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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
最終章 遥か蒼のD世界
103/113

第3部 第7話 身勝手な最終決戦

 



 朝焼けがまぶしかった。

 東から昇る太陽の壮大さは、地球と同じだ。

 

 皇居にあてがわれた一室で、康太郎は装備の確認をしていた。

 上は白いシャツの上に黒い皮のライダージャケットで、下は群青色のデニム地のパンツという出で立ち。

 もちろん、地球と同じ素材なわけは無かった。耐衝撃、耐刃、耐火、耐水、耐魔力その他二十に及ぶ防御機能を備えた高機能服だ。

 その上から、腕と足を守る想樹の外殻製の篭手と足具を装着する。胸当ては、シャツの内側に仕込んである。

 そして背には樹殻棍『九重』を背負い、斬守刀『五条』を腰のベルトに差し込んだ。

 

 これが康太郎の決戦仕様だった。


「こんなこともあろうかと……一度言ってみたかったんだよなあ」


 それはどんな状況でも覆し、納得させる魔法の言葉だった。

 とはいえ、実際この言葉が使われる場面は、一体何を想定していたんだと正気を疑うところであるし、康太郎もこのフル装備を用いることなどあって欲しくはなかったが。


 最終目的地は、想樹外殻を突破した先の、想樹の中枢だ。

 今の外殻を破るというだけでも一大事なのに、その守護にはエルフたちと世界蛇のアンジェルだ。

 エルフたちには心情的な意味で、アンジェルには力量的な意味で強敵に相違ない。

 そして康太郎の心をざわつかせるのがもう一つ。

 

(アティ……)


 それはアルティリアの存在だった。

 彼女自身の戦闘力は康太郎にとって脅威ではない。

 心情的な面では、若干苦いものがあるだろうが、それだけだ。

 だが、黙って康太郎の前から去り、想樹の前で待つと宣言するからには、何かしらの決意と切り札を持っていると康太郎は考えていた。

 何しろ康太郎の力を一番よく知っているのは、この世界で共に行動を続けていたアルティリアを置いて、他にはいないからだ。


「おはよう、早いな、コウタロー」


「おはようございます。陛下も、お早いですね」


 部屋に入り考え込んでいた康太郎に声をかけたのは、まだ寝巻き姿のグラント正統帝国現皇帝、アウグストスだった。


「正直な話、貴公にはあのまま変態ども(セプテントリオン)の飼い主をやってもらいたかったよ。貴公がいなくなってからのあれらが暴走せぬかと、余は心配でしょうがない」


 そう言うアウグストスは、本気で嫌そうな顔をしていた。


「大丈夫ですよ陛下。よく言って聞かせてますから」


「だとよいがなあ……行くのか」


「はい。今日は『これまで』と、そして『これから』の歴史を分かつ転換日になるでしょう」


「――世に語られることも無い、な。その異世界の遠い子孫たる余としては複雑な想いだよ。無理をして変える必要があるのかとも思う。例えば貴公やホナミ・シオリコのような危険を孕んだ存在を呼び込むことになろうともな」


「……」


 一つの巨大国家を背負うものとしての言葉を、アウグストスは、遠い目をしながら語る。

 それに康太郎は、口を挟むことは出来なかった。


「我がグランドの成り立ちからして、異世界人の存在があった。それ以外にも、きっと多くの事柄で異世界人はひそかに関わっているのだろう。その影響は正邪を超えたところにあり、それらがあるからこそ、今のある種小康状態となって安定したこの時代がある。それを否定する気には余はなれない。正直なところ、正統帝国を名乗ってはいても、今更分かたれた大陸の全てを治めたいとは思わん。下の者には冗談でも言えん話だが」


「……でもこのままだといつか、地球からの手が大きくこの世界を覆うことになると思います。その時、この世界は、地球の戦力に太刀打ちできる可能性はかなり低いと思います。俺と同じような輩が多勢に無勢に攻めてきてしまえば――」


 康太郎の言葉に、アウグストスは鷹揚に頷いた。全て承知しているぞ、と。


「だが、それもまた……新興の勢力が現れるだけのことではないか。違いは、この世界の外より来るということだけで。ただ、そういう時代の到来であると、そんな風にも思うのだ」


