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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
最終章 遥か蒼のD世界
110/113

第3部 最終話 君に感謝を、思い出にさよならを、そして貴女に約束を。

 闇を払った康太郎が立ち上がった。

 そしてゆっくりと歩き出した。

 アルティリアのことなど、まるで眼中に無かった。


「行かせない、コウ!!」


 康太郎の無防備な背中にアルティリアは五条で切りつけた。


「ぐっ」


「えっ」


 鮮血が散った。康太郎は避けることも無く、アルティリアの斬撃をまともに受けたのだ。

 あまりにあっけなく手ごたえのある一撃を受けたので、一瞬アルティリアも呆けてしまう。


「……」


 康太郎はよろめき、膝を曲げたが、すぐに持ち直して歩みを再開した。


「ちょっと、なによ、それ」


 康太郎は、アルティリアの攻撃に対し、受けたダメージに対し、まったく関心を示していない。

 まるで小石に躓いたのと同じくらいにしか考えていないよう。


「ふ、ざけ……るな!」


 嫌ってもいい。怒ってもいい。憎んでもいい。罵ってもいい。


 だが。だけど!


「無視するな……っ!!!」 


 関心すら示してくれないのは、いくらなんでもあんまりではないか!!


「カーズ・ライズ・ペイン!!」

 

 極大激烈の闇の波動をアルティリアは康太郎に打ち込んだ。


「…………」


 背中越しに康太郎は、闇を受け止め、あっという間に飲み込まれた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 そうだ、たとえ、闇から抜け出ても、何度でも闇に染めてやるまでのことだ。

 そう思った瞬間だった。


 ぱりん、と甲高い音を立てて、康太郎にまとわり付いていてた闇が砕けた(・・・)


「そ……うそ……!」


 手心なんてまるで加えていないのに。

 なんでそんな五体満足で歩いているんだ!

 そしてなんで、一度もこっちを見ないんだ、ずっと背中から攻撃しているのに!


「こっちを見なさいよ!」


 アルティリアは、無拍子を使い康太郎の背中に鋭く蹴りを入れた。


「ぐふっ……」


 骨を砕いた感触がある。康太郎は口から血を吐いていた。

 ダメージは確かにあるはずなのに。


「いってえ……」


 ひとこと。小さく毒づいた康太郎は、やはりすぐに歩きを再開する。


「止まりなさいって!」


 今度は康太郎の足をけり砕いた。

 康太郎は崩れるように倒れた。

 だが、すぐに立ち上がった。

 康太郎の身体は瞬時に修復され、また歩きだした。


「なん、で! なんで、こっちを見ないのよ!」


 たまりかねたアルティリアは康太郎の正面に回り込み、胸倉を掴んだ。


「コウ、こっちを見ろ!!」


 アルティリアは、挑みかかるように康太郎の虚ろな瞳を覗き込んだ。

 視線が絡み、ついに康太郎の歩みが止まった。

 康太郎の視線が、アルティリアの挑みかかるよう瞳から、胸倉を掴んでいるアルティリアの腕に行き、


「なんだ、これ。邪魔だなあ」


 のんきな声音だった。だが、そこからの行動は苛烈だった。


「……っっ!!」


 アルティリアの腕をまるで食いちぎるかのように剥ぎ取ると、無防備なアルティリアの顔面に狙いを定めて拳を弓なりに引いて、


装填エンチャント――アイン・ソフ・オウル」


 

 一瞬、刹那と呼べる時間で、理力の超圧縮を敢行した康太郎は、アイン・ソフ・オウルのエネルギーが詰まった右拳を、アルティリアに叩き込んだ。


 瞬間、アルティリアの身体は、爆発するかのように光に還元された。


「……」


 そして康太郎は、何の感慨も無く歩き出した。






***


 



 キャスリンや穂波がそうだったように、康太郎の固有秩序にも第二段階が存在する。

 それこそが、D4D・Determination。

 

