第10話 転入
4月中旬。長屋は早朝からある服に着替えていた。和光高校の制服である。一応共学のため、男子用の制服も存在するようだ。
ブレザーのジャケットを羽織り、ネクタイの結び目を締める。21世紀から何も変わっていない、伝統的な服装らしい。
「よし……」
身支度を整えた長屋は、スクールバッグを持って家を出る。まだ朝の7時過ぎだが、職員室に顔を出す都合上、早めに家を出たのだ。
覚えた通学路を通り、7時半ごろに学校へ到着した。誰もいない昇降口から、持ってきた上履きに履き替え、まっすぐ職員室に向かう。
多少校内をさまよったが、無事に職員室の前までやってきた。長屋は一度呼吸を整え、扉を開ける。
「失礼します。本日転入する長屋です」
まだ少し閑散としている職員室だが、奥の方から男性教諭が立ち上がる。
「あぁ、長屋陽介君だね? こっちに来てくれるかな?」
長屋は言われるがまま、男性教諭についていく。職員室の隣にある応接室に案内された。
「さて、自己紹介をしておこう。僕は和谷高校の教頭、泉だ。親御さんから、君は国家事業の産物と聞いている。僕には想像がつかないが、きっと大変なことなのだろう?」
泉はそのように同情する。
「まぁ、それなりに大変ですね」
「やはりそうか……。僕もできる限りのサポートはするつもりだよ」
そう言って、白髪交じりの頭に手をやり、しわの入った頬で笑顔を作る泉。それは長屋に、ちょっとした安心感を与えるのだった。
「ちなみに、君の本当のことは僕と校長だけが知っているよ。ほかの教員や生徒は、記憶障害を持ったとある事故の被害者と説明している。長屋君は柔軟に対応してほしい」
「わかりました。なんとかやってみます」
そうこうしているうちに、予鈴が鳴る。
「さて、そろそろホームルームの時間だ。担任について行きなさい」
そういって、担任である女性教員の田口先生と顔合わせをして、教室へ向かう。
先に田口先生が教室に入り、生徒に話をする。
(平常心……。心は穏やかに……、何も緊張することはない……)
「……それじゃあ長屋君、入ってきて」
田口先生が長屋のことを呼ぶ。
長屋は教室の扉を開けた。目に飛び込んできたのは、20人ほどの女子生徒たち。長屋の額に冷や汗が流れ出す。
結局緊張する羽目になった長屋は、ややぎこちない動きで教室に入る。そして田口先生の横に立った。
「じゃあ自己紹介をお願い」
「はいっ……。長屋陽介ですっ。えーと……、どうも記憶障害らしく、前の学校とか分かりません。勉強もついていけないところがあると思いますが、頑張りたいと思います。よろしくお願いします」
そういって長屋は頭を下げる。まばらな拍手が起きた。
「はい。今聞いてもらった通り、長屋君は記憶障害を持っているとのことなので、もしものことがあったら皆さんで助け合いましょう」
「「はーい」」
女子生徒たちの声が重なる。
「では、長屋さんは後ろの空いている席に座ってください」
「はい」
長屋は女子生徒たちの間を抜け、一番後ろの窓際の席へと向かう。
その時、自分の席の隣にいる生徒を見る。どこかで見たことのある顔と髪型だ。
「あっ……」
長屋は気が付いた。ショッピングモールでぶつかり、そのことで先日声をかけてきた少女である。
「えっ……!」
相手も視線で長屋のことを認知したようで、思わず驚きの声を上げていた。
「あれ? 黒須さん、もしかして知り合い?」
「あ、え、えーと……」
黒須と呼ばれた彼女は、長屋と田口先生の顔を交互に見て何か悩んでいる。おそらくノーではないが、そこまで見知っている人間ではないという葛藤が彼女の中で勃発しているのだろう。
「……はい」
結局彼女の良心が勝ったのか、田口先生の質問にイエスと答える。
「ならちょうどよかった。今日の放課後で校内の案内をしてくれないかしら?」
「「えー」」
女子生徒の中から反感の声が上がるが、田口先生がそれを収める。
「男子が来て気分上がっちゃうのは分かるけど、長屋君が怖がっちゃうでしょう? これからゆっくり仲良くしていきましょう」
そうして彼女たちはしぶしぶ了承した。
その反応を見て、長屋はなんとなく思った。
(この感じ、男女の貞操観念が若干逆転してる……?)
21世紀で考えれば、男子が生徒のほとんどを占める学校にて美少女が転校してきたような状態だろうか。
つまり、彼女たちは長屋の登場で現在色めき立っているのだ。
(俺、そんな魅力的だったか……?)
実際のところ、長屋は彼女たちの前に出ると緊張で顔が強張るような感じになる。それでも彼女たちには魅力的に映っているのだろう。
そんな思考を長屋がしていると、肩がチョンチョンと叩かれる。
「あの……」
黒須がこちらに手を伸ばしていた。
「自己紹介とか、してなかったですよね?」
「そ、そうですね……」
「私、黒須茜って言います。隣同士、よろしくね?」
そういって黒須は、少し下手な笑顔を長屋に向ける。
それを見た長屋は、何故か心臓が少し跳ねる感覚がしたのだった。




