第15話 康太郎は大人気ない
3人称は康太郎以外の視点のときになります。
R世界、学校の図書室。
「九重……?」
………………。
「九重」
………………。
「九重」
ぎゅー。
「ふえ?」
本を読んでいたら、いきなり頬を摘まれた。
「む~」
顔を上げると、そこには頬を膨らませている穂波さんの姿が。
「ふぉ、ふぉなみさん?」
「九重、やっと気づいた」
穂波さんが 俺の頬から手を離した。
おっどろいたー……。まさか穂波さんのほうから声をかけられるとは。
「えっと、何か用かな。穂波さん」
「……」
じっと俺のことを見つめてくる穂波さん。
っていうか、最近やたら彼女に見つめられることが多いな。
もしかして、穂波さんの人の目をじっと覗きこむのってクセか何かだろうか。
「九重、変だよね」
無表情なまま、大変失礼なことをおっしゃるな、この美人。
そしていかに美人だろうが、失礼なことを言われれば心証は悪くなるってもんだ。
俺は少々憮然として彼女に言った。
「何が変なのさ、穂波さん」
「だって九重、今まで放課後に図書室に来ることなんてほとんど無かったのに。ここ数日は、毎日来てるもの」
そう、最近の俺は放課後には必ず図書室に寄るようにしていた。
それは勉強のためではなく、あのハチャメチャが押し寄せてくるD世界対策のためにだ。
そのD世界、行き始めて早二週間になろうとしていた。
「しかも、読んでる本が……サルでもできる中国武術?」
あー……。
「何、九重、ケンカでもするの?」
なぜ、そんな飛躍するんだ。俺がケンカをするようなヤンチャ坊主にでも見えるのか。
俺は彼女に手を左右に振って否定した。
「いやいや、ケンカなんてしないしない。これは単なる資料です。ほら、この前言ってたTRPGの」
「ふうん……」
せっかく誤魔化したというのに、彼女は俺の答えにはあまり興味示さない風で、漠然と納得を得たようだ。
「じゃあね、九重」
穂波さんは俺に別れを告げ、長い髪を揺らして去っていった。
動きに妙な気品がある人だなあ……。
――そういえば、彼女に話しかけられたのって、いつ以来だっけ?
おっといかんいかん。
今はひとつでも多くの知識、いやパーツをD世界に持ち込みたいんだ。
俺は再び意識を中国武術の本に戻した。
D世界。
「おい、コウ、とっとと起きろー!」
また銀髪エルフ女に、布団を剥ぎ取られて起こされた。
早寝早起きを身上としている俺が、D世界では何故か朝が弱かった。
おかげで何時も無理やり起こされるという醜態をさらしている。
「さて、今日もちみっ子たちに混じってお勉強しますか」
「え~つまり、この魔法は魔力を火属性に変換させた後に……」
教師役のエルフが、子供たちに魔法理論を教えていた。
その中に混じって強烈な違和感を発しているのが、異世界人の九重康太郎とそのお目付け役を称するアルティリアだ。
康太郎は、王種と呼ばれる世界トップクラスの強さを誇る存在にも匹敵する強さを持っているが、それは彼がD世界と呼ぶこの世界において、現在では伝承でしかその存在を確認できない大秘法『固有秩序』を図らずも使用できるためである。
しかし、彼の後見人にして指南役(そして実質の監視役)であるカーディナリィから、彼は固有秩序の使用を禁じられていた。
だが、無制限に禁止を受けているわけではなかった。
その例外の一つが、彼が座学を受けているときである。
康太郎の固有秩序『存在超強化』は彼のあらゆる能力を強化する。それは彼の思考力や記憶力にも及ぶ。
固有秩序使用時の康太郎は、その雰囲気を一変させていた。
康太郎が教師役のエルフの講義内容を聞き、ペンを走らせる様子をアルティリアは観察していた。
(コイツ……固有秩序を使うとまるで別人になるのよね……だいたい魔法が使えないくせに、なんであんなに熱心なのかしら。その冷たい表情の下で何を考えているの?)
