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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第2章 エルフの里編
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第9話 賢聖・カーディナリィ (中)

 


 康太郎をカーディナリィの家に送り届けたシオンとアルティリアは、エルフの里の長に報告に来ていた。


「里長、ココノエ・コータローをカーディナリィ様のところまで送り届けてきました」

「ああ、ご苦労様だった、シオン」


 里長と呼ばれた椅子に座っている男は、その見た目は人間でいうところの30代前半相当の端正な顔立ち、長い金髪を垂らした美中年だ。今は、若草色の簡素なローブに身を包んでいる。

 

 彼らがいるのは書斎で、そこには古くからの貴重な文献が魔法により完全な形で保管されており、その筋に詳しい人間ならば、のどから手が出るほど欲しい一品ばかりである。


「私は今でも反対です。あの男をカーナ様に会わせるなんて」


 不機嫌さを隠さないで話したのは、アルティリアだ。 


「いいも悪いも、あの得体の知れない男を扱いきれるのはあの方を置いて、他にいないだろう」

「しかし……!」  


「本来であれば、あの男を連れてきたお前たち自身に諸々の面倒を見てもらうつもりだったのだがなあ……」


「うぐっ!」


「今からでも遅くはない。あの男の世話係を引き受ける気があるのなら、彼女にもあのような役割を頼まずに済むのだが」


「ううっ……」

 

 里長の言葉を聞いて、勢いを削がれたアルティリアはおずおずと引き下がった。

 アルティリアとしてはあの男の世話係など死んでもごめんだというくらいの気構えだ。

 もっともそれは種族的な嫌悪とは異なる、個人的因縁からくる怒りだったが。 


「そのくらいにして下さい、里長」

 

 シオンは嘆息しながらも、里長を嗜めた。


「はいはい、いつまでたっても過保護だなあ、シオンは」

「そういうわけではありません。我々では荷が勝ちすぎているのは事実ですから」

「王種に名を許され、しかも異世界人を吹聴する若い人間の男か。久々に表れた不届き者は随分と変わり種とは思わんか?」


 里長は、口の端をわずかに歪めた。


「楽しむようなことではないでしょう?」


「いや? そうでもないさ」


 シオンは、この里長の態度には嫌悪感を覚えた。

 里長のことは、普段は冷静かつ慈愛に溢れ、エルフの未来の担う一人として立派な人物だと思っているが、ごく稀に、今のような笑みを浮かべることがあるのだけは好かなかった。


 そんな時の彼は、彼らしからぬ俗物的な雰囲気を纏う。そのことがシオンの心をほんの少し傷つけるのだ。

 もっとも、そんな時でも彼の判断が間違ったことなどないというのが、また憎らしかった。


「少なくとも、あの方が元気になるだろうしね」


 里長は椅子を回転させてシオンたちから背を向け、窓から空を見上げながら、ぽつぽつと話し始める。


「世界中をめぐり、数々の業績を残し、4体もの王種との面会を果たした偉大なる賢聖・カーディナリィ。今は第一線を退き、里にも過度の干渉を避けるために、あのように里から離れた場所に暮らしているが……」

「酸いも甘いも経験しつくした彼女だ。他者を見抜く目は、ピカ一だよ。彼女は適役だ。彼女があの男を認めたならば、我々もそれを遵守せざるを得ないだろう。どんな裁定でもな」

「そして……あの男の危険性を測れるのも、やはり彼女しかいない」


 里長はシオンたちに向き直り、話を続けた。


「彼女が賢聖と称されるのは、数々の業績もそうだが、なにより王種との面会を……戦闘(・・)を経て、今も尚、生きているからだ」

「王種は、脆弱な命は認めない。無論、力だけで判断するわけではないが、それも稀だ」


 そこまで言って里長は、前置きをした。信じられないだろう(・・・・・・・・・・)()、と。


「普段の彼女も決して偽りではないが、我々では決して見られない顔が彼女にはあってな。彼女は長いエルフの歴史にあって、極めて稀な……」


 






「根っからの戦闘嗜好者(バトルフリーク)なのさ。強い者を見れば手合わせせずにはいられない。あの男が本物なら、今頃彼女はうれしくて小躍りしているだろうな」










~~~~~~~~

~~~~~~~~








 手合わせ? 一体目の前の人は何を仰っているのか


(あら、今の伝わらなかったかしら? えっとね、要するに、私と戦ってほしいの。戦闘してほしいのちよ。伝わってる?)


 ええ、伝わっていますとも。やけにデンジャラスなことがね。


「……言ってる言葉も意味もわかりますが、意図がわかりません。どうしたんです」


 彼女が先ほどまで穏やかな笑みを浮かべていたのと同一人物であるなど、にわかには信じがたい。

 

 あんな「あらあら、うふふ」というセリフが似合いそうなお姉さんが、まさかこんな、俺との戦闘に意欲的な勝気で活発な御方であるというのは……ギャップとかってレベルじゃないぞ。

 

 よく似た双子と入れ替わったんじゃないか? あとチェンジリングとか。確かエルフって、妖精の系譜だよな?

