第3話 タイムマシン
「それ、本気で言ってるんですか?」
長屋は疑いの眼差しで尋ねる。
「じゃなかったら、あなたはここにいないのだけれど?」
「それは、そうかもしれませんが……」
長屋は歯切れの悪い返事をする。
「あなたの存在は、我々人類維持局の最終手段とも言えるわ」
「人類維持局……」
「厚生労働省の外局組織よ。片足は国際連邦の組織に突っ込んでいる状態だけれども」
そんなことを言いながら、馬渕は長屋の持っている資料に指をさす。資料の最初のほうに、人類維持局についての簡単な説明が書いてあった。
「そんな我が国の最終手段を手に入れられるようにしたのが、時空間物質参照装置という機械よ。この機械は、過去に存在した物質をスキャンし、そのまま3Dプリンターのように出力できる、まさに世紀の発明よ。私たちはこれを便宜上『タイムマシン』と呼んでいるわ」
「タイムマシンによって俺は召喚された……ってわけですか」
「その通り。でもタイムマシンはおいそれと使うことができない代物よ。一度召喚操作をすれば、どこかの都道府県の年度予算が消えることになるわ」
「それはまたとんでもない装置ですね……」
「だからこそ、召喚する人物には否応でも手伝ってもらうことになっているわ。もし召喚した人物が我々の意にそぐわない行動をした場合は、違法薬物を使ってでも協力してもらうことになっているから」
「それ俺に対する脅迫では……?」
長屋はおずおずと聞く。馬渕はそれを無視して話を続けた。
「これは大統領肝いりの政策でもあるの。我々を裏切るようなことはしないほうが賢明よ」
「はぁ……」
一度資料に目を落とそうとした長屋は、耳に残った違和感に気が付く。
「ん? 大統領……?」
「あぁ、言ってなかったわね。21世紀は日本国だったでしょうけど、今は大日本共和国という国になっているわ」
「大日本……共和国……!?」
この日に聞いた説明の中で、一番のショックを食らった長屋。それはまさに青天の霹靂であった。
「時代だけでなく、国家も変わっていたとは……」
「あら。あなた熱心な愛国者だったの?」
「いや、そうではないですけど……。日本国以外の国を知らないだけで、国家体制まで異なるのはちょっと驚きですね……」
「そこまで悲観することはないわ。史料を確認する限りは、日本国との生活の差は違わないわよ」
「それは安心できる内容なんですかね……」
長屋のツッコミを無視しつつ、馬渕は話を続けた。
「地方自治体が傾くほどのコストを支払ってまであなたを召喚したのは分かってもらえたかしら?」
「ええ、まぁ」
「そして、あなたの置かれた状況も分かったわね?」
「そうですね。誠に遺憾ではありますが」
「ならいいわ。では、今後あなたにやってもらいたいことを伝えます。資料の最終ページを開いてちょうだい」
言われるがまま、長屋はページをめくる。
「あなたにやってもらうことは、遺伝子の提供よ。もう少し詳しく話すと、精子の提供ね」
「精子の、提供……」
「週に数回程度、自慰行為で精液をカップに出してもらえれば、それで構わないわ」
それを聞いた長屋に、一つの疑問が浮かび上がる。
「それなら、人間一人を召喚するより性器を3Dプリントすればよかったんじゃないですか?」
「鋭い質問ね。それには事情があるわ」
馬渕は説明を始める。
「当然のことながら、あなたを召喚する前に、人体の一部を召喚する実験をしたわ。実験自体はおおむね成功したものの、臓器をそのまま過去から召喚しても臓器としての機能が失われていることが分かったの。そのため、あなたを召喚する前の検討会議では人体丸ごと召喚することが絶対条件となったわ」
「はぁ、そんなことが……」
長屋としては納得したし、納得せざるを得なかった。
そんな話をしていると、すでに時計は16時を回っていた。
「もうこんな時間ね。この後予定があるから、この辺で失礼するわ」
そういって馬渕は部屋を出て行った。それを見届けた長屋は、資料に目を落とす。
「21世紀とそんなに変わらないって言ってたけど、だいぶ違ってるようだなぁ……」
国体そのものが異なっていることから、常識、倫理観までも違っているようだ。
「そりゃあ1500年も経過してたら、何もかも違っているかもしれないけどさ……」
そんなことをブツブツとつぶやき、資料の最初のページに戻る。その資料の冒頭には、太文字でこのように書かれていた。
『人類存続のための種種候補を過去から召喚することを主目的とした遺伝的多様性の拡充と男性増産のための計画及び研究事業』
通称として「播種の箱舟計画」とも書かれていた。
「21世紀の考えは一切通用しないってか」
この計画名から感じ取れる狂気に、長屋は少し身震いするのだった。




