第10話 賢聖・カーディナリィ (後)
(くっそ、アンジェルとはタイプが全然違う。もっと欲しい、もっと情報が)
悠然とこちらに歩いてくるカーナさんに対して、俺は身構えることしか出来ない。
(クスクス、いいのよ、先手は貰ったから今度は貴方の番よ)
カーナさんは仁王立ちになって、俺が仕掛けるのを待っている。
しかし、そうまでされて尚、俺は動くことができなかった。
存在超強化を発動させているはずなのに、アンジェルの時ほどの冴えが、今の俺には無かったからだ。
なんだ、何が悪いんだ。
悩む俺が動かないことにカーナさんは焦れたのか、
(うーん、まだ乗気じゃないのね……それじゃあ、その気にさせなくちゃね)
トントンと軽く跳ねてリズムを取り始めるカーナさん。まだ、その両の腰にある細剣は抜いていない。
(それじゃあ、いくよ)
カーナさんが大地を軽やかに蹴ると、俺はその姿を見失った。
強化された知覚を以ってしても俺は彼女を捉える事が出来なかったのだ。
そうして惑う俺の腹部に、カーナさんの前蹴りが突き刺さった。
「がはっ……!」
俺の体が九の字に折れて頭が下りる。
そして攻撃は一撃で終わりではなかった。
俺の体が崩れきる前に、俺の正面下側にカーナさんがもぐりこみ、彼女が放った下半身のばねを使ったアッパーカットが俺の顎を綺麗にとらえた。
訪れる衝撃の鋭さに俺の意識が断ち切られそうになる。
しかし、不調とはいえ曲がりになりにも強化されている俺はすぐに意識を取り戻し、苦し紛れにパンチを放つ。
そのパンチはカーナさんの顔面を狙ったものだったが、彼女が素早くバックステップをしたことで狙いは外れて俺の拳は空を切る。
(常人なら、今ので倒れているんだけど……頑丈さも強化されているのね)
俺から距離を離したカーナさんは、涼しげに微笑んだままだ。
(でも、まだまだ本調子ってわけでもなさそうね? さっきのへろへろなパンチ。あれでは羽虫も殺せないわ)
それは挑発ですか? いやしかしね、そんなんじゃ俺の心は動きませんよ。
(やっぱりもっと攻める必要があるかしら。それじゃあ、次はもっとキツいの行くからね?)
うわ、この人、もしかしてSの人なのか?
またトントンとリズムをとるように跳ね始めるカーナさん。
今の言葉の通りなら、先ほどの攻撃も手心を加えたものということだ。
彼女が地を蹴り、また姿が消える。
次は右? 左? 上? それとも正面?
せめて気配を感じとれたらとも思うが、彼女は隠行にも優れているらしい。
衝撃は、今度は背中に来た。彼女のひじ打ちが俺の背中を打ち抜いたのだ。
「ぐあっ」
痛みで声なき声を上げる俺。続けて足を引っ掛けられ、仰向けに倒される。
倒れた俺に向けて躊躇なくカーナさんの踵が落とされる。
流石にこの一撃を貰うわけにはいかない、
「おおおっっっ!」
あらん力の限りを込めて転がって、俺は彼女のかかと蹴りをなんとか回避する。
彼女のブーツが硬い地面にめり込んだのを見て、冷や汗がどっと噴き出た。
たまらず距離を取ろうとする俺をカーナさんはそのまま見逃した。
(どう、やる気になった?)
体勢を立て直し、立ち上がった俺に変わらずの笑顔で俺に問うてくるカーナさん。
ここまでされて心動かぬ奴など、そうはいないだろう。
無論、俺とて。
だから――
「……やっぱり、やる気でないっすわ。こんなんじゃ」
俺の言葉に、カーナさんが固まった。
「いや、確かに速いし、俺反応できなかったし、痛いし。もうやられっぱなしなんですけどね」
自分でも何を言っているかわからない。俺は今挑発しているのか? 頭がおかしくなったとしか思えない。
ああ、おかしくなっているんだろう。なにせ、頭の冴えが尋常じゃない。
すっかり向こうの思惑に乗せられたのだ。今の俺は、アンジェルと戦ったときと同じ。
――理不尽に対する怒りを抱いているのだ。
冷静でありながら、心は黒く燃えている。そんな矛盾を抱え、ある意味暴走状態の俺は、さらに言葉を続ける。
「こんだけ好き勝手やらせてんのに、何で俺は今、立っているんですかね?」
俺は口の端を歪ませてカーディナリィを指差した。
「答えは簡単。アンタじゃ、俺の相手としては役者不足ってことでしょ? アンジェルだったら、一撃で俺を仕留めてるよ?」
こんな挑発をして何になる。相手を本気にさせて俺は何をしたいのか。
決まっている、俺が本気を出してもいいようにだ。
(へえ……雰囲気が変わったわ。見違えた)
カーディナリィの笑みが濃くなった。その目は先ほどよりもギラギラさせている。
(私が役者不足って言ったけど、それって、私じゃ貴方の相手にならない意味よね?)