 そう、例え地球の影響を排したとしても、D世界が必ず壮健であるとは限らない。中での争いが今後起こらないとはいえないのだから。未来は読めない。それでも――


「……それでも、俺は。この世界は、せめて、この世界の住人のものであって欲しいと、そう思います」


「ああ。それは余も同じだ。コウタロー、別に貴公の心を揺さぶるつもりは無い。貴公のすることもまた、正邪を越えたところにあるのだからな」


「正邪も何も……俺は、俺の願いのために行くんです。今更誰に何を言われても揺れたりしませんよ」


「そうか……では達者でな、異邦の闘神よ。短い付き合いだったが、貴公が時に話す異世界の話は興味深いものがあったぞ」


 アウグストスは、踵を返して去り際に手を上げて康太郎の部屋を出た。

 彼はドアを締め切って、姿が見えなくなってから、そちらの方へ、康太郎は一礼した。

 皇帝は、康太郎のセプテントリオンの隊長職就任の後ろ盾となってくれたのだ。半ば脅すような形であったけれども、案外二つ返事で引き受けてくれた。アレをまともに統制できるものなら、してみろとの言葉つきで。

 セプテントリオンのその後の配置やセプテントリオンの人員が抱えている多彩な『負債』も皇帝は引き受けた。

 それについては先代が築き上げた利益を還元しているだけ、とのことらしいが。


「……さあ、行こうか」


 バルコニーへと出て、康太郎は一足で空の彼方へ飛び去った。




***




「はっ、情けない奴」


 そんな罵詈雑言を起き抜けに聞いた神木は、こめかみに感じる痛みに顔をしかめながらADSシフターのカプセルから起き上がった。


「そのセリフは、コウと戦ってから言うんだね」


 そんな神木を置きぬけに罵った水鳥は鼻で笑った。


「相手の実力も見極められずに、己の力を過信したお間抜けが何を偉そうに。私は最初からこうなることはわかっていましたもの」


 神木を小バカにする水鳥を神木は胡乱気な目で見つめ返した。


「……君の場合、始めから戦う意志も無かったじゃないか」


「ええ。だって、『私の』康太郎くんを傷つけるなんて愚かなこと、出来るはずがないですもの」


 手を胸にあて、自慢げなその様が神木には気に入らない。


「ふん、もう彼女気取りか。お目出度い奴。そういうセリフは、せめて既成事実を作ってから言えよ」


 吐き捨てるかのような神木の言葉に、水鳥はズバッと指を差して、


「だまらっしゃい、この負け犬。ほら、負け犬は負け犬らしく惨めに鳴いてなさい、ほら、ワンワンって!」


 ……だめだ。今の神木に、まだ言質も取れていないのに浮かれるバカに張り合うだけの元気は無かった。


「その様子を見ればわかるけど、一応報告してもらえる?」


 かつかつと音を鳴らして神木たちに歩み寄ってきたのは、白衣姿の金髪の美女、キャスリン=グッドスピードだ。

 グッドスピード側の使者として、日本には彼女が寄越されていた。

 

 神木はキャスリンに向き直った。


「任務は失敗、九重康太郎の身柄は確保出来なかった……そういえば、楼我は? 姿見えないが」


「彼なら、既にスタッフが運び出したわよ。ずっとあられもない悲鳴を上げ続けているし、そのうち隔離病棟にでも移されるんじゃない? ……一体、ココノジ……九重康太郎は何をしたの?」


 訝しげに聞いてくるキャスリンに、神木は肩をすくめて見せた。


「さてね、僕にはわからない。なんなら君が行って確かめてみるか、キャスリン=グッドスピード」


 神木の言葉に、キャスリンは憎らしげに目を細めた。そして踵を返すと長い髪を掻き揚げ、


「冗談。私の力は、突出した個人には効かない。無駄なことはしない主義なの」


 キャスリンは二人に言い捨てて先に部屋から出て行った。





「これで義理は果たしたことになりますわね」


 キャスリンを見送り、口火を切ったのは水鳥だ。


「どうかな、失敗した僕らを家はどんな処置を下すのやら」 


 神木は今後を心配する言葉とは裏腹に、その表情は晴れやかだった。

 友人に手を上げるなど、神木にとっても忸怩たる思いだった。

 だが、康太郎は強く揺ぎ無かった。アレ(・・)は駄目だ。アレをどうにかしろだなんて、無茶振りにもほどがある。

 