 理想を体現するのがD4Dなら、このDeterminationは、目的を達成するためだけの秩序オーダーになるためのもの。

 目標を達成するためだけなら、理想はいらない。目標を達成することを是とするなら、理想など不要。

 ただ、己の目標を、目的をかなえるためだけの秩序になる。

 そこに理想などというセンチメンタリズムは入り込む余地はない。情熱がない。

 己の能力の全てを、|Determination(確固たる決意)を達成するためだけにシステマティックに改変する。


 それがD4ドライブの第二段階・Determinationなのだ。


 康太郎がDeterminationにつけた条件は二つ。一つは、想樹へたどり着くまで、歩みを止めないこと。

 そして目の前に立ちふさがる全てを、相手の能力以上の最大戦力で、蹴散らすこと。


 そのために、他のあらゆる感情は康太郎の感情は下位に置かれる。

 D世界への情ゆえに、D世界への情を捨てたのだ。

 アルティリアへの情も、康太郎にとって妥協する程度のものへと。



***





「私じゃ……コウを止められない……?」


 光が収まった後、再び闇が凝縮してアルティリアを形作った。

 闇は全てにある。陰陽二元、万象の全てに闇はあり、この世を形作っている。

 奈落の獏が、闇の固有秩序である理由はそこにある。

 この世の果て、滅びの最後を迎えて尚、闇は存在し続けるものであるから。

 だから、アイン・ソフ・オウルでアルティリアの身体が吹き飛んだところで、奈落の獏の影響下では、アルティリアが死ぬことは無い。

 

「そんなの、無いよ」


 だが、強く輝く光を取り込むことも不可能だった。

 この場合、戦いの勝敗は、互いの目的を果たせるかどうかでしかない。

 力の比べあいは、この二人の間では単なる示威好意に過ぎない。

 アルティリアの勝利とは、康太郎の心を折ることにある。

 

 だというのに、アルティリアの攻撃を受けても怯まない康太郎は。

 アルティリアに関心さえも示さず先に行く康太郎は――


「お願いだから、こっちを見てよ……!!」


 アルティリアは、先行く康太郎の背中に向けて、闇の理力砲――カーズ・ライズ・ペインを放った。

 康太郎には衝撃と共に闇が襲い掛かり、全身が闇で包みこまれた。

 卑怯だと罵って欲しい、こっちに怒りの形相を向けて欲しい。

 そんな限りなく後ろ向きなアルティリアの攻撃は、


「なによそれ……!」


 康太郎の身体を闇に染めることさえ出来なかった。

 アイン・ソフ・オウルと同等以上の攻撃であるカーズ・ライズ・ペインが今や康太郎の足止めさえ出来ないことに、アルティリアは戦慄を覚えた。


 アルティリアの勝利条件が心を折ることなら、敗北は心を折られることをさす。

 自分が折れては始まらないと、アルティリアは歯を食いしばり、考えを巡らせる。


「そうだ――」


 今の康太郎でも、反応を示すときがあった。

 康太郎の進路上に立ちはだかると、彼はそれを排除するために身体を動かす。


 はたと気付いたアルティリアは、康太郎の前に踊り出た。

 

「…………」


 だが、前に出ただけでは康太郎は歩みを止めない。

 攻撃を、前進を阻害する動きをして、始めて康太郎は反応を示す。


「はぁ!」


 アルティリアは突貫した。これ以上の前進は許さないために。

 同時に闇の弾を何百と作り出して弾幕を形成、康太郎に放出した。

 

「ふっ」


 康太郎は自分に被弾する全てを叩き落としながら進み、アルティリアの拳を捌き、蹴りをいなして、カウンターを決めた。

 

「ぐっ……まだ、まだぁ!」


 康太郎を圧倒できたはずの速さも強力ごうりきも、今ではまったく通用しない。

 全ての攻撃は流れ作業のように捌かれて、あげくに反撃の拳が飛んでくる始末。

 なんの気負いも無く放たれる拳が、そのくせ今までで一番堪えるのだ。

 奈落の獏、その力を触媒としてこの現世に呼び出しているアルティリアは無敵で無限でも、痛みもダメージもあるのだ。

 康太郎の攻撃を受け、尚倒れない自分を褒めてやりたいところだったが、追いついたはずの康太郎にまた置いていかれるのでは意味が無い。

 