「ええ、それで合っていますよ」
(だったら、私はその言葉を撤回させるために、張り切らないといけないわね)
言い終わると、カーディナリィの姿が掻き消えた。
今度はノーモーション、前兆なしの高速移動か。
だが、こちらは3度もいいようにやられているのだ。そろそろ学習しないと。
いかに愚図な俺とはいえ、これだけ期待されているのだから、それに応えねばなるまい。
「捕まえた」
俺は左に振り向きざま、高速で伸びてきた腕をつかんだ。
(なっ……!?)
この戦闘において初めて、カーディナリィの笑顔が崩れた。
「正確な仕組みはわかりませんが……消えてから、出てきて、攻撃。このタイミングはさっきまでの3つ、全部同じじゃないですか」
俺は先ほどまで食らっていた攻撃の記憶を分析した。
攻撃の種類や出現位置こそ違えど、タイミングそのものは一致していた。
ならばあとはそのタイミングにあわせて、俺が反応すればいい。
無論、先の挑発を受けて、彼女がタイミングを変えてくる可能性もあったがそれはそれ。
今の頭の冴えた俺がイメージしたとおりの俺ならば、それくらいの誤差はどうにでもなると踏んだ。
考えは見事に的中したのだ。
「それじゃ、お返しです」
俺は掴んだ彼女の腕を引き寄せて、がら空きになっている腹部に掌底を叩き込む。
ガンッ!
「え?」
金属の板を叩いたかのような鈍くて低い音がした。
俺の掌底はカーディナリィにあと少しで直撃するというところで、見えない何かに阻まれたのだ。
(残念でした)
ほんの数瞬呆気に取られただけだというのに、カーディナリィはそんな隙も許さない。
彼女が俺の掴んでいないほう手から白くて淡い光が生まれている。
俺は只ならぬものを感じて、彼女の腕を放し咄嗟に後ろに飛びのいた。
彼女の手が先ほど俺がいた場所を振りぬいて、空気が震えた。
おそらく、あの一撃は先ほどまでの攻撃とは異なるものだったに違いない。
(私の転移をわずか3合で見切るなんて、見事だわ)
彼女は、両の腰から細剣を静かに抜いた。
(魔導障壁を使ったのなんて、いつ以来だったかしら。クスクス、ホント、貴方はすばらしいわ)
魔導障壁というと、さっき俺の攻撃を阻んだアレか
「いや、大したことはないでしょう。結局俺の攻撃は貴方に届かなかった」
(あら、賞賛は素直に受け取るべきよ? さて、ではここからは)
カーディナリィが二振りの剣を十字に重ねた。
(私も、張り切って行くわ)
彼女の周りに、白く淡い光を放つ拳大の球状のものが現れた。
それは最初一つだったものが二つに、二つが四つにと、その数をどんどん増やして行く。
軽く目算してその数は50を超えただろうか。
そこまで数を増やしたところで、彼女は右手の剣を高く掲げて天に向けた。
(それじゃあ、見せてね。貴方の真――)
「あ、待ってください」
俺は彼女がいざ攻撃を、というところで彼女の言葉をさえぎった。
(何かしら?)
「いえ、単なる確認です。さっきの魔導障壁、あれくらいの攻撃ならば、どんなに叩いても壊れることはないですよね?」
(……ええ、あの程度ならいくらでもどうぞ)
「……わかりました、安心しましたよ」
(では、いくわよ。貴方の真価を見せて頂戴。 ファランクス、フルファイア!!)
