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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
最終章 遥か蒼のD世界
104/113

第3部 第8話 蝕み犯す闇(アイ)

 

 固有秩序オリジン奈落ならく万華闇(まんげあん)

 それが奈落の獏の正体、真名である。

 『いつかの誰か』が生み出した、この世のあらゆる『物語」を見つめたいという願いをかなえるために、自身を巻き添え(・・・・・・・)に完成し発動した、生きる法則(・・)

 偏在する夢と闇から、あらゆる事象を観測し、記録する――それが奈落万華闇の本懐。

 だが言い換えれば……その力は夢と闇を支配しているものと同じだ。 

 戦いに力の舵を切るのは、本質ではなく、上澄みでしかない。

 だが、上澄みだけで、全てを凌駕する。

 

 それが……アルティリアの力になっているものだ。




***



「ああ、これがコウタロウの立つ領域ばしょかぁ……全然違うなあ」


 歓喜、感動、歓喜、感動。

 二つの感情の波が交互に襲ってきて、アルティリアの肢体を激しく震わせた。

 これが、追っても追っても、追いすがれもしなかった領域か。

 強くなった実感はある。心だって。里にいただけでは、できない成長が世界にあった。

 だが、そうして知っていくのは、頂の高さ。

 手を引かれてすら、垣間見えたのは、彼我の間に存在するあまりの距離。

 目指すだけならいいだろう。変わらずそこにいてくれるのなら、まだ目指せる。

 だが、成長すればするほど、加速度的に離されていくのは、どういうことだ。

 

 自分には彼が必要なのに、彼には自分は必要ない。あっても無くても(・・・・・・・・)どちらでも良いのだ(・・・・・・・・・)

 口に出したパートナーという言葉のどれだけ寒々しいことか。

 彼の必要という言葉に一喜一憂したりすることの、どれだけ滑稽なことか。


 お荷物だ、足手まといだ、そんなことはこの自分自身こそが誰よりも百も承知している。

 だが、あの蒼いきらめきを見て、追わずにいられるものか。


――ああ、私には無理だった。

 

 無理だったから、追っても追いつけない自分だから、行かないでと懇願することすら力を借りて背中を押されなければ出来やしない。


 しかし、借り物であっても。今ここに至り、自分は到達した。

 煌きとは対極の奈落、彼の光を包みこんでも消えない闇の領域に。


 さあ、始めよう。


「変えさせない。還さない。貴方に、私の先の道は、歩ませない」


 私のあいは、愛しい貴方をむしばおかす。

 

 優しく、とろけてしまうほどに。

  

  


***



 

 わずか2撃。2撃で、康太郎の体は容赦なく破壊された。

 最初の一撃で胸当てを貫通し、胸骨が破砕して内臓のことごとくが破裂した。二撃目で、首の骨と脊椎が逝った。

 

「かはっ、ふざけろ、あの馬鹿。本当に、加減してねえ」


 D4ドライブが、もはや再生では間に合わないから傷ついた箇所を片っ端から復元していなければ、康太郎はすでに物言わぬ死体になっていただろう。

 

 今まで、穂波との戦いですら壊れなかった想樹の外殻で出来ている胸当てが、砕けてしまって使い物にならないなど常軌を逸している。

 おそらく秘密は、アルティリアが手の先から纏っている闇。

 

 原理も理由も不明だが、とにかく、あの闇は存在そのものを喰らってしまうのだろう。 

 つまり防御が出来ないのだ。

 それでいてアルティリアは、康太郎の無拍子を真似てみせた。

 ZEROからMAXへ、ほぼノータイムで移行する瞬動。

 攻撃力も凄まじいが、なにより恐ろしいのは、その緩急。

 反応が凄まじく困難、かつ反応するので限界なのだ。


 認識したときには攻撃が通っている、それが康太郎が受けた無拍子だ。

 

 正味な話、康太郎が放つものよりも完成度(・・・)が高い。


 康太郎の無拍子がコンセプトとしての攻撃なら、アルティリアの無拍子は、コンセプトを具現化したモデルとしての攻撃だ。

 アマチュアとプロフェッショナルの違いといえば、もっとわかりやすい――、


「何時まで寝てるの?」


 起き上がって、くらくらと目眩のする康太郎の目の前にアルティリアが迫った。

 手には月光剣・リュミエール。受け止めるだけなら、斬守刀・五条にも耐えうる業物。

 アルティリアはそれを容赦なく康太郎の肩へ突き入れた。


「いぎっ!」


 D4ドライブがあろうが、超人であろうが、痛いものは痛かった。

 思わず康太郎はうめき声を上げた。


「アティ、お前、俺を、殺す気か! いやもう、実際もう何度か死んでるぞ!?」


 途切れ途切れに怒鳴る康太郎に、


「冗談でしょ? そういうセリフは実際に殺されて・・・・死んでから言ってよ(・・・・・・・・・)