「あら、怖いのです?」


「まさか」


 水鳥の挑発ととも取れる問いに神木は黒く笑って返した。


親友コウ以上に怖いものなんて、あるわけ無いだろう?」

 




***




 空を無拍子の歩法で駆ける康太郎は、想樹の森の半ばまでやってきていた。

 すでに、高度も速度も落とし、康太郎は警戒しながら進んでいく。


「…………」


 康太郎はここまで何の障害もなく進んでいた。

 

「…………」

 

 だが、幾らなんでも静か過ぎた。

 自然の騒音というものが無い。エルフたちの攻撃も無い。

 今の康太郎は、理力の放出を抑えてこそいるが、隠密行動というほど忍んでもいなかった。

 声高ではないが、自分の身を晒しているのである。

 なのに、エルフたちは姿を見せないし、魔物たちもまるで姿を見せない。


――罠というにはあからさまだ。 意図的に誘っているとしか。


 しかし、かといって歩みを止めるという選択肢は康太郎にはない。

 罠というならば打ち破るまで。即応性のある能力に任せて突撃するのが康太郎の身上なのだから。


 アンジェルがこんな回りくどい真似をするとは思えない。エルフの誰かにこんな大げさなことが出来るのは、恐らく賢聖と呼ばれたカーディナリィくらいだが、彼女の性格は真っ直ぐなバトルジャンキーだ。だったら、残るは、


――想樹の前で待つ。


 康太郎と共に居続けた、はみ出し気質の銀髪エルフが頭に浮んだ。




***




 エルフ達も世界蛇・アンジェルの妨害も結局最後まで無く、遂に康太郎は想樹の前までやってきた。


「懐かしいな、フツノから五条を連れて来た時以来か」


 不思議な包容力を持つ巨木に少しだけ見惚れていた。


「ああ、来たのね、コウ(・・)


