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皮肉が通じないので、私は無敵です

作者: 森田季節
掲載日:2026/02/16

 気づいたら、なぜか豪華な寝室の豪華なベッドで眠っていた。まだ、空はうっすら明るくなった頃だ。



(あれ……。京都の壁の薄いマンションじゃない……。かといって、職場ではもっとない……)



 次の瞬間、ああ、それは自分の前世なのだということに気づいた。

 今の私は子爵令嬢のセシリアで、貴族の子弟だらけの学園の生徒会で雑用を担当している。



(前世より恵まれた生活だけど、どうせならもっと大貴族の娘に生まれたかったな……。子爵令嬢っていうのが絶妙に中途半端だし……)



 言うまでもなく、学園には伯爵家や侯爵家の貴族もたくさんいる。あるいは爵位は男爵家だけど、ものすごく裕福な新興貴族なんかもいる。

 我が家はそういう恵まれた家と比べると、ただ、ただ、中途半端な子爵の家柄だ。



(その証拠にいまだに縁談が来てないんだよなあ……。16歳で婚約者が決まってないって、貴族社会だとやや恥ずかしいことなんだけど)



 前世の日本の高校で婚約者がいたら何者だという話になるが、貴族だらけの学園では家同士の都合で婚約者が決まっているのは珍しくない。

 婚約者がいるほうが多数派――というのは言い過ぎだけど、大物貴族同士だと、正式な婚約とまではいかなくても、場合によってはよろしくといったぐらいの距離感の相手がいることは多い。



(そういった中途半端な状況を打開しようと生徒会に入ったわけだけど、さほど上手くいってないし……。庶務という名前のたんなる雑用係……。そりゃ前世のことを夢で思い出したりもするよね)



 前世の普通のサラリーマンの記憶じゃ、知識で無双するなんてこともできない。スマホの使い方をいかにも貴公子って感じの公爵家の生徒会長に教えるわけにもいかない。

 本当に無意味な知識だ。



(ただでさえ、明日――いや、今日は厄介な仕事があるのに……。もういいや。二度寝しよ……)



 私はきっちり二度寝してから家のメイドさんに起こされて、登校したのだった。










 貴族だらけの学園なせいか、生徒以外の来客が生徒会にやってくることも多い。

 その日も、卒業生の政財界の大物というおじさんが訪問にやってきた。子爵の私でなくても、公爵家の生徒会長も、侯爵家の副会長も、嫌がっている時間だ。



「それでね、当時の私はなかなか上手くやったものでね――」



 ずっとおじさんの自慢話が続いている……。

 自慢話のパートに入ってからもう30分!


 おじさんの学園の思い出を聞かされるだけでもつまらないのに、さらに自慢になっているので余計につらい。おじさんの話が長くて嬉しい若者なんてどの世界にもいないのだから、本当に勘弁して!



 その時、ふっと、私の口からこんな言葉が出た。



「あら、とてもいい時計をなさっていますのね」



 言ってから、しまった! と思った。



(これって、時間長すぎるんだよ、時計の時間見てみろって指摘する時の京言葉だ!)



 もちろん本当に京都の人間が時間が長いぞという意味で使ってるかはわからない。ただ、ネットミーム的に広がって、皮肉の一つとして認識されている。



 まずいな。子爵令嬢ごときが皮肉を言ったと思われたら、ろくなことにならない……。



 しかし、反応は予想とちょっと違っていた。



「ああ、これは宝石を盤面にちりばめた特注品でね――おっと! 話に熱中して予想の時間を超過していた! 危うく次の会議に遅れるところだったよ! ありがとう!」



 へっ? 感謝されちゃった……、そんなことあるんだ……。



「ええと、君の名前は何と言ったかな」

「セシリア・アルベールと申しますわ。あまり身分の高くない家なので、お恥ずかしいですが……」

「いやいや。時計を褒めることでさりげなく時間のことを指摘するなんて、なかなかできんよ。ありがとう」



(褒められた。皮肉で感謝されることってあるんだ……)



 そのあと、おじさんが帰った後に、生徒会役員のみんなからも「長い話を終わらせてくれてありがとう!」「セシリアはあんなに機転が聞くんだね!」と褒められた。

 少なくとも、誰もあれを皮肉で言ったとはとらえてないらしい。



(ああ、そうか。あれが皮肉というのは、ネタとして広まったから理解されてるだけだ。そうじゃない世界では皮肉になるわけないよね)












 後日、生徒会長が生徒会室のテーブルで頭を抱えているのを見かけた。



「あの、何かお困りごとでしょうか……?」

「実は音楽室のピアノがうるさいと苦情が入ってね……。しかし、音楽部の部長は有力な伯爵家の娘なんだ。真正面からうるさいと伝えてあまり顔を潰すようなことはできなくて……」



 これ、有名な京言葉のアレが使えるぞ。

 成功するかわからないが、直接うるさいと言うよりは少しだけマシだ。試しにやってみるか……。



「あの、私にやらせていただけませんか?」






 私はピアノがうるさい時間を狙って、音楽室に入った。



「本当にお上手ですわね。私はこんなふうに演奏ができないので聞き入ってしまいましたわ」



 まず、直接的に相手を下げることは言わない。あくまでも表面上は褒める。

 その言葉に演奏をしていたよくカールした髪の伯爵令嬢はまんざらでもないといった顔になった。



(やっぱり皮肉だと気づかれないんだな)



