第12話:待ちに待った断罪イベント! 追放される気満々でステージに上がったら公開プロポーズされました
王都でのクーデター未遂事件(※私が寝ている間に暗殺者が勝手に壊滅させていた事件)から、さらに数年の月日が流れた。
私は無事に王立魔法学園での全カリキュラムを終え、十八歳の春を迎えていた。
「ふふっ……ふふふふふっ! ついに、ついにこの日が来たわ!」
学園の女子寮、その豪奢な自室で。
私は鼻歌を歌いながら、ベッドの上に広げた巨大なトランクケースに荷物を詰め込んでいた。
今日はいよいよ、魔法学園の卒業パーティーが開催される日。
それはすなわち、乙女ゲーム『ルミナス・ハーツ』における最大の山場――悪役令嬢エルナ・フォン・ローゼンバーグが、王太子から婚約破棄を突きつけられ、国外追放(あるいは処刑)を宣告される『断罪イベント』の当日である!
「長かった……本当に長かったわ。今日という日を迎えるために、私は十年間、血の滲むような努力をしてきたのよ……!」
私は万感の思いを込めて、トランクに平民用の地味なワンピースを詰め込んだ。
この数年間、私の学園生活は平穏とは程遠い地獄だった。
事あるごとに「エルナ様! 今日の貴女も最高に慈愛に満ちておられます!」と百合全開で付き纏ってくるヒロインのマリア。
「師匠! 俺の剣撃を見てください!」と隙あらば斬りかかってくる脳筋騎士バルド。
「君の魔力波形を毎日計測させてくれないか?」と物陰から這い出てくる魔法変人ユリウス。
「姉上に近づく害虫は全て僕が駆除します」と四六時中殺気を撒き散らすシスコン義弟ルカ。
「君のその冷たい塩対応、もっと私に浴びせてくれ!」とドMを極めた王太子アルベルト。
そして、私の影に潜んで「主の安眠は俺が守る」と勝手に暗躍しまくる忠犬暗殺者シエン。
私が彼らを遠ざけようと冷たくすればするほど、彼らは「エルナ様は我々を試しておられる!」「あえて悪役を演じて我々を導いてくださっているのだ!」と斜め上すぎるポジティブ解釈を繰り返し、好感度はカンストどころか限界突破して宇宙の彼方まで飛んでいってしまった。
だが、それも今日で全て終わりだ。
乙女ゲームの強制力というものは絶対である。
どれだけ好感度がバグっていようとも、卒業パーティーの舞台では、王太子がヒロインの手を取って私を断罪する。そういうシステムになっているはずなのだ!
「お嬢様。荷造りは完了いたしましたでしょうか。裏門の方には、すでに変装用の馬車を待機させております」
部屋の隅に控えていた専属メイドのアンナが、恭しく頭を下げた。
彼女には「今日、私は王太子殿下の怒りを買って追放されるから、逃走用の馬車を用意しておきなさい」とだけ伝えてある。
「ええ、完璧よアンナ。あとは私がパーティー会場で盛大に断罪されて、その場から逃げ出してこの馬車に乗るだけ。行き先は隣国の、誰も私のことを知らない辺境の村よ。そこで偽名を使って、毎日お昼まで寝て、美味しいものを食べて、年金暮らしのような最高のスローライフを送るの!」
私が両手を握りしめて熱く語ると、アンナはハンカチで目頭を押さえてボロボロと涙をこぼし始めた。
「ああ……なんという気高き自己犠牲! この国の腐敗した貴族たちを炙り出すため、あえてご自身が全ての罪を被って『追放された』と偽装し、隣国から密かにこの国を護るための裏組織を立ち上げられるのですね! お嬢様のその海よりも深い祖国愛、このアンナ、一生お供いたします!」
「…………うん、まあ、そういうことにしておいて」
もう彼女の深読みを訂正する気力すらない。
とにかく、馬車の準備は万端だ。逃走資金として、公爵家の金庫から(お父様にバレないように)ちょろまかした宝石類もたっぷりある。絶対防御の指輪も指にはめている。
準備は完全に整った。
「さあ、行くわよ。私の輝かしいモブ人生の幕開け、最高のエンディング(追放)を迎えにね!」
私は、あえて『悪役令嬢』らしく見えるように、黒と深紅を基調とした派手で毒々しいドレスを身に纏い、意気揚々とパーティー会場へと向かった。
◆ ◆ ◆
王立魔法学園、大講堂。
卒業パーティーの会場は、シャンデリアの眩い光と、色とりどりのドレスを着飾った貴族の生徒たちで埋め尽くされていた。
楽団が優雅なワルツを奏で、テーブルには豪華な食事が並んでいる。
本来なら心躍るはずの光景だが、会場にはどこか異様な緊張感が漂っていた。
(よしよし、いい雰囲気じゃない。これぞ断罪イベント直前のピリピリ感ね!)
