第18話 リミットオーバー
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アンジェルに紹介された樹は、やたらでかい。
幅は6メートルほどだろうか。高さについてはこの近さでは全容が把握できない。
しかし、それだけだ。確かに迫力はあるが、それは単にでかいだけの樹ということに過ぎないわけで。
本当にこれがアンジェルがあれだけの殺気を放つくらいに重要で、アルティリア達エルフがずっと守り続けてきたものとはとても思えなかった。
俺の疑問を察したのか、隣に並んだアンジェル(美少女)が話しかけてきた。
(どうした? 不満そうだな?)
俺は率直な感想をアンジェルにぶつけることにした。
「不満? いや、ただ単にこの程度かっていう、落胆だな」
(ほほう、この我が守護する想樹を愚弄するのか)
アンジェルの顔にはかすかな笑み。声にはややからかいの意が含まれている。
なんだこいつ、すんげえかわいいんだけど。
「いや、そんなつもりはないさ。ただ、俺は異世界人なもんでな。ただ俺にとってはそういうもんかってだけだよ」
これはもう単純な価値観の相違というやつだ。
(ふむ、まあ、そう思うのも無理はない)
アンジェルが口を開いた。そして、俺の感想を肯定したのだ。
(お主の考えは間違ってはおらん。コレはな、想樹の擬態、見せ掛けの外殻なのだ)
見せ掛け……ならば本物は?
(真の想樹はどこか。それはな、この外殻の中なのだ)
木を隠すには木の中とでも言うのか?
だがこんな自己主張が激しくては、切って下さいとでも言わんばかりだ。そして切ってしまえば中の真の想樹の存在も浮き彫りになるだろう。
(守り人の娘よ。この外殻に魔法を放て。そうだな、何でもよいが、炎の系統ならばよりはっきりとわかるはずだ)
アンジェルがいきなりアルティリアを指名したかと思えば、魔法を想樹で攻撃しろだって?
「え? ええ? あの、よろしいのですか、世界蛇様。外殻とはいえ……ましてや炎を放てば――」
アルティリアも突然のことに狼狽する。いくら世界蛇の命令とはいえ、想樹を攻撃しろなんて馬鹿な命令は聞きたくはないだろう。
(かまわぬ。想樹の守護を司る我が許可する。お主の全力を放つがよい)
だがアンジェルはアルティリアの言葉を途中でさえぎり、しかも全力でと念押しまでした。
「う……あ……」
アルティリアは尚も逡巡する。無理もない。それは自分のアイデンティティを壊すような行為なのだから。
「アンジェル、無茶を言うなって」
俺はアルティリアに助け船を出すつもりでアンジェルに声をかけた。
(ふむ……守り人を名乗るだけあって、使命には隷属しているか。仕方ない)
そういうとアンジェルは指先を躍らせるように動かし、想樹の外殻に向けた。
その指先には炎の塊が形作られていく。
炎は豆粒のような大きさから拳大の大きさにまでなる。
あのアンジェルが作り出すものにしては些か派手さに欠けるそれは、しかし、その小さな大きさに計り知れないエネルギーを凝縮させている。
「おいおい、アルティリアが魔法撃つだけでもアレなのに、お前がそれをするっていうのは……!」
いさめる俺に、アンジェルは見向きもせずに言った。
(黙って見ておれ、ココノエ。そこの守り人の娘もな)
アンジェルの指先から炎の塊が放たれた。
樹に直撃した瞬間、凝縮された炎が解き放たれ、炎が爆発を生む。
「きゃあっ」
「うおっ」
激しい熱量と吹きすさぶ爆風に俺とアルティリアはとっさに顔を手で覆ってかばう。
爆風が収まり、舞い上がった土煙が治まるころ、現れたのは黒炭となった樹でなく――
「うそ……」
「すげえ……」
まったく、炭の色など一つもなく、先ほどの爆発などなかったかのように聳え立つ立派な樹の姿だった。
(これでわかったか。我が見せたかったのは、こういうことだ)
アンジェルが樹の外殻に近づき、コンコンと軽く手で小突いた。
(想樹の外殻は、外部からのあらゆる衝撃を防ぎ、あらゆる魔法を遮断する)
アンジェルが自慢げに、しかもと続ける。
(樹は受けた攻撃を覚える。少しでも傷をつけられようものなら、二度と傷つくまいと自己をそのように強化させるのだ)
なんということでしょう。樹の外殻とは学習型のコンピュータを積んだ自律進化型の防衛機構っぽい何かだったのです。
って、無茶苦茶だな。そんな凄まじいものであるならば――
「ぶっちゃけ、世界蛇もエルフも要らなくないか?」
そんな身も蓋もない言葉をアンジェルは一蹴する。
(たわけ。だからといって、樹を狙うものを野放しには出来んであろう。たかられても面倒だしな)
言われてみて、それもそうだと納得する。
いかに無敵の防衛機構でも四六時中狙われたら心休まることもないだろうし。
(それに樹自身に他者を害することは出来ん。誰かが守ってやらねばいかんのさ)
樹の表面を撫でながらアンジェルは言った。
樹を見るアンジェルの目はどこか優しそうな雰囲気をかもし出している。
(それになあ、この外殻の守りも絶対というわけでもない。幾星霜を経た蓄積がある今ならばともかく、過去には外殻の守りも突破する輩もいたのだ)
あのアンジェルの攻撃を無傷でやり過ごした光景を見た俺には到底信じられないが、だがアンジェルが言うのだから、そういう過去も確かにあったのだろう。
(ゆえに、我はお主を連れてきたのだ、ココノエ)
アンジェルは俺に向き直ってそう言った。なんで『ゆえに』って?
