第17話 爆誕する天使
お待たせしました。 今後はこの位の時間にも投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
アンジェルの元へ向かうことになった俺とアルティリアは、一通りの巡回を終え、彼女の先導でアンジェルのテリトリーを目指していた。
思えばD世界に来て一月近くが経とうとしているというのに、アンジェルとはあの戦闘以来一度も顔を合わせていない。
もっとも彼が王種という偉大な存在であることを思えば、それは当然といえば当然の話。
エルフの里を出るときには会おうとは思っていたので、予定が多少早まった。
「はぁ~気が重い」
「なんだよ、ため息なんかついて」
高速で森の中を疾駆するアルティリアが一つため息をついた。
駆け抜けながらのため息というアンバランスな光景だが、これは彼女のスピードが魔法によって生まれたものであるがゆえ。
もちろんそんな彼女に追随する俺も存在超強化を使って身体機能を強化していなければ、こんな風に声をかけることもそもそもついていくことも難しい。
ちなみに風の魔力を速力に変えるというのは、比較的易しい部類に入る基本の魔法だとか。
基本ゆえに、その効果は使い手の技量に大きく左右されるし、易しいというのは『あくまで発動が』という意味であり、その消費効率はかなり悪い。
それをアルティリアは、巡回のときや今も継続的に使用している。
にもかかわらず、肉体的な疲労感はほとんどないというのだから、実は彼女はかなり凄い人物なのだなと最近は思い直している。
初対面のときの戦闘では力量差だけではなく、徒手空拳が身上の俺とは近接戦における相性が悪かっただろう。
「そりゃため息ぐらいつきたくもなるわよ。世界蛇様の領域に入り込むなんて本来は禁止事項だし」
「アンジェルが許可しないからだろ? 大丈夫だって、俺が話つけるし。大体、アルティリアだって、想樹がどんなものか実際に見たいと思ったからこそ、了承したんだろ」
「うっ、そうなんだけど……」
アルティリアが少々ばつの悪そうな顔をした。
「……ったく、今までならこんな気持ちにもならなかったのに、あんたが来てから抑えが効かなくていやになるわ」
「ん? 何か言ったか?」
アルティリアが俺のほうを見ないで何かを呟いた様だが、俺には聴き取ることができなかった。
「なんでもないわよ! さて、そろそろ世界蛇様の領域よ」
アルティリアが魔法を解除し、通常の速度で歩き始める。
俺もそれに合わせて存在超強化を解除して彼女の後ろについたとき、彼女は振り返って俺を指差し、
「正直腹が立つけど、あんたの力だけは認めてるんだから、何かあったときはどうにかするのよ、いいわね!」
彼女の表情はきわめて真剣だ。こちらとしても是非はない。
そもそも彼女の安全を保障するといったのは俺だしな。
「りょーかい。ま、俺も怪獣大決戦なんて2度とやりたくないからな」
(やはりココノエか)
頭に響くは、やたらいい声したダンディボイス。
アンジェルとの再会は、彼の領域に入って、ものの数分で果たされた。
目算10メートル超の巨大蛇はいつ見ても迫力満点である。
「しばらくぶりだな、アンジェル」
「ご、ご無沙汰しております」
俺は手を上げて、アルティリアは手を胸に当てて敬意を払ってそれぞれ挨拶した。
(特徴的な理力が近づくのを感じてな。もしやと思ってきてみたのだ)
そこまで言って、しかしとアンジェルは言葉を区切り
(お主の事など我は知らんぞ、守り人の娘よ。ココノエはともかく、お主が我が領域に足を踏み入れているのを許した覚えはないが?)