「そうか……」


 不意に、康太郎が口を開いた。


「おまえ、アティか」


 呟いた康太郎の言葉に、アルティリアは愕然となった。

 康太郎は今まで、アルティリアの存在を本当に認識していなかったということだから。


「ごめんな、もう、お前のことはモザイクがかかったみたいに認識できないし、周りの景色もぼやけているんだ」


 その言葉の中に含まれている意味をアルティリアは思う。

 いったい康太郎は、この力と引き換えに、何を犠牲にしたというのか。

 

「もう誰に何をされても何も感じないんだ。それに身体も勝手に動くし、加減も効かない。もう俺は止まらないぞ」


「そんなこと無い、私が絶対に止めてみせる」


「やるなら、やればいいよ。でも、痛いだけだぞ」


 今更痛みなど、ここで康太郎を止められないことを思えば、どうということはない。



「無拍子――!」


 不意に溢れる涙を振り切って、アルティリアの神速の攻撃が康太郎を襲う。


「疾っ」


 康太郎はそれに合わせて拳を打ち込んだ。

 アルティリアの放つ拳も足も、全てはその拳に破壊されていく。


「まだ、まだ……!」


 されど、アルティリアは無限。心の折れない限り(・・・・・・・・)、何度だって復活する。


「いい加減、鬱陶しいぞ。諦めろよ」


 康太郎が冷たく言い放てば、


「やめて欲しければ、この前進を止めなさいよ。そしたら私も止めてあげる」

 

 意志は、折らない。あくまで気丈にアルティリアは、振舞った。

 だが現実、アルティリアは徐々に後退している。このままではいずれ康太郎は、想樹に到達するだろう。

 何か、手は無いのか――アルティリアは、心の内の奈落の獏に問うが、獏からの返事は無い。


 この局面では、もう手立ては無いと、そういうことかとアルティリアが思っていると、


「もう、駄目だ。俺の身体は、もうそろそろ完全にお前を無視するようになる。だから最後に――」


 康太郎が言った。最後と。終わらせないために自分がここに居るというのに。


 アルティリアの拳が空を切ると、康太郎は今までの自動的な迎撃とは打って変わって、自分から攻撃的な一歩を踏み出した。

 

「――え」


 アルティリアよりも早い無拍子で康太郎がしたのは、アルティリアへの抱擁だった。

 こんなときだというのに、アルティリアの顔が朱に染まり、身体がにわかに熱く感じる


「最後だから、言わないつもりだった言葉をやっぱり言うことにするよ、アルティリア(・・・・・・)


 康太郎はアルティリアの耳元で囁いた。愛称ではなく、名前を呼んだ。


「君に、感謝を。今までありがとう」


 嫌だ。そんな言葉は聞きたくない。

 そうは思っていても、康太郎の抱擁は力強く、アルティリアは康太郎の腕を振りほどけない。


「君がいたから、この世界は、D世界は楽しかった。誰かと経験を分かち合えるのは、やっぱり楽しいことなんだ。それはアニメだろうと漫画だろうと冒険だろうと、変わらない。そのことが良くわかった」


 最後まで聞いたら、本当にアルティリアの心が終わってしまう。

 そうは思っても、康太郎の言葉は続く。


「俺はこの世界も、君のことも大好きだ。だから(・・・)――俺はこの世界を離れる」


 離れると聞いて胸がざわつく。そして好きと聞いて、心が弾む。友情か愛情かはわからないが、それは今はどうでもよかった。

 アルティリアは、自分の存在が康太郎の中にあったことを喜んだ。


「大好きなこの世界が、他の誰かにいじられるのは嫌だ。そして、この世界を今、一番歪めてしまうのはこの俺なんだ。俺こそが、この世界を破壊しうる。常識も、秩序も、何もかも」


 そんなことは無い。貴方はただ、この世界の未知に触れ、感動を味わいたい、ただそれだけでしょう?