 アルティリアは、支離滅裂に淡々と言い返した。 

 月光剣を引き抜くと、アルティリアは康太郎の胸めがけて前蹴りを繰り出した。 


「ぐおっ」


 康太郎は交差させた両腕で、蹴りを防御、それでも踏ん張りが効かず、大きく吹き飛ばされてしまう。


 着地し、アルティリアを見る康太郎の目の色が変わった。

 目の前の女は、掛け値なしに――


「認めるよ、アティ。君は、俺が戦ってきた誰よりも何よりも、最強で、最悪だ」


 自分の中に残っていた甘さをここで全て捨て去ろう。

 もはや目の前のエルフは、パートナーのアルティリアではない。

 最強最悪の敵、闇の力を得た『ナラク・アルティリア』なのだ。


 認識すると同時、浮ぶのは、困惑だった。

 康太郎は、アルティリアのことは仲間だと思っていた。旅のパートナーであり、彼女の存在がD世界において康太郎から孤独を失くし、共有する楽しみと喜びを与えた事は疑いようが無い。感情を共有し、共感できることのどれだけすばらしいことか。

 もし一人で旅を続けていれば、もっとD世界に対する感情は、味気ないものになっていただろう。

 だからこそ、力のある無しなんて関係無しに、アルティリアは大事な人間だったのだ。

 

 何でも言い合える関係だと思っていた。実際康太郎は、アルティリアには素直な心の内を話していた。

 だから、世界の切り離しにしても、セプテントリオンの副長をお願いして手伝ってもらってもいたのだ。

 

 だけど実際には、アルティリアは、こう(・・)なるまで内側に溜め込んでいた。康太郎に、引け目を感じていたなんて。

 確かにアルティリアに言われても、変わることは(・・・・・・)無かっただろう(・・・・・・・)けれども、それでも――


「ファランクス、メルティングシフト!!」


 康太郎の思考の間隙を突くようにアルティリアが、闇の力を凝縮させた無数のエネルギー弾を康太郎に向けて発射した。


「本当に容赦ない!」


 康太郎は飛び上がって弾幕を避ける。

 空へ躍り出た康太郎は、アルティリアを探すが――


「森が、地面が黒くなって……!?」


――まさか、さっき言ってたメルティングシフトって、そういう……!


 つまり、弾着した部分を侵食する効果を持つ、散弾攻撃。

 その黒くなった一帯から、大量の弾幕が吹き上がった!


「薙ぎ斬る、経験解放、極・大・霊破斬!!」


 康太郎は理力を何層にも重ねた極太2000メートルオーバーの半実体刀身を五条を媒介に作り出し、黒い弾幕を一振りで薙ぎ払った。


「でえええりゃーーーー!!」

 

 飛び上がって向かってくるアルティリアを見つけた康太郎は、彼女に向かって、五条を振り下ろした。

 アルティリアは、これを月光剣で受け止めた。巨大すぎる刃に少しも屈せず、アルティリアは拮抗していた。

 

「押し通る!」


 耐えるアルティリアを月光剣ごと斬るように、康太郎は五条を振り切った。


「……っ」


 月光剣は折れこそしなかったが、アルティリアは地面へと叩きつけられ、大きな土煙が立ち昇る。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」


 康太郎が、息切れ(・・・)を起こしていた。D4ドライブを自覚してからは、ほぼ無尽蔵の体力を有している康太郎が、息切れを起こすことは本来ありえない。

 康太郎を息切れさせるものは、精神的なものだった。

 

 精神の磨耗は、D4ドライブにとって最も相性が悪い。

 D4ドライブは、康太郎の精神に直結した固有秩序だ。

 故に、康太郎の精神強度はそのまま、康太郎の肉体的、異能的な強さに直結する。

 

「攻撃は通ってる……手ごたえもある……」


 康太郎は思わず確認するように呟いた。

 土煙が治まり、見えなかったあるティリアの姿が浮き彫りになっていく。


「流石ね、コウ。そしてそのカタナも。カーナ様と同じ時代を生きた刀神の業物だけのことはある」

 

 康太郎の一撃を受けてもまったく苦にせず、見上げるアルティリアの姿があった。


「おいおい、こりゃ、もしかしなくても……」


 康太郎から思わず弱気な言葉が口からもれた。だが、退くわけには行かない。退いていい相手ではない。

 

「天式――」


 康太郎は空を蹴って、地上へ急降下。

 

「無拍子・翔破」


 対するアルティリアは地を踏み込み、地面を大きく穿って飛翔する。


「おおおおおおっ!」

「はああああああっ!」

 

