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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
最終章 遥か蒼のD世界
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第3部 第6話 決着と後始末

 



 実力伯仲の二人が相対すれば、噛み合えば噛み合うほど決着の付かない硬直した展開になる事もあれば、その逆に一瞬で決着が付くこともある。

 

 康太郎と神木の場合、まさに後者の展開だった。ことさらD世界で超人と化した二人だから、その攻撃は一撃必殺。狙いも正確だから綺麗に意識を刈り取ることが出来る代物だ。


 さきに飛び出したのは康太郎。だが、後から動き出したはず神木の蹴りが康太郎に届くほうが早かった。


「「――っ」」


 互いの視線が絡み、呼吸が重なる。

 康太郎の手が、迫る神木の足に触れた。

 瞬間、神木の視点がぐるりと廻った。

 康太郎の合気だ。キャスリンに散々投げられた際に、会得した技術だった。

 刹那の攻防の中で、康太郎は自身と神木の力を合一し、神木を宙に投げたのだ。


 康太郎に投げられた勢いのまま空中で身体が回転し、しかし神木にはそれを止めることは叶わない。

 まるで無重力で自由の効かない中を、慣性の激流が神木の身体を金縛りにするかのよう。

 そしてそれは康太郎の攻撃の終わりではなく、神木が見せた致命的で決定的な隙だった。


っ――!」


 康太郎は、空中で回転する神木の顔を鷲掴みにし、回転の勢いを利用してそのまま地面へとたたきつけた。


「…………っっ!!!!」


 康太郎ちょうじんの膂力で叩きつけられた神木ちょうじんの身体が地面に巨大なクレーターを穿った。


「…………」


「悪いな、神木君。ここは俺のD世界(テリトリー)だ」


 うつぶせに沈黙する神木を見下ろしながら、康太郎は一人呟いた。


 

 

***



 

 力が抜けていくような感覚はあった。アレが恐らく神木の固有秩序の一端なのだろうと康太郎は考えた。

 故に康太郎はがイメージするのは、常に力の上限を保てる状態であることだった。

 どれだけ力を吸収されようと、差し引きの後でも自分自身には変化が起きなければそれで良いのだ。

 抜けて行く力の行き先がもし神木だとしたら、彼は相対的に強大になるのかもしれないが、幸い神木は康太郎の距離に乗ってきた。

 なりふり構わず持久戦を持ち込まれていたら、あるいは康太郎にも隙が生まれたのかもしれなかった。

 だが、康太郎が知る限り、神木はプライドが高く、潔癖なところがある。

 それでいて何でもこなすセンスがあり、力があり、容赦も無いから、相手の心を最も折ることの出来る方法をとる場合――神木は相手の得意分野フィールドで捻じ伏せるべく、そこへ自ら飛び込むのだ。

 故に康太郎が狙うのは初撃必殺。康太郎が今まで積み上げてきたD世界での濃密な戦闘経験を、神木のセンスが吸収しきる前に倒すことが、康太郎の戦術だったのだ。


 そして今、康太郎は勝者として神木を見下ろすことが出来ていた。

 神木が受けたのは、確実に致命の一撃だ。D世界で得られる頑健な肉体の上限を越えている。

 あるいは防御特化の固有秩序や康太郎のように破損部位の復元が出来れば話は違っただろうが。


 神木の体が、蒼い光の粒へ変換されていく。

 康太郎のD4ドライブ・ジェネレイトが、神木の魂を地球へと送還しているのだ。

 ただし、R世界人がD世界で死んだ時の自動的な強制帰還とは異なり、康太郎が処置したDファクターは、二度とD世界への転移は出来なくなる。

 それは、先に送った佐伯や、灰色の髪の男も一緒だ。





 康太郎を止めるなら、もっと数がいるのだ。例えば今日地球に返したあの3人が連携していれば話は違ったかもしれない。

 康太郎は知らないことだが、佐伯水鳥の固有秩序は過・直感予知オーバーサイト・ウィルという。

 それは水鳥が持つ直観力を拡大解釈した予知という名の未来選択。康太郎の行動を全て先読みするだけに留まらず、水鳥の力量次第で康太郎の行動を無数の未来の中の一つへ誘導する(・・・・)ことさえもやってのける、因果律操作の領域にまで踏み込んだ恐るべき固有秩序。  