カーディナリィが天高く掲げた剣を振り下ろして俺にその切っ先を向けると同時、彼女の周りに生まれた光の球が一斉に俺に向かってきた。
俺はステップして大きく跳躍、その弾幕を避ける。
その避けた先で、鋭い何かが空を裂いて俺めがけて降りてきた。
俺はここで初めて、腰に装着させておいたナイフを抜き放ち、逆手に持ってその何かを受け止めた。
「くッ!」
降りてきたのは、彼女が振り下ろした細剣だった。
俺は力任せにナイフを押し込んで彼女の細剣を弾き返した。
彼女がたたらを踏んで、よろめき、俺はその彼女に向かって突撃をかける。
「がああッ!!」
しかし、突撃は成功しない。その前に背中にいくつもの衝撃が襲ってきて体勢を崩されたのだ。
「な、何が」
(はあああああああ!!)
先ほどの攻撃の正体を気にするまもなく、カーディナリィの剣が俺を襲う。
切り上げ、横薙ぎ、突き、袈裟、逆袈裟。
次々と繰り出される剣戟は、容赦なく俺を追い立てる。それらを、後ろに飛ぶことで避け、一部の剣戟をナイフでいなした。
その最中に、違う攻撃の気配がした。命の危機を知らせる第6感が俺を突き動かす。
気配は、俺の半身、正面を除く後方180度すべてから伝わってきた。
俺は、足に力をこめて高く跳躍する。
存在超強化による身体能力は、現実のそれをはるかに超える。
数メートルは飛び上がった俺が見たものは、彼女が放った光の球が俺のいた場所を、さまざまな方向から襲い、通り過ぎていった光景だった。
「これって、まさか、オールレンジ――」
(隙だらけだよ!)
いつの間にか、空中にいた俺の傍にカーディナリィがいた。
姿勢を変えられない俺に、彼女の飛び回し蹴りが炸裂し、俺は地上に叩きつけられる。
「がはッ」
……頑丈になっているとはいえ、さすがにこれはキツいな……!
よろよろ立ち上がる俺を、微笑みながら悠然と見据えるカーディナリィ。
「……ごほッ、さっきは役者不足とかいってすみませんでした。あれは嘘です」
(ふふ、そんなの、わからない私じゃありませんよ)
なるほど、彼女もノッてきてくれたというわけか。
彼女の周りには、再び先ほどの光球が戻ってきていた。
この光球は、彼女の遠距離攻撃端末だ。
あらゆる方角からの立体的な攻撃を可能とするこれらは、彼女自身の体術と連携することで、彼女は戦域を支配するのだ。
所詮俺は戦闘の素人だ。こんな立体的な3次元攻撃に対処するようなことは、今の俺にはできないだろう。
勝負は見えた。これは俺の負けだ。だけどこれは元々勝ち負けを競うようなものだったか?
いや、そうではなかったはずだ。
(でも、まだ、貴方の真価が見せてもらえていないわ)
流石、すばらしい洞察力です。俺の心の内すら読んでいるのか、この人は。
そうとも、すべてを出しきっているかといえば、そうではないのだ。
とはいえ、こんな風に体に痛みを受けた経験も無い俺は、そろそろ限界だ。
「カーナさん、次の一手で、俺の全力を見せますよ。まあ、どっちにしろ次の一手ぐらいしか動けませんけどね」
俺の口が、自然と笑みを作っている。
「この一撃にすべてをかける」とか、そんなシチュエーションだろ、こいつは。
だからあんまりにもケレン味が溢れていて、体中が痛くてしょうがないのに、どこか楽しい。
あまりにもリアリティが合っても、これは所詮夢だ。
でも、夢だからこそ、こんなに楽しいし、妥協しなくってもいいはずなのだ。
俺の意気込みが伝わったのか、カーディナリィは真剣な表情となる。
(いいわ、正面から受けて立ってあげる)
ああ、この人とは、これが終わったらしっかりと話さねばならないだろう。
まったく戦いの後には仲良くとは、アンジェルといい、いったいどこの少年漫画なのかな、これ。
ひとつ深呼吸して、俺は半身に構えて、突撃体制をとる。
(ファランクス、フルファイア!)
