第16話 想樹の森
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D世界にきて早3週間。R世界では定期中間試験も近づきつつある今日この頃。
本日は学校がお休みということで、俺はアルティリアの『お勤め』に随伴していた。
俺と出会ったときにも彼女が兄のシオンとともに行っていた、いわゆる森の巡回である。
彼らの里は、『想樹の森』と呼ばれる領域の西側に位置している。
想樹の森とは、文字通り『想樹』と呼ばれる種が原生していることから名づけられ、別名を神域と呼ぶ。
想樹という種はこの世界においてかなり貴重かつ重要な存在であるらしく、そもそも『王種・世界蛇』はその守り手として太古の昔に生み出された存在であるとかなんとか。
そしてあの里の人たちは、今は滅び、世界蛇の始祖の盟友であった『王種・妖精女王』の遺志を継いで世界蛇と同じく想樹の森を守っている。
故に彼らは他のエルフと一線を画し自らを『守り人』と呼称する。
また想樹の森は、想樹以外にも貴重な植物やレアモンスターが生息しているらしい。
それらを狙い、禁を破って森に侵入し、乱獲する不届きなやつもいるのだとか。
彼ら守り人はそんな存在から森を守護する番人、仕事人なのだ。
森のある一帯は、対外的にはエルフの管理地としていくつかの例外を除いて、あらゆる種族の出入りを禁じている。
そういう事情を知ると、アルティリアと最初の出会いのときに警戒、いや敵視されていたのも当然だなあと納得する。
しかし喉元過ぎれば熱さも何とやら。
過ぎてみれば最悪に近い出会いも、そこそこに話せる様になった今ではいい思い出である。
いや、全裸だったことは今でも黒歴史なのだけれど。
「ちょっと、何を呆けているのよ、コウ。置いていくわよ」
立ち止まっていた俺を一瞥しただけのアルティリアは俺を置き去りにした。
風の魔力を身にまとい、速力や跳躍力を上げて疾駆する彼女の姿は、すぐに木々に隠れて見えなくなる。
「ああ、悪い、すぐに行く!」
固有秩序『存在超強化』を発動させ、俺は彼女に追走する。
俺の役割はアルティリアのサポートだ。
想樹の森については俺は素人。
俺は彼女に付いて、この森やその生態系、サバイバルの知識などを学んでいる。
アルティリアは俺とのペアについては足手まといになるとして難色を示したが、カーナさんの鶴の一声でしぶしぶ了解した。
一々彼女にとっては常識過ぎて疑問にも思わないことを俺は質問しているらしいのだが、彼女は呆れながらも説明してくれる。
案外、面倒見はいいらしかった。
日が高くなった頃、森の中にあった清流の近くで昼食を取ることになった。
昼食はカーナさんが持たせてくれたサンドイッチである。
「綺麗だなあ、この水」
アルティリアによると、この水は森の理力が染み出した湧き水で、疲労回復効果もあるという。
水筒に水を汲み口に運ぶ。
さらりとして飲みやすく、自然な冷たさが気分をリフレッシュさせてくれる。
「ぷはぁ! うま~~~い!」
「大げさねえ、コウは」
そう言いながら、アルティリアもおいしそうに水筒に口をつけ、ごくごくと喉を鳴らした。
「俺の住んでたところは自然の少ない住宅密集地だったからな。こういう森にしろ水にしろ、珍しいのさ」
俺は空気を胸いっぱいに吸い込んで吐き出す。
確かフィトンチッドとかいうのが森にはあふれていて、それがリフレッシュ効果があるとか何とかだっけ。
気分がスッキリする。
こういうのを空気が美味いというのだろう。
D世界に来てからというもの、ファンタジー的な要素以外にも、こうしたR世界でも体験できそうなことに感動することが多い。
インドアを自認する俺だが、案外こういったアウトドアでしか得られないものに飢えているのかもしれないな。
「はむ、もきゅもきゅ」
カーナさんのサンドイッチを一口。
甘辛いソースに絡んだ鳥肉にレタスがよく合う。
D世界の食事……というか、その材料となる食物については、R世界との類似点が非常に多く、名前まで大概一致していたりする。
いやはや、わかりやすくてありがたいことです。
まあ、そうした食物がR世界と似るというのは、単にD世界が俺の夢だからという以外にも説明は付くと思う。
何しろ、人が健康的に暮らせる環境があるということは、大気の組成やなんかがR世界、つまり現実の地球と同じ環境があるということだ。
理力や魔力なんてものがない以上、R世界にないものがあっても不思議じゃないが、R世界にあるものがD世界にないというのはあまり考えられない話だ。
もちろん、技術の方向性が違っていたり文明の発展具合が追いついていないということでD世界にないものはいくらでもあるけど。
「そういえばさ、想樹って具体的にどう凄いんだ」
俺はアルティリアに話の種としてそんなことを聞いてみた。
「やっぱあれか、葉をすりつぶして出た雫を使ったら死人が生き返ったりするのか?」
「何それ? いったいどこでそんな与太話を吹き込まれたの?」
アルティリアは半目になりながら、にべもなく否定した。
「想樹は世界の要よ。想樹が生み出す莫大な理力は、世界中に降り注いで豊かな大地を作り出す元になる。もし想樹に何かあれば、この世界によからぬことがおきるのは間違いないわ」
それは俺も最近聞きかじった。だがそうはいわれても、いまいち漠然としたイメージしかわかないので、彼女たちが守っているものについてその詳細が知りたかったのだ。
俺のそんな疑問、満足な答えが得られていないという不満が顔に出ていたのか、アルティリアが声のトーンを落として続けた。
「……あんまりこんなこと、人間のアンタには言いたくないんだけどね。私も間近から想樹を見たことはないし、その真価は私たちも知らないの」
ん? 自分たちが何を守っているか、正確には解らずに?