アンジェルは、会って早々アルティリアに敵意を向けた。
アルティリアは睨みを効かせるアンジェルに身を竦ませる。
俺はアルティリアを背中にかばうような位置に立った。
「待ってくれ、アンジェル。彼女には俺がここまでの案内を頼んだんだ。それにアルティリアとは俺たちが戦ったときに会ってるだろ?」
アンジェルは少しばかり沈黙して、
「……ああ、あの時の片割れか」
一応、アルティリアのことは思い出したらしい。
「そうそう。今日はアンジェルに会いたくてな。彼女もお前に会うわけにはって嫌がったんだが、俺が無理言って案内させたんだ。だから、そう邪険にしないでくれよ」
アンジェルは話の分からない奴じゃない。少なくとも、奴が一度は認めた相手にならば、奴は聞く耳も持つはずだ。
(……ふん、まあよかろう。ココノエを連れてきたというのであれば、些事には目を瞑ってやる)
アンジェルの言葉にアルティリアは胸をなでおろした。
(それで、お主はなぜ我に会いに来た? そういえば、我はお主に辛酸を舐めさせられていたのだったなあ?)
アンジェルが含みのある声で問うてきた。表情は読めないが、たぶん今のこいつは意地悪な笑みを浮かべているに違いない。
「勘弁してくれ。お前と戦ったら、今度こそお互い無事じゃすまないぜ? お互い、あの時よりは強くなっているだろうし?」
俺もアンジェルに不敵に笑みを返してみた。
ま、アンジェルの方も強くなっているかどうかは、半分カマかけのようなものだが……
「だろうな。お主との一戦以来、我も己が驕りというものを知ったのでな。以前と同じにとは行くまいよ」
ほうら、やっぱりこの蛇は、聡くて潔い。
普通この手のお偉い系は自らを顧みることことは少ないもんだが。
「では話すがよいぞ、ココノエ。お主の話ならば聞いてやらんこともない」
アンジェルの言質を得ることができた俺は、一度アルティリアのほうに振り返る。
内容的にはアンジェルにとってもグレーゾーンであろうから、万が一にも用心しろ、という意思を互いに頷くことで確認した。
俺は、アンジェルに向き直って、
「エルフの里で聞いたんだよ、アンジェルが守っているものについて。今日はそれを、想樹を、見せにもらいに来た」
「ほう……」
アンジェルの目に剣呑な輝きが映った。
アルティリアはその様子に少しだけ震え上がったが、大丈夫だという意思をこめて目配せをした。
「ココノエ、お主は想樹をどうするつもりだ?」
「どうするって? ただ見せてほしいだけだけど」
アンジェルは体を近づけて、俺の顔を見据えた。
「それは真か? それが偽りであり、想樹に仇を成すようなことになれば……分かっているであろうな?」
アンジェルからのプレッシャーが増大する。
それはかつて戦ったとき以上に感じる大きさだ。
おそらく、彼は使命によって動くとき、その力を真に全開させるのだろう。
(無論、ココノエだけではなくココノエを連れてきた、そこの娘、いや守り人すべてにも責はあろう?)
強大なプレッシャーが俺の後ろに立つアルティリアにも向けられる。
「……っ!」
彼女が感じるプレッシャーは俺の感じるものよりもずっと大きいはずだ。
その証拠に気丈な彼女が、少しばかり体を震わせて青い顔をしている。
「大丈夫だって」
俺は後ろに振り返って強引に彼女の手を握った。恐怖からか、少し汗ばんでいる。
「ちょ……」
困惑する彼女に、俺は笑ってみせる。
正直、こんな風に振舞うのはまったく持ってキャラではない。というかR世界では絶対無理だ。
しかしここはD世界で、今の俺はちょっとした超人だ。
多少キザに振るまってもいいだろう?