 

(さっき、貴方が固有秩序を使ったときにね、ビビっと感じちゃったのよ)


 彼女の言葉には熱がこもっていた。そこはかとなく、若々しさも戻っているような。


(あの冷たい視線、膨れ上がった理力、強烈なプレッシャー……これは間違いない、この子は本物だって)


 彼女の体に微かな震えが生まれた。これは、武者震い、というやつだろうか。


(私も現役を退いているし、自重しようとも考えたのだけど……駄目ね。これからも貴方と接し続けるのなら、我慢なんて出来ようはずもないわ)


 どうやら彼女は、本当に本気らしい。

 しかし、俺としてはこの人とは戦いたくなかった。やはり、女性を殴る蹴るといった行為は、なるべくならしたくない。

 それに彼女はアンジェル以外で、俺のことを受け入れようとしてくれた初めての人なのだ。


「もし、俺が嫌だと言ったら……?」

 

 そう問う俺に、彼女は笑顔のまま、しかし目には剣呑な輝きを乗せて、


(……そんなこと、思えなくしてあげる)


 即答だった。

 この前はアンジェルと、そしてあのエルフたち。今度はこの人。

 俺はなんだか、襲われてばかりじゃないか。

 まったく夢の中だというのに、ままならないものだ。

 

「……わかりました、戦いましょう」








~~~~~~~

~~~~~~~








 すぐにでも仕掛けてきそうな彼女であったが、その前にと、彼女はコテージの地下に造った隠し部屋に案内した。 


 彼女が部屋のカンテラに魔法で火を灯して明かりをつけると、そこには刀剣をはじめとして数多くの武具が所狭しと並んでいるのが見えた。


「すごいな、これは……」


(今まで私が仲間たちと集めた戦利品、その一部よ。この中から好きななのを取って頂戴)


 どうやら彼女は、俺が無手のまま戦うのをよしとしないようだ。


「はぁ、でもいいんですか? そんな大事なもの」


(彼らは置物ではないわ。使ってこそ、その真価がでる。貴方に選んでもらったのなら、彼らも本望よ)


 ……そう言うのなら、遠慮なく。


 俺は部屋の中を物色した。標準的なこれぞ洋剣というものもあれば、ウォーピック、ポールアックスといった大型の武器まで、実に豊富なバリエーションだ。

 

 だが正直、この豊富な種類の中から選べと言われても、素人の俺には無用の長物になる気がして仕方がない。


 かといって、無手で戦うのも気が引ける。というのも彼女が持ってる細剣を存在超強化(ハイパーブースター)をした俺の肉体だけで防げるという確証もなかったからだ。


 結局俺は悩んだ末、革製の籠手と足具に胸当て、そして刃渡りが30cm程度の肉厚のナイフを選んだ。

 革製なのは、防御力よりも機動性を選んだが為であり、ナイフという選択肢も相手の攻撃を防御するための手段でしかない。

 肝心の攻撃は、やはり自分の手足。自身の五体そのものこそが現時点で一番信用のおける武器であるという結論となった。


 カーナさんは、その選択については何も言わなかった。


 俺たちはコテージを出て、森の中でも開けた場所まで移動し、互いに距離をとって向き合った。

    

 彼女は、一枚のコインを取り出した。


(このコインを今から弾くわ。コインが地面に落ちるのを合図に始めましょう)


「あの、勝利条件は? どうしたら、終わりになります?」


 もし、きつい条件を言われたらどうしよう。その時は全力で逃げよう。


(そうねえ、どちらかが参ったと言う、気絶する、そんなところでしょう)


 なんだかアバウトな条件だな。試合開始と同時に参ったと言ってやろうか。


(そんなに、不安そうな顔しないでよ。これはあくまで手合わせなんだから。そんな大事にはしないつもりよ。貴方もそうでしょう?)


 ……どうやら彼女、分別はついているらしい。


「わかりました、それでいきましょう」


 彼女は一つうなずいて、コインを天高く弾いた。

 俺は存在超強化を発動、身構えながらコインの落ちていく様を眺める。

 高まる緊張、心臓の音が聞こえてきそうなほどの静寂が俺たちを包んだ。 そして―― 


――キンッ


 金属の甲高い音がした。


 俺は、まずは彼女の出方を見ようと、待ちの姿勢を取っていた。


 しかし、彼女は――俺の視界から消えていた。


「えっ?」


(私はこっちよ?)


 俺の右側から声がした。とっさに右腕をあげてガードの体制を取れたのは、存在超強化のおかげか。

 横から叩きつけられるような衝撃を受け、俺は一瞬地に足がつかなくなったかと思うと、十数メートルは飛ばされた。

 衝撃のあったポイントを見ると、カーナさんがハイキックをした体制になっていた。


 俺は戦慄した。

 いかなる方法を使ったのか、彼女は俺の反応速度を超え、しかも一瞬で彼我の距離を詰めて俺に攻撃を当てたのだ。

 そしてその攻撃を受けた箇所はびりびりと痺れている。幸い骨とかには異常はないようだが……


(今のを凌ぐのね……まあこれくらいは当然かな)


 え、なにその、まずは小手調べみたいな感じ。彼女の力はまだまだ上があるということなのか。


(さあ、もっと貴方の力、見せて頂戴)


 彼女は、目を輝かせてそう言った。 


 ……参ったぞ、これは。真剣に戦っても敗色濃厚じゃない?

 

 

~~~~~~

~~~~~~


第10話に続く




今回の冒頭は、試験的に3人称して書いてみました。康太郎視点以外は、この形式で今後書いていこうかと思います。


それではご意見・感想・評価、お待ちしております。

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