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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第2章 エルフの里編
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第12話 その名はD世界(改題)

「真っ白な羽は~♪ 明日を抱いて~♪ 空に消えてイマになる♪~」


 俺は今、早朝の人通りの少ない路を自転車に乗って歌を歌いながら爆走している。

 

 

 深夜アニメも見たいやつばかりではない、ネオロマンスやBLは専門外です。

 そんな録画ストックが無い日は、少々遠回りしてサイクリングとしゃれ込むのが俺の日課なのである。


 歌を口ずさみながら、俺はあの夢について思いを馳せる。

 思えばアレは、インドアな俺の日常からかけ離れた夢だが、驚くべきは記憶が鮮明であることだけでなく、その体感時間の長さだ。

 

 初日は森の中を歩き回って食われただけなので数時間程度しかいなかったが、二日目と三日目は体感超絶バトルの末に他人の家にお泊りしたのでほとんど丸一日いたのだ。

 

 睡眠時間を現実のそれとある程度かぶらせているとしても、今の俺は一日を40時間以上かけて過ごしていることになる。

 

 寝不足、という感じはしなかったので、疲れがたまり続けるということは無いだろう。

 プチ精神と時の部屋というか、テスト前などでは実に重宝しそうな現象だ。

 ま、物の持ち込みはできないから、実技のイメトレぐらいにしかならないだろうが。


 さて、そろそろあの夢にも何か別の名前をつけてやろうと思う。

 俺はあの夢に対して本気になると決めた。


 それなのに「夢」という言葉であの世界を思っているといつまでも、夢だから、さすが夢、所詮夢などなど、夢という言葉から冷めた連想をしてしまうのだ。

 

 幸いというか、カーナさんに尋ねたところ、あの世界には世界全体を指して特別な名称があるわけではないらしい。

 ならば、勝手な呼び方をしても文句は無かろう。


 さて俺の貧弱な語彙から、何かいいのは浮かぶかねえ……。









~~~~~~

~~~~~~







 

 その日の放課後。



 結局浮かびませんでした……。



 いや、いろいろ考えたんだよ? 

「アルカディア」とか、

「ネバーランド」とか、

「ドリームワールド」とか、

「エターナルフロンティア」とか.


 

 ただまあ、どれもこれも二番煎じというか、いまいちしっくりこなかった。

 所詮消費型オタクにはこの程度の発想しかなかったのだ。


 中二病全盛期の俺なら何かマシなアイデアでも浮かんだだろうか。

 

(うーむ、こういうときは先人の知恵でも借りに行くかね……)


 そう思い、俺は図書室に足を運ぶことにした。

 どの分野の本を読もうかとタイトルを浚いながら物色していると、なにやら珍しい光景を見つけた。

 

 髪の長い女の子が届きそうで届かない位置から本を取り出そうと背伸びをしていたのだ。

 こんなのギャルゲでしか見たこと無い。しかもその女の子は。 


(あれ、穂波さん……?)


 そう、THE・孤高、遅れてきた高校デビューの謎美人、穂波さんである。

 しかも彼女がとろうとしていたのは、ライトノベルコーナーの……「村」シリーズ?

 俺が以前に薦めていたものに連なる本だ。

 俺は彼女の下に向かい、彼女が取ろうとしていた「村」シリーズを本棚から引き抜き彼女に手渡した。


「はい、穂波さん、これだよね?」


 彼女は受け取った本と俺を交互に見比べた。


「……九重(ここのえ)? 何でここにいるの?」


 彼女は心底不思議そうに小首をかしげてそう言った。


「いや、何でって。俺が図書室にいるのが、そんなにおかしい?」


 彼女はこくんと一つ頷いて、


「だって、九重。当番の日以外で図書室にいるの見たことないし」


 うっ、まあ勉強に利用したりもしていないしな。しかし、この口ぶりからすると、

 

