第6話 職質
ホテルの部屋に入り、そのままベッドに倒れこむ長屋。しばらくボーッと天井を見つめていた。
そして、ふとある考えが頭をよぎる。
「着替えとか用意してねぇな……」
西原からもらったのは、財布と身分証、そして連絡先だけである。とりあえず財布の中身を確認してみる。
連絡先が入っているのはもちろん、紙幣も5枚くらい入っていた。チラリと紙幣の額面を見てみると、ゼロの個数が5つあるように見えた。
違和感を覚えた長屋は、それを引っ張り出してマジマジと見る。間違いない、ゼロは5個ある。つまりこの紙幣は10万円札ということになる。
「マジかよ……。未来だからインフレとか起きているのか……」
公民の授業で習ったことを思い出す。
「となると、この国には健全な経済が存在している」
そんなことを思いつつ、他に何か入ってないか確認を続ける。硬貨がいくらか入っている以外に特別なことはなかった。
「とりあえず、着替え買ってくるか……」
長屋は部屋を出て、ホテルの外へと足を踏み出した。ホテルを出て数分ほど歩くと、大きめの駅が現れる。駅ビルがあり、その壁には「和光新々駅」と書かれていた。
「ここ和光市だったのか……」
しかし長屋は頭を振る。
「いや、1500年も地名が保存されているとは考えにくい。いやでもワンチャンあるのか……?」
そんなことをブツブツと考えながら、駅ビルへと入っていった。中は7割方洋服店で、残りがメイク用品店、雑貨店、飲食店といった感じだ。
洋服店はそのほとんどが女性用であり、男性用の服屋は、店内図を見なければ分からないほど隅に追いやられていた。
「まあ女性の1%しかいない人々のための店なんてこんなもんだよな」
妙に納得した長屋は、そのまま男性服店へと向かう。店舗の前には、36世紀で初めて見る男性の姿があった。
「いらっしゃいませー」
長屋に対して挨拶をしつつ、服の整理をしている。
長屋は恐る恐る入店し、ハンガーにかかったTシャツを眺める。
(そういや、今って何月なんだ……?)
ふと、長屋の脳裏に疑問が浮かんだ。
外の景色と体感温度から察するに、初夏の5月くらいと考えられる。だが確信はない。
ならばすることは一つ。
「すみませーん」
店員を呼ぶことだ。
「はい、何でしょう?」
店の入り口にいた男性がやってくる。
長屋はすかさず質問する。
「これからの季節に合いそうな服ってどんなのですか?」
「そうですね。今は半袖のTシャツに薄い生地のワイシャツがいいかなと思います」
そういって店員は近くにあった服を取る。
「今のトレンドとしては七分丈のズボンがキているので、こんな着こなしならいいと思いますよ」
そういって上下のセットを用意してくれる。
それを見た長屋は、普通に気に入った。
「いいですね。これ買います。いくらですか?」
店員は値札を見て答える。
「14万3千円になります」
「14万!?」
長屋は思わず転びそうになった。
(これが36世紀のインフレ……! 21世紀の約10倍ってところか……)
長屋は改めて財布の中を見る。およそ50万円入っている。
(もう1セット買うくらいなら大丈夫か……?)
今度は値札を確認しながら、慎重に服を選ぶ。
「お会計、30万5800円になります」
結局、そこそこ高い服の上下セットを2つ買った。今着ている服と合わせれば、ローテーションで着回すことができるだろう。
買った服を紙袋に入れてもらい、長屋は店を出る。
「うーん、思ったより出費がかさんでしまった……」
駅ビルを出たところにあるベンチに座り、財布の中を見る長屋。
残りは10万円札2枚と少しである。
「つーか、普通に買い物をしちゃったけど、あとで西原さんに怒られないか?」
そんな不安がよぎる。
そんなことをしていると、長屋の目の前に誰かが立ちふさがる。そのことに気が付いた長屋は、顔を上げた。
「君、ちょっといいかな?」
そこには、一目見ただけで警察とわかる女性が二人立っていた。
「今日平日だけど、君学校は?」
警察官の女性はすかさず質問する。
(あー、面倒なことになったな……)
長屋は心の中で悪態をつきながらも、質問に答える。
「今は学校休みなんですよ」
「この辺りに今日休みの学校ってありました?」
「私は聞いたことないけど」
警官の二人はそんな話をする。
(回答ミスったかは……)
このまま立ち去ってくれ、と心から願う長屋をよそに、警官は質問を続ける。
「友達とか一緒じゃない?」
「いえ、一人です」
「一人で何してたの?」
「服を買ってました」
「ちょっと見てもらえる?」
「ええ、はい」
長屋は素直に紙袋を渡す。それを警官二人がのぞき見る。特に怪しい物は入っていないはずだ。
すると、何を思ったのか、警官の一人が無線で連絡を取り出した。
「和光市内の学校で、本日休みの場所はありますか?」
情報を参照している。長屋にとってマズい展開になった。
すぐに無線の返事が返ってくる。
『ありません』
それを聞いた警官は、また長屋に質問する。
「学生証は持ってる?」
「……いえ、持っていません」
「学校は通ってるの?」
「……いえ」
その答えに警官が動く。
「悪いけど、君の身柄を拘束させてもらいます。保護者の連絡先を教えて」
「……はい」
嘘のつけない性格の長屋、半分墓穴を掘った感じだ。
すぐに西原の携帯番号を教え、迎えに来てもらうことになった。
「いきなりやらかしましたねー」
迎えに来てくれた西原の車に乗ったときに、軽い説教を受ける長屋。
「すいません……」
「まぁ明日やろうとしてたことだから、別にいいんだけどー。こういうのは生活基盤が整ってからするものだよー?」
「本当に申し訳ないです……」
その後長屋は、ホテル代と食事代として幾ばくかのお金をもらうのだった。