光の球が一斉に発射された。
「怯むな、俺!」
俺は篭手のある両腕を前面に交差させて、光の球の中を勢いで突っ切ろうとする。
体中を鈍い痛みが襲うが、それにかまわず突撃する。
「うおおおおおおおっ!」
胸当てや足具も当たってボロボロになっていく。
その犠牲もあって、俺は無事に光の弾幕を突破した。
彼女の剣の間合いまで詰め寄った俺は、彼女の袈裟斬りを紙一重で避け、続く振り下ろしを刀身を横から叩くことで剣筋をそらす。
存在超強化によって極限まで高められた集中力のなせる業だった。
そして一足飛びに彼女の懐まで飛び込むんだ彼女の両の手をはたいて、剣を叩き落す。
(ちいっ!)
「おおおおおおおっ!」
俺はナイフを抜き、がら空きとなっている彼女の腹に突きを入れた。
――ガキン!
案の定、甲高い音を響かせてナイフは彼女の手前で阻まれた。
(無駄よ、そんなものでは――)
「わかってるさ!!」
ここで、俺の存在超強化が今日最高の稼動を見せる。
時が遅延し、世界のすべてが緩慢になる。
その時の中で、俺はナイフを一瞬だけ手放し、体を半身回転させて後ろ回し蹴りをナイフの柄頭に一撃、ナイフを魔導障壁に押し込んだ。
(っ、これは!)
「いけえええええええええ!!」
裂帛の気合で蹴り抜くために力をこめた。
これが今の自分にできる最大限の突破力をもつ攻撃だ。これでだめなら、俺は素直に降参する。
この衝撃にナイフのほうが耐えられず、程なくしてその刃が砕けた。
そして同時、ガラスが割れるような音と共に見えない何か――魔導障壁も砕けたのだ。
障壁破壊の衝撃に、バランスを崩して後ずさるカーディナリィを俺は追随し、彼女の体に自分の体を押し付けるように、密着させた。
そして彼女のくびれのある腹部に、俺は掌を添えた。
「一度言ってみたかったんですよね……」
(……なにを?)
彼女を一度つかんだとき、俺は彼女の腕に直接触れることが出来た。
つまり彼女の体の表面には、障壁は張られていないということだ。ならば――
「この距離なら、バリアは張れないだろ? ってね!!」
全身の力を連動させたほぼ零距離からのワンインチ掌底が、彼女に直撃した。
「がはっ……!」
カーディナリィの肺から空気が抜ける。威力は人を気絶させるには十分だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
(見せてもらったわ……あなたの……し……ん……)
カーディナリィが膝から崩れ落ちる。
俺は、それを見届けて戦いの終わりを確信すると、力が抜けてしりもちをついた。
「はぁ……なんか、いい決め台詞でも考えるかなあ……」
そんなつぶやきは、吹き抜ける風と共に消えて行った。
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俺は気絶している彼女を仕方なく、そう仕方なくお姫様抱っこで彼女の家まで運んだ。
そして今現在は、意識を取り戻した彼女に魔法による治療を受けているところであった。
「はあ……超気持ちいい」
結果としては彼女は無傷であり、俺のほうがダメージが多かったのだ。
(無茶するわね、貴方。あんな方法で私の障壁を突破しようなんて)
「いや、確認したじゃないですか、俺の攻撃程度じゃあれは壊れないって。だから、もう全力でやってみました」
(……あれ、ナイフの耐久値が勝っていたら、私、そのまま刺さっていたかもしれないのよね)
彼女は俺に手をかざしながら、ジト目で軽く俺をにらんだ。
「あははは……まあそうならなかったんだから、いいじゃないですか」
俺は彼女の顔から視線をそらした。そこまで痛いとも思わなかったけど。
(こほん、さて、治療しながらだけど、最後に一つ、確認したいことがあるの)
「えっ、まだやるんですか?」
俺はジト目でカーナさんをにらみつけた。
(えっ、やだなあ、もうそんなことしないわよ。もうあれで十分です)
だが彼女は首を横に振って苦笑した。嘘くせえ。
(確認したいのは、貴方がこれから何をしたいかということよ。今後貴方にはいろんなことを教えていくけど、その方針や内容決めないといけないから)
俺のしたいこと……俺のしたいことか……
「俺は……」
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第11話に続く
バトル回でした。 バトルばかりですね。 これでようやくD世界の日常パートにいけます。
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