「九重さんは、結構図書室を利用したりするんだ?」


「……それなり」


 そうなのか。穂波さんにはある意味図書室はお似合いではあるが。図書室の君っていうか。

 そういえば。

 去年はクラスメイトで同じ司書係の担当。今年も同じ司書係だ。付き合いは他の人よりもあったはずだが、それなのに俺は彼女がそれなりの頻度で図書室に通っているなんて知らなかった。

いくら謎に包まれているといっても、そんなことすら知らなかったのだ。

   

 そんな事実に俺は妙にソワソワした。なにかもやっとするんだ。


「っていうか、穂波さんが「村」シリーズを手をとるってことは……もしかして、前に俺が薦めた分は」


「ん……全部読んだ」


 ほほう! 読みましたか、そうですか!

 それで他の「村」に手を出したということは、もしや? ハマった? ねえ、ハマったの?

 俺は内心の手ごたえにニヤケそうになるのを抑えつつ、彼女に聞いてみた。


「えっと、面白かった……?」


 というか、面白くなかったら、他の「村」に手を出さないよね?


「……よく、わからないわ」


 ……はい?


「文体が独特でクセはかなり強いと思う。でも物語の骨子はしっかりしてるし、設定されたテーマに対する作者の主張ははっきりと伝わってくる」 


 うーむ、的確なご意見だ。だが、その評価は……ほめてるんだよね?


「総じて面白い……とはっきりは私には言えない。でも、他にシリーズがあるってわかったから、もっと読めば考えがはっきりするかなと思って」

 

 俺の中で何かの歯車がかっちりとかみ合った音がした。


「そっか……よかった」


 自然と、口の端が歪み、そんな言葉が口をついて出た。


「……何が、よかったの、九重」 


「えっ?」


 おっと、今の独り言を拾われてしまったらしい。


「だから、何がよかったの?」


 穂波さんは俺の目を無表情のまま、じっと見つめてきた。顔は無表情だが、その目には確かな疑問と興味が見て取れた。

 俺は間近に迫った人形を思わせる彼女の美貌に少しどぎまぎしながらも答えた。


「えっと……俺の薦めた本が、穂波さんの興味の対象になったこと、だよ。薦めた身としては、つまらないって言われたら、やっぱり残念だし」


 なんだろう、自分で言っててなんだが、どこと無く言い回しがクサくなかったか?


「……九重が面白いって薦めてくれた本だし、ちゃんと評価しなきゃってそう思っただけ」

 

 ……そんな風に思ってくれていたのか。 律儀というか、真面目というか。


 きっかけはオタク道に引きずるための行為だったのだが、これは意外な一面が知れたな。


「ところで、九重は、何をしにここへ? 私に本を渡すためにってわけでもないでしょう?」


 そういえばそうだった。あの夢に名前をつけるためのアイデア探しに来たのだった。

 

「ああ、うん。ちょっとアイデア探しにね」


「アイデア?」


「うん、俺の夢の……」


 と、そこまで言って俺は気づいた。

 あの夢の話を正直に話したら、俺は妄想の激しいおかしなやつだと思われやしないか?


「九重?」


 彼女は言いかけて口を止めた俺を覗き込むように見つめてくる。

 だから、そんな目でじっと見つめないで、なんか恥ずかしい。


 ……そうだ、ここは一つ、彼女にアイデアを提案してもらうのはどうだろうか。

 TRPGのネタ探しとでも言ってごまかせば、彼女も疑うことはしないだろう。


 俺は彼女に、そのような趣旨で現在異世界の名前を決めあぐねていることを説明した。


 彼女は口元に手を寄せてほんの数秒だけ考えると、すぐに答えを返してきた。


「ごめん。私には、あまりうまいことは言えそうに無いわ。ただ、いくつか候補があるなら、その候補をもう一度違う視点で見れば、なにかわかるかも」


「違う視点か……」


 俺は彼女の言葉に考えを巡らせた。違う観点と言われても、すぐには思いつかない。


「九重、私、そろそろ行かないといけないから」


 おっと、彼女をそのままにしてしまったか。


「ああ、ごめん、穂波さん。長々とつき合わせてごめんね。ゆっくり考えてみるよ」 


「うん、わかった。それじゃ」


 穂波さんが俺の隣を過ぎて、司書係のいるカウンターへと向かって。

 

