第3部 第10話 カーズ・ライズ・ペイン
「ドライブ・エミュレート――マテリアライズ・D・E2セット!」
魔王剣が光の粒となって消え、代わりに現れたのは二挺の拳銃。
50口径デザート・イーグル。片手で扱うなど現実的ではない大型拳銃だ。
ただし、中身はまったくの別物であることは言うまでも無い。
「架空格闘術、銃道。ちょっと実験台になれよ、アティ」
流れるようにためらい無く、康太郎は引き金を引いた。
「っ!」
引いた瞬間にアルティリアの右腕が吹き飛んだ。
「……これ」
やや呆然となくなった手の先をみるアルティリア。次の瞬間には闇が手を形作るのだが、アルティリアに一定の刺激を与えられただけでも僥倖であろう。
中身が別物だからこそ出来た芸当。反動をなくし、引き金を引く指先に無拍子を使用し、弾丸には理力そのもの。
そしてD世界では存在しない武器を扱うこの攻撃は、康太郎が見せた戦術の中では武器の性能便りということであまりに異質だった。
「くそ、一発打っただけでこの疲労感……やっぱ無理矢理理想を合わせるのは堪えるなあ」
じんわりとした汗をかきながらも、康太郎はしたりげに笑みだけは浮かべて見せた。もちろん、見栄100%である。
銃を左右並行に並べて、康太郎は構えた。
「行くぞ」
康太郎は十字を切りながら砲火した。
一度見せて尚、瞬間的な火力の発生は有効らしく、アルティリアは避けきれずに顔半分と肩に被弾した。
だがそれで怯むアルティリアではない。
「っ、コウッ!」
アルティリアは身体を修復しながら銃撃の中を突撃した。
放たれる斬撃を最小の動きで避け、康太郎は再び発砲、アルティリアの片足を吹き飛ばして、運動能力を封じた。
康太郎の体捌きがこれまでのそれと比較して、やや鋭角的になり、無駄が省かれていた。
創作の中の架空の武術――膨大な戦闘データから統計的に導き出された科学的な体捌きがアルティリアには変則的なものとして映っているのだろう。
そんな出鱈目を成すのは、D4ドライブに他ならない。架空のものさえ理想と信じるならば、体現してみせよう、それがD4ドライブだ。
「くッ、なにそれ、今までそんなの見せてこなかったじゃない」
アルティリアの斬撃がやや精彩に欠けたものになって見えるのは、綺麗に捌かれているからだろう。
「当たり前だ。切り札は隠しておくものだろう?」
銃を乱れ撃ちながら、康太郎は笑みを浮かべて言ってのけた。
もちろんハッタリだった。はっきり言って康太郎は思いつきを実行しているに過ぎない。
銃道の科学的体捌きに造 物 主による魔改造拳銃による銃撃の組み合わせは、一時の混乱を与える程度には有効だった。
しかし、この攻撃はあまりにもリスキーなのだ。
エミュレートした造物主は所詮は劣化能力だ。本式と違って、消耗が激しすぎた。おまけに創りだしたものは、明確にイメージを続けなければならない。イメージを解けば、瞬時に物は消えてしまう。
先に魔王剣が消えたのは、そういうことだ。
穂波の造物主は、一度作り出したものは基本的には残り続けるという事実から、これは劣化した造物主固有のものであることは明白だ。
漫画やアニメのお約束ともいえる固有秩序の模倣は、都合よく使えるものではなかったのだ。
「ふう……」
一方で、銃を消し一息つく康太郎を、アルティリアはやや険しい表情で見ていた。
***
(獏、これは)
(固有秩序の模倣、か。君にとっては厄介な可能性が浮上したね。この僕を固有秩序であることを彼が看破すれば、最悪、僕自身を模倣するかもしれない。そうなれば、僕の闇も君の闇も、彼には何ら影響を与えられないかもしれない)
獏はそう言ったものの実際の可能性としては、康太郎の消耗具合を見る限りは、限りなく低いものだろう。だが、D4ドライブの能力を考える場合、ありえないということは無い。