(ココノエよ、お主の全力をこの外殻に打ち込むのだ。傷つかねばそれでよし。突破されるようであればそれもまた重畳の至り。その攻撃を覚えた樹は更に強化されるのだからな)
ほほう、それで俺の意思をちゃんと確認したわけね。
仮に俺が外殻の守りを突破して、想樹を害するようであるならば……。
「よし、そういうことなら任せておけ。外殻の成長のために、きっちり外殻を破壊してやるから!」
俺は拳を手のひらに打ちつけて、やる気を見せる。
(……ほどほどにせいよ、破壊しつくしては修復までに時間がかかりすぎるのだからな。ま、生半では傷つけることもままならないだろうが)
久々に存在超強化で全力が出せる。
森の巡回では、速力強化がメインだったし、食料となる獲物を仕留めるのはアルティリアが率先して行っていたので、力を発揮するまでもなかったわけで。
そして俺とて男である。しかもかつては、中二病をわずらっていた男だ。無闇に振るう気もないが、せっかくある力を腐らせるのも嫌だった。
よし、いっちょやってみますか!!
ここ最近に見ないやる気を見せる康太郎をアルティリアは冷ややかな視線で見ていた。
「あの馬鹿……なんであんなに張り切ってるのかしら」
異世界人を名乗る康太郎は時折、妙なことで感動したり落胆したりと、色々とせわしなく騒がしい存在だ。
悪人ではない。というか、そもそもエルフの子供たちのいい玩具……もとい、遊び相手になっている段階でそんなのは考えるまでもないだろう。
その人柄ゆえか、一月近く経つ今、里の皆の彼に対する態度も驚くことに徐々に軟化しつつある。
(どうだ、お主らの里でのココノエは)
アルティリアの隣に並んだ少女――世界蛇であるアンジェルが人の姿に変化した――が話しかけてきた。
空中にぷかぷか浮いていることを除けば見た目はなんの変哲もない少女だが、彼女は王種と呼ばれる偉大な存在なのだ。
「は、どう、と仰いますと……」
緊張して声が上ずった。彼女の機嫌を損なえばこの身がどうなるかはわからない。
なので、自然と発言も慎重になってしまう。
康太郎について厳しい罵声を浴びせることも多いアルティリアは、康太郎のことを気に入ってるであろうアンジェルに、康太郎を評する際のそれらがぽろっと出てしまわないか不安になるのだ。
(まあ、あの様子を見る限り、多少は肩身が狭い思いをしているのだろうが)
アンジェルのその発言に思わず心臓が飛び跳ねそうになる。
里における彼の扱いはいわば腫れ物に近い。それに固有秩序にいくらかの制限を受けているのは事実なのだ。
(だが、それを不満には思っていないらしい。でなければ、お主をかばう様な事は言わぬだろうからな)
アンジェルがふっと笑みを浮かべ、その様子にアルティリアは安堵した。
だが、アルティリアは疑問に思う。アンジェルがなぜ、これほどまでに康太郎のことを買っているのか。
王種であるアンジェルが、自分たち守り人のエルフにはあまりいい感情を持っていないのはアルティリアもわかっている。
エルフでさえそうなのだから、ましてそれ以上に俗物であろう人間の康太郎のことは、尚更に毛嫌いしても不思議ではないのだ。
普段の蛇の姿ならいざ知らず、今の少女の姿ならば迫力という点では些か弱いのは否めない。
そのことがアルティリアに、アンジェルへの問いかけをするきっかけとなった。
「あ、あの、世界蛇様はどうしてコウ……いえ、あの人間のことを買っているのでしょうか?」
アルティリアの方を向いたアンジェルの目がすっと細められる。
「あ、いえ、差し支えなければといいますか、ほんの少し、そう、毛の先ほどの興味で聞いただけでして――」
慌てて言い訳を重ねるアルティリア。 情けない限りだが、王種を相手に友達づきあいのような軽口が叩ける康太郎の方がおかしいのだ。
(……アレは、我と対等に接してくる。奴はそれだけの力を示したから、それを許しているが……我にあのように……お前たちの言葉で言うところの『友』のように接するだろう? それがなんだか、何故か愉快でな)
康太郎のことをかすかに口の端を歪めて話すアンジェルに、アルティリアは瞠目した。
自分は今、とんでもないところを目撃したのではないだろうか。
まごうことなき王種、頂点であり孤高の存在がこんな風に他者を認めるなんて前代未聞だ。
もっともアルティリア自身は他の王種に会ったことはないから、本当はなんとも言えないのだが。
そんな風に考えをめぐらせていると、突然とてつもないプレッシャーに襲われた。
「……っ!?」
プレッシャーの元は固有秩序を発動させた康太郎だ。
だが、これほどのプレッシャーは今までになかったはずだ。
「コウ……」
普段、康太郎に対してはある種の気安さも感じているアルティリアだが、今の康太郎には恐怖を感じていた。
かつて相対したときには一瞬で倒されたせいでわからなかったが、康太郎の真価はこれだけのプレッシャーを放つ存在なのだ。
(守り人の娘よ、お主にも違いがわかるか。ならば、それなりに奴と同じときを過ごしたのだな)
確かに。四六時中とまではいかないが、アルティリアはお目付け役として一日の大半を康太郎と過ごしている。
しかし、それがなぜアンジェルにわかったのだろう?