それでこの銀髪エルフが少しでも安心してくれるのなら。
俺のそんな思いが伝わったのか、彼女の手から伝わる震えが止まった。
俺はアンジェルに向き直り、彼の目を見据えた。
「変な勘繰りはやめろよ。俺は、俺たちは単純に想樹がどんなものか見たいだけだ。どうこうするつもりもないし、世界蛇のお前がだめというのなら、潔くあきらめるさ」
しばしの間、俺とアンジェルのにらみ合いが続き、静寂があたりを包んだ。
そして先に口火を切ったのはアンジェルのほうだった。
(ふっ、いいだろう。お主がそこまで言うのならばな)
アンジェルの言葉を聞いて、俺とアルティリアは二人して安堵した。
すると、アルティリアが、あ、という声を上げて、
「ちょ、ちょっと」
アルティリアが小声で俺に話しかけてきた。あれ、顔が少し赤い気がする。
「うん、なに?」
「いつまで握っているのよ。いい加減この手を放してよ、あんた力強すぎてちょっと痛いし」
おっと、そうだった。自然と力が入っていたようだ。
「ああ、ごめんごめん」
「まったくもう……」
アルティリアが俺が握っていた手を、空いていた手でいたわるようにさすった。
(だが、少しばかり条件がある)
条件だって? 嫌な予感しかしない。
(ココノエ、少し、お主を食わせろ)
うわあ……いきなりなんつーこと言いやがる。
(我はお主以上の味を知らぬ。お主の肉、骨、血、そのすべてが我がこれまでに味わったことのない至高だった)
え、何うっとりした声で話してるの? いい声でそんなこと言われても気持ち悪いだけだよ!?
「おい、ちょっとまて。お前、少しって言うがな、その巨体で少しってドンだけ食うつもりなんだよ。人間舐めんなよ、ちょっと肉喰われただけでもな、俺たちにとっては大ダメージなんだぞぅ!!」
ひ弱な生き物ですみません。しかしながら、ここは断固として譲らない。
(ふむ、それもそうだな……では、我がお主に合わせることにしよう)
「は? あわせるって何を」
次の瞬間、アンジェルの巨体が白い光を放ち周囲を照らした。
「きゃあっ」
「うおっ、まぶしっ!」
目をほんの薄くしか開けていられないほどの光だ。
その光を放つアンジェルは徐々にその姿を小さく、人の姿へと変えていく。
(ふむ、こんなものか?)
あれ?
俺の聞き間違いだろうか。頭に響く声がそれまでの渋い声ではなく、年若い女の声に聞こえたのだが。
光の主から徐々に白い光が失われていき、現れるその姿は。
「え、なにこれ、夢でも見てるのか?」
「あはは、私、とうとうこいつのせいで頭がおかしくなったかしら……」
俺もアルティリアもあまりの展開に驚きを隠せず、同じような反応をしてしまう。
薄紫の外套に赤のラインが入った豪奢な服、ともすれば和風のテイストが入った長衣をまとった少女がぷかぷか浮いていた。
肌は白く、風になびく髪は腰まで伸びるほどに長くて色は白銀、目は金色の輝き称えていた。
歳にして、14かそこらだろうか?
未熟な少女の面影に女としての色気を少しにじませたような、破格の美貌の持ち主。
その少女こそ、すなわち――
(どうした、お主ら、そんな呆けた顔をしおってからに)
微笑みを湛える彼女こそは、王種・世界蛇のアンジェルが人化した姿だったのだ。
「あ、アンジェル……? 君があの王種のアンジェル?」
(うむ、そのとおりだが。ココノエよ、見て分からぬか)
わかるかああああああああああ!
「世界蛇様が人化の法を使えるなんて、私知らなかった……」
口元を手を添えたアルティリアもやはり驚きを隠せないらしい。
長命なエルフにも伝わっていないとか、俺たちは今、とんでもないものを見ているのか?
だが、これは、これは――!
「くそっ、やられた……!」
俺は両膝をつき、地面に手をたたきつけて盛大に悔しがった。
(な、なんだ、どうしたのだ、ココノエ)
俺の突然の行動に、俺に近づき案じる声をかけるアンジェル。
その声は今まで聞いていた渋いダンディボイスではなく、どこぞのアニメのメインヒロイン級のボイスだ。
油断していた。
あの巨体と、渋い声と口調からてっきり男っつーか、そもそも蛇に性別なんか求めてなかったのに。
まさか、アンジェルにこんな隠し玉があったなんて。
いや、ある意味ではこの手の実は美少女というのは鉄板ネタでもある。
だがいざ現実にそんな現象目の当たりにすると……。
(うん? 大丈夫か?)