 そこへ不意にかかるコウという呼び名に、康太郎は声の主の方へ振り向いた。


 艶やかな銀髪を揺らした美貌のエルフ。

 D世界での多くの時間を共に過し、康太郎の旅の日常と感動を分かち合った相棒。


「ああ。獏からの伝言は受け取ったよ、アティ」


 エルフのアルティリアが、普段の彼女が見せるものとはどこか違う、陰のある笑顔を湛えて現れた。

 それもそうだ。何しろ美貌を台無しにする大きさの目の隈が彼女の目元にあったからだ。


「おい、アティ。目の下に隈ができてるぞ? 寝てないのか?」


「え? うん? そういえばそうだ。私、ここ2,3日ずっと、ずうっと考えてたんだ」


 寝ぼけた笑顔で言うアルティリアに、康太郎はただならぬプレッシャーを感じていた。

 目の前のアルティリアは本当にアルティリアなのかと、疑いを一瞬持ってしまうほどに。

 アルティリアは、ややおぼつかない足取りで康太郎へ近づいていく。


「想樹の前で待つって話だったよな。この状況を作ってるのは、やっぱりアティなのか?」


「ん? この状況って?」


「……俺が想樹を狙うとなれば、黙ってない連中がいるだろう? アティは俺の事を知らせに、先にこっちに戻ったんじゃないのか?」


 アルティリアは足を止め、康太郎の問いには首を横に振った。


「違うよ。知らせに戻ったんじゃない。誰にも邪魔(・・・・・)されたくないから(・・・・・・・・)先に戻ったの」


「邪魔って……皆に、何かしたのか」


 恐る恐る聞いた康太郎に、アルティリアは、何てこと無いかのように、


「眠ってもらっただけだよ。動物も魔物も里の皆も、カーナ様も、世界蛇様も、み~んな」


 だけとは言うが。エルフの里の人間はともかく、格上のカーディナリィや王種のアンジェルまでを眠らすなど、これまでのアルティリアには到底実行不可能なことだった。


「……アティ、お前そんな力はなかっただろ。一体どうやって」


「んふふ、どうやってでしょう」


「茶化すな、アティ。俺は真剣に聞いている」


「せっかちだなあ、コウは。じゃあ正解を教えてあげるよ、正解はね――」


 熱に浮かされたようなアルティリアの空気が、一変した。

 アルティリアの周囲が捻じ曲がって見えるほどの濃密な理力(・・)が、彼女の中からあふれ出す。

 その色は黒、というよりも闇だった。

 変化はそれだけに止まらない。

 アルティリアの陽光に当たって光で輝く銀色の髪と、青い瞳は、艶も現れない闇に染まっていく。

 更には足先から膝上まで、手の先から肘までを黒いもやが覆っていくのだ。


 もはや答えは明白だった。こんな濃密な闇の理力は、康太郎にはたった一つ覚えがあった。

 アルティリアを媒介にしているためだろうが変質しているものの名残はあった。

 様子のおかしいアルティリアの背後には、王種・奈落の獏がいる……!


「ふう……」


 『変身』を終えたアルティリアに、先の熱に浮かされたような不気味さは無い。

 だが、地に足を着いた安定感と底知れなさと両立させた、アルティリアであってアルティリアではない、凄味を嫌というほど感じさせた。

 

「どう、コウ。私とコウが初めて出逢った頃の、コウの髪と瞳の色よ。こんなのもお揃い、なんて言うのかしら」


 楽しげに話すアルティリアとは対照的に、康太郎の心は荒れていた。


「獏は一体何を考えている。アティ、お前、奈落の獏に、何を吹き込まれた?」


「大した話ではないわ。コウが想樹に干渉して、この世界と、コウの世界を切り離すだろうって話よ。元々コウがやろうとしていたことの、具体的な方法を教えてもらったわ」


「それだけじゃないだろう。そんな姿になって……獏はどういうつもりなんだ」


「彼はね、フェアでないと言ったのよ。世界を変える意志が獏に力を借りるなら、世界を変えない意志にも力を貸すって。だから(・・・)、私はここにいる。コウ、私は貴方を想樹の中には行かせない」


 安易に獏に頼った結果がこれだというなら、随分な話じゃないか。。

 今更揺らぎはしないが、後味が悪いことこの上ないではないか。 


「なんだよ、なんだよ今更! ここへ来て、この土壇場で、そんな姿になって、なりふり構わないほど、俺を行かせたくないって! だったらなんで手伝ってた!!」


 声を荒げる康太郎は対照的に、アルティリアは落ち着いたものだった。


「自分に嘘ついてた。聞き分けいい振りして、せめて心証よくしておこうかなって。どうせコウは言っても聞きゃしないって、私じゃコウを止められないって、わかってたから。……でも、獏は言ってくれた。正直でいいって、素直でいいって。力が欲しいなら、貸してくれるって。……最後になるかもしれないなら、これが最後なら、取り繕うのはもう、やめにしようと思ったんだ」


 アルティリアは小走りに駆けて、そして康太郎の胸にとびこむようにして抱きついた。


「アティっ……!」


「行かないで。帰らないで。ずっとD世界ここにいて。私はコウとずっと一緒にいたい。離れたくない。自由で、強くて、寂しくて、不器用な人。私の世界を切り開いた人。貴方と同じ景色をこれからも見たいから。貴方と同じ喜びと悲しみを、分かち合いたいから。コウ、私の愛しい人。お願いだから、世界を切り離すだなんていわないで。元の世界に帰るなんていわないで。貴方と一緒の時がもう終わりだなんて、私は耐えられない」


