プロローグ 青春のはじまり
「なんで俺、こんな森の中で全裸なんだよ……!」
少年の慟哭は、誰に聞かれることも無く、むなしく消えていく。
彼は絶望して地面に四つんばいになっていた。
少年は名を、九重康太郎という。
180cmに満たない身長、筋肉も脂肪も程よくついた体躯、毛先にすこしだけ癖のある黒髪。顔立ちは日本人としてはやや彫りが深いことを除けば薄すぎることも濃すぎることも無い。
その中身といえば、青春を漫画、アニメ、ゲームといったサブカルチャーに費やしているオタク……いつの時代も必ずいる少数派というだけで、珍しいというわけではないだろう。
つまり康太郎はありていに言えば、凡庸な、ありきたりの、何処にでもいそうな16歳の高校生だった。
しかし、そんな凡庸な康太郎が置かれた状況は異質だった。
場所は何処とも知れぬ森の中。
そして康太郎自身は布切れ一つ身に着けていない……つまりは全裸だった。
そうなる経緯は極めて明快で、自室のベッドで寝て、起きた次の瞬間には、全裸で森の中であった、というだけのこと。
ではそれに前後して何か特別なことでもあったかといえば、康太郎の日常では、ニュースで殺人事件が報道されいても、彼の周辺では何も起こらない。
対岸の火事に物騒だなあ、と感想を漏らす程度のことで。
比較的都会に近い環境に育った康太郎には、こんな豊かな自然に囲まれた状況というのは、林間学校で体験した程度。
オタク趣味も手伝って、インドアの康太郎には、当然サバイバルの知識などもなく。
自身の置かれた状況を理解して、康太郎は途方にくれた。
――え、何? 何なの? バカなの? 俺死ぬの? ふざけんなハゲ。 一体俺が何をした、一体俺に何が起こった。教えてくれ偉い人!!
そんな悲壮たる思いも誰かに届くはずも無い。
――拉致。拉致なのか? いや、拉致ならこんな場所で捨てられていることがおかしい。保険金目当て? そんなの掛けられてないよ。じゃあなんだ、何が目的なんだ。
うーんと唸る康太郎。しかし答えなどでるはずも無く。
――異世界! そうだ、いわゆる異世界転移って奴だ! 遂に俺も主人公として八面六臂の活躍を……ってねえよ。ありえない。妄想と現実をごっちゃにする奴はオタクの風上にも置けない。俺はそんな畜生じゃない。なら、おれがこんな状態で得する奴はだれだ? そうか、島を丸ごとゲームフィールドとした殺人ゲームならどうだ! 俺はどこから監視されててどっかの金持ちどもが賭けの対象に……ってそれこそねえよ。おれにそれだけの価値は無い。
ありえない可能性も片っ端から拾い上げては潰して行く。
そしてようやく、一つの結論に至る。
――ま、夢だよなこれ。意識があるのは多分明晰夢って奴だ。眠って次に見るのがこれなんだから、多分そうだろう。
適当に理屈をでっち上げて一応の納得を得た康太郎は、ようやく立ち上がった。
「ま、それならそれでこの夢をちょいと調べるとしますかね。多分、なんかイベントが起こるだろ、夢なんだし」
そうして康太郎は、自分の姿にいまいち落ち着かないながらも、森の探索のための一歩を踏み出した。
だが、康太郎は知らなかった。
夢というのは、間違ってはいない……だが、正解というほどでもなかったことを。
康太郎が立っている夢の正体は、地球とは異なる異世界。
……そしてそんな異世界の、ひいては地球の命運を左右する存在になることを、康太郎は、まだ知らなかった。
二つの世界の命運は、やがて彼の青春そのものになる。
これは九重康太郎の、青春の物語。