そもそも固有の魂の形とも言える固有秩序を模倣すること自体が驚異的だ。一歩誤れば他人の魂の形を引きずって己の自我を保つことすら危うい危険な行為を、康太郎は一時的にとはいえやってのけているのだから。
(本懐を忘れているのは、やはり駄目だということだろう、アルティリア。彼は立ち止まらない。息をして、生きているこの瞬間にも成長しているぞ。彼は愚者だが、愚者ゆえに始末が悪い)
(ええ……ええ、わかっているわ、そんなこと。だれよりも、私が一番)
(自負するのは結構。ならば、どうするべきかわかっているのも、君が一番だ)
(ええ……ここからは、遊びは無いよ、コウタロウ)
***
――空気が、変わったな。
康太郎は、場の空気が、アルティリアに会わせて静かに重いものになったものを感じ取った。
ここまではいわば前哨戦、殆どアルティリアにしてやられっぱなしだったが、先のやり取りで気が変わったのだろう。
コウタロウが今までついていけているのは、アルティリアの気まぐれだろう。やけに気分がHI!になっていたから、弄んでいたというべきか。まあ、力を得てはしゃぎたくなるのは、康太郎にも覚えがあることだ。
問題はここからだ。アルティリアが本腰を入れるここからが本当の戦いだといえる。
「すごいね、コウ。やっぱり貴方は凄い。並んだと思ったら、すぐにこっちを置いていこうとするんだもの」
「何言ってるかわからんね。俺はただ届かないものに手を伸ばして足掻いているだけだぜ、捕まえさせてくれないのは、そっちだろうが」
「……でもね、もうこれ以上は、駆けて行くなんてさせないよ。置いて行くなんて許さない」
勝手な物言いだ。これがアルティリアの本心なのだろうが、ややカチンと来るものがあった。
「何が許さないだ。何様だよ」
「もうどこにも……ここへ止めて、繋いで、私のものになって」
「おい、話が繋がってないぞ、人の話を――」
「私は!」
ずんと、重く鈍い何かが、康太郎を襲った。
アルティリアが声を荒げた瞬間に、彼女の存在感が桁違いのものになる。
桁違いすぎて、空間がそのものが震えて歪んで見えている。
「私の全てを賭けて、貴方を手に入れる、手に入れてみせる!!」
アルティリアの手と足に纏っていた闇が頭を除いた身体全体へと広がっていく。
闇は全身に張り付いて、身体のラインが浮き彫りになるほどだ。
そして背中からは大小2対の黒い翼が生えた。
「ァアアアアアアアアアアアア!!」
アルティリアはケダモノにも似た咆哮を上げる。聞くだけで身体がすくみあがってしまいそうになる。
翼をはためかせ、アルティリアは全身を使って無拍子を繰り出し、康太郎に迫る。
「おおッ!」
アルティリアは捻りも無く康太郎に一直線に飛び出している。
いかに早くとも、康太郎にも対応は出来た。康太郎の突き出した拳が、アルティリアの顔面を捉え――
「く……うおっ」
顔面を捉えたはずの康太郎の腕はひしゃげ、そして闇に染まった。
そしてアルティリアはそれで止まらなかった。
「ッキィィイイイイイイヤアアアアアアアッ」
康太郎の身体めがけてアルティリアは体当たり。
康太郎の骨が軋みをあげ、同時に闇の浸食を受ける。
「う……なんでっ」
吹き飛ばされた康太郎は咳き込みながらも身体を修復しようとするが、うまくいかない。身体の修復が、闇の侵食を受けた部分は黒いまま直らないのだ。
「これは、本当に桁違いだなっ……」
思わず浮かべた笑いは、苦しさから来るものだった。不思議と口角が上がってしまったのだ。
「ラアアアアアアアアアッ!!」
それを挑発取ったか定かではないが――アルティリアは天高く舞い上がり、その巨大な羽の先を康太郎に向けた。
そこから放たれるのは、無数の黒い羽。指向性をもって、康太郎に向かって撃ち込まれた。
「マテリアライズ、九重!!」
障壁が通じないのは、既に承知。康太郎は無理を押して、劣化・造物主によって樹殻棍・九重を生成し、回転させることで盾とし黒い羽を防御する。
――ガガガガガガガガガガッ!!