私は壁際の目立たない場所に立ち、扇子で口元を隠しながら会場を見渡した。
視線の先、一段高くなった中央の壇上付近には、すでに『彼ら』が勢揃いしていた。
黄金の髪を輝かせる王太子アルベルト。
その隣には、純白のドレスを着たヒロインのマリア。
さらに彼らを囲むように、赤髪の騎士バルド、銀縁眼鏡の魔術師ユリウス、義弟のルカが控えている。天井の梁の暗がりには、間違いなくシエンも潜んでいるだろう。
彼らの視線は、真っ直ぐに私へと向けられていた。
(おっ、見てる見てる。親の仇みたいに熱い視線を送ってきてるわね。いいわよ、その調子で私を糾弾しなさい!)
私は内心でガッツポーズをした。
実際には、彼らの瞳に浮かんでいるのは親の仇どころか『狂信的なまでの愛情と尊敬』だったのだが、追放される気満々で脳内がお花畑になっている私には、それが「断罪のための敵意」にしか見えていなかった。
やがて、楽団の演奏がピタリと止んだ。
会場が水を打ったように静まり返る。
アルベルトが一歩前に出て、威厳に満ちた声で大講堂全体に響き渡るように宣言した。
「――皆の者、静粛に! 本日は卒業という佳き日であるが、その前に、一つ重大な発表を行わねばならない!」
来た! ついに来たわ!
私は興奮で震えそうになるのを必死に抑え、悪役令嬢らしい不敵な笑みを浮かべた。
「エルナ・フォン・ローゼンバーグ! 前へ出よ!」
アルベルトの言葉に、会場中の生徒たちが一斉に私へと視線を向ける。モーセの十戒のように、私の前に壇上へと続く道が開かれた。
私は扇子を優雅に閉じ、ピンと背筋を伸ばして、ゆっくりと壇上へと歩みを進めた。
頭の中では、すでに彼が言うであろうセリフを完璧にシミュレーションしている。
(『エルナ、お前はマリアに数々の嫌がらせを行った! その傲慢な態度は未来の王妃にふさわしくない! よって婚約を破棄し、国外追放とする!』……ふふっ、言われた瞬間に食い気味で「はい喜んで!」って言っちゃダメよ私。ちゃんと悔しそうな顔をして、「覚えてらっしゃい!」って捨てゼリフを吐いてから逃げるのよ!)
私はアルベルトたちの目の前で立ち止まり、大仰なカーテシー(淑女の礼)をして見せた。
「お呼びでしょうか、アルベルト殿下。私に、何か仰りたいことでも?」
さあ、言いなさい! 私をクビにして!
私の熱い期待の眼差しを受け、アルベルトはゆっくりと口を開いた。
「エルナ。私は今日、この大勢の貴族たちの前で、君との関係について明確な決断を下す」
「はいっ!(ワクワク)」
「ローゼンバーグ公爵家と王家が結んだ、我々の『政略結婚としての婚約』。私はこれを、白紙に戻す……すなわち、婚約破棄を宣言する!」
キターーーーーッ!!
私は心の中で、打ち上げ花火を百発同時に打ち上げた。
やりました、お母さん、お父さん(前世の)! 私はついに、ギロチンルートを完全に回避し、念願のニート生活への切符を手に入れました!
周囲の生徒たちが「おおっ……」「まさか公爵令嬢が……」とざわめき始める。
私は満面の笑みになりそうな顔の筋肉を必死に引き締め、悪役令嬢らしく、扇子で顔を隠しながら悲痛な(フリをした)声を出した。
「そ、そんな……! 殿下、どのようなご処分でもお受けいたします! ええ、私が悪うございました! 今すぐ荷物をまとめて隣国へ去りますので、どうか追っ手などは差し向けないでくださいませ! さようなら!」
完璧な自白と撤退宣言。
私はクルッと踵を返し、一目散に出口へと向かおうとした。
しかし。
「待ちなさい、エルナ! まだ私の話は終わっていない!」
ガシッ、と。
力強い手で、私の腕が掴まれた。
振り返ると、アルベルトが感極まったような、熱に浮かされたような瞳で私を見つめていた。
そして彼は、あろうことか大勢の生徒たちが見ている前で、私の手を取ったまま、スッと片膝を突いたのだ。
「えっ……? で、殿下……?」
私が戸惑う中、アルベルトは私の手の甲に恭しく口付けを落とし、そして、会場全体に響き渡る声で、甘く、熱烈に宣言した。
「君という人は、どこまで自分を犠牲にすれば気が済むんだ。私が婚約を破棄すると言っただけで、全ての罪を被って自ら身を引こうとするなど……その気高さ、その慈愛、私の心はとうの昔に君に奪われているというのに!」
「……は?」
「私は『政略結婚』としての婚約を破棄すると言ったのだ。国のため、家のためという鎖から君を解放し……ただ一人の男、アルベルトとして、君に真実の愛を捧げたい!」
アルベルトの背後に、目に見えない薔薇の花がブワァァァッと咲き乱れる幻覚が見えた。
彼はキラキラと輝く笑顔で、私を見上げている。
「エルナ・フォン・ローゼンバーグ。どうか、私の最愛の妻となってくれ。君と共に、この国を導いていきたいんだ!」
パァァァァッ……!
