第19話 望まざる制圧
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アンジェルの先導で俺とアルティリアは想樹の中を進む。
何もない暗黒の中をもうかれこれ10分ほど歩いているのだが、これはおかしい。
確かにあの想樹の外殻はものすごい大きさだった。だが、こんな摩訶不思議空間が納まるほどの大きさではなかったはずだ。
いやもう今更何があっても驚かんというか、あーそうなのと思えるくらいには俺も寛容になってますよ。
「アンジェルた~ん、まだつかねえの~」
(もう少しだ……しかし我の名を呼ぶのは構わんが、その『たん』というのはやめろ。怖気が奔る)
何となくノリで言ってみたのだが、ああ、やっぱりこういうのは、世界共通で邪悪認定なんだね。
(さあ着いたぞ)
と、アンジェルが言うが、そこには何もない。
「あの~世界蛇様? 何もないように見えるのですが……」
アンジェルはアルティリアに答えず、右腕を真っ直ぐ虚空に伸ばす。
その指先を軽く動かし何かを少しだけ触れる。
触れた場所から光が生まれ、何もなかった空間に一本の木が現出する。
高さは3メートルあるかどうか。
青々しく豊かに緑の葉をつけた見た目はごく普通の木だ。
(これが、我が守護するもの。高純度の大地の理力によって形作られた、想樹だ)
しかし、なんというか……見てると心がざわつく。
生命としての力強さ、そして……今を生き抜く懸命さ。
そんな印象をこの木から感じる。
だが……今は、この感情をどう説明したらいいか、俺にもよくわからない。
ふと、アルティリアの様子を伺ったのだが……
「……ふえっ」
泣いていた。あのアルティリアが号泣しておる。
感受性の強い女性だからということもあるのだろう。
やはり、俺の抱いた印象は、俺だけが感じていたものではないらしい。
(どうだ、想樹を見て)
アンジェルがしたり顔で俺に問うてきた。
「筆舌に尽くしがたいってのは、このことだろうな。とにかく凄い。綺麗っていうか……うん」
俺はアンジェルにひとつ気になっていたことを聞いてみた。
「ところでこの樹、ぽっきり折ったらどうなるの?」
質問したとたん、アンジェルとアルティリアの殺気が最高潮になった。
「ステイだ、お前ら。ただの興味本位だ。他意はない」
アンジェルが三白眼で睨んできたが、かわいいので迫力に欠ける。
いやかわいい顔に睨まれるのってある種別の迫力はあるんだけどね?
(お主が言うと冗談ではなくなるのだからな、狂言も大概にしろ)
怒られた……後ろで泣き止んだアルティリアも腕を組んで首肯している。
(ま、ある程度お主も聞いているとは思うが……この樹が倒されれば、大地の理力のバランスが崩れる。簡単に言うと世界が滅ぶ)
重っ! 確か要とかなんとか聞いていたけど、重すぎるよ!!
(一部分だけならば、ある程度は許容できるとは思うがな。倒されるレベルだと、もはや取り返しつかん)
「そんな大概な代物なのに、どうして狙われたりしたんだ……?」
「大概だから、いろんな噂や逸話が生まれたようだな。やれ不老不死を実現させるとか、手元においておくと世界を手中にできるとか」
そう説明してくれたのはアンジェル。
「しかも性質の悪いことに葉の一枚、枝の一本でもあれば、実際に魔法ではおよそ到達できない次元の現象を起こすことは可能だろう。もっとも、それが出来る存在は限られるだろうがな」
とか何とか言いながら、アンジェルが俺を睨みつける。
固有秩序は理力そのものを扱う業。となれば、俺ならば想樹の力を利用できる可能性があるわけで。
「ああ、ないない。この樹を見て折ったりなんて気持ちは湧かないよ、ただ……」
俺が言葉を続けようとしたとき、視界の端、想樹に隠れて何かが写った。
「うん……?」
改まってもう一度見ると、想樹には何も変なところは見当たらなかった。
「どうしたのコウ? 今の言葉で心変わりしたんじゃないでしょうね?」
「違うって。さっき想樹の影に隠れて何かがいた様に見えたんだよ」
アルティリアが想樹を見る。近づいて裏まで確認する。
「何もないじゃない」
「……気のせいか」
きっと想樹の存在感に中てられて、ぼうっとしてたから見えた何かだろうな。
(ところでココノエ、先ほどは何を言いかけたのだ?)