 彼女のもたらす情報と未来を元に、神木と木野塚が康太郎を攻撃していれば、あるいは、康太郎の身柄を拘束することも出来ただろう。

 だがDファクターも適格者が限られる中で、さらに康太郎によって絶対数を減らされたのであっては、数を用意することも叶わない。

 D世界を狙う組織は、それぞれ独占を考えずに一致団結するべきだったのだ。

 実際、神木たちが三人と纏まった数を送れたのも、その裏にキャスリン達アメリカ勢力の援助があってこそだった。 


 地球はこうして、康太郎確保の最初にして最大のチャンスを失ったのだ。

 この禍根が地球で新たな火種になるのだが、それはこのD世界とは何ら係わりないの無い瑣末なことである。



  

 

***


 

 『闘神』の二つ名は伊達ではなかった。二つ名が初めて役に立った瞬間である。


 フツノは康太郎が伝説を作った都市であり、それも半年程度前のことだから、住民の覚えも目出度い。

 故に、死者の埋葬手続きや損壊を受けたスタジアムの修復など事後処理は実にスムーズに進んだ。


 スタジアムの外壁に設置されたオーパーツである大型スクリーンを利用して、康太郎は声明を発表した。


「あー……前にここでファイターやってたナインです。今回起こった異変は、俺が処理させてもらった。その説明をしたいと思う」


 髪の色が変わっていることや、服装が軍服になっているなどの違いはあるが、フツノの住人は殿堂入りの生ける伝説、ナインを認め、歓声を上げた。

 その後は康太郎は粛々と経緯を説明し、最後には土下座までしてフツノ住人に対し詫びた。


「今回の事態は、周りめぐっては俺が原因で起こったことだ。死んでしまったファイターやその所縁ある人たちには、心からお詫びしたい」


 そうのたまった康太郎に、それを見たフツノの住人は野次を飛ばした。


「やめろ闘神! お前はもっと堂々としていろ!」


「ファイターが恨み買うなんてよくあることじゃねえか」


「俺達ファイターは、死ぬリスク背負ってスタジアムに立ってるんだぜ? テメエのそれは俺達の覚悟を侮辱してるってもんだぜ!」


「ナイン! 貴方が責任に感じることなんて何も無いよ!」 


 怒声は、康太郎の謝罪を拒絶し、康太郎を叱咤する内容がほとんどだった。

 無論、そのフツノの住人すべてが康太郎を無条件に許せるわけも無かったが、それでもそれを封じて、皆、闘神は顔を上げろと檄を飛ばした。

 ファイターの頂点というものは、フツノにとっては代表であり、誇りである。

 まして、誰にも覆せない殿堂入りの闘神は、決して情けない姿を見せるものではないのだ。


 それらがようやく落ち着いた頃、康太郎は久しぶりにフツノの知己に会うことにした。



「いらっしゃいま……な、ナインくん!」


「お久しぶりです」


 かつて康太郎がファイターとしてフツノに身を置いていた頃、世話になっていた宿屋兼居酒屋食堂の刀宴亭である。


「なにいいいいいい!?」


「さっきスクリーンに映ってた!?」


「本物!?」


「女将さん、闘神ゆかりの宿って本当だったんですね!」


 やいのやいの。

 刀宴亭は、割と規模を大きくして健在だった。

 闘神がひいきにしていた宿屋ということで、かつての零細振りが嘘のように、盛況だった。


「ナイン! 来るなら来るって言ってよ!!」


 途中、玄関口から大きな声がして、振り返ると看板娘のヨシノがいた。

 最後に見た頃よりも碧の髪が短くなっており、より活発な印象を与えていた。


「久しぶり、ヨシノ。元気そうじゃん」


「当然、私が元気じゃなかったら、この宿が回らないしね」


 少しはしこりがあるかなと思ったが、ヨシノは明るく振舞っていた。もう康太郎のことは完全に過去の思い出として消化できているのだろう。


「ホント、ナインはやらかしてくれるよね」


「今回ばかりは、否定は出来んな」


 康太郎は、久方ぶりに刀宴亭でのひと時を過すことにした。


 


***



 