大講堂が、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「おおおおっ!!」
「なんてロマンチックなの……!」
「政略結婚からの、真実の愛の再プロポーズ! 素晴らしいわ!!」
「万歳! 未来の王妃殿下、万歳!!」
貴族たちが感動の涙を流し、大喝采を送っている。
壇上の端では、父ゲオルグが「ガッハッハ! よかったなエルナ!」と親指を立てて満面の笑みを浮かべていた。
一方の私はといえば。
拍手喝采の中心で、掴まれた自分の手を見つめたまま、文字通り『宇宙猫』のような顔になって完全にフリーズしていた。
「…………へ?」
脳内の処理が追いつかない。
断罪は?
ヒロインいじめの糾弾は?
私の国外追放は?
「あ、あの、殿下? 断罪は……? 私、マリアにいじわるしたし……」
「何を言っているんだ。君がマリア嬢に行ったのは、彼女を立派な貴族社会の淑女に育て上げるための『愛ある厳しい指導』だろう? マリア嬢から全て聞いているよ」
アルベルトが微笑みながら視線を向けると、隣にいた純白のドレスのマリアが一歩前に進み出た。
彼女は頬を真っ赤に染め、両手を胸の前で組んで、私に向かって熱烈な瞳を向けてきた。
「はいっ! エルナ様には、この学園生活で数え切れないほどの恩をいただきました! 私が今ここに立っていられるのは、全て、私を陰から守り、導いてくださったエルナ様のおかげです!」
マリアが深々と頭を下げる。
違う。私はただ面倒くさくてお前を突き放し、適当にゲームの攻略ノートを押し付けただけだ。
「エルナ様! 殿下が政略結婚を破棄されたということは、貴女は今、自由の身ということですよね!? でしたら……!」
マリアはズイッと私の前に身を乗り出し、アルベルトを突き飛ばさんばかりの勢いで私のもう片方の手を取った。
「どうか、私をエルナ様の専属メイドにしてください! 一生、貴女の足拭きマットとしてお仕えいたします!!」
「待たれよぉぉぉぉぉっ!!!」
私がマリアの百合全開の公開告白にドン引きしていると、今度は会場の横から、凄まじい闘気を纏った赤髪の男――バルドが大剣を引きずりながら乱入してきた。
「師匠の隣は、未来の騎士団長たるこの俺の指定席だ! 師匠、俺と共に最強の騎士団を創り、この国を武で守り抜きましょう! 俺と結婚してください!」
「馬鹿を言え、脳筋!」
バルドの言葉を遮るように、今度は空から風魔法でユリウスが舞い降りてきた。
彼は眼鏡をクイッと押し上げ、狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「彼女のその天才的な頭脳は、魔法の真理だ! エルナ嬢、僕と共に一生、地下の研究室に引きこもって魔力波形の実験をしよう! 婚姻届はすでに僕が書いておいた!」
「お前ら、姉上に気安く触れるな。消し炭にするぞ」
ゴゴゴゴゴ……と、床を黒く焦がしながら、義弟のルカが紫の瞳を血走らせて歩み寄ってくる。
「姉上は僕が一番理解している。公爵家は僕が継ぎますから、姉上は安心して僕に養われてください。他の虫ケラどもは僕が全て処理しますから」
「……俺はただ、貴女の影として一生護衛をするだけだ。貴女のベッドの下は俺の領地だ」
いつの間にか、天井の梁からシエンの低い声まで降ってきた。
誰も私を断罪しない。
誰も私を責めない。
それどころか、国のトップ層を担う高スペックな男たち(+ヒロイン)が、一斉に私に向かって「結婚してくれ」「養ってやる」「ベッドの下に住まわせろ」と異常なまでの愛と忠誠をぶつけてきている。
会場の生徒たちは、この規格外の『逆ハーレム公開プロポーズ』に熱狂し、「誰を選ぶんだ!?」「殿下だろ!」「いや、義弟との禁断の愛もいい!」と、カジノのルーレットでも見守るかのようにノリノリで囃し立てていた。
「…………」
逃げ場のない、完全なる『公開処刑』。
私の求めていた平穏なスローライフは、王妃、戦闘狂の妻、モルモット、シスコンの飼い猫、暗殺者の主という、地獄のような五択(+足拭きマット志願の百合ヒロイン)へとすり替わってしまったのだ。
「もう……限界」
私の口から、絞り出すような声が漏れた。
プツン、と。
十年間、保身のために張り詰めていた私の中の『面倒くさい』の糸が、完全に、そして決定的に切れる音がした。
私は俯いていた顔をゆっくりと上げ、扇子をバサァッと広げた。
そして、今までで一番の、極悪非道な悪役令嬢としての完璧で高飛車な笑みを顔に貼り付けたのである。
ここから私の、真の『大逃亡劇』が始まることとなる。