「ん? ああ、想樹を切ったり折ったりするつもりはないんだけどさ――」
俺は想樹を見るまでに考えていたことを口にした。
「想樹の外殻を持っていくのはかまわないかな?」
「せいやーーーーっ!!」
俺の横薙ぎに振るわれた足刀が想樹の外殻を切り裂いた。
「もう一撃……っ」
今度は縦に足刀を一閃。
この2撃で結構な量の外殻が崩れ去った。
「これくらいなら、大丈夫だよな」
(ああ。この規模ならば一日で外殻を作り出すぎりぎりのところだな)
俺は来る旅立ちの日に備えて、ずっと自分の装備について考えていた。
基本的に徒手空拳が身上の俺なのだが、手甲や足具といったものが俺の力に耐えられないだろうという懸念があった。
そしてもうひとつ、俺は自分の手足以外の武器を欲していた。
拳や脚だけではどうしてもリーチの問題がある。もちろん、それらの欠点を帳消しにする必殺技もあるにはあるが……。
理想とするのは加減が効きやすくリーチの長い武器だ。そうして結論に至ったのは『棍』という選択だった。
ただ、そこら辺の木で棍を作ると、剣や槍といった鋭利な武器を相手には相性が悪くなるし、そもそも単なる長い棒にしか過ぎなくなるので俺の力には耐えられない。
しかし、そこで想樹の外殻という凄い素材が現れたことで強度の問題が解決し状況は一変したのだ。
問題は加工の方だが、そこら辺には少し考えがあるので、あとは仕上げを御覧じろ、といったところだ。
「ありがとう、アンジェル。おかげで色んな収穫があったよ」
俺はホクホク顔でアンジェルに礼を言った。
(ふん、おぬしの場合、その外殻が一番の収穫だったみたいだがな)
「いやあ、おかげで俺の武器の目処がついたからさ」
(お主に武器か……必要ないとも思うがな、ククク)
「ケケケ……俺さらに強くなっちゃうぜ~?」
お互いにグフグフ笑いあう光景は率直に言って不気味だ。
ああほら、アルティリア、そんな呆れ顔をしないで!
アンジェルに別れの挨拶をした俺たちは、里への帰路についていた。
ちなみに外殻は量が多いので、後日改めて取りに行くことにしている。
「今日想樹を見に行ったことは、里のみんなに話しちゃだめよ。怒られるのは私なんだから」
基本的に世界蛇の領域は行ってはいけない事になっているエルフなので、今回のことは本来ならアウトなのだ。
「了解。でもさ、想樹を見れて良かっただろ」
「ええ……そうね」
しかし、その声は喜び半分、ほかの気持ちが半分といったところ。
うん? アルティリアも感動していたし、これで一層使命に燃えるーとか思っていたんだが……。
そのとき、存在超強化で鋭敏になっていた俺の感覚が、ある異変を捕らえた。
「アルティリア、急ぐぞ!」
俺は脚に力を込めて速度を上げる。
「え、どうしたのよ、急に!」
アルティリアもそんな俺に追随する。
「里に変な連中がいる!」
「ええっ!? でも魔力の反応に乱れはない――」
アルティリアの口と目が驚愕で大きく開かれた。
「だったらまだみんな無事だってことだ! 間違いだったら後でなんでもする、とにかく今は!」
「ああ、ちょっと、先走らないでよ、コウ!!」
「これだけの上物が揃うとはな、きっと高く売れるぞ」
下品なしゃがれた男の声が耳に入った。
俺は一層高く飛び上がり、里の全体を見渡す。
里に侵入を果たした『連中』は確認できるだけで10数人の集団だ。
明らかに武装しており、剣呑な気を撒き散らしている。
どうやって里に侵入を果たしたかは不明だが、今はとにかく――
俺は空を蹴って加速し、急降下して地上へ降り立つ。
存在超強化をかけている俺だからこそできるトンデモな体術だ。
地を踏みしめる轟音と舞い上がった砂埃に『連中』の意識が僅かに混乱する。
「な、なんだ!?」
大柄なならず者が俺に戸惑いの声を上げる。
得物は長めの片手剣。
エルフの皆の姿が見当たらないのが引っかかるが、まずは外の連中を一掃する。
すでに存在超強化は最大限で稼動している。この状態の俺は知覚する時間の流れが遅延して緩慢なものになる。
男の剣を乱暴にたたいて折り、続いて、相手の足を蹴る。
骨を砕いた確かな感触を確認し、痛みの悲鳴が上がるよりも前に次の標的へ。
基本的にはこの繰り返しだ。
中には魔法を駆使する力の使い方がうまいのもいたが、カーディナリィという最上級を相手に俺にとっては塵屑同然だ。
攻性の魔法は拳圧で吹き飛ばし、武器を破壊し、相手の足を砕く。
場合によっては反抗できないように手も同じく砕く。
だが、それくらいで済ませているこちらに感謝してほしい。加減するのも本当は手間なのだから。
そうしてすべてを制圧したのは僅かに一分足らず。アルティリアが来るころには、すべての連中の拘束を終えて一箇所に集め終えていた。
幸いにもエルフたちはなにやら特殊な方法で眠らされていただけで、命などに別状はなかった。
仮にみんなに何かあったのなら……と思うと俺はぞっとする。
そうして粗方が片ついた後、里の長に無理を言って、俺が彼らに尋問することとなった。
俺はあえて『連中』の拘束を解いた。まあ、脚を砕いているので、動くことは容易ではないだろうが。
「これだけわかりやすい形にしてやったんだ」
俺は『連中』に高圧的に言い放つ。
存在超強化は今も使い続けている。今の俺なら、冷徹な判断も容易に下せるだろう。
「さて、きりきりと吐いてもらおうじゃないか」
第20話に続く
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