アルティリアは心底腑に落ちない俺に、嘆息した。
「ほら、そんな反応するでしょ? だから言いたくないのよ、はむっ」
少々不機嫌になりながら、サンドイッチを頬張るアルティリア。
「そりゃあな……何を守ってるかも解らずに、それでも守り続けるなんてこと、疑問に思って当たり前じゃんかよ」
「ま、人間のアンタから見ればそうかもしれないけど、これは偉大なる妖精女王から私たちの祖先が賜った大事な使命よ。今更それをやめることなんてできない」
真面目な顔をして語るアルティリア。
王種っていうのはわからんなあ。
生命の頂点に君臨する種って話だが、何故にそんな使命を押し付けた。そもそも――
「使命なあ……想樹の守りってことじゃ、世界蛇……アンジェルがいるじゃないか。アルティリア達が気張る必要なんて無いんじゃないか」
確かアンジェルとの会話でも、そんな内容があった気がするし。
「想樹のこと抜きにしても、この森は他の者から見たらある意味で宝の山よ。それに世界蛇様は自分の領域以外のことには不干渉だし無関心。でもね、この森は私たちの故郷だもの、それが侵されるなんてことは、許せないでしょ」
そう言うアルティリアの顔は、気のせいだろうか、どこか諦観が混じっているかのように見えた。
本当に一瞬のことだし、たぶん見間違いだろうとは思うが。
「ああもう、なんか妙な話になったじゃない。コウが変なことを聞くから」
「変なことって。俺はアルティリアたちのことをもっと知りたいと思ってだなあ……」
アルティリアは首を横に振ってそっぽを向き、
「何がもっと知りたいよ。アンタはカーナ様といい、子供たちといい、他人に取り入るのが妙に上手いみたいだけど、私は騙されないんだから!」
お前はツンデレか。台詞だけなら内容がテンプレートやっちゅーねん。
ああ、でも彼女の場合は、これは本心だな。現実におけるツンデレなんて厄介なことこの上ない。なにせツンしかないからな。
だが俺も否定すべきところは否定しなくてはならない。
「取り入るとか言うな。俺は激しい肉体言語(戦闘)の末にカーナさんやちみっ子達の信頼を得たの! あ、そういう意味じゃ、俺とアルティリアだって肉体言語で語り合ったことになるのか? そういえば俺ってば一糸まとわぬありのままの姿を見られてるわけだし――」
「ああもう!」
彼女は俺の言葉を途中でさえぎり、立ち上がった。
「もうお弁当も食べ終わったでしょ! 休憩終わり、とっとと支度しなさいよね」
俺に背を向ける彼女の頬は少し赤い。
やはり、この話題は彼女にとっても黒歴史にしたいらしい。ま、それを逆手に取れば、こうして話の種にもなって、からかいの武器にもなるか。
「じゃあさ、この巡回が終わったら、ちょっと見に行かないか」
「はぁ? 何のことよ」
いぶかしむアルティリアに、俺は近所のコンビニに出向くような感覚で答える。
「もちろん、想樹をだよ。アルティリア達が守ってるもの、それを確認しに行くのさ」
一瞬だけ唖然としたアルティリアは気を取り直すためにかぶりを振って、
「い、いやアンタ何言ってるのよ!? そんなことできるわけ無いじゃない!」
「なんで?」
わざとらしく小首を傾げて見せる俺。
「なんでって……想樹のあるところは世界蛇様の領域なのよ? 私なんかが不用意に行ったら殺されるに決まってるわよ!」
大きく身振り手振りをして怒るアルティリアに、俺は立てた人差し指を左右に振って、
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ? 異世界人にして、アンジェルと拳で語り合った仲なんだぜ?」
巡回を再開した後も、俺はアルティリアへの説得を繰り返した。
別に一人でも行ってもよかったんだが、せっかくだから俺はこいつにも知って欲しいと思った。
そして俺にはとある思惑もあったので想樹は一度見てみたいとも考えていた。
しつこく食い下がる俺にアルティリアも根負けしたのか、
「はぁ……わかったわよ。そこまで言うなら付き合ってあげるわよ」
「よっしゃ!」
俺は拳を握り小さくガッツポーズをとった。
「ただし、世界蛇様が駄目って言ったらそれまでよ。それに、もし世界蛇様の不興を買ってしまおうものなら……」
「大丈夫だって。もしそうなっても、俺がちゃんとアルティリアのことを守るし」
どんと任せなさいと、俺は胸をたたいて見せた。
そしてそれを見たアルティリアは、
「けっ、アホなこと言ってんじゃないわよ」
などと俺の言葉を吐き捨てた。まあなんて冷たい視線だこと。
そこはこっ恥ずかしい台詞に頬を赤らめるところですぜ、アルティリアさん?
いやまあ、別に落とそうとか考えてないし、ツンデレなんて所詮2次元だけってわかってますよ。現実はこんなもんです。
ともかくも、こうして俺達は想樹の下へ足を運ぶことになったのだった。
第17話に続く。
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