思えば、異世界人を自称するこの男とは妙な付き合いになったものだと、アルティリアは思う。
王種・世界蛇を倒してしまうほどの埒外。
その戦いの光景をアルティリアは記憶している。
鮮烈にして過激だったそれは、アルティリアの記憶に深く焼き付けられているのだ。
そんな存在に出くわし、攻撃までしたというのに、アルティリアは今もこうして生きている。
康太郎に手心を加えられたからだ。
そんな因縁のある相手が、憧れの存在である賢聖・カーディナリィと一緒に住むなどという話になったとき、ほとんど衝動でお目付け役を買って出てしまった。
それ以後は、カーディナリィの家で同じ釜の飯を食べる間柄だ。
一緒に生活してわかっていく、康太郎の実像。
固有秩序という要素を覗けば、康太郎という男は実に凡庸だった。
初めて会った時と同一人物だとはとても思えないほどだ。
しかも朝は妙にだらしないし、隙だらけだし、魔法は使えないし、実践学の授業では子供たちにいい様にからかわれていたし。
ただ、この男は何をやるにつけても手は抜いていなかった。
言語の習得や、家事の手伝い、学校の授業。すべてに彼は本気は取り組んでいる。
そして、彼はほんの少しだけ馴れ馴れしく、ほんの少しだけ人なつこい性質の人間だった。
エルフは種族的な傾向として他種族にはあまりいい顔をしない。
それゆえに、他種族側からしてもエルフという存在は距離を置かれがちだ。
アルティリアも所要の関係で、里の外に出向き、人間が住む街まで出かけた経験もある。
そのときは、奇異の目で見られ、距離をとられていた。
なのに、この男はエルフを珍しがる様子はあっても、忌避し、距離をとろうとすることはなかったのだ。
そしてその態度は、康太郎が言葉を覚えてからはより顕著になっている。
今ではからかいの言葉や冗談なども時折飛び出しているほどだ。
それに乗せられる自分は、まだまだだと思う。
総合すると、アルティリアは康太郎という人間についてまだ見極めはできていない。
出会いから2週間程度なので、ある種当然であるといえる。
だが――
「コウ」
アルティリアは康太郎を愛称で呼ぶ。
それは、彼女にとって康太郎という名前がわずかばかり言いにくいことに由来しているが――。
しかし、それだけで警戒すべき相手のことを愛称で呼べるものだろうか。
少なくとも、アルティリアは康太郎に愛称で名前を呼ぶ程度には気安さをすでに感じ始めている。
それがまた、彼女にとっては妙な付き合いになったと思わせる一因なのであった。
エルフというのは、全員が全員高慢ちきなイケメン・美女ばかりとかそんなイメージを持っていたのだが、カーナさんやアルティリア、そしてこのちみっ子たちに出会って、そのイメージも払拭された。
特にこのちみっ子たち。ガキ大将っぽいのもいれば、理論家みたいなやつ、おとなしいやつなど、実に個性豊かだ。
ちなみに今は実践魔法学の授業中。
この時に限って、カーナさんは見学に来ている。
それは俺がついやってしまうといった万一に備えてのことだ。
「ココノエ、今日もこの俺の華麗な魔法に、やられるがいい!」
エルフの子供組の中でもリーダー格のガキ大将、マアルが俺に吼えた。
今の俺たちは、引かれた長方形の白線の内側におり、互いに所定の離れたい位置に立っていた。
実践魔法学は本来なら、習った魔法を的に当てたりといった、簡素なものだ。
しかし、俺という仮想敵がいることで、今は一対一の模擬線仕様になっている。
「はん、昨日までの俺と一緒に思ってちゃ痛い目見るぜ?」
俺も不敵に笑ってみせる。子供相手にみっともない。だが見た目は子供でも相手は年上である。
まあ基本的にやられ役なので、最後には何時も負けるのがオチなのだ。
しかし、この授業でも俺が学ぶことはたくさんある。
ちみっ子たちが使う魔法は基礎的なものだが、結局のところ、応用は洗練された基礎だ。
その基礎に対して、この身を以って対処する。それは将来のVS魔法のための試金石になるのだ。
審判役のエルフが合図して、マアルが詠唱を始める。
カーナさんは、ほぼ無詠唱で魔法を使っていたが、習熟度がまだ低いちみっ子ではそれはまだ難しい。
無詠唱も立派な高等テクニックの一つなのだ。
模擬戦形式なので、当然俺も突っ立っているわけにはいかない。
対魔法使いにおいてのセオリーは言うまでも無く、詠唱潰しだ。
俺はマアルの詠唱が完成するのを防ぐべく、持たされた木剣を手に、突進を仕掛ける。
「食らえ、ココノエ、フレイムアロー!」
だが、先にマアルの詠唱が完成し、やつの手のひらから放たれた細長い炎の塊が俺めがけて発射される。
「のわっ」
俺は左にステップを踏んでなんとかぎりぎりのタイミングで避けようとしたが、足が滑ってこけてしまう。
しかしそれが功を奏して、俺はマアルのフレイムアローを避けることに成功した。
「え、うそっ!」
その結果にマアルは、驚いているようだった。
チャンス!
俺は、すぐに起き上がって再度突撃を敢行する。
「え、ちょ、待てよ!!」
再度の詠唱に入る前に、俺は木剣の切っ先を、マアルの喉元に突きつけた。
「待ったはなしだぜ?」
「そこまで!」
審判役のエルフ先生が模擬戦終了の合図を告げる。
「俺の勝ちだな、マアル?」
子供相手に大人なく勝ち誇る俺。
そんな俺に心底悔しいらしく、怒りをマアルは怒りをあらわにした。
「ふざけんな、あんなのマグレじゃん、次やったら絶対俺が勝つし!」
「うんうん、負け犬が吼えても、痛くもかゆくも無いなあ~~?」
「な、なにを~~~!」
こんな感じで子供と同レベルで俺は授業に参加している。
このちみっ子たちは、実物の人間を見たことが無いらしく、人間に対する忌避感も薄かったのだ。
今ではすっかり、このマアルとも仲良しである。
「じゃあ、もう一回、もう一回だ」
マアルはすっかり涙目である。
実のところ、勝ったのは今のが初めてだ。
「はいはい、俺がみんなの相手をし終わったらな~」
うん、仲良しだよな?
その後もなんやかんやと模擬戦は続く。
コミュニケーション実践編、少しだけ希望が見えてきたようだった。
ーー
第16話に続く。
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