触れると同時に黒い羽は爆発するかのようにエネルギーを発散させる。
回転する九重が徐々に闇に侵食され、虫食い状態になっていく。
そして、ごく僅かな数の羽が防御を突破して康太郎の身体に突き刺さる。
「ぐッ、あああああああッ!!」
これまでに無い激痛。意識が飛んでは戻り、また飛んでは戻る。
そして闇の侵食は止まらない。
康太郎の身体は、まるで虫食いのように、まばらに黒い斑点が出来ていた。
「あ……ぎ……」
一言で言うと闇は寒いのだ。
停止の理を押し付けられ、身体がかじかんで動かない。
羽の射出が終わり、康太郎が回転させていた九重も消失する。すでに闇に侵食されて炭のようになっていたが。
「オーバーコンプレッション・オーバー・オーバー・オーバー・オーバー」
あの姿になって初めてアルティリアが言葉を発した。
オーバーコンプレッション――理力過重圧縮。
康太郎も使う技術だ。というより理力を扱うものなら誰しもこの過程を経る必須スキルとも言うべきもの。
口ずさむようにオーバーを繰り返すアルティリア。
アルティリアが胸の前に両手をかざしていた。
そこに球形に闇の理力が集約して行く。
その圧縮率、集約率はそれまでの比ではない。今までの全てを上回る必死の理力砲だろう。
つまり、康太郎のアイン・ソフ・オウルと同種の攻撃ということだ。
これには、あらゆる防御は意味を成さないだろう。それは扱う自分が承知している。
故に、相殺するには、同種の同等以上の理力でなければなるまい。
「オーバー……コンプレッション……」
すでに顔の左半分は闇に侵食されている。言葉はかすれて思考も歪だ。
右腕が完全に闇に侵食されて動かず、まだ全てが侵食には至っていない虫食いの左腕をアルティリアのいる天に掲げた。
「来いよ……あてぃ……」
「ァアアアアアアアアアアア! カーズ・ライズ・ペイン!!!」
真円球となった闇をアルティリアは振りかぶって殴りつけ、それをきっかけにして、決壊するかのように理力砲が康太郎に向けて放射された。
「届け、無限光……アイン・オフ・オウル……!」
合わせて康太郎が撃ち込んだのは無尽の蒼い光線。
闇と光がぶつかり、その相克は灰色のエネルギー拡散しとなって空間を揺らした。
「ぎ、ぎぎぎ」
歯を食いしばり、康太郎は理力を搾り出す。
あの理力砲の直撃だけは受けてはいけない。
あれは単純に康太郎の身体を破壊するものではない。
この身体を侵食する闇を見る限り、そんな生易しいものではない。
これらの闇は全て、心を蝕む闇なのだ。
もう思考もうまく働かない。康太郎の届かない理想すら、とうに枯れ落ちて闇に食われてしまっている。目指すものの無いD4ドライブなど、もはや機能していないも同然だった。
「お、おおおおおっ」
しかし、屈してならないのだ。臆してはならぬのだ。吼えて虚勢を張って立ち続けろ。
身体は悲鳴をあげ、心はすでに膝を屈している。
だがそれでもと、自分の奥底で叫ぶ熱い何かがある。
この慟哭が、康太郎を突き動かし、天に号するのだ。
「ま け な い お れ は 」
だが、思いは果たされることは無い。理想もなく、夢想も出来ない康太郎の限界はすぐに訪れた。
「スベテヲヤミニ! ハテテ、クチテ、コノセカイニ、トケロォオオオオオ!!」
カーズ・ライズ・ペインに押され、尚も自己主張を続けていたアイン・ソフ・オウルが遂に競り負けた。
「あ……」
闇の理力砲、カーズ・ライズ・ペインは、康太郎の体に滝のように降り注いで、康太郎の全てが闇に呑まれた。
そして彼を中心に、闇が爆発するかのように広がっていった。