 これは京都あるあると言ってもいいぐらい、有名なやつだ。隣家のギターやピアノの音がうるさいと注意するとカドが立つので、「えろうお上手にならはりましたなあ(標準語だと、とってもお上手におなりになったんですね、って感じか?)」と伝える。



 腕前を指摘してるようで、本音は「隣の家にまでしっかり演奏が聞こえているぞ。もう少し音量を考えろ」という意味になる。



「ええ、わたくし、コンクールでの優勝を狙っていますから」

「そうなんですわね。私、仕事で二つ隣の部屋にいたのですが、そこからでもよく聞こえてきましたわ」

「あれ……二つ隣の部屋というと、ほかの部室がありましたよね……」



 ようやくその伯爵令嬢が焦りだした。気づいてくれたようだ。



「コンクールのご活躍、お祈りいたしておりますわ。好成績を収めていただければ、我が校の名誉にもなりますもの」



 ここでお静かになんてことを言うと皮肉と知ってて言ったと思われて恨まれかねない。あくまでも私は純粋に褒めた体でいく。



 そのあと、ピアノの音のことでほかの部室にその伯爵令嬢が謝罪と演奏時間の取り決めなどを行いに来て、丸く収まったという。



「セシリア、君のおかげで揉めることもなく解決したよ! 本当にありがとう!」



 生徒会長にもお世辞抜きで褒められてしまった。

 その二つのケースを経験して私は感じた。



(皮肉と認識されてない世界だと、皮肉がおしとやかな社交術扱いされて、すごく評価されるのかも……)



 いや、よく考えればそもそも京言葉的なミームも、本来は物事を円滑に進めるための社交術だったのだ。それがネタとして有名になりすぎて、無駄になってしまった。



 直接うるさいと言うとまずいので、やんわりと音が響きすぎだという意味の表現が生まれた。でも、全員がうるさいという意味だと認識するようになれば、「ピアノ、お上手になりましたね」というような表現は使えない。直接「うるさい」と言ったことと同じになってしまうからだ。



(逆に言えば、この世界だと皮肉っぽい表現がちょうどおしとやかなラインの意味になってる気がするぞ)





 それから先も私は京言葉っぽい雰囲気で、物事を表現するように心がけた。



 たとえば訛りの酷い人が大声でしゃべってるのを見かければ、「田舎者め」とか言わずに「大変な長旅をして王都にいらっしゃったんでしょうね」と。



 あまりにも仕切り屋ででしゃばってる生徒がいると思っても、「しっかりしてらっしゃいますわね」と。



 それと、生徒会にどうでもいい陳情を訴えに来た生徒の話があまりに長かった場合は、「お茶を入れてまいりますわね」と。



 さすがに、「ぶぶ漬けどうどすか?」のノリで「漬け物を召し上がりになりますか?」は使う場所がないけど、お茶をどうぞというのは汎用性が高かった。そろそろ帰れという意味で理解されなかったとしても、ノドが渇いてるだろうと思ってお茶を用意するよく気の利く生徒会役員だと思ってもらえる。つまり、私に何も損がないのだ。




 そのせいか、生徒会内外での私の評価がじわじわ上がっているらしい。そういうことをいちいち伝えてくる人はどこにでもいるものだ。リポーター気質の女子生徒が「セシリアさん、噂だと男子生徒の中ですごく人気が出ているらしいですよ」と言ってきた。



 ここで天狗になったら終わりだ。この世界に天狗いないけど。



「あらまあ、お上手ですこと。でも、私ごときが目立ってどうするんです? 子爵令嬢なんて、この学園では石ころみたいなものですわよ」



 これも無難に打ち返した。

 本当に子爵令嬢なんてあこがれの対象にもされないからな。伯爵令嬢でもけっこう余ってるぐらいだ。



「それです、それ。そうやって自分を鼻にかけずに、トラブルをさりげなく回避するのが素晴らしいと評価が高まってるんです」

「本当にお上手ですこと。謙虚なのではなく、子爵令嬢の立場が低いだけです。お偉い方々がうらやましいですわ」










 生徒会室に入ると、侯爵家の副会長が机で頭を抱えていた。長い銀色の髪が横に流れていて、どことなく女性的だった。



「あの、副会長、どうなさいました?」

「ああ、セシリア君。実は生徒会の会計の中間報告を確認したんだが、ずいぶんお金が出ていてね……」



 たしかにこれでは年間の予算が一年たたずにショートしてしまいそうだった。

 一枚噛むことにするか。

 私は前世でも事務用品の購入などを担当したことがある。少しはその知識が使えるかもしれない。



「あの、私に任せてくださいませんか? この生徒会、会計専門の生徒はおりませんし」

「わかった。君にお願いしよう。ただ、あまりに貧乏臭いのも生徒会の品位に関わるので、そうはならないので気をつけてくれ。でないと、君が悪者扱いされかねない……」



(そういえば、京都の女性って始末の精神を持ってるって言われてたっけな。ほどよく倹約していろんなものを有効活用するっていうか。いや、私の場合は庶民の記憶があるだけか……)