(アレの力がわかるということは、理力そのものに対する感度が上がっているということだ。王種の我は別として、普通に生きているだけならば、そうそう理力に対して敏感にはなりようもないからな)
そういうもの……なのだろうか。何度か彼が固有秩序を発動させる場には居合わせているが……。
だが、今はそれよりも康太郎だ。
康太郎が、動く。
「はぁっ!!」
地が割れるほどの踏み込みから康太郎の拳が打ち出される。
轟という低く重い音が響いた。
音の振動が、アルティリアとアンジェルにも伝わってくる。
いったいどれだけの威力が今の一撃にこめられたというのだろうか。
しかし――
「……この程度じゃ壊れないか」
康太郎が冷たい声でつぶやき、打撃した拳を樹から離す。
そこには傷一つない、想樹の外殻があった。
「アンジェル。もうちょっと試してみてもいいか」
振り返ってアンジェルに問う康太郎。
うっすらと笑みを浮かべるその顔からは、普段の人懐こい雰囲気が一切感じない。
研ぎ澄まされた鋭利な刃、触れたそばからすべてを切り裂く無尽の力。
固有秩序を発動させた康太郎がこうなるのは何度か見ていたが、今回のこれは、今までになく強烈だ。
(ああ、かまわんぞ。好きなだけやって見せろ)
アンジェルが首を縦に振って康太郎の問いを了承する。
アンジェルの了承の後、すぐさま康太郎が外殻を殴り、蹴る。その度に轟音が鳴り響いた。
「ははっ」
その轟音に混じって、かすかに康太郎の笑い声が漏れる。
拳は血でにじみ、それでもなお外殻が崩れる様子はない。
一体今、康太郎はどんな気持ちでいるのだろうか。
そうして数分たった後、康太郎が外殻から距離をおいた。
深呼吸の後、構えを解き、腕をだらりと下ろした。
「■■■■■■■■■■……」
康太郎が何事かを呟いた。
その後、彼の両の拳がうっすらと淡く白い光を放つ。
そして次の瞬間、彼の姿が掻き消えて――
――轟ッッッッッッッ!!
刹那のうちに幾重にも重ねられた打撃が、これまでにない轟音を生んだ。
康太郎がした事といえば、ただ打撃を打ち込んだことだけなのだが、それだけで風が起こり、土煙が舞い上がる。
「ふう……意外とやるじゃん、俺」
そう言う康太郎は非常に満足げな顔をして額に浮いた汗を腕でぬぐった。プレッシャーも今はもう感じない。
それもそうだろう。
彼の後ろには、一部分が崩された想樹の外殻の姿があったのだから。
(よもや、本当に。しかもこれだけの隙間を作るほどに壊すとな)
アンジェルは康太郎のもたらした結果について、呆れ交じりの苦笑をもらした。
ある意味で自身の望んだとおりの展開になったわけだが、ここまでの規模になるとは予想していなかった。
「コウ、あんた一体、何をやったの……?」
アルティリアが康太郎に唖然としながらも問いかけた。
さもありなん。アンジェルの魔法の一撃をものともしなかった外殻を打ち砕いたのだから。
「えーと……こっちに来てから今までの集大成、まあ、必殺技ってところかな」
アルティリアは頭が痛くなった。
もともと法外な力を持っていた男が、さらにとんでもない力を手に入れてしまったらしい。
これでは、カーディナリィに固有秩序の使用を制限されて当然だとアルティリアは思った。
いや、むしろ制限されていた中で、こんなものを考えていたということが恐ろしい。
今は固有秩序を解除して普段の康太郎に戻っているため、アルティリアも気兼ねなく話すことが出来るが、その本性は極めて埒外なのだ。
アルティリアは両の頬を手で叩き、気を引き締めた。やはりこの男は油断してはならないのだと。普段の気さくな彼には騙されてはいけないのだ。
さて、康太郎が崩した外殻は、人一人が余裕で通り抜けられる大穴だ。
これならば、内部にある真の想樹を見ることも容易だろう。
アンジェル自身、想樹を見るのは一体いつのことだったか。
(ではついてくるがいい。想樹を見せてやる)
アンジェルの先導に従い、康太郎とアルティリアは、外殻の内側へと入っていった。
第19話に続く
あと2、3話でエルフの里編も終わり、第3章に入ります。
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