 康太郎は五条を、アルティリアは月光剣をそれぞれ剣、身体もろとも斬り飛ばす意で渾身の斬撃を繰り出した。


「斬れ伏せろよぉおおおおお!!」


 パワー、スピードはほぼ互角。技術と剣の性能の差が結果を分けた。

 

 斬撃の概念を具現化したとまで言われる五条は、D世界における刀剣では掛け値なしに最上位であり、これを越える刀剣は事実上存在しない。仮にあるとすれば、より上位の概念で形作られたものに他ならない。

 さらにこのとき康太郎は、刀の経験を引き出して使用していた。歴代刀神の技術で振るわれるそれは、五条の性能を余すことなく使いきる。


 故に、この競り合いは康太郎が制した。

 月光剣は剣身半ばで折れ、五条はアルティリアの肩から袈裟懸けに食い込んでいった。


「なっ……!」


 だが五条は、アルティリアの身体を両断するには至らず、胴半ばで止まってしまった。動かそうにも動かせなかったのだ。


「どうしたの? 途中で止めて」


 アルティリアには、自身を切り裂いている五条に苦心している様子はまるで無かった。

 それどころか、康太郎が振り切れなかったことをおかしいとさえ感じている。

 

「やっぱりいいなあ、この刀。ちょっと厄介だから、貰うね」


 

 自らに食い込んだ刃をアルティリア闇の手で握り締めた。

 握り締めたところから、闇が広がっていく。


「っっ!」


 康太郎は反射的に五条を放し、距離を置いた。

 アルティリアは闇に完全に覆われた五条を引き抜き、柄へ持ち替えた。

 闇を振り払うようにアルティリアは五条を一振りした。

 闇から抜け出た五条の姿は、柄頭から切っ先に至るまで、全てが黒に染まっていた。


「うん……馴染んだ」


 五条は、持ち主を選ぶ刀だ。持ち主本人か、あるいは持ち主が一時的に譲渡を許可した人物でなければ、刀自身に斬られることになる。 

 それが馴染んだ(・・・・)とは聞き捨てなら無い。

 言わんとすることは理解できた。つまりは、隷属化。闇の一部に同化させることにより、己の物とした。


「おいおい、マジかよ……!」


「じゃあ、まずは試しうち。経験解放・刃獄」


 無造作にアルティリアは五条を一振り。

 だが、康太郎はその業に覚えがある。

 初代刀神・五条(・・・・・・・)が使った奥義の一つ。

 地点指定の斬撃の檻。


――間に合わないっ……!


 康太郎は来る斬撃に、無駄だとわかっていても、理力で障壁を全身に展開、加えて背の樹殻棍を手にして、横に払った。

 

「うっ……ぐ……!!」


 突如、康太郎の全身から血が繁吹しぶいた。

 障壁も樹殻棍の払いも押しのけて、斬撃の檻は康太郎を切り裂いたのだ。

 康太郎の視界が一瞬霞んで、身体が硬直した。

 D4ドライブで傷を治すことは出来るが、それでも多量の血液を一度に失ったことのショックはどうにもならない。

 

「隙だらけだよ、コウ」


 その隙を見逃してくれるほど、アルティリアは甘くない。

 今まで追いすがってきた男に対する侮りなど、この女は持ち合わせては無い。

 アルティリアは袈裟懸けに刃を閃かせた。

 対して康太郎は、反応が遅れ、咄嗟に何の工夫も無く既に端を斬られた(・・・・・・・・)樹殻棍(・・・)を構えてしまった。

 

「あ……」


 アルティリアが振るった五条は樹殻棍を切り裂き、さらに康太郎の胸を走る深い刀傷を作り上げた。

 

「う……あ……」


 受けた痛みと傷に康太郎は声にならない声を漏らし、ついには目の焦点も合わず虚ろになる。

 なによりショックなのは、樹殻棍を斬られたことだった。

 想樹の外殻から作り上げた世界最強強度の棍が、あっけなく両断されたのだから。

 冷静に考えれば、単純なことだ。

 想樹の外殻は、一度受けた攻撃を記憶し、耐性を得る。

 しかし、康太郎が削り取った外殻は、その時点では五条の斬撃を受けたことは無かった。

 残念ながら、悠久のときを守ってきた外殻に蓄積された耐性も、その時点までは五条に届く斬撃の類は、存在しなかったのである。


 かくして康太郎は、一時的に全身から力が抜け、滞空を維持できずに頭から落下して行く。


――やばい、まるで勝てる気がしない。


 このアルティリアに打ち勝つ理想がまるで頭に浮ばない。

 康太郎の心が、理想が、徐々にあいに蝕まれ始めていた。


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