「あ、そうだ。忘れていたわ」


 だが、その前に彼女は一度俺の方に振り返った。


「九重、本、とってくれてありがとう」


 そう言う彼女は、口の端をほんの少しだけ上に向けていて。


 いつかの時にも見た、穂波さんのその可憐さにとてつもない衝撃を心に受けて、俺はしばらく何も考えられなかった。







 

 



~~~~~

~~~~~


 

 

 




 穂波さんとのやり取りの後、いろいろ本を見繕ったが成果は無く、そのまま家に帰ってきた。

 

 俺は制服のままベッドに倒れこんで枕に顔を埋めた。


 頭の中ではぐるぐると、今日の図書室での穂波さんとのやり取りがリピートされていた。

 俺は、彼女のことを何か誤解していたんじゃないのか?

 孤高の人だなんて思って、どこか俺たちとは違う人種なんだと決めつけて。

 でも、彼女にもはっきりとした感情があって、律儀で真面目な面もあって、笑うとやばいくらいにかわいくて。


 きっかけは、本を薦めたことだった。そしてそこから見えてくる彼女に俺は今、ものすごく興味を引かれていた。

 

 今は、まだ、それだけの話。





 一方でまた、彼女の言葉を思い出す。視点を変えろと。


 視点……読み方……。


 アルファベットに直してみるか?

 

 アルカディア→Arcadia  

 エターナルフロンティア→Eternal Frontier

 ネバーランド→Never Land

 ドリームワールド→Dream World 


そしてそれぞれを和訳すると


 アルカディア→理想郷 

 エターナルフロンティア→永遠の新天地

 ネバーランド→子供の園 もしくは永遠の都

 ドリームワールド→夢の世界


 なんとなく、紙に書いて羅列したものの、すぐに考えは出てこない。


 しかし意味を考えていくと、アルカディアとか、エターナルフロンティアとかネバーランドとかは、意味があの世界のリアルとはかけ離れている。

 あの世界は魔法とかファンタジーはあふれていても、その存在感は現実のそれと変わらなくてシビアなんだ。

 やっぱ安直にドリームワールドが妥当かなあ。

 そう思って羅列した紙をぼんやりと眺めていたのだが。


「うん……?」


 閃いた。その確かな感触に俺は頭をがしがしと掻いた。


 自分の中に生まれた答えはいたくシンプルで。

 

 悩んでいたのがなんだかバカみたいに思えるような、そんな名前だったからだ。









「D世界」









 DはDream。ドリームワールドを単に頭文字と漢字を組み合わせた表記にしただけ。

 シンプルで、読みやすく。そして意味としても合っている。

 加えて俺は対義語として「R世界」という言葉も作った。

 RはReal。現実世界。DとR、夢と現実。

 二つの世界をあわせて、俺の世界。俺の日常だ。



 俺はベッドから起き上がり、例の全盛期ファイルにページを追加して、今のことを書き始める。


 俺だけの夢、俺だけの世界。眠りこけた俺が、まどろむ愚者が見る幻。俺を本気にさせた幻。






 その幻の世界の名は――まどろむ愚者(九重 康太郎)のD世界。



 



















 そして俺があの明晰夢にD世界と名づけた日から、一週間が過ぎて。





「コウ、さっさと起きなさい! もうとっくに朝なんだから。あんたが来ないと食器が片付かないでしょうが!」


 長い銀髪をした勝気な少女――アルティリアが俺から布団を剥ぎ取りながら怒鳴りつけた。


「あんまりうるさくしないでくれ……頭に響く」


 俺はすっかり、D世界に順応していた。



~~~~~~

~~~~~~

 



 第13話に続く。




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