 アルティリアは、そのことを誰よりもわかっている。

 康太郎は、康太郎自身が思うよりも単純なのだから。


「R世界なら、地球ならそういうものだと割り切ることは出来る。俺は、その世界の出身だから。でもD世界は違う。俺はこっちでは単なる異物で、侵略者なんだ」


 ああ、駄目だ。こんなに覚悟を決めた男が、止まる訳はない。それでも動かずにはいられなかったアルティリアだが、この瞬間に痛感した。

 自分では、無理だと。


「誰にも俺にも触れられず、健やかに。いつか、D世界自身の力で進化を果たすその日まで、そうあって欲しいと願う。これは、俺の、D世界で果たす最後のわがままだ」


 アルティリアは、康太郎を抱きしめ返す。

 身体全体で、彼のぬくもりを感じるために。

 だって、


「だから、さよならだ。そして――ありがとう、アティ(・・・)


 これが最後なんだから。

 

「だけど――いつか、また会えるといいよな」


――私も、そう思うよ。


 康太郎は、アルティリアを抱きしめる腕をそのまま内へ持っていく。

 そして、アルティリアの身体を抱きしめ潰した。


 闇はもう、康太郎に追いすがりはしなかった。






***







「……」


 康太郎が、アルティリアへの別れの言葉を告げて、森がざわめき始めた。

 アルティリアが敗北を感じたことで、奈落の獏の影響を受けていた全ての生物が、その影響から脱したのだ。

 

 康太郎は、歩みを走りに変えて動きだした。

 

「D4ドライブ・エミュレート――マテリアルマスター」


 康太郎が擬似固有秩序で生み出したのは、白銀の具足だった。それを両足に装着する。

 康太郎は走りながら、康太郎は、足への理力の装填を開始する。


理力装填エンチャントオーダー……無制限アンリミテッド


 両の白銀の具足から、白い光があふれ出る。

 すると次に紅、橙、黄、翠、蒼、藍、紫と色を次々と変えて明滅する。

 最後には、全ての色が混然一体となった虹の光となった。


 虹の光を両脚に帯びながら、康太郎は森の中を疾駆した。

 途中、妨害を康太郎を受けた。

 それはエルフの里の者たちからのものだった。中には、友誼を結んだ子供達の拙い魔法もあった。

 賢聖と呼ばれた偉大なエルフのものもあった。

 剣も矢も槍も折れ、魔法は霧散し、身体ごと立ち向かった者は跳ね飛ばされた。

 

 次に、若く、刀神の子孫の兄弟が現れた。

 他にも帝国の特殊諜報部隊だった幹部と隊員がいた。

 巨大な竜とそれに乗る次期族長の少年もいた。


 それらが全てがいかなる法を用いてこの場に現れたか定かではないが、彼らは次々と康太郎に攻撃を加えた。


 だが康太郎は止まらない。

 それらの攻撃を受けても意に介さず、反撃もせずに康太郎は駆け抜けた。


 そして最後に、絶世の美女が康太郎に立ちふさがった。

 王種・世界蛇アンジェルの人間形態だった。

 

 康太郎のD世界は、この蛇との出会いから始まった。殺されたところが始まりだった。

 たが、今は互いにそんな感慨は持ち合わせていない。

 二人は一瞬に己の全てを注いだ。

 小細工無しの、体当たり。


 結果、空高く傷つき、跳ね飛ばされて舞い上がったのは、蛇のほうだった。



 康太郎は駆け抜ける。D世界の全てを思い出にして駆け抜ける。

 そして、見えた。D世界を異世界と繋げる根幹、想樹が。




「いくぞおおおおおおおおおおおっ!」


 想樹を捉えた康太郎の視界はクリアだった。今の康太郎には想樹だけは、はっきりと見えるのだ。 

 康太郎は天高く飛び上がった。

 背中から推力を生み出す虹の光が吹き上がり、大きな翼を思わせる。

 そして、そして。


「アイン・ソフ・オウル――」


 直視も出来ないほど輝きが極まった両の足を想樹に向けて。


「エクストリィィィィィィム!!!!!!」


 重力を背の翼から生み出される推力を合わせて、康太郎はとび蹴りを放った。

 巨大な想樹の外殻に康太郎の両足が激突した。


「ぐうううううううううう!!!!」


 虹の光が、想樹の外殻を破ろうと、激しく光で侵して行く。

 あらゆる攻撃を経験し、一度受けた攻撃は決して通ることは無い最強の防衛機構。


 だが、無限に注ぎ込まれる理力で以って、常に最新最高の技として進化し続ける、このアイン・ソフ・オウル・エクストリームならば。


「いけ――」


 力を注ぎ、


「いけよ――」


 魂を注ぎ、


「俺は、この道の――」


 想いを絞りつくしたこの一撃。絶対に通す。これだけは絶対に通すのだ。


「――先を行くんだーーーーーーーーー!!!」


 