顔を上げた俺の至近にアンジェルの美貌が映りこんだ。
「え、ちょ、うわ」
うおおお、蛇ににらまれるのは我慢できるが、この手の美少女に見つめられ続けるのは我慢できない。
あ、そういえば身近にいたなー、こんな風に見つめてくる人。
深呼吸を繰り返し、なんとか落ち着きを取り戻す。
「あ、ああ、大丈夫だ。それにしてもアンジェル、お前って雌だったのな」
(うん? 何を言っておるのだ、当たり前であろう?)
胸を張って言うな。
「なあ、アルティリア。アンジェルが雌ってお前知ってたか?」
俺は隣にいるアルティアに小声で聞いた。
「そんなの、知るわけないじゃない。世界蛇様のことは、私たちだってすべて分かっているわけじゃないもの……」
さよか。まあ驚いているばかりでは話も進まない。
「え~っと、アンジェル……。その姿になったのは俺を食べるためだっけか」
(うむ、そのとおりだが)
「いや、量の問題じゃないからな? 食わせるわけにはいかないぞ?」
アンジェルの顔が残念さに一気に崩れた。
(な、なん……だと? 待てでは我はいったい何のために、人の姿をとったというのだ……)
しるかよそんなの!
しかし、ここまで落ち込まれると困る。
アルティリアが俺の肩に手を置いて、
「ちょっと、世界蛇様を困らせちゃだめでしょ。ちょっとぐらいいいじゃない」
「何を言い出すんだお前! お前が俺の立場だったらお前は自分の肉を差し出せるのか!?」
というか、無駄な肉のない均整の取れたコイツの体に、そんな部分はないが。
あーいや、一部分あったか。 ……言わせんなよ。
「私はコウじゃないもの。そんな仮定に意味はないわ」
しれっと他人事で済ませましたよ、この女。
綺麗な顔してても、それだけじゃあだめなんだな。
「ま、がんばんなさい!」
いい笑顔でサムズアップを決めるアルティリア。
こいつ、本当に調子いいな。さっきまでのか弱いお前はどこに行った。
「アンジェル、そう落ち込むな。肉や骨はやれないが、血なら分けてやらんこともない」
(ほ、本当か!!)
ぐいっと俺に体を寄せて、喜びの表情を浮かべるアンジェル。
そういえばアンジェルって、確かどっかの国だとで天使って意味だったような……。
アンジェルさん、アンタは天使や……。
「そんなに食いつくな! ただし、血を飲ませたら、ちゃんと想樹を見せてくれよ?」
(うむ、もちろんだとも!!)
なんども首を縦に振って了解の意を示すアンジェル。
このかわいらしい中学生くらいの子が、あの巨大蛇などと、どうしたら信じられる?
俺の血を飲んだアンジェルはえらくご機嫌な様子で俺たちを案内していた。
ちなみに姿は、あの女の子のままだ。
え? どういう風に血を吸われたかって?
あれだよ、首筋に噛み付いてチューってやつさ。
俺が吸血されるシーンなんて、描写されても困るだろ? っていうか俺が思い出したくもないわ。
アンジェルの案内で進んでいくと徐々に、木々の高さが高く、幹の大きさが太くなっていく。
これは理力の質と量が、普通のそれではないかららしい。
そして――
(見よ、ココノエ。これが想樹だ)
そうして手でアンジェルが指し示したのは、木というにはあまりに破格。
いったいどうしてその自重を支えられるのかといわんばかりの巨大さ。
まるで搭のようにそびえ立つ、一本の木だった。
第18話へ続く……。
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