 隻眼に乾いた笑みでそう言ってみせる。

 隻眼に語ったことは半分は真実だ。俺は近いうちに彼らの元から去る予定だったのだ。


 隻眼がしばし考え込み、少しして自嘲気味に口の端を曲げた。


「……条件は、俺の命の保証と治療、ここからの脱出の手引きだ」


「条件を言える立場かよ。……ま、いっか。ただし、俺の望む情報は全て吐け。お前の言う条件はそれが果たされたときだ」


「……ああ、いいだろう。交渉成立だ」


「じゃあ早速、第1の質問だ。お前は何者だ? 一体、何処に属している。こいつらと同じってわけはないんだろう?」


「察しがいいな。そのとおり、俺はこの盗賊団の者ではない。帝国特殊諜報部隊……俺はその末端だ」


「帝国? グラント正統帝国のことか。 おい、それが盗賊団とって……」


「そこまで驚くことか? どんな国にも暗部はある。この盗賊団の上位組織は、帝国の子飼いだよ。向こうはそうは思っていないがな」


 嫌な話だ。日本で例えれば、ヤクザが国から正式に認められた組織であるのと同じだ。……ちょっと違うか?


「なるほど、つまり、今回のパトロンは帝国ってことか」


「正確には、そこに属するとある御方の意思だ」


「ただの趣味人ってワケじゃなさそうだな」


「……質問はそれだけか」


 帝国ということは話せてもその御方とやらについては話す気がないらしい。まあいいさ、今はそんなことより。


「……あの魔力ジャマーと魔力無効化を持ち込んだのが帝国ってのはわかった。それで、一体狙いはなんなんだ」


「……奴らから聞いているだろう。エルフの身柄だよ」


「この期に及んでなに誤魔化そうとしてるんだよ。いいからとっとと言えってんだよ」

 

 たわしの一撃。


「ぐうう……」


 隻眼は、再度のたわし攻撃に黙ってしまった。


「おい……なに黙ってるんだよ」


 隻眼は口の端をかすかに曲げた。まるで勝利を確信したかのように俺には感じ取れた。


「――っ!」


 このとき俺はほとんど反射的に、この隻眼を<殺そう>と決めた。


 それは存在超強化(ハイパーブースター)によって知らずに強化された第六感のなせる業だったのか。


 理由はともあれ俺の初めての、能動的な殺人が慣行される。


 存在超強化(ハイパーブースター)を一気に最大へ。

 

 無拍子・墜牙――


 想樹の外殻を破壊したのと同等の技術で神速とも呼ぶべきスピードでかかと落しを隻眼に見舞う。


 隻眼の頭蓋を潰し、そのまま胴体をぶち抜き、ついには地面を穿ち、大きなクレーターを作るに至る。


 その瞬間、俺の意識は一瞬で断たれた。
















「コウ……」


 アルティリアが臨時の隔離場所として使われている学校に目を向けてつぶやいた。


「心配か? あの人間が」


「い、いや心配って、そんなんじゃ!」


 アルティリアの兄のシオンが慌てる彼女の様子に苦笑する。


「別にそこまで否定することもないだろう。里の評判は悪くない。私としても少なくとも今回の件では奴に助けられているしな」

 

 そう言われて少し気分が落ち着いたアルティリア。兄の目は、他よりも厳しい。

 その兄にこうまで言わせているのだから、自分の態度はそこまでおかしなものではないのかもしれない。


「だが、こんな結果を見せられてはな……」


「えっ……?」


 それまでの評価を覆す兄の言葉にアルティリアは瞠目する。


「魔力が無力化された先の状況で、奴らを一瞬にして制圧した。王種と同等の存在であるという意味を再認識したよ。そんな力がこちらに向けられたらともな」


「待って兄さん。コウはそんなことをするような人間じゃ……」


「間近で監視役としていたお前が奴に情を移しているのは知っている。だが、行き過ぎた力が我らに向けられる可能性を捨てるわけにいかん」


 兄の言い分は最もだ。康太郎の恐ろしさはこの里では自分が一番の理解者であるだけに。

 だが、それだけに康太郎に不信を抱くのはそれこそ不味いのではないだろうか。

 彼はそうしたことをわきまえているがゆえに、カーディナリィの指示に従って平時はその力を抑えている。

 その努力が報われないとなれば、彼がどんな反応を示すのか。


 益体も無くそんな「もしも」を考えていると、学校を中心に地を揺らす衝撃があり、その後にとてつもない魔力が感じられた。

 そして次の瞬間に現れる膨大な熱量が高く伸びる火柱の形となって現れた。

  

 あまりの熱に直視するのも難しい。そしてあの火柱は魔力由来のもの。ということは…… 


「コウ!」


 思わず叫ぶアルティリア。

 康太郎の力は確かに凄い。

 だが、彼の防御力は人のそれと大差はない。少なくとも、ここまでの熱量に耐えられるものでは無かったはずだ。


 火柱が治まったあと、いの一番にアルティリアはすでに学校とは呼べない場所へと近づく。

 同じ建物の中に居たあの人間達は灰も残らず消えていた。

 そして…………


「コウ……」

 

 火柱の中心と思われる場所にあったのは、唯一つ。

 かろうじて人の形を保っているのが奇跡とも言うべき黒い炭のかたまり。

 すなわち、康太郎、いや康太郎だったものの遺骸であった。



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