 果たして、想樹の外殻は遂に蹴破られた。


 




***





 

 康太郎は、想樹の内部の闇の中を虹の光となって、突き進んだ。


 現れる、一本の小さな木。

 みずみずしい緑の葉をつけた、これこそが、想樹。

 

 そして木の傍には、一人の少年がいた。

 顔は無く、のっぺりとした人形のよう。かつて康太郎が感じた、一つの気配。

 それがこの少年だった。

 言うなれば彼は想樹の意志の具現化したもの。

 彼自身に悪意は無く、善意も無い。

 あるのは、世界を慈しむ心だ。

 他世界と通じるのも、彼のささやかな願いだ。

 刺激を与えれば、世界は華やぐからと。


 向かってくる康太郎にも敵意は向けなかった。

 彼は、康太郎を迎え入れるかのように、両手を広げた。

 彼は、変化に寛容だった。

 この世界を好いた者が選んだ選択ならば、それもよいだろうと。

 彼を見た康太郎には不思議とそれが理解できた。

 遠慮はしない。

 虹の光を纏う両足を、D4ドライブ・ジェネレイトを、改変の力を、康太郎は少年にぶち当てた。 


 瞬間、二人を中心に、世界は真っ白な光に照らされた。









 そして、D世界は、一瞬にしてその理を変えた。

 

 その世界に住む、誰もその変化を感じることは無い。

 変化は一瞬であり、多くの者は平穏無事を行く。

 

 ただ一人、例外的に、髪を闇の黒から元の銀色に戻したエルフの少女は、一人嗚咽を漏らして涙した。







***






 

 D世界とR世界、地球との繋がりが断たれた今、世界は急速に元の形へ戻ろうとした。

 それは、帰属する者を呼び戻すこととなった。


 康太郎の身体は、魂は、地球に引き寄せられていた。

 大気圏を越え、宇宙へ。そして次元を超えて、地球へと移っていく。

 そのときに見た光景を、康太郎は忘れない。


「さようなら、俺の、D世界」


 暗い宇宙の中で蒼に輝く星を。遥か蒼のD世界のことを。  

 


  


 


***








 

「きゃっ」


 水鳥は自室で、小さな悲鳴を上げた。


「ここは……」


 なぜなら、自分の想い人である九重康太郎が、どういうわけだが自室に突然現れたのだから。

 しかも水鳥は着替え時で、下着姿。

 一方の康太郎はライダージャケットに、ジーンズという姿だったが、あちこち破けてボロボロだった。


「こ、康太郎くん!?」


 思わず身体を隠して、水鳥は狼狽した。幾ら想い人でも、驚くものは驚くのだから。


「……さ、佐伯!?」


 呆けていた幸太郎の顔が、覚醒したのか、驚きを含んだものに変わった。


「俺、どうして、ここに……?」


「し、知りません!」


 康太郎が知らないのだったら、水鳥だって知らない。


「ああ、そうか……お前に会いたいって思ったから、だから、ここへ跳んだだな」


 一人呟く康太郎の言葉はいまいち要領を得なかったが、自分をみる康太郎の視線に何かが込められているのは水鳥もわかった。


「帰ってきたよ、佐伯。お前との約束を守るために、全部に決着をつけて」

 

 そういって康太郎は一歩水鳥に近づいた。


「康太郎くん……?」


「デートしよう、佐伯。君に伝えたいことがあるんだ」


 意味はわかった。状況はどうあれ、水鳥は恋われたのだ。

 だったら、細かいことなど気にするな。ただ受け入れてしまえばいいのだ。


「は、はい、よろこんで!」


 水鳥の返事を聞いて、康太郎は安堵の笑みを浮かべた。

 かと思うと、康太郎は意識を失って、水鳥にもたれかかるように倒れたのだ。


「え、ちょっと、康太郎くん!?」


 バランスを失くした水鳥は、そのまましいてあった布団へ、押し倒される格好になった。


「……どうしましょうか、これ」


 困った水鳥はとりあえず、自分の胸の内にあるこの男を、抱きしめることにした。

 想い人の身体は、温かくて心地よかった。




次回エピローグにて、D世界完結。

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