 あんまりにも康太郎に人がたかるので、一室を借り切って、ヨシノと共に食事をとることにした。


「随分と繁盛してるみたいだな」


「まあね。これも闘神効果って所かなあ。今じゃお手伝いさんも何人か雇わなきゃいけないくらいだし」


 闘神ゆかりということで、益を得ている店は他にもそれなりにあるらしい。

 無論、騙りも多くいたのだが、実際に使用したという証言は結構あちこちからでてくるので、比較的短期間で偽者は排除された。

 あとは、名産品として、闘神まんじゅうだの闘神Tシャツだの、色々と売り出してもいるらしい。


――そんな経済効果があったのか、闘神。


「ナイン、どうせだからしばらくフツノいなよ。ついでにスタジアムで戦ってくればいいよ」


「魂胆が明け透けなんだよ。俺がいるってことでの勘定が見え見えだ」


「それもあるけどね、本当に久しぶりだからさ。もう会えないと思ってたし」


「ま、俺もこんなことが無きゃ、戻ってくることも無かったな」


「そういう意味じゃ、スタジアムを荒らした奴にも感謝かな、なんて」


「流石に不謹慎だやめなさい!」


 

 そんな他愛も無い旧知との会話が、康太郎には心地よかった。



***



「さて、そろそろ行くわ」


 康太郎は食べ終わった食器を片付けると、刀宴亭から去ろうと思い立ち上がった。


「えっ、もう夜だけど? せっかくだし、泊まっていきなよ、ナインならタダでもいいよ?」


 ヨシノのありがたい申し出に、康太郎は首を横に振った。


「悪いな、ちょっと野暮用があってな、すぐに帝国に戻らないといけないんだ」


「どんな野暮よ……ここから東大陸までどれだけ距離があると……まあナインならそれくらいなんとも無いかもしれないけど」


「まあな」


 結局、ヨシノを始めとして、オーナー夫婦に宿泊客や食堂の利用者、果ては近所の人間までも巻き込んだ大げさな見送りになってしまった。


「また来るよね、そのときは歓迎するよ」


「まあ、そのうち、気が向いたらな」


 康太郎には、そう言うのが精一杯だった。

 もう、彼女らとは二度と遭うことは無いと、知っている康太郎には。

 彼らの姿を、康太郎は思い出に焼きつけた。






***


 

 陽も沈んだ中を、康太郎は疾走し、数時間後には帝国のセプテントリオン基地に帰還していた。


「さて、ご苦労だな、お前達」


 康太郎にこき使われている幹部を始めとする人員は、各々適当に返事をした。

 一ヶ月ばかりの付き合いだが、随分と打ち解けたものである。


「ここ最近みんなに従事してもらっていた任務も、今日でひとまず終了だ。他の人員についても順次こっちに帰還すように、道すがら指令は出しといた。だから、とりあえずここにいる人員に、今後について説明しとく。とりあえず、セプテントリオンは解散」


「「「「「……はぁ!?」」」」」


 多くの声が重なった。セプテントリオンの気持ちが一つになった数少ない機会。


「だから解散だ、解散」


「いきなり何を言いやがる隊長! 冗談にしても性質たちが悪いぜ」


 ベルダンが怒鳴り声を上げた。


「冗談でこんなこと言うもんかよ」


隊長マスター、説明をお願いします。理由を教えていただかなければ我々も混乱するだけで、納得しかねます」


 片眼鏡モノクルを掛けたリンクスが、代表して康太郎に問うた。


「なんだよ、リンクス。お前、俺に質問するほど偉かったっけか?」


「……何を今更。今や末端に至るまで、貴方を畏敬することはあっても、物怖じはしませんよ。そういう態度を求めたのは、他ならぬ貴方でしょうに」


 リンクスは慇懃無礼にまくし立て、そんなリンクスに、康太郎は肩をすくめて返した。


「ん、ちょっと言ってみただけだ。んで、理由だが。さっき言った通り、お前達に動いてもらっていた任務を終了する。先日、ようやく俺の方で最終フェーズを実行にするに当たっての目星が付いたからだ」


「最終フェーズ……例のマスターの世界と、この世界との連結切断ですか」


「ああ。色々と回り道だったが、先代マスターの狙いを俺が実行することになった。つまり、西大陸にある王種とエルフに守護された想樹をやる。先代との違いは、単純な破壊ではなく、中身をいじるという点だな。これについては賭けの部分が多いけどな」


「マスター。では解散という話は、マスターの作戦が成功し、マスターが帰還されない場合ということでよろしいでしょうか」


 リンクスの回答に、康太郎は頷いた。


「ん。事後処理の責任者はリンクスに。皇帝陛下には、既に俺の方から話はつけてある。再就職先については出来る限り希望をかなえてもらえるとの事だから、良くしてやってくれ」


 …………。


「随分勝手だね」


「本当に。先代といい、ホント困ったこと言い出すわね~」


「まったく年寄り扱いが雑すぎるわい」


「隊長、やめんな! 隊長がいなくなったら暴れにくくなるだろうが!」


「あ、だったら私ぃ、隊長について行って一緒に異世界行っちゃおうかな~」


 幹部の中で一番年若いヴィットリオが口火を切ると、他の幹部も次々と文句を言い始めた。

 リンクスだけは目も口も堅く結んでいたが。


「だまらっしゃい、お前ら。あとナビィ、お前じゃ向こうに行ったらすぐ死ぬから無理。っていうか、誰が連れて行くか」


「じゃあせめて、子種をいただけませんか♪」


 康太郎は問答無用でナビィは締めた。

 

 ……一月ほどだったが、随分と打ち解けたものである。

 発明オタクだったり美容技術だけ数世紀未来にいってたりなど、どいつもこいつも割りとデンジャーでクレイジーな思考の持ち主ばかりだが、長いものに巻かれるというところでは一貫していた。康太郎や穂波くらいでなければそうそう従う連中でもないが。

 ショックだったのは一番まともと思っていたリンクスが実はドMと知ったときは、康太郎も流石にドン引きした。康太郎が慇懃無礼な執事然としたこのモノクルの男のマゾの感性を刺激してやると、顔を赤らめ、恍惚こうこつとした表情でも浮かべる様は流石にドン引きした。

 とはいえ、罵ったり痛めつけたりしておけば、ちゃんと言うことは聞くし有能なので、康太郎は重宝にしていたが。


「ま、どのみち先代がいなくなった時点で、この七星は崩壊予定だったんだ。それを俺が無理矢理繋ぎとめていたからな。ま、いい機会だ。今までやむなく働いていた奴も、楽しんでいた奴も、陽の当たる場所で生きてみろよ。案外楽しいもんだぞ?」




***


  

 仮眠を取った後、康太郎はたった一人の最終作戦を実行する予定だ。


 取り急ぎの案件もさっと済ませた康太郎は、残りを隊長室でリンクスに引き継がせた。


「短い間でしたが、先代にも劣らず貴方は私の主に相応しい方でした。今後もそうであって欲しいと思いましたが、残念です」


「ま、なんだかんだで俺もお前らとやるのは楽しかったよ。最初は、エルフの里を襲った連中の親玉って言うから、せいぜいこき使ってやろうかと思ったが、立場変わればって奴だな」


「事後処理についてはお任せください。貴方の最後の命令、しっかり果たして差し上げます。他の者も、口ではああ言っておりましたが、同じ気持ちでありましょう」


「さてな。……借金持ちの連中の負債は消すように陛下にお願いしといた。退職金に色をつけて自由にさせてやってな。血の気の多いベルダン辺りには、王種に吹っかけるように言っとけ。北の方にティアケイオスって馬鹿でかい竜がいるからさ。世界は広いんだ、この世界にも超越者は幾らでもいるってね」


「承知いたしました。ところで、副長はどうしたんです?」


「……ん、出先で別れた。多分、俺の障害になる」


「……そうですか。あの方の罵詈雑言もなかなか心地よかったのですが」

 

 しれっと言うリンクスに、康太郎は思わずため息を漏らした。


「物好きだねえ」


「誰でもというわけではありませんよ。そこらの雑魚にされようものなら、怖気が走ります」


「さよけ。……もの欲しそうな目で見るのはやめろ」


「最後です。後生ですから、少しくらいお情けをくれてもいいのでは?」


「……」


 康太郎が流し目で、冷たいプレッシャーをリンクスに叩きつけると、彼は歓喜に身体を震わせた。


「……一回だけだぞ?」


「お、お願いします」


 隊長室に、乾いた音が鳴り響いた。






「あふん」


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