第4話 戸籍
馬渕から「播種の箱舟計画」の説明を受けてから、数日ほどが経過した。この数日はリハビリ漬けの日々だ。初日は柵が必要だったものの、毎日のように身体機能回復訓練を行ったことで、今では杖なしでも普通に歩くことができるようになった。
そのほか、初日は流動食だった食事も、ゼリー食品からそぼろ状の固形物、やがては普通の食事へと変化していた。それでも消化器官の状態は万全ではないこともあり、サプリメントや点滴で栄養を補充するような状態だ。
こうして召喚されてから一週間。すべての点滴が外れ、長屋は次第に通常の人間としての生活に戻りつつあった。
「気分はどう?」
馬渕がやってきて、長屋に尋ねる。
「調子いいですよ。今まで感じていた疲労感とかないですし」
「肉体を再構成したことによる老廃物の排除が原因なのかしらね。少し興味深いわ」
馬渕はそんなことを言いながら、タブレットを操作している。
「さて、今日は長屋君の今後の話をしに来たわ」
「今後ですか?」
「あくまで今の長屋君は、3Dプリンターによって出力された動く生肉みたいな存在よ。すでに亡くなっている人物だから戸籍がなく、共和国憲法に記された基本的人権が適用されない人間というわけ」
「え? それって、今の自分は人間ではないってことですか?」
「端的に言えばそうなるわね。しかし、生まれた方法は違えど、私たちはあなたを人間と認識しているし、あなた自身も人間であると自認している。であれば、あなたの存在を人間に書き換える必要があるわ」
「はぁ……。となると、市役所に出生届でも出すんですか?」
「それもいい考えだけれど、両親となる人間がいない今のあなたでは、出生届による戸籍の新規作成は困難よ。けれど、無戸籍の人間に対して戸籍を作る制度自体は存在するわ。ただあなたの場合は誕生の経緯が複雑な上、行政機関の研究事業によって誕生した副産物でもあるの。例えば、農林水産省が3Dプリンターで製造できる馬を開発したとして、その馬が競走馬として登録できるかは別問題よ」
「競馬で例えられてもちょっとよく分かんないですよ」
「つまりあなたは、工業製品として製造されたロボットのようなものね。人間に似て非なる存在だから、超法規的措置が必要になるわ」
「はぁ・・・・・・」
長屋は要領を得なかったが、とにかく飲み込むしかない。
「戸籍作成については、すでに厚労大臣経由で法務省に依頼をしているわ。あなたの基本的人権はもう少しで付与されることになるわよ」
「それはありがたいですけど……、その後はどうなるんですか?」
「そこからは長屋君の自由ね。ニートとして過ごすもよし、どこかに働きに出るのもよし。 私たちが制限することではないわ」
「自由、ね………………」
長屋は少し考える。ニートとして過ごすのも魅力的だが、スマホやパソコンがあってこそのニートだ。ならば働きに出るほうが楽か。
そんなことをグルグルと考えていると、馬渕から提案される。
「ならいっそのこと、学生として生きるのはどうかしら」
「学生………………」
「あなた、16歳なのよね? なら高校生として人生を歩むのが適切だと思うのだけれど」
そのように言われて、長屋は考える。
「確かに・・・・・・。学生なら、人生の続きを始めるのにもってこいだ・・・・・・」
「学校ならこの時代の常識や歴史を学べるし、いい考えでしょう?」
「そうですね……」
「では決まりね。居住地や保護者もこちらで用意するわ」
「馬渕さん、他人のことを物のように扱う癖がありません?」
「どうかしらね」
馬渕は不敵な笑みをする。一瞬悪魔のように見えた長屋は、少しだけ恐怖を覚えるのだった。
そんなこんなで、戸籍の作成、居住地の決定、保護者の選定と、物事は進んでいく。 こうして長屋は人権を得ることができ、人類維持局の研究所を退所する手はずが整った。
長屋は十数日振りに青空の下へと出てきた。
「学校への転入手続きは、長屋君の保護者に引き継いだわ。転入できるまでしばらくかかるかもしれないけど、街中を散策するなり楽しんでちょうだい」
「分かりました」
「あと、生活する上で注意してほしいことがあるわ。『播種の箱舟計画』は公には秘匿されている国家機密レベルの計画よ。これに関する緘口令は、あなたも従う義務があります。そのあたりは注意して」
「はい」
そんな話をしていると、研究所の正門から一台のセダン系の車が入ってくる。その車は、長屋たちのいる建物入り口に幅寄せして停まった。
運転席から出てきたのは、少々ボサッとした女性だ。
「どうも一。今日から長屋君の保護者になる西原ですー」
女性は西原と名乗り、長屋のほうへと移動する。
「彼女は人類維持局の研究員の一人で、保護者として適任と判断されたわ」
「とは言っても、そんな大層な仕事はしてないんですけどねー」
長屋の第一印象としては、この人が保護者で問題ないのだろうか、という不安であった。
しかし、今更保護者を変えてほしいなんて要望は通らないだろう。長屋はこの感情を一度飲み込むことにした。
「長屋君、時々研究所に呼び出すこともあるでしょうけど、その時はよろしくね」
「分かりました。お世話になりました」
長屋はそういって頭を下げ、西原と一緒に車に乗り込み研究所を後にした。