 アルティリアは、少しだけ身体を離した。それでも、まだ手は康太郎の背中にかかっている。

 康太郎と殆ど変わらない身長のアルティリアだから、同じ高さの目線が、康太郎を見つめていた。 闇に染まっても、整った顔立ちと、ほのかに香る柔らかな香りは変わらない。

 だが、それをこんなにも意識したことは康太郎には無かった。

 ここまで情熱的な告白を聞いて、アルティリアを異性として意識しているせいだろうか。


「やめてくれ、アティ」


 すがるような眼をしたアルティリアを、康太郎は肩を掴んで離した。


「もう決めたことなんだ」


「コウ……もっと考えようよ。この世界のことを案じてくれるのなら、ずっとここに居ればいいじゃない。心配なら、コウがずっとこの世界を守ってくれればいいじゃない。私だって、今は獏の力が使えるし、コウが声をかければ、手を貸してくれる王種も人も、今ではいるじゃない。皆で力を合わせたらさ――」


「アティ。俺は人間だ。ただのヒューマンだ。エルフみたいに何百年も生きられないし、ずっと守り続けることなんて不可能だよ」


「獏は言っていたわ。康太郎は、神様みたいなものだって。理想を、欲望を、望む未来を昇華して実現できる貴方は、どこまでも進化することが出来るって。だから、寿命くらいどうってことない、そのうち克服できるはずよ」


「俺はそこまで大層なもんじゃない。それにこの世界を大事にしたいって思いが、いつ変化するとも限らない。人の心は移ろうものだから。だからせめて、この世界には、綺麗な思い出であって欲しいんだ」


「思い出じゃない! 私には、大切な今なんだ!」


「俺はどこまで言っても地球の人間だ! 俺の本分は地球にあるんだ! 所詮俺はここでは異邦人でしかない!」


「異邦人を迎える度量くらい、この世界にはある! そうしてきたのが、今のこの世界でしょう!」


「そのあり方を変える。いや元に戻す! 今のあり方は歪んでいるんだ!」


「そんなの、ただの貴方の主観じゃない! 私は間違っているなんて思わない!」


「間違ってるんだ! 俺も、昔にこのD世界にきた地球の人間も! 本当ならここに居ないはずの人間なんだぞ!」


「私に新しい可能性をくれたコウとの出会いを、間違ってたなんて言わせない!」


「これまでの旅で得た経験、思い、その全てを、ここにおいていく」


「間違いにさせない、終わりじゃない。新しい可能性を、貴方を止めて掴んでみせる」


アルティリア(・・・・・・)!!」


コウタロウ(・・・・・)!!」



「「―――――っ!」」




 思いの昂ぶりが、衝動が、切なさが、愛しさが、同時に頂点に達した。

 それは行動となって現れて、たまらず二人は拳を突き出した。

 早さも力も互いに引けを取らない。

 弾かれるようにして、二人は距離をとった。


「アティ、俺はもう止まらない。君を越え、D世界(ゆめ)を超えて、俺はこの人生みちの先を行く」


 康太郎からあふれ出す、蒼いオーラ。理想を体現する、蒼穹の想念だ。


「逃げない、退かない、諦めない。この気持ちは、理屈じゃない……!!」


 対するアルティリアから溢れるのは漆黒の闇。清濁を全てを内包した、正邪を超えた純粋な想いの表れだ。


 康太郎は構え、踏み込む足に力を入れた。

 アルティリアから放たれるプレッシャーはこれまでのどんな相手よりも濃密だ。

 加減なんてしたら、その瞬間に康太郎はやられてしまうだろう。

 だから油断もしない。例えアティだろうと、この拳を振りぬいてやる。

 そう、思っていたのに。


「ぐはっ……!」


 突如せり上がってきた胃液や血も含んだ混ざり物を、康太郎は吐き出した。

 アルティリアの拳が、康太郎の心窩を打ち抜くように叩き込まれたからだ。

 顔を下げた康太郎に、すかさず鋭い蹴りが襲い掛かり、康太郎は木々を巻き込み、倒しながら盛大に吹っ飛んで行く。

 康太郎に反応も許さなかったこの攻撃は、康太郎には馴染みのあるものだった。

 超人的な身体能力に最適な体重移動を組み合わせ、ノーモーション、ゼロから最速最大の一撃を打ち込む絶招。


「無拍子よ、コウ。私が見続けた貴方のフェイバリット。是非、感想が聞きたいわ」


 ただ二人だけで行われる、世界のあり方を決める身勝手な決戦が、幕を開けたのだ。



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