 たしか、都道府県の貯金額とかでも京都府が1位で、会計管理の知識などもトップクラスだったはずだ。その一方で、旅行などの贅沢に使う金額も上位で、そのあたりのメリハリのつけ方が上手らしい。

 だったら、私もなんとかやれるんじゃないか。



「決して貧相な思いはいたさせませんわ。ご安心ください」



 生徒会財政は私が意見を言うようになってから、かなり改善した。

 ただ、これに関してはたんに贅沢しか知らない会計担当がいいかげんすぎただけな気もするけど。

 たとえば、来客用のお菓子が、はっきり言って高い割にそんなにおいしくないクッキーだったりしたので、ほどほどに高級感があって安いものに変えた。これだけで年間で相当浮いた。



 それと、掃除もこれまで専門の業者に担当してもらっていたのを、空き時間に私がやった。ちょっとした手の空いた時間に少しずつやれば、全然たいしたことはない。

 一方で、季節の花を活けたりして、生徒会室の見た目はむしろゴージャスになるように意識した。私たちが学園の規範となるのだ。



 リポーター気質の女子生徒から「財務大臣セシリアと呼ばれていますよ」と言われたりした。それって誉め言葉なのか? この世界独特の皮肉じゃない……?



 まあ、私の株が上がっているのは事実らしいから、いいとしよう。












 言葉遣いには気をつけていたが、結果的に相手をたしなめてばかりであればそのうち恨まれてしまう。子爵令嬢なんて吹けば飛ぶような地位で恨まれたら一大事だ。

 何か、印象をさらにやわらげる方法がほしかった。



 そこで私は学園内ではそんなに高くない子爵令嬢の立場を利用することにした。

 そこまでの身分の貴族ではないので、親戚などに寺院などに入れられた人がいるのだ。継がせる土地は無限にあるわけではないので、男女ともに僧籍に入ってもらう人物が出てくる。

 そういった僧侶の方に私は許可を得てきた。

 それは護符を作っていいという許可だ。



 私は手書きの紋章を折りたたんで、手縫いの小さな護符の布ケースに入れる。



(これなら、作業時間のほかは布の実費ぐらいしかかからない! 経済的にも助かる!)



 それから私は手作りの護符を何かお世話になった人や、皮肉を言ってしまった相手など(言われた側は皮肉と気づいてないけれど)に差し上げることにした、

 モノを上げるぐらいには、あなたのことを大切にしてますよということだ。



 地元の寺社でもおまもりとか干支の人形とか各種授与品は売ってるはずなのに、京都に来た観光客はわざわざ観光先の寺社でそういうのを買う。こういうのはモノももちろん大切だけど特別感が重要なのだ。

 特別に思われる必要まではない。恨まれずに済めば目的は達成できる。



「一応、僧侶の親戚から許可は得ていますわ、でも、素人の作なのでいらないと思ったら捨ててくださいませ。こんなことで罰など当たりませんから」



 しばらく後、なぜか私の護符を持っていると、願いが叶うという謎の噂が広まっていたけど、これは本当に私は何も関わってない。別に合格祈願の効果があるなんて一度も言ってないぞ……。













 前世の記憶がよみがえった約一年後、私は両親に応接間に呼び出された。



「これまで黙っていたのだが、この数か月のうちにやけに縁談の話がお前宛てに来ている」

「それも同じような家格の方だけでなく、伯爵家の方、侯爵家の方と畏れ多いぐらいのいい話もたくさん来ているのよ」



「私が侯爵家に嫁ぐ? お上手ですこと。お父様、お母様、そんな冗談には騙されませんわよ」


「それが本当なんだ」

「にしても、あなた、この一年で急におしとやかになったわね。私たちの娘とは思えないぐらい高貴に感じるわ」




(庶民の前世の記憶がよみがえったら、かえって高貴に見えるって面白い現象だな……)




「縁談の話でもとくにとんでもないものが、これだ。公爵家の生徒会長様だ」



 私はあぜんとした。さすがに信じられなかった。



「公爵家! いくらなんでも子爵令嬢が嫁いだら世間からバッシングを受けます!」



「それだけではないのよ。侯爵家の副会長さんのほうからも内々で打診を受けたの。財務面も完璧な賢婦人を妻に迎えたいんですって」


「そういえば……生徒会の会計はちょっとだけご意見を申したことがあります……」


「とにかく、それぐらいお前はこの一年で賢人としての評価を得ているというわけだ。これが今まで来た婚約依頼のための吊り書きだ。内々の話を持ってこられたところは、こちらで名前と家を控えている」

「私たち親の想像を超えているから、何も言うことはありません。あなたがよく考えて好きなところを選びなさい」



 私は前世でも経験したことのない極端なモテ期を前に、これからどうしようかなと思った。



(皮肉が通じない世界だと、京都的な生き方(?)ってこんなに評